哀しみの夜…さよなら、ーー
学生の逮捕、それも国家大逆という大罪によって。
流石の異常事態にその日行われる予定だった行事は全て休止となった。生徒達は思い思いの事をしながら思い思いの意見を述べ合っている。
そんな中、自由に動き回れる様にしたら危険だと判断したのだろうか、俺と比奈は公務執行妨害未遂によって自室謹慎となっていた。
「くそっ、何で師匠が」
『……あ奴等馬鹿なのか?』
「メリィもそう思うよな! 何だって無実の人間を」
『いやそうではなく……お主もこの国から逃げる準備をしておいた方がよいぞ』
「はあ?」
メリィは意味の分からない事を言うし。
「……わたしのせいだ……わたしのせいだ……」
「いや雲雀のせいじゃないって」
雲雀はずっと落ち込んだままぶつぶつと呟いてるし。
あれもこれも全て特高のせいだ。今からでも脱走して警視庁にショックカノンぶち込んでやろうか。
そんな危険な思考にいきつこうとしていた頃、胸元が微かに震え、直後コンコン、と扉がノックされ開かれる。
「……輝夜先輩」
そこに立っていたのは輝夜先輩であった。
彼女はズイ、と部屋の中に入ってくる。
「こんにちは、快人クン、それに……雲雀ちゃん」
「何しに、来たんですか」
「あなた達二人が心配でしたから……朝露さんの事は残念でした」
彼女は悲しそうに目を伏せる。
「……嘘だ」
「え?」
俺は言った。
「嘘だ、先輩は……」
「か、快人クン?」
彼女が困惑した様な表情を浮かべる。危ない、思わず心の声をそのまま口に出してしまう所だった。
今の彼女は信用出来ない。先程彼女が入ってくる直前で起きた胸元の震え──それは、以前師匠から貰ったロケットペンダントが反応したものだ。
そしてそのペンダントが反応するのは「俺達の部屋に敵愾心を持つ者が近付いた」時。
「と、兎に角俺達は大丈夫です」
「そうですか……」
今は事を荒立てるべきではない。俺は彼女の事を知っている様で何も知らない……あの頃、襲撃を受ける前まで特訓を受けていた頃はまさか、部屋に勝手に媚薬撒く様な人だとはこれっぽちも思わなかった。
自分のしていた事が知られたと分かった時、彼女が俺達に対して何をするか分からないのだ。
と、彼女の目が雲雀へ向く。
「所で雲雀ちゃん、身体の調子はどうですか?」
「……身体の、調子」
「ちょ、ちょっと」
俺が彼女を庇おうとしたその瞬間、雲雀はベッドから落ち輝夜の足元に縋りつく。
「お願いします、咲良を解放してください。私は何でも言う事を聞きますから、もう何も余計な事はしませんから、だから……」
泣きながら懇願する雲雀。それを見下ろす輝夜の顔は髪に隠れよく見えない。
「……すみません。私にはそこまでの権限はないのです」
「でも、昨日来たのは柊の人間でした、そこから言えば」
「アレはもう家から離れた人間です。私の知る所ではありません」
「そこをなんと……ゲホッ、ゴホッ!」
と、そこで彼女が激しく咳き込み床に血が飛び散る。
俺が彼女に近付こうとするその間に輝夜が割り込んでくる。
「雲雀!」
「あらあら、やはり医務室で安静にしておいた方が──」
だが、彼女の言葉はそこで中断される。
誰かが遮った訳ではない。ただ雲雀に起こった現象によって言葉を失っただけである。
「さく、ら?」
「師匠?」
彼女の身体を淡い光が包み込んだのだ。その光はとても見覚えのある物であり、俺達二人は同時にその名前を言う。
だが、付近には誰も居ない。
「これは……」
輝夜は目を見開き、少し慌てた様子で部屋を出ていく。当然だろう、拘束された筈の師匠の魔法がたった今雲雀にかけられたのだから。
ばさ、ばさ、と窓の外から鳥の羽ばたく音が鳴る。見ると、窓枠に白と濃灰の混じった色をしたカモメがとまっていた……カモメ? こんな所で?
「あ、もしかして」
違和感は必ず何かしらの証左である。
今魔法を使ったのは恐らくこのカモメであり、そしてコイツはきっと師匠の使い魔なのだ。予め召喚しておいたのか、もしくは拘束されている最中に送り出したのかは分からないが。
「師匠……!」
「……」
俺は彼女の読みに感動し、一方の雲雀は何かを憂う様な表情を浮かべていた。
「はい、何でしょう輝夜様……朝露咲良? それならずっと目の前に居ますよ。魔法? 使える筈がありません」
某所上空一万メートル、そこを飛ぶ黒い輸送機が一機。
それは特別高等警察に与えられた特殊護送機であり、専ら凶悪犯の護送に使われるその機体は今、無辜の少女一人とそれを監視する数名を乗せてとある収容所に向かっていた。
機内でかかってきた電話に男──柊霞未が応対し、そして切る。そして吐き捨てた。
「チッ、ガキが……舐めやがって」
彼は電話の相手、輝夜に向かってそう言った。
そして目の前の少女に視線を移す。少女──咲良は今目隠しをされ、後ろ手で分厚い手錠に繋がれ大量の札が貼り付けられた椅子に縛り付けられ指一本動かせない様な状態であった。
彼女に付けられた手錠には人間と妖魔の接続を阻害する機能が付いており、また椅子の札には魔力を吸い取る機能が備わっている。だからこそ、彼は「魔法なんて使える筈がない」と答えたのだ。
因みに輝夜が急遽連絡をした理由──謎の回復魔法の主は、咲良が連行される直前に血をばら撒いて呼び出しておいた使い魔である。
複数呼び出したうちの一体、回復用使い魔【
なので確かに、咲良が魔法を使っていない、というのは正しいのだ。彼らからしてみればどちらも変わらないだろうが。
「フン、お前も不幸な奴だな。もう少し弱ければこんな事にはならなかったのによ」
「……」
「……チッ、こっちはこっちで不気味なガキだ」
彼が咲良に話しかけるが、彼女は何も反応しない。
不気味なガキ、それが彼の彼女への印象であった。通常魔力を吸い取られていると奇妙な感覚に襲われる。それは痛みの様な、快感の様な……兎も角「私は最強ですから」などとのたまった飄々としたガキが悶え喘ぐ所を見るのが楽しみだったというのに、結局彼女は眉一つ動かさない。
耐えているのか、はたまた札が不良品であったのかは分からない。手錠によって契約神との接続を断っているので魔法は確実に使えないのだが、何はともあれ彼を苛つかせた。
「霞未様、まもなくです」
「そうか」
と、そこで彼の耳元に護衛の女性が囁く。
彼は頷き、咲良へ言う。
「直に目的地へ着く。お前が日光を浴びられるのもこれが最後だ、よく満喫しておくんだな……動けないから関係ないか」
ハハハ、と笑う。
「雲雀……」
そんな彼の言葉など聞こえていないといった様子で、咲良は一人呟いた。
夜になった。結局その日、俺達は一度も外に出る事はなかった。
通信妨害によって外部との連絡は一切取れず、窓も扉も開かない。まるで以前媚薬がばら撒かれた時の様だ……流石に今回はトイレと風呂は開いていたが。
もしかすれば今回も媚薬なり魔法なりかけられていたのかもしれないが、師匠の結界が効いている様で特に妙な事は起きていなかった──外部からの、何かは。
「ひ、雲雀!? 一体何を」
それが自発的な物だったならば、さしもの師匠でも止める事は出来なかった。
俺はベッドで俺を押し倒した雲雀に驚き、目を閉じる。
「と、兎に角服を着てくれ!」
今、彼女は裸だった。生まれたままの姿で俺を押し倒している。
また何かされたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。今の彼女は顔は赤いものの苦しそうな息は吐かず、涙を湛えた目で言った。
「お願い……最期に愛を、刻んで欲しい……」
「さ、最期って……」
ポロポロと涙が俺の顔に落ちる。
度重なる発作、あの時の暴走。彼女は自らの死期を悟った、そんな風に見えた。
「私、駄目だと思ってて……でも咲良の魔法で少し希望を持って……持っちゃって。でも結局、私はわたしで……」
──ああ、つまり彼女は。
「……安心しろ、きっと咲良は戻ってくる。だからこんな事は、駄目だ」
「……」
「自暴自棄にならないでくれ。それは本当の君じゃないだろう……?」
優しく諭すと、彼女は起き上がる。
「……そうっすね。ごめんなさい、私、ヤケになってたみたいっす」
にゃはは、と笑う。
「きっと咲良は戻ってくる。絶対に……そうっすよね」
「ああ、必ず戻ってくるさ」
彼女は自らのベッドに戻り、パジャマを着て布団にくるまる。
「きっと、全てが終われば……」
「ん? 何か言ったか?」
「……いえ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう答えて、俺も布団に入り目を閉じる。
その翌朝、隣のベッドに彼女の姿は無かった。
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