魔法大会 -朝露咲良vs藤堂快人-
「ん……」
「雲雀……起きた、ですか」
隣を見ると、そこには不安げな表情を浮かべる咲良が居た。
白いカーテンに白いベッド、鏡。見える棚には多くの薬品が並んでいる──どうやら私が今居るのは医務室、そこのベッドで寝かされていた様だ。
「覚えてる、ですか?」
「……あんまり……アレから何日経ったんすか?」
「丸一日、です」
時計の針は十一を示し、窓から見えるのは曇天の空、弱々しい光が部屋に入ってきている。昨日の試合から今まで二十時間弱眠り続けていたらしい。人生最長記録だ。
昨日の事については、"声"が聞こえて乗っ取られる寸前の所までは覚えている。それ以降は分からないが、多分ろくな事はしていないだろう。
身体は軽い。きっと彼女の魔法だ。私はニコリと笑い、力こぶを作る様な動作を見せる。
「咲良のお陰で身体も軽いっすし、もう大丈夫っすよ!」
「いえ」
だが、私のそんな強がりはあっさりと彼女に否定されてしまう。
「"ハイネスヒール"が治すのは、物理的な傷病だけ……」
「ええ、だから」
「……魂には、作用しない」
「……」
私は口を閉ざす。
どうやら彼女には何でもお見通しらしい。
「雲雀のそれはきっと、魂由来……そこを治さないと、何度でもぶり返す……」
黙りこくる私の手を彼女が握る。
眉は下がり、声のトーンはいつもより低く、だが強い。彼女は言った。
「お願いします……貴女を、助けさせて……頼って、ください」
ああ、咲良は優しいな。私は貴女に何もしてやれてない、与えられてないのに。何もかも、貴女に劣っているのに。
いつも助けられてばかりで、一度身勝手な拒絶すらしたのにまた助けてくれて。
「……ごめんなさい」
「っ……」
──そんな彼女をまた拒む私は、きっと碌な末路を辿らないのだろう。
咲良の顔が悲しそうに歪む。
あっさりと原因を突き止めてる彼女なら、もしかすれば私の問題も解決出来るのかもしれない、いやきっと出来るのだろう。
ただ──私は、怖かった。
人間として嫌われるならそれでいい。いや寧ろその方がいいのかもしれない。でも私が私でなく、化け物として気味悪がられるのが怖かった。
そんな事をする様な子じゃないって事くらい分かってる。でも、それでも頭の何処かで恐れてしまっている。なんて酷い女なのだろうか。
『──コロセ』
ズキリ、脳内に声がする。
私は顔が歪むのを必死に堪えながら、彼女の手を握り返す。
「咲良、貴女にお願いがあるっす」
出来るだけ明るい表情を浮かべようと努力する。でも、それが空元気である事くらい彼女にはとっくにお見通しだろうけど。
「もし、私が私でなくなったら──」
それでも、これだけは頼んでおかないと。
きっと、彼女だけだから。
「──その時は、貴女の手で消してください」
秋空雲雀だったモノを、殺せるのは。
「……嫌です」
「……」
彼女は静かに言う。込められたのは悲しみと、怒り。
「私は、貴女が頼ってくれるまで……ずっと、治し続けます」
「……」
そう言うと、彼女は部屋から出ていった。
「……ごめんなさい」
呟く。
『コロセ』
「ごめんなさい」
『コロセ』
「ごめんなさい」
誰にも聞かれず、その声は静寂に溶けていく。
「ごめん、なさい……」
鏡の中で、鉄の塊が笑っていた。
──────
「快人」
夢想鍛錬所のエントランスで立ち尽くしていた俺にかけられる声。
その方向を見ると、そこには師匠が立っていた。彼女の髪はぼさぼさで、長い前髪がその目元を隠している。
「師匠……雲雀は」
「目覚めた、です……でも、危うい……」
「ッ!!」
危うい。師匠から最も聞きたくない言葉だった。
咄嗟に医務室へ向けて走り出した俺を、しかし彼女の手が止める。
「な、何でですか! こんな時に試合なんて、出来る訳がないじゃないですか!」
本当なら俺だって雲雀の様子を見守りたかった。だが、魔法大会の運営──学園上層部はそれを許さなかったのだ。
奴らは、こんな異常事態にあっても俺を戦わせたいらしい。
「雲雀は私が、必ず助ける……快人、貴方が今やるべきは……強くなる、こと」
「な……」
「大事な人を、守りたい、ですよね……守るには、強さが必要、です」
彼女が片手で俺を引き戻す。
「努力、してください……努力でどうにも、ならない時は、更に努力してください。どうにかなる、くらい」
とんだ根性論だ。でも、それを言う彼女の言葉には何故か確固たる説得力があった。
俺は出入口に背を向け、言う。
「……俺を強くしてください。大切なものを守れるくらい……!」
「勿論、です」
そうして俺達は、夢の世界へ潜っていった。
『Aブロック決勝戦! これを勝った者が最終決戦に臨む権利を与えられる!』
審判が言い、会場内は湧き上がる。
雲雀の一件など誰も覚えていないかのように。実際、夢想鍛錬所の中で起こった事など誰も気にしてはいなかった、大丈夫だろうという漠然とした安堵によって。
『藤堂快人対朝露咲良! 双方前へ!』
だが、師匠は言った。強くなれ、と。
俺が今すべき事はそれだ。幾ら願った所で誰も助けてはくれない。俺は、俺に出来る事をしなければ。不安げな表情を浮かべながらも張り裂けんばかりに声を上げる比奈が視界に映った。
「……ん?」
「あれ、いつものは使わないの?」
「あの刀が抜かれてる所初めて見た」
と、そこで観客席がざわめく。
それもその筈、俺と相対する師匠はいつもの杖ではなく、腰に提げられた直刀を抜いたのだから。それに俺も刀を抜き、先端を彼女へ向ける。
『それでは……試合開始!』
「"リグラ・グレンズ"、"
開始の合図が鳴ると共に俺は二度リグラ・グレンズを発動させる。片方は初戦と同じく黒い火炎弾にし高速で放ち、もう片方は刀に纏わせる。
そして地面を蹴り、火炎弾に追い付かんとする程の速度で彼女に接近する。
それに対して彼女は直刀を俺達に向け、呟く。
「"鳥高山の暴れ蔦"」
「──ッ!!」
刹那、地面から生えてきた無数の蔦が火炎弾を払い、俺を弾き飛ばす。本来植物に対して火は効果抜群の筈だが、そんな法則など知らぬと言わんばかりにあっさりと対処していた。
「……!?」
人類初の男性魔法師、藤堂快人。入学以来の騒がせ者、朝露咲良。その二人の勝負とあって特別席で観戦していた輝夜は、咲良が使った魔法を見て驚愕する。
いつもならば魔法の強さに驚く所だが、今日は違った。
「あれは、鳥高神の魔法……?」
そう、彼女がたった今使った"鳥高山の暴れ蔦"は規模こそこちらの方が遥かに上ではあるが、過去の鳥高神との契約者が使った物と同じだったのだ。
これまで彼女が使ってきたのは未知の物ばかりであった為、突如既知の魔法を使ってきた事に驚愕したのである。
「使えなかったのではなく、使わなかった……? でも一体何故……」
「今日の試合……私は、私の魔法を使わない、です」
「え?」
試合が始まる前、彼女はそう言った。俺には全く意味が分からなかった。
「鳥高、さんの魔法だけを使う、です。所謂、縛りプレイ……?」
「ちょおーい、えらい不敬な言い草やな!」
彼女の言葉に、どこからともなく出てきた少年──鳥高神が反論する。
「まあアンタの魔法が強い事は認めるけどな……藤堂少年! ウチの魔法も舐めんといてや!」
「いや別に最初から舐めたりしてませんけど」
っていうかまず見た事ないし。
そんな彼を無視しつつ彼女は言葉を続け、理由を述べる。
理由はただ一つ──普通に戦ったら俺の特訓にならないから。普通の魔法師が言っていたら傲慢にも程がある発言だが、こと師匠が言っているのだからぐうの音も出なかった。実際、俺が勝てるビジョンは全く見えないし。
そんな訳で、ここに縛りプレイ師匠との対戦が実現したのだが。
「"召喚──鳥高山の
巨大な鶏と無数の巨大な猫──否、狂暴なその見た目は最早虎や豹と呼ぶべきであろう。
彼女の呼び出した計十体にも及ぶ召喚獣が一斉に俺に襲い掛かる。
「"
「"プロティレイル"!」
それの隙間をつく様に色鮮やかな草花の嵐が巻き起こる。
召喚獣を刀で焼き払いつつ、防壁で嵐を防ぐ。だがそれも完全には防げず、俺の身体には細かな傷がつき始める。
縛りプレイとか言ってたけど結局使いこなしてるし……でも──
「うおお!!」
ギイン、と甲高い金属音が鳴り響く──多少の傷は無視して突っ込んだ俺の刀と彼女の直刀がぶつかり合う。
──いつも程の絶望は感じない!
「"リグラ・グレンズ"!」
「"
至近距離で放ったそれを彼女は水の膜を出して対応する。だが防ぎ切れず僅かな炎が彼女に接近する。
それを蔦で払った隙をつき俺は蹴りを入れ、直後に靴に仕込まれた魔女の箒に魔力を込めてその勢いで彼女へ追いつく。
そして俺は刀を振り下ろす。その先には彼女の左腕があり──
「──っぁ」
不意に、倒れた雲雀が重なった。
ピタリと硬直する身体、激しさを増す動悸。
「……」
『おい、さっさと攻撃せい!』
メリィが言うが、俺の手は石膏で塗り固められたみたいに動かない。
──もし、雲雀と同じ事が起こったら?
「あ……ああ……」
俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいで、雲雀はあんな目に遭った。
俺が彼女を斬らなければ彼女は謎の暴走なんてせずに苦しまずに済んだのに。
そもそも比奈が傷付いたのだって、元を辿れば俺がこの学園に入学したからだ。俺なんて生まれてこなければ、彼女らは何も傷付かずに済んだのに。
手の力が弱まり、思わず刀を取り落と──
「ほっ、と」
「……え?」
──そうとしたその時、手に何か柔らかく硬い物を斬る様な感覚が来る。
もしも俺の目が狂っていなければ、師匠が自ら腕を俺の刀で斬り落とした様に見えたのだが。
「し、しょう……?」
ボタボタと溢れ出る血が地面にどす黒い水たまりを作っていく。
「え、あ」
うそだ、そんな。おれのせいで、ししょうまで
「ふっ」
「ふぁ!?」
……と、悲しみに暮れそうになっていた俺の思考は、師匠の腕の断面から伸びた蔓が切り落とされた方の腕の断面に突き刺さり、そのまま巻き取ってグチャリ、という音と共に腕を接着させた事で吹き飛ばされる。
しかもくっついたのは見かけだけではない。彼女の左手は今も握り開く事が出来ていた。
「ヒールではない、ですよ。細い蔓を、指の先端まで挿れ、蔓の操作で疑似的に動かしてる、です……私は、約束は守る……」
「ええ……」
流石に魔法の応用をし過ぎではないだろうか。
「それよりも……戦闘中に、余計な事は考えるな、です」
「あ……で、でも」
「でもも、だっても、ありません……兎に角、今は私に勝つ事、だけを考えて……」
そう言うと、彼女は後ろに下がり俺から距離をとる。
俺は歯を食い縛り、自らの刀を脇腹に突き立てる。激痛が身体を貫き、しかし多少は頭が晴れる。
思えば、彼女が敢えて腕を斬り落とさせ、そして異質な方法で治した(?)のは俺のトラウマを予測しての事だったのだろうか。トラウマの後に衝撃的な光景を見せる事で吹き飛ばした、とか? 実際、先程の自傷も併せて俺の身体はしっかりと動く様になっていた。
「っ、不甲斐なくてすみません。ここからまた、お願いします!」
そう言いながら、俺は再び彼女へ向かって突撃する。
「トラウマも、晴れた所で……」
彼女が何かを呟き。
「──ここから、第二ラウンド、です」
「へ?」
走っていた俺の目の前に真っ赤な鳥居が落ちてくる。
明らかに潜ったらマズイ代物だったが、勢いに乗りすぎていた俺は避ける事は出来なかった。
「あれは……」
観客席がまたもどよめく。
何しろ、突如現れた鳥居に突っ込んだ快人の姿が消えたのだ。未だ魔法について熟知していない一回生は困惑し、ある程度知っている者達は咲良の練度の高さに戦慄する──その中には、輝夜も含まれていた。
「彼女なら、もしかすれば、と思っていたけれど……」
咲良が今使ったのは、神格の持つ固有魔法にして最上級の難易度と威力を誇る物。
「……っ、ここは」
鳥居を潜ったその先は、緑に包まれたみすぼらしい山道だった。
地面は所々欠け砕けたタイル、階段は崩れ、手摺として架けられた鉄パイプは塗装が剥げぐにゃりと折れ曲がっている。
ひゅう、と吹いた風が肌を撫で、腐葉土と生草の匂いが鼻を突く。
「なんだ、なんで俺」
困惑は絶えない。幻覚魔法だろうか? だがそれにしてはあまりにも感じる匂いや感触がリアル過ぎる。
「あ、そういえば」
俺は頭の片隅に眠っていた記憶を引っ張り出す。
それは、記念すべき初回の講義。神格と契約した魔法師の到達点たる魔法、まだお前らには関係ない、そう言ってさらりと流されたのだが。
と、そこまで思い出した所でズン、と俺の身体に軽い衝撃が走る。
「……あえ?」
下を見ると、俺の胸から真っ赤な木の枝が生えていた──否、貫いていた。
「──っ!!」
俺がそれを引き抜き、刀を構え直して周囲を警戒する。だが、俺の他には何もいない……いいや、いた。
「まさか……」
最初から敵はそこにいた──俺の周り、全てに。
生花、樹木、土、石、風、手摺、タイル、古ぼけた掲示板に野良猫、傾いた社、そして本殿。俺の視界に映る全ての物が牙を剥く──
反撃虚しくそれらに引き裂かれる直前、そういえば師匠が、俺が鳥居に入る直前に何かを呟いていた事を思い出す。
あの時は意味のある言葉だと思わなかったが、今では分かる。あれはこの魔法の名称──
──"神域『鳥高山』"
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