魔法大会 -秋空雲雀vs藤堂快人-
『勝者、朝露咲良!』
「比奈にもあっさりと……やっぱり凄いっすね」
外から聞こえてくる審判の宣言に私はそう独り
ここは夢想鍛錬所の控室。この次に試合を控えた私はここで物理的にも精神的にも準備を進めていたのである。
その対戦相手は──
『Aグループ準決勝二回戦、秋空雲雀対藤堂快人!』
「うう呼ばれた、行かないと……」
そう、あの快人だ。咲良から直々に色々特訓をつけてもらってるらしい彼と私は戦わなければならない。
彼の一回戦を見たが正直あっさりしすぎてて何の参考にもならなかった。私はだいぶ辛勝だったのに彼は一撃だ。取り敢えずの課題はまずあの初撃を避ける事だろう……いやでもあっちもそれは見越してそうだなあ。
そんな事を考えながらフィールドに出る。大歓声が場内を包む中、私は向かい側に立つ彼と目を合わせる。ニコリ、と微笑みかけられて思わず目を逸らしてしまう。
お互い頑張ろう、くらいの意図なんだと思う。分かってるんだけど、なんで私今目を逸らしちゃったんだろう。
『フフ……貴女、あの子に惚れてるのよ』
「なっ、そ、そんな事ないっすよ!」
御影様の突然の言葉に私は試合直前だというのにも関わらず声を上げる。
「そ、そりゃああの状況で手を出してこないのは凄い良い人だと思うっすしあれからも何かとよくしてくれてるっすしイケメンだと思うっすけどでも」
『凄い早口ね』
「そ、それに! 快人には比奈という彼女が居るっすから」
『はあ……人間の世界ってお堅いわねえ。神話読みなさい、爛れまくりよ』
「一緒にしないで『あー、秋空雲雀、準備はいいか?』す、すみません! 大丈夫っす!」
口論を交わしていたら審判に注意されてしまった。私は顔を熱くして下を向きそう答える。
クスクス、という笑い声が脳内に響く。契約妖魔だから手を出せないと思ってぇ……でも実際、魔装を着ないといけないから手を出せないんだけど。優越的地位の濫用反対!
兎も角、私は魔装を身に着ける。白と黒を基調とした天狗装束。ヘソは出ており、また下半身の防御が薄い──白い前垂れと尻から太腿の横あたりまである掛け布、太腿の前部分と鼠径部が大胆に露出している。これで動き回るの嫌なんだけどなあ。
あとは頭に白いポンポンがいくつか付いた頭襟と背中に生える黒い翼。飛ぶのはだいぶ上手くなった。
『試合開始!』
「行くぞ雲雀! "リグラ・グレンズ"、"付与"!」
開始と共に彼は自らの刀に黒い炎を纏わせる。例の一撃必殺はやらない様だ。流石に見切られると踏んだのだろうか……開始と共に飛び上がった私が馬鹿みたいじゃないか。
「と、とにかく攻撃を……"
固有兵装のヤツデの葉を使った大きな扇を振るう。瞬間、猛烈な風がフィールドを襲い彼を翻弄する……だが、この程度で狼狽える彼ではない。
「はぁっ!」
「ひゃあっ!?」
彼は勢いよく跳び上がり私に向かい剣を振るい、それを何とか避けるものの帽子に付いた白いポンポンが切り裂かれる。
だが、彼の攻撃は終わらない。どういう理屈か空中を蹴る様に跳び上がり攻撃する──
「嘘っ!? ひゃああぁぁぁ……」
その刃は、私の片翼を断ち切った。
翼は二枚一対あって初めて機能する。私は物理法則に従って地面に落下した。
倒れて呻く私、そこに重力の勢いを乗せた刺突が襲いかかる。転がって避けるが、ううん、どうにもこれは勝ち目が無さそうだ。飛べなくなっちゃったし。
「これは……キツそうっすね」
『降伏しちゃう?』
「まあ私にしたら結構健闘した方じゃないっすか? うん……」
立ち上がり、扇を持ち直す。とはいえ、多分次の攻勢で負けるな、これは。
そんな事を考えていると、彼が再び刀を構え私の方へ飛びかかる。その勢いは凄まじく、確実な死を予感させた。
「かっ……」
──一体どうやって避けられたのかは分からない。
兎も角、私の心臓に向かって突き出された刀は少しズレ、致命傷にはなり得ない部分を貫いていた。
私の身体に激痛が走り──夢想鍛錬所は痛みも再現する──彼の表情が凍った。彼としては致命傷になり得る傷を与え、痛み無く勝敗を決するつもりだったのだろう。実際、明らかに普通なら避けられないタイミングだった。
激痛で意識にモヤがかかり始める。このまま消えられたら、一体どれだけ幸せだろう──
『──コロセ』
──脳内に、声が響く。
『コロセ』
それは、いつも聞いている女性の物ではなく。
『雲雀、貴女だいじょ』
いつもの声はそこで途切れ。
『ヤツヲ──コロス」
──私が私で、なくなってしまう。
──────
やってしまった──俺は彼女の胸元に突き刺さった刀を見る。ポタリ、ポタリと血が流れ、彼女は苦しそうに呻いている。
本当なら心臓を貫いて一撃で決着を付けるつもりだったというのに……だが、これは俺の修行不足だ。兎も角、こうなってしまっては今やるべき事は一つだけ。可能な限り速やかにトドメを刺して──
「──コロス」
「──ッ!?」
──刹那、俺は頭を傾けており、直後に耳元で破裂音が鳴り叫ぶ。バチリ、右耳の中で何かが破れる音がした。
地面を蹴り後方に下がる。そして目の前の彼女の姿を確認した。
「……おいおい、何だよそれ」
『何じゃ、アレ……?』
メリィと珍しく意見が一致した。それ程までに、今の雲雀は異質であったのだ。
ビク、ビク、と身体を痙攣させながら立ち尽くす雲雀。
天狗装束は変わっていない。だが、俺が斬り落とした右翼は金銀銅の歯車の集合体に変わっている。右腕はこれまたパイプと歯車とネジの集合体へと変貌し、また俺が突き刺した刀はまるで溶けていく様に彼女の身体へ吸収されていく。
彼女の武器であった扇は取り落とされ、代わりに持っているのは見たことのない形状の機械仕掛けのピストルであった。先程俺は、こちらにその銃口が向けられたのを見て頭をずらしたのだ。耳元で撃たれたせいで右耳は使い物にならなくなってしまったが。
そしてその瞳は、黄昏色に濁っていた。
「雲雀、大丈夫か……?」
「……コロス」
『お主が変に痛めつけたのを怒っておるのではないのか?』
その可能性は大いにあるのだが、それとこれとは話が別だ。
雲雀の契約妖魔は鴉天狗。天狗の正体がメカだったなんて聞いた事もない。
「コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!」
瞬間、彼女のピストルが形を変える。
濁った金色で歯車が回っていた小さな拳銃、そのあちこちが張り出し、曲がり、膨らみ、やがてそれは濁った金色のミニガンへと変化し──
「どわあっ!?」
次の瞬間、それを一斉に解き放つ。
ブオオオオオ、という音と共に無数の鉛玉が発射され、フィールド上で土が飛び跳ね幾つもの弾痕が生み出されていく。俺は兎に角走り、何とかそれを避けていた。
だが圧倒的な弾幕を前にして俺は近付く事すらままならない。
「ぐうっ」
そうこうしている内に左足を撃たれ、怯んだ隙に右手も貫かれる。
万事休すか、俺は彼女の方を見る。
「コロスコロスころすコロすkoroすコロコここころroroろここコロロロコスススススス」
「──え?」
だが、そこではフラフラと銃に振り回されている彼女の姿があった。
口からは意味の無い言葉を垂れ流し、ミニガンは最早狙いすら定まらず正反対の方向や空にばら撒き──その姿はまるで、故障したロボットの様で。
「コr──」
「っ、雲雀!」
そこで、彼女は突如倒れる。明らかにおかしな状況に俺は思わず飛び寄っていた。
もしもそれが罠だったとしたら俺は敗北していたが、今回はそうではなかった──そうであった方が、何倍も幸せだっただろう。
「雲雀、雲雀! おい! 返事しろ!」
何を言っても彼女は反応しない。いつの間にか魔装は消えていた。
『勝者、藤堂快人』
「勝者、じゃなくて誰か、誰か」
この状況はどう考えても異常だろう。でも審判は勝利を宣言するだけで何もしない。
俺は助けを求めて周囲を見るが、観客席からは勝利を称える大歓声が沸き起こるのみ。誰一人として助けは──
「"ハイネスヒール"」
「あ……師匠、比奈」
「少しは落ち着きなさい、ここは夢想鍛錬所、何があっても死なないのよ」
そこに現れたのは師匠と比奈。師匠は雲雀へ魔法をかけ、比奈は俺にそう話しかける。
そ、そうだった。ここは夢想鍛錬所、ここで起こった事は全て夢の中……
「……いえ、そう簡単にも、いかなさそう……」
「え?」
「……兎に角、一度現実に、戻す、です」
彼女が杖を振り、瞬間雲雀と彼女の姿がその場から消える。直前の言葉からして恐らく鍛錬所から出たのだろう。
勝利などと喜んでいる場合ではない。俺と比奈は顔を見合わせ、すぐさま出口へと駆けだしていった。
──この時の俺はまだ理解していなかったのだ。あの時の涼介の言葉の意味を……人間の醜さと、罪の深さを。
「……はあ、ここはやっぱり……原作通りなのね」
観客席の少女のそんな呟きは、どよめきの中に溶けて誰にも聞かれずに消えていった。
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