魔法大会 -朝露咲良vs若草比奈-

「Bブロック一回戦、広野心愛対市野愛手いちのあいて!」


 快人が戦っている頃、別の鍛錬所にて試合が行われようとしていた。

 フィールドに立つ二人の少女がそれぞれの魔装を身に纏う。白髪の少女は小さな眼帯ビキニと前張りに手足の鎧、対する黒髪の少女は胸元と腹と股回りが大きく開いた和装。後者もアレだが前者よりはマシだろう、観客の思考は一致していた。


「試合開始!」


 審判の声と共に市野は後方に下がり自らの固有武具である長弓を引く──


「なっ」

「ボクの勝ち、でいいよね!」


──隙すら与えられず、押し倒されて拳を顔に突き付けられていた。

 試合が始まった瞬間、心愛は地面を凄まじい力で蹴り一気に距離を詰めたのである。市野には殆ど動きが見えず、何の反撃も出来なかった。


「ね!」


 戦慄する市野を背に心愛は審判の方を向く。だが審判が決着の旗を上げる事はない。


「駄目だ。ここは夢想鍛錬所、何をやっても死なないのだからしっかりトドメを刺せ」

「えーヤダ!」


 彼女は市野から手を離し審判席へ詰め寄る。


「仕方なかろう、それがルールだ」

「ヤダ! だってボクはヒーローなんだから、人を殴るのはボクのし、し……」

「信念か?」

「それ! ボクのしんねんに反するの!」


 何ともあどけない、子供じみた言い分であった。そもそも"ヒーロー"というのがよく分からない。この学園に通う魔法師は総じて軍人でありスーパーマンの様に街中で怪人相手に大立ち回りをする訳ではないのだ。

 年齢にそぐわない純朴な願望を、しかし彼女は審判の目をしかと見据えて言った。


「……魔法には絶体絶命の状況からでも逆転出来る物がある。僅かな情けが自らの命を消す事になりかねないのだぞ」

「ふーん……ん?」


 と、そこで心愛は気付く。自らの背後から高い魔力を感じる事を。

 彼女が振り向くと、そこでは市野が弓を構えており、こちらに光り輝くやじりが向いていた。


「"風裂きの弩"!」


 彼女の叫びと共に矢が放たれる。

 矢の速度はマッハ三、直線距離にして約二メートルを衝撃波を放ちながら僅か0.002秒で突き進む。例え発射直前に気付いたとて、避ける事など不可能だ。

 その場に居る誰しもが市野の勝利を確信した、審判ですらも市野の勝利と宣言しかけた──ただ一人、心愛本人を除けば。


「ほっ」

「──は?」


 彼女は避ける事はしなかった。流石に間に合わないと判断したからだ。

 代わりに選んだのは──矢が当たるのと同時に身体を回転させ、矢を身体の表面で事。所謂"スリッピングアウェー"という技術だが、それを飛び道具相手にやるなど聞いた事もない。

 必殺の一撃が何とも非常識な形で無効化された市野はその場に立ち尽くす。奇襲が失敗した今、彼女に出来る事は何もなかった。


「魔法を使えなくすれば、ボクの勝ちでいい? いいよね?」

「……まあ、いいだろう」

「よしっ」


 そんな彼女を見据え、心愛は審判にそう尋ねる。このままでは埒が明かないと判断した審判はやむなく承諾する。

 次の瞬間、心愛は素早く市野に接近する。そして彼女の魔装の袖を掴み──


「とりゃっ」

「……ふぇ?」


 あっさりと破り捨てた。

 彼女はそのまま残った魔装も全て引きちぎり、そうこうしている内に市野は全裸になってしまっていた。しばらく何が起こったのか分からなかった彼女だが、次第に状況を把握する。彼女の顔はペンキでも塗りたくったかの如く紅潮し、自らの肌を慌てて隠す。


「きゃあああっ!!? な、何でぇ!?」

「ふふん、これでもう魔法は使えないでしょ。ね、審判さん!」


 なるほど、確かに魔装を破壊してしまえば魔法は使えなくなる。だがそもそも魔装自体がかなり頑丈であるので普通は本体を倒す方が遥かに楽なのだが、それを腕力だけでやってしまうとはどれだけ馬鹿力なのだろうか。

 兎も角、ここまでやられては認めざるを得ない。審判は静かに心愛へ旗を掲げる。


「……はあ。まあいいか。勝者、広野心愛!」


 悲鳴、困惑、溜息。何とも締まらない形でBブロック一回戦は幕を閉じた。



──────



「Aブロック準決勝一回戦、朝露咲良対若草比奈!」


 審判が言い、私達はフィールド上に足を進める。

 Aブロック初戦の勝者は快人、雲雀、咲良、そして私。ただ正直マッチングの運というのもあった気がする。少なくとも、快人や雲雀は楓と当たって勝てるとは言い切れない……まあ、咲良と当たったのが運の尽きだ。

 そして今、私は咲良との試合に臨もうとしている。同じグループ、同じ大会に出ているからにはどうやっても逃れられない。


「比奈ー! やっちゃえー!」

「頑張れー!」

「朝露さーん、がんばー!」


 観客席から歓声が聞こえる。多くは私に対してだが、咲良への物も少なからずあった。

 意外と彼女、ファンが居るのよね。多分あの襲撃事件で助けられたとかその辺だと思う。


──彼女は知る由もない事だが、楓が咲良と戦った際も咲良への応援は少なからずあったのだ。楓は劣等感とストレスでかなり耳にバイアスがかかっており、本当に彼女に勝って欲しいという意の声ですらも変な意味に捉えてしまっていた。

 実際には咲良の実力はそこまで学園に広まっている訳でもないし、十華族の子女が平民出身の娘に負ける訳がない、と思っていた人間も多数存在したのである。襲撃事件をほぼ一人で解決した、という噂は学園中に流れてはいたが、殆どの人間は信じていなかったのだ。

 だからこそ試合が決着した時は割と通夜ムードになっていたりする──若干名の歓声はあったが。


 そんな裏話は兎も角。


「……私がアンタに勝てない事は分かってる」


 私は咲良に言う。表情を変えず何も言わない彼女へ、私は刀を抜き切っ先を向ける。


「だからせめて、今の私の"最高"をぶつける」

「……ええ、分かった、です」


 彼女は薄く笑みを浮かべ、そう呟いた。

 そんなやり取りを見ていたのかは分からないが、そこで審判が叫ぶ。


「試合開始!」

「"プロテクション"」


 開始と同時に咲良が選択したのは、いつものショックカノンではなく防御魔法。彼女の姿が半透明の紫色の膜に球体状に覆われる。

 見た目はモロそうだが、あれの硬さはよく知っている。並大抵の魔法では傷一つ付けられないだろう。


「はあっ……」


 咲良は私の意を汲み取ってくれた。それを無駄にはしない。

 私は自らの魔力を高める。ただ一撃の為にただひたすら高め続ける……私は前衛型、実戦なら零点だ。それでもいい、今は試合なのだから。

 刀が赤く輝きだす。深紅の炎が纏わりつき、メラメラと揺らめく。だが足りない、こんなのでは彼女はおろかあのオークにも届かない。


 先の襲撃事件から、私は快人への特訓を断り若草家のコネを使って上級生や教師に特訓をつけてもらっていた。

 快人は誘わなかった。そもそも私より先に咲良に師事してしまっていたし、それに……私が強くなりたいのは、アイツを守りたいからなのだから。

 同じ人に師事して、同じ様に特訓していてはアイツに並ぶ事はあってもアイツより強くなる事なんて出来ない。そもそも才能は……悔しいけど、アイツの方が多分上だし。だから、私は様々な人から教わった。アイツが咲良一人という"質"に教わるなら、私は"数"で対抗するしかない。

 ワンチャン天才特有の「人に教えるのはド下手」を期待した事も一瞬あったけれど、アイツの強くなり様を見る限りどうやら真の天才みたいだし。こうなればもう私が強くなる他ない。


 轟々と燃え上がる炎。だがまだ足りない、あの壁を打ち破るには、まだ。

 刀が見えなくなる程の密度になり、更に火の色が変わる。赤から橙、橙から黄金、やがて白色に輝きだす。

 白い炎の揺らめきは無駄だ、魔力を自分の指だと思え──揺らめきを抑え、刀へ集約させる。


『……おお、はじめて成功したな』


 脳内に少年の声が響く。契約神の火之迦具土神ひのかぐつちのかみの声だ。

 彼の言う通り、私がここまで火を収束させられたのは今回が初めてだった。炎を白くさせるまでは漕ぎ着けていたのだが、そこから先が実現出来ていなかったのだ。


『まだ、行けるか?』

「……当然!」

『よし。刀は壊して構わん、好きなだけやれ』


 だが、これでもまだ足りない。更に、更に、更に!

 やがて刀身が完全に白く輝く物になった所で、私は切っ先を彼女へ向けたまま腰を落とし、左足を前に出す。そして足裏から勢いよく炎を噴射し──



「──"白焔はくえん"」



──勢いのまま、私は彼女を覆う膜に刺突した。


 一秒か、一分か、はたまた一時間、一日かもしれない。果てしなく長く短い間突き立て続け──終わりは不意に来た。


「……」


 刀の輝きが消える。


「……以前の私・・・・なら、危なかったかも、です」

「……何よ」


 そこには、無傷の彼女が立っており。


「傷くらい、つきなさいよ……」


──同じく無傷の防壁があった。

 私がそう呟いた所で激しい倦怠感が襲い、その場に崩れ落ちる。魔力切れだった。

 ああ、ああ。私の全ての魔力を注ぎ込んでもまだ届かないのか。一体彼女はどれだけの高みに居るのだろう。


(もう少し、凝った名前にした方がよかったのかな)


 薄れゆく意識の中、私は半ば現実逃避的にそう呟いた。


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