背中合わせの一夜物語

「──あ。ご、ごめんっす!」

「い、いやあ……俺も名乗るべきだったよ」


 我に返り慌てて差し出された手を取り立ち上がる。その過程で彼女の決して小さくはない胸が少し揺れるのが視界に映り込む。

 俺はそっと目を逸らし、彼女に言う。


「雲雀、取り敢えず何か着た方がいいと思う。俺、外で待っとくからさ」

「へ? ……そ、そうさせてもらうっす」


 彼女は自分が未だ下着姿である事を思い出し、再び顔を真っ赤に染めた後そそくさと扉を閉める。

 ガタガタガタン、とけたたましい音を鳴らしつつ数分後、彼女はいつもの制服姿──ではなく、これまた可愛らしいパジャマに身を包み扉を開けてくる。

 制服は魔力補給の関係上腹などが露出しているが、そういった制約がかけられていないパジャマは至って普通の服だ。薄桃色の地味ながらふわふわとした印象がする普通のパジャマ。その姿が新鮮で、俺は思わずごくりと唾を飲みこむ。


「も、もうパジャマなのか」

「え!? い、いやもう夕食食べたっすし、いやでもまだお風呂が……うう、と、兎に角上がるっすよ! そ、そこに居たら目立つっすよ」


 確かにさっきから周囲の部屋に入ろうとする女子生徒達からの視線が痛い。


「あ、ああ……」


 俺は彼女の言葉に甘え、部屋の中に入るのだった。




──あああああ! やっちゃったやっちゃったやっちゃった!


 一方その頃、私は焦りに焦っていた。汗はとめどなく流れてくるし、普通に制服を着ればよかったのに何故かパジャマを着てしまうし。こんなのまるで私が一緒の部屋で寝るのを楽しみにしてるみたいになるじゃん!

 思えばここまで同室の名前が出されなかった時点で勘づくべきだったのだ。もし他の生徒だったならば渋る必要などないし、そもそも転寮する必要すら無いのである。


 下着、見られちゃった……いや普段からそこそこ肌は見られてるし、ちょっと前の魔法適性試験の時にはもっとヤバイ所まで見られたかもしれないんだけれど、それはそれとして快い物ではない。


『まあ元気出しなさい。同じ学校に通ってるのよ、こんなハプニングくらい誰にだって起こるわ』

「そうっすけど……」


 脳内で御影様契約妖魔が励ます。


『それにほら、彼結構紳士そうじゃない』


 彼女の言葉に、私は自分のベッドの方で荷解きする彼に目を向ける。

 彼は先程から極力私の事を視界に入れない様に動いていた。細かな配慮だが有難い……確かに彼は紳士なのだろう。比奈がベタ惚れするのも分かるし、女子生徒からの人気が高いのも頷ける。

 私だって彼は良い人だとは思うが、しかし恋愛対象に入る訳ではない。彼とは会ったばかりだし、そもそも他人の彼氏である。


「あー、そこの扉がトイレで、奥が風呂っす。冷蔵庫は入口の近くにあるっすから自由に入れてください」

「ありがとう」


 彼に軽く紹介する。

 柊家は十華族筆頭。だからなのか部屋も元居た鈴蘭寮よりも少し広く、風呂は足が伸ばせる程広く、ベッドも二人寝れそうなくらい大きい。素材も高級感溢れ、一言で表せば"金持ってそう"。


「と、取り敢えず俺飯食ってくる」

「い、行ってらっしゃいっす」

「ああ……ん?」


 大体の荷解きが終わり、彼が食堂に向かおうとドアノブに手をかける──が。


「どうしたんすか?」

「……開かない」

「え?」


 私は彼の言っている意味が分からなかった。

 だってついさっきは普通に開けられたじゃないか。多分緊張をほぐす為にふざけているのだろう、私は彼の元に行きドアノブを回そうとする。


「……確かに」


 が、ノブは回らない。まるで何か不思議な力で固定されているかの様に一切動く事はない。


「鍵は閉まってないし、何かおかしくなったのか……? 外に連絡して助けてもらうか」


 彼は端末を操作し、外部との連絡を試みる。

 プルルルル、と待機音が鳴り続けるが、しかし誰も電話に出る事はない。それどころか、どうやら圏外になってしまっている様だ。チャットアプリもエラーを吐くばかりでまるで役に立たない。

 彼は置物と化した端末をポケットに入れ、深刻な表情で呟く。


「くそっ、どうして……まさか、襲撃か?」

「しゅ、襲撃!?」

「学園で、それも柊寮で通信障害なんて有り得ない。扉が急に開かなくなったのも不自然過ぎるし……雲雀、警戒してくれ」

「は、はいっす!」


 彼の言葉で部屋の雰囲気は一転、臨戦態勢になる。私は魔装に変身し武器である扇を構える。


「兎に角この部屋から出よう」


 彼が言い、窓に手をかける。が、やはり開かない。やむなく刀を向け、叩き割ろうとした──その時。



「──?」



 ぐにゃり、私の視界が歪みその場にへたり込む。それだけではない、頭がぼーっとし、身体が火照る。ああ、暑い。何故か暑くてたまらない。

 思わず息は荒くなり、その吐息はたまらなく熱い。心臓が喧しく鳴り叫び、目の焦点は定まらない。


……じわり、下半身が特に熱い。


「ひば──!? な、何だ、これ……」


 それは彼も同じ様で、その場に跪くのを何とか刀で身体を支えている。顔は真っ赤に染まり、流れ出る汗がポタポタとカーペットに染みを作っていく。

 そんな中、私の視線は自然と彼の下半身──股間に吸い寄せられており。


『あら』

「……」


 彼の股間は、外部からでも分かる程盛り上がっていた。


「……そういう、ことっすか」


 ここで、私はこの謎の襲撃の目的が分かった。

 まず、今のこの状況を引き起こしているのは何らかのであり──そして下手人は、ほぼ確実に学園の人間だ。先日ここを襲った奴等などではなく。

 そしてその目的は、恐らく……


「く、そ……っ、こうなったら、力づく、で……!」

「あ、待って……」


 壊すのは色々と問題になりそう、私は彼を止めようとしたが、しかし身体は言う事を聞かない。


「"リグラ・グレンズ"……ど、どうして」


 だが、彼の刀から炎は出ない。

 魔法の発動にはある程度の集中が必要だ……基本的には。今、恐らく発情して脳内真っピンクになっているであろう彼の精神状態では流石に契約妖魔のサポートがあれども魔法を使う事など出来なくて当然なのである。


 そんな彼を見て──私の手は無意識のうちに股間を押さえていた。この熱さを何とかしたい、したい、シタイ……


「──っ! わ、私! ……ふろ、入るっす」

「……ふぇ? い、今?」

「ひゃい。ど、どうせ開かないのなら……」


 呂律が回らなくなってきた。私は浴槽に駆け込──開かない!?

 慌てて隣のトイレも試したが、やはり開かない。逃げ場は、無い。


「しょ、そんな……」


 ヤバい。このままじゃ、私……


「……っ、ねっ、ましょう!」

「ね、ねる!?」

「はっ、んぅっ♡…いっ。きっと、その、うちっ、先輩が助けて、んっ、くれるっす…よっ。お、おやすみなさい!!」


 そうと言い捨て、私は足早にベッドに入り布団に包まる。ガチャン、とあまりにも丁度いいタイミングで電気が切れ、部屋は暗闇に包まれる。

 そこで私の理性のタガが一つ外れ、獣的な本能に身を任せ右手をズボン、その先の下着の中まで入れていた。既にぐちょぐちょに濡れていた股間をまさぐり、やがて指先が秘部に触れ──



「~~~~~ッ♡♡♡!!!」



──瞬間、ぷしゅう、という音を立てて果てる。

 やってしまった。私、男子の前で、こんな……後ろの彼は今、どんな顔でいるのだろう。どんな気持ちでいるのだろう。

 びしょびしょとシーツと布団が淫液で濡れ、猛烈な虚脱感が身体を襲う。だがそれも一瞬だけ、直後にまた火照りだし、下半身は更なる刺激を求め出す。


「はぁ……んっ、あ……っ♡」


 男子の前だと、理性は必死に止めようとしてくるが私の本能はもう止まらない。

 右手は尚も秘部が求める刺激を与え続け、膨大な快楽が脳を細切れにしてくる。


「んんっ……♡はぁっ、んっ…ひゃ、んぅっ…♡」


 手は止まらず、ぐちゅ、ぐちょ、と湿った音は鳴り止まず、私の口からは熱い吐息と喘ぎ声が吐き出され続ける。ビクビクと身体は震え続け、脳は快楽に支配され理性は白濁とした思考に押し流される……




「うっ、んぅっ……はぁっ……」

(うおおおお、やめてくれ雲雀ぃぃぃぃ!)


 ぬちょり、ぐちょり、と湿った音が背後で鳴り苦しそうな喘ぎ声は止まらない。噎せ返る様な牝の匂いが部屋に充満し、それが俺の思考を溶かしていく。

 布団にくるまり、取り敢えず大人しく時を過ごそうと考えていたのだがこのままではマズイ。さっきから俺の息子はいきり立って仕方がないし……女子の部屋でのは気が引けるが、もうこの際やるしかない。さもなくば何をしてしまうか分からない。

 頭はさっきからクラクラしっぱなしだし、俺の理性が残っている間に処理しなければ。


『よいではないか。力を増す良い機会じゃ』

「だまっ、れぇ……」


 メリィがケラケラと笑いながらそんな事をのたまう。

 俺の能力は人を"支配"──恋させれば強化される。だからメリィはここで一発彼女とやってしまえと言っているのだろう。ふざけるなよ、こんな無理矢理みたいな形でやってたまるか。


『しかしじゃなあ、このままでは貴様はいつまで経っても強くなれんぞ? あの魔女に色々と教わっておるようじゃが……所詮は小手先の技術に過ぎん。根本的な部分は何も変わらんぞ』


 そんな悪魔の囁きを無視しながら、俺は自分でを始める。

 散々我慢していたせいか嫌に粘った音が鳴り響く。


『……まあ、貴様が我慢出来てもあちらが出来るかは別じゃがな』




(うう……あっちもシてる……)


 ネチョ、シュコ、と粘り湿った音が聞こえてくる。生臭い金木犀の臭いが私の鼻腔を突き、内なる本能を刺激して更に下半身を熱くする。気付けば、私の左手は胸に触れていた。ただでさえ服が擦れるだけでも果ててしまう程度には身体中が敏感になっている中で更に敏感な部分を弄り、私の絶頂は連鎖する。


(こんなのって……)


 これをやった者達の目的は何となく分かる──私と彼の子供が欲しいのだ。魔法師と魔法師の間に生まれた、世界初の子供。

 それならば他の魔法師でもいいだろう、と思うかもしれない。何なら比奈との間には誰に言われずともそのうちデキているだろう、とも。だが、日本魔法界上層部的には、多分私でなければダメなんだと思う。それに加えて、でなければ──きっともうすぐ、私はのだから。

 別に彼の遺伝子は一度切り、という訳ではない。きっとこの先も上層部の思惑順に女子が宛がわれていく筈。その最初が私だったという訳だ。


 嫌だ、こんなの。

 確かに選り好み出来る身体でも立場でもないのは分かってるし、彼が優良物件だってのも理解してる。

 でも、それでも。私の人生の"初めて"くらいはもう少し綺麗な、ロマンチックな雰囲気の中で終えたいよ。子供みたいな願望なのは承知してるけど、折角得た"人生"なんだからそのくらいは望んだっていいでしょう?


──もし、咲良が居なければ。もし、私の身体がボロボロのままだったならば。

 きっと私の精神は病み、この状況にも抗う事など出来なかったのだろう。流されるまま、獣の様な本能に身を任せ彼に襲い掛かっていたかもしれない。そんな私を、彼は受け入れただろうか? 軽蔑するだろうか、憐れむだろうか……どちらにせよ私は罪人に過ぎないのだが。


 でも、今の私はギリギリ抗える。だからこんな子供みたいな夢だって持ったままいられる。


「はぁっ……んんっ、んぁっ……」


 眠りたいのに眠れない。手は下半身と胸部に伸びたまま、脳に関係なく弄り倒す。

 バチバチとした刺激が襲い、私の最後の理性のタガが外れるのを今か今かと待ち構えている。


「くっ……ふぅっ……」


 背後から、彼の苦しそうな声が聞こえてくる。ベッドとベッドは四メートルは開いているのに、まるで背中合わせで寝ているみたいに近くに感じる。


……彼も、耐えてくれてるんだ。こんな状況なら衝動に身を任せても言い訳が立つのに。柊家だって管理責任を問われるからもみ消すだろうし。

 やっぱり彼は紳士で、良い人だ。比奈の気持ちも今ではより分かる。だからこそ、彼女の為にも彼の為にも私はもっと堪えないと。羞恥心なんて押し殺して、どんな声や音を立ててでも。




「ふーッ、ふーッ、ふーッ」

『お、おい……そろそろいいじゃろう。ヤってしまえ……?』

「ふーッ、ふーッ、ふーッ」

『だめじゃコイツ、無心でシコっとる……』


 メリィの呆れた様な声を無視し、俺はただひたすらに逸物をしごく。

 出し過ぎて涸れ果て、それで雲雀を俺から守れるのならばそれでいい。今最も優先すべきはどうにかして俺の性欲を抑える、もしくは一人で発散する事なのだ。


『雲雀とやらも存外よく耐えておるし……くそっ、これでは我はいつまで経っても力を取り戻せんではないか』


 雲雀も耐えてくれている様だ。さっきから聞こえてくる艶めかしい声がその証拠……俺の情欲はそれで余計に刺激されている訳だが、そこは俺が自分で抑えればいいだけの事。

 彼女の努力を無駄にする訳にはいかない。それに──



──魔法を使う為に、必要なのは、正確なイメージ……それを行う為には、高い精神力が必要、です。



 俺は師匠の言葉を思い出す。今しがたもリグラ・グレンズを発動出来なかったばかり、こんな状態では彼女の教えてくれる魔法を使いこなすなど夢のまた夢だろう。


 何としても耐えてみせる。俺は、今日この夜を!



 そんな二人の努力を他所に、ただただ夜は更けていき──


 ちゅん、ちゅん、という鳥のさえずりと共に、朝を迎えた。


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