これが歴史の修正力ってやつですか

「ふんふふーんふーん♪」

『上機嫌ね』

「そりゃそうよ! だって昨夜は……きゃー! 思い出しただけで興奮しちゃいます~!」

『……私、貴女がいつか悪い男に捕まらないか心配だわ』


 快人とレフィナの決闘があった翌日の朝、私はルンルン気分で登校していた。会話の内容からも私の上機嫌さが分かるだろう。

 そう、何を隠そう昨日の夜は原作二度目となる快人と涼介君の邂逅だったのだ。今回は邪魔一般通過最強魔女も居なかったし落ち着いて鑑賞する事が出来た。まあ間近で見れなかったのは少し惜しいが……

 そんな私に対して豊姫様は呆れた様な声を出す。悪い男とはなんだ悪い男とは。まあ確かに彼は一応敵側の組織の人間だし正義とは言い難いが……それは推さない理由にはならない。そもそも私は夢女子ではないのだ。彼の隣に立ちたいとかは思わないタイプ──あくまでも、彼が動いているのを眺めていたい、そんなオタクなのだ。


 さて、昨日の会話では中々意味深な単語が飛び出してきた。


──人間の欲望というのは実に果てしない物さ……例えば、神を作ってしまう程には、ね。


 この言葉は殆どそのまま三巻のラスボスの事を言い表している。

 本来であれば秘匿しておかなければならないこの情報を、しかし涼介君は快人に伝える事にした。それは、彼が"とある理由"から快人に対して親近感を抱いているからであり、しかしこの時点では快人は情報を活かす事が出来なかった……

 そしてその後、彼は転寮を伝えられる。行先は柊寮、そして自室の扉が開かれたそこに居たのは、先日ダンジョン探索で同じパーティーになった秋空雲雀だった。

 ダンジョン探索での吐血以降、どこか具合が悪そうな雲雀。そんな彼女と同室になった彼に待ち構えていたのは──魔法界上層部による『セッ〇スしなければ出られない部屋』であった。

 扉、窓、トイレ、浴室、その全てが開かない。加えて外部からの媚薬ガス散布によって発情する二人。快人は何とか耐えようとするが、弱っていた雲雀には到底耐えられるものではなく……明らかに顔色の悪い雲雀に対して彼は配慮から存分に抵抗する事も出来ず、結果として彼はヤってしまったのだった……と、いうシーンで二巻は終わるのだ。

 この場面から始まる一連のシーンが描かれた事で二巻、三巻では雲雀がヒロインレースを独走する事になる。因みにアニメでは地上波放送版ではカットされたものの、BD版ではかなり艶めかしいシーンが追加されていた。



「おはよー」

「あ、芽有。おはよー」

「おはよ~」


 そんなメタ話は兎も角、私はいつも通り教室に入る。

 今日は少しだけ遅くなってしまった。もうクラスの殆どが来て──


「……あれ? 藤堂君は?」

「快人君ならまだ来てないよ~」


 おお、原作通りだ。快楽に呑み込まれた二人は結局朝まで交わり続け、学校に遅刻してしまったのである。

 これが歴史の修正力ってやつなのだろうか……私がそんな事を考えていると、不意に鼻腔を不思議な臭いが突いた。生臭い金木犀の様な、あるいは尿、あるいは汗、それらが全て合わさった様な、独特な臭い。


「……ってこれ、もしかして」


 私がその臭いの正体に勘づいた時、背後の扉が再び開かれた。


「「……」」


 そこから入ってきたのは、一組の男女──快人と雲雀であった。

 二人の髪は風呂上りの様に湿っており、目の下には深い隈が、顔色は泥の様に悪くげっそりとしている。眉はこれでもかという程に下がり、目つきは悪いを通り越してほぼ寝ているレベル。制服もヨレヨレ、快人はヒゲの処理も出来ていない。

 そして、先程の臭いはその二人から漂ってきていた。


「お、おはよう……二人とも」


 私が声をかけてみるが、二人は小さく口を動かすのみ。何やら言っているのは分かるが、そもそも言語になっていない。

 周囲のクラスメイト達もヒソヒソと話している。二人から漂う臭いの正体に気付いたのだろう。一部はニヤニヤと、一部は不快感を露わにしている。


「……快人、何よその臭い」

「……ぁ、ぃな……ぉはよ……」


 と、そこで話しかけたのは見るからに機嫌の悪そうに顔を顰める比奈。

 彼女の責めるような口調に対し、彼は辛うじて声を出す。


「雲雀、快人……おはよう、です。ヒール、要る、です……?」


 ヒクヒクと顔を震わせる比奈の横から出てきたのは咲良だ。彼女のかけたその言葉に、二人はゆっくりと頷いた。

 咲良が魔装に着替え、魔法をかける。以前も見た淡い光が二人を包み込み、見る見るうちに回復していった。


「──ぷはっ、ありがとうございます、師匠……」

「──ありがとうっす、咲良……」


 肌につやが戻り、目の隈は消える。だがまだ眠そうな快人に比奈が再び突っかかる。


「快人」

「おはよう、比奈」

「おはよう、じゃないわよこの浮気者!」


 その時の彼女の顔は正に般若の目に涙。

 ああ、きちんと原作通りに事が進んでいると安心する。彼女は嫉妬深く、一番最初にヤっても正妻面出来ないタイプの人間である。だから彼がヒロインを増やす度に怒り狂い……まあ原作では三人目くらいからもう悟り始めていたが。


「そんな臭いプンプンさせて! さっきまでの隈だってどうせ夜通しヤってたんでしょ!? この浮気者! 尻軽! 野獣!」

「ヤってねえからこんなに眠いんだよ!!」


 が、そこで彼が反論する。


「はあ? ……どういう事よ」

「昨日は色々とあってな……兎に角、お前が想像する様な事はしてねえから!」

「そ、そうっすよ。下着を見られたりはしたけどせ、セックスまでは」

「そう……下着?」

「あ」

「……説明してちょうだい」


 二人があたふたと弁明を始める。その様子を私は呆然と見ている事しか出来なかった。

 そうか、ヤってないのか……どうやら完全に原作通り、とはいかなかったらしい。


「っていうかそんなに臭うか? 俺達朝シャワー浴びてきたんだけど」

「すっっっごく臭いわよ」


 すんすんと彼らが自らの袖を臭う。

 原作でもこれは同じで、夜通しの性行為で染み付いた臭いは少しシャワーを浴びるだけでは落ちなかったのだ。今回も似たような物だろう。


 さて、彼らの会話に聞き耳を立てる。

 要約すると、二人が部屋に入った所で何故か扉やら何やらが開かなくなり閉じ込められた。加えて急に身体の調子がおかしくなり、発情しだした。間違いが起こらない様に一晩中オ○ニーしてた、と……マジぃ? 鋼の意志過ぎるでしょ。


『同じ部屋で男女が背中合わせで自慰? エロ漫画みたいなシチュエーションね』


 随分と呑気な事を言ってくれる。というか豊姫様エロ漫画知ってるのかよ。


「……」


 そして、彼らの話を聞いていた咲良は。


「咲良、凄い顔赤いっすよ」

「い、いえ……」


 未だかつてない程に顔を紅潮させ、ボーっとしていた。

 攻撃は全部防げてもこういった事には耐性が無いらしい。


「許せない、雲雀を、そんな目に……と、とにかく……こんな事が、二度と起こらない様に……」


 と、彼女が不意に魔装に変身する。そして左の指先を歯で嚙み千切り、垂れてきた血を右掌に落とす。するとその血が蠢き、一羽の鳥の形を成す。

 出来上がったその形を見て、雲雀が言った。


「……スズメ?」

「はい……私の使い魔、です」

「使い魔までいるんすね」

「いつ調伏したのよ……」


 死んだ目で雲雀が言い、比奈はやはりドン引きする。分かるよその気持ち。そして快人はといえば。


「師匠にしては小さくて可愛い使い魔ですね。もっとこう、ドラゴンとかそんなのを召喚すると思ってました」


 そんな事を言い出す。確かに私も思ったけど。


「……こんな見た目、ですが……貴方よりは、強い、ですよ」

「え」

「それで何するのよ」


 咲良の返答に硬直する快人を放っておいて比奈が問う。


「まだ授業まで、時間もある……これで、二人の部屋を、調べる、です」

「「えっ!?」」


 そう言ってスズメを放そうとした彼女を二人が必死な表情で止める。そんな二人を比奈が怪訝な目で見つめる。


「どうして止めるのよ。何もヤってないのなら見られたっていいでしょ」

「いや結構汚れてるし」

「ぐちゃぐちゃっすし」

「……視界共有はしない、です」


 それだけ約束し、彼女はスズメを放す。スズメは窓に向かい、ぶつかる寸前で咲良が指をクイ、と上げる。それに連動して窓も開きそこから悠々と大空に飛び立っていった。


「……許せない、許さない、消して、やる……」


 ブツブツと何か恐ろしい事を呟く咲良。やめて、あなたがそれ言うのシャレにならないから。

 スズメを見送った時、ちらり、と視界の隅にレフィナが映る。彼女の顔は正に絶望の一言で言い表せる物であり。


「……Why?」


 彼女の思考は理解出来る。

 藤堂快人の子を孕む──そんな彼女の任務を妨げるモノ。若草比奈と朝露咲良、その二人を警戒していたのにいきなり雲雀という爆弾が投げ込まれたのだから。

 折角決闘でデート権まで手に入れたというのにこれではますます任務達成が遠ざかるではないか……大方そんな所だろう。素直に同情する。


 さて、咲良のスズメが部屋に到着したらしい。部屋の換気の為に開けていたらしい窓から中に侵入し……


「……誰か来た、です」

「「えっ!?」」


 快人と雲雀が驚愕する。窓は開けていたが部屋の鍵は閉めていた筈なのだ。


「だ、誰がですか!?」

「泥棒っすか?」

「黒服の大人の女性が二人……背の低い、濃紫色の髪の生徒が一人、あとは……会長さん、ですね」

「背の低い……朧さんだ」


 咲良の言葉に快人が呟く。


『臭っ……姉様まで来なくともよかったのではないですか? こんな汚らわしい場所に……』


 咲良が使い魔が拾っているらしい音声を小さく流す。私は全身体能力を結集し、ついでに魔力まで使ってその声を拾う。聞こえてきたその声は柊寮副寮長、朧の声であった。


『いいえ、そういう訳にも……あら、スズメ? 窓から入ってきたのでしょうか』


 輝夜でも使い魔だという事に気付かないのか。一応彼女学園トップクラスの実力者なんだけど。


『うわっ、マットレスのそこの方まで染み込んでる……黄ばんでるし臭い……ほら、さっさと処分して』

『かしこまりました』


 朧の声がし、がさ、ごそ、と布が擦れる音が鳴る。

 このシーンも原作にあり、柊家が関わったという証拠を消す為にわざわざ掃除に来ているのだ……快人に聞かれる事はないが。聞いていいのか、この会話。

 一方で先輩方に自らの醜態の痕跡をガッツリと見られた挙句に掃除されているという事実を目の当たりにしている快人と雲雀はといえばこれでもかという程に顔を真っ赤に染めて俯いていた。なんじゃあこの羞恥プレイは。


『予備のティッシュまで全部使ってるし……姉様、もうこのゴミ箱の使って人工授精させればいいのではないですか?』

『それでは駄目だと言っているでしょう。魔法には結果のみならず過程も重要なのです……だからわざわざ媚薬を使ったというのに、まさか耐えてしまうとは驚きました』

「本当に耐えてたのね……」


 比奈が言う。

 さて、今の言葉──過程も重要、というのは要するに「魔法師になれる人間はきちんと性行為の結果生まれた子供でなければならない」という事である。魔法体質とは神秘の産物であり、人工授精という科学を介した子供は神秘性が薄れているから、と原作では語られていた気がする。

 因みに何故輝夜がその事実を知っているのかというのは、魔法が発見されてからこれまでそういった試みは水面下で世界各地で行われてきたからである。


「そ、そんな……輝夜先輩が、こんな事……」

「……」


 この会話を聞き、快人はショックを受け薄々察していたらしい雲雀は目を閉じる。


「まあ柊の黒い噂については十華族の中では半ば公然の秘密みたいなものだったし」

「比奈、お前まで」

「だって実際こうなったじゃない。兎に角私は抗議カチコミに行くわ。咲良、貴女も着いてきて頂戴。貴女の事だから今の音声も再生したり出来るんでしょ?」

「勿論……協力、します……!」


 ブチ切れて逆に冷静になってる比奈、手助けする気満々の咲良。ああ^~原作が崩れる音^~。


「待つっす」


 と、そこで呼び止める声。


「何よ雲雀、私は」

「どうせ抗議した所で何も変わらないっすよ。例え証拠があったとしても……関わってるのは会長だけじゃないでしょう」


 おっと?

 ふむ、確かにそうだ。輝夜達が掃除に来ているのはあくまでも"念の為"。この件には上層部がガッツリと関わっているし、高々十華族の傘下の家の娘が告発した所で握り潰されるのがオチである。

 雲雀は咲良の手を握り、ニコリと微笑む。


「だから、が無い様にしてほしいんすよ。こんな事、頼むのは図々しいと思うんすけど……」

「雲雀……分かった、です」


 私はほっと胸を撫で下ろす。どうやら原作崩壊は最小限で済みそうだった。今の展開だと最悪咲良が怒りに身を任せて学園崩壊、までいくかもしれないとまで想像していたのだが。


「次って……そう言ったってどうするのよ」


 比奈はまだ不服そうだ。彼女からしてみればやろうとしていた抗議には快人を別の女から引き剝がしたい、という考えも含まれていたのである。


「取り敢えず、部屋に結界を張る……それで薬や魔法は効かなくなる、です。ついでに、敵愾心を察知する魔法もかける、です」

「何かサラッと凄い事聞こえたんだけど」

「お、おおう……じゃ、じゃあ放課後に部屋に案内するっすね」

「今かけた、です。使い魔経由で……」

「「「え」」」


 いとも容易くこの距離での複雑な魔法発動を終えた彼女に啞然とする三人に、彼女はロケットペンダントの様な物を渡す。


「これを……二人の部屋に、二人のどちらかへ敵愾心を持つ者が、接近した時には……それが反応する、です」

「おお、確かに反応してる」


 快人がペンダントを開くと中には部屋の平面図が刻まれた石が入っており、その内部に四つの光点が輝いている。それは今まさに部屋の中にいる輝夜達を表していた。


「な、なんで私にも?」


 比奈が訊く。


「欲しいと思った、ですので」

「っ! ありがとう、咲良! ……所でこれ、どこから出したの?」

「今作った、ですが」

「……そう、凄いわね」


 彼女は諦めた様に言い、それを雲雀が仲間を得た様な目で見るのだった。



──────



「……ん?」


 快人の部屋を掃除していた私は、ふとした違和感を覚える。

 それは普通の魔法師であれば確実に見逃してしまうであろう、微かな魔法の気配。部屋を覆う様な形で感じ、朧や他の二人は全く気付いていない様だった。

 そして、その違和感のお陰で、私は新たな違和感に気付く事が出来たのだ。


「そういえば、そのスズメ……」


 私達がこの部屋に入ってきた時からベッドの台にとまっている小さなスズメ。窓は全開であったし入ってくる事もあるだろうと無視していたが……


「姉様、どうかしたのですか?」

「いえ……そのスズメ、何か妙ではありませんか?」

「へ?」


 私の言葉で朧もスズメを睨み付ける。


「確かに、全然逃げませんね」


 そう、逃げないのだ。普通なら人が近付けば飛んで行ってしまう筈なのに、それはベッドの掃除をしていても逃げず、それどころかその様子をじっと見ているだけだった。

 この部屋の住人が朝に餌付けしていた、とかなら人間を怖がらないのも分かるが、この部屋は雲雀が来るまでは空き部屋だったのだ。


「……朧」

「分かりました」


 念の為、私はこれを排除する事に決めた。朧と私は魔装に着替える。


「あっ!」


 朧が声を上げる。

 私達が魔法を使おうとしたその瞬間、スズメは動きだしそのまま窓の外へと飛び立とうとする。

 だが予想範囲内。私は精神掌握の魔法を発動させ──


「なっ!?」


──だが、全く効果を示さずにそのまま悠々と飛び立っていく。

 そして通常のスズメではあり得ない程の速度で大空へと消えていった。


抵抗レジストされた……?」

「姉様、どうしましょう……」

「……取り敢えずは放っておきましょう。今の会話を聞かれた程度、問題はありません」


 例えあのスズメが国内の不穏分子や国外の諜報員の物であったとしても、だ。そんな事よりも、私は別の事が気がかりだった。


「……私の、魔法を……」


──あのスズメは、私の魔法を無効化した。それだけの対策をあの大きさの召喚獣に施せる、そんな組織が存在するという事実。


 私は姿の見えぬ強大な組織の影に身を震わせるのだった。




……その"強大な組織の影"の実体はただ一人の生徒である、という事など、この時の私には想像すら出来なかったのである。


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