今は儚き限定ヒロイン

「いやー、惜しかったっすね~」


 決闘は終わった、レフィナの勝利という形で。

 最後に快人の刀が彼女の首を捉えた──そう誰しもが思った瞬間、その間に何処からか現れた仔馬が割り込んだ。彼の攻撃はそれを斬るのみに留まり、その隙をついてレフィナの鞭が彼の首を断ったのである。

 立会人が彼女の勝利を宣言し、隣に座っていた比奈はため息をつきながら彼を迎えに行った。今、私は咲良と共に寮へと帰っている途中である。


「それにしてもあの馬、何だったんすかね?」

「……多分、召喚獣、ですね。きっと契約妖魔に付属する、物でしょう。通常の物は、消えたりしない、ですから」


 私の疑問に咲良が答える。


「召喚獣を、自身に重なる形で召喚し、その反発力で無理矢理、自分の位置をずらした……という所、でしょう」

「???」

「かなり慣れてる、使い方……契約してから一ヶ月未満とは思えない、ですね」

「……そうっすね」


 咲良がそれ言うんだ。


「今回の敗因は……最後の油断と、地力の差、でしょうか。仮に……レフィナさんが、最初から全力だったならば……あそこまで、迫れたかどうか……」


 確かに、今回快人が懐まで簡単に潜り込めていたのはそもそも一番最初にレフィナが様子見を選択したからだ。

 きっと彼女としては彼の力を見たい、という考えがあったからなのだろう。二度目があるならば、きっと最初から全力で機動戦に入る筈である。そうなった時にも勝てる様にまた訓練していこう、咲良はそう言った。

 しかし、こんな彼女の特訓に付いていけているとは彼も中々凄い人である事だ。もしくは咲良の教え方が良いのだろうか? 私もちょっと前に特訓に誘われた事があるが結局実行はしていない。そんな事をしても私にはから、そう考えていたが……ちょっとくらいなら、やってみてもいいのかもしれない。


 そんな事を考えながら、私達は別れる。彼女と私は寮が違うからだ。咲良は睡蓮寮、そして私は鈴蘭寮である。


「秋空、帰ったか」

親和しんな寮長? なんで……?」


 寮の扉を開けた私を出迎えたのは純白のボブカットで眼力が地味に強い女性──鈴蘭寮寮長、鈴蘭親和先輩である。

 彼女は生徒会にも所属しており、その立場上こんな出迎えなど出来る暇は無い筈なのだが、一体どうしたというのだろうか。


「そんな目を丸くするな。私とて寮生の出迎えくらいする……と言いたい所だが、今日はお前を待っていたんだ」

「私を? わ、私何か変な事やったっすか……?」


 わざわざ寮長が出迎えるなどそれしか考えられない。身構えた私に対し、彼女は苦笑交じりに言う。


「いいや、お前は何もやっていない。こちらの事情だ……秋空、お前は転寮する事になった」

「……へ?」

「上からの指令だ。お前は今日から柊寮所属になる」

「え、ええ!?」


 私は驚愕する。


「そ、そんな突然言われても……それにまだ入学してから二週間しか経ってないんすよ?」

「詳しい事は私にも分からん。だがお前の荷物に関しては既に柊寮に移送済みだ。後は向こうで柊輝夜が案内するだろう」


 外堀は既に埋め切られていた。

 要するに、後は私があちらに行くだけ、という訳だ。やはりが関わっているのだろうか……きっと誰も答えは返してくれないのだろうけれど。


 身体といえば、そういえば最近身体の調子がすこぶる良い。咲良のハイネスヒールが効いているのだろう。

 彼女には感謝しかないが、それだけにあの時あの様な突き放し方をしてしまったのが悔やまれる。絶対にもう少し言い方があった筈なのに……


 そんな私の後悔など露知らず寮長は話し続ける。


「柊寮はここと比べて少し窮屈だと聞いている。まあ、あの胡散臭い柊家の運営する寮だしな……辛くなったらいつでも帰ってこい」

「は、はい……」


 会長の家ってそんな風に思われてるんだ……確かに会長は結構えも知れぬ雰囲気は纏ってるけれども。

 ともかく、そんな十華族間での確執を感じさせる気遣いの言葉と共に、私は(胡散臭くて窮屈な)柊寮へと送り出された訳である。



「こんばんわ雲雀ちゃん。ごめんなさい、事前に伝えられなくて」

「い、いえ……どうして転寮するのかっていうのは」

「ごめんなさい。私からは言える事は……」

「……そうですか」


 柊寮に到着した私を、先程言われていた通り輝夜会長が出迎える。いつ見ても凄いくびれだし、腹出し制服のせいで余計にそれが強調されている。

 そんな彼女に、今回の件の理由を聞いてみるが、やはり誤魔化される。彼女の浮かべる苦い表情は果たして本心なのか、それとも演技なのか。そして、この私の考えですらも見透かされていそうだと、彼女のアメジストの様な瞳を見ているとそんな気がしてならない。

 会長と直に会って話すのはこれが初めてだが、親和寮長が胡散臭いと評したのも理解出来てしまう。


 寮の中を進む。知っている人は一人も居ない。ここに入るのは殆どが柊家とその関係者のみであり、私の知り合いにはそれは居ないのだ。

 こちらに向けられる視線が痛い。私はそれから逃れる様に会長へと話を振る。


「そういえば、会長が寮長もやっているんですか?」

「ええ。とはいっても普段の管理は副寮長に任せていますが。後で紹介しますね」


 らしい。まあ生徒会長の仕事もだいぶ大変そうだし当然ではあるのだろう。

 そんな話をしている内に私の部屋の前に辿り着く。流石に十華族筆頭が運営する寮、部屋の扉一つに至るまで高級感に溢れている。

 会長曰く、同室は直に来るらしい。名前は教えてくれなかったが、見たらきっと驚くとの事。つまり知り合いなのだろうが、一体誰なのだろうか。もし咲良だったら少しは気が休まるのだが……


 だが、そんな私の希望は無残にも打ち砕かれる事となる。



──────



「はあ……」


 決闘に負けた俺は、その後しばらく比奈と魔法の特訓をし、また師匠とも合流して今日の反省会を行った。

 どうやら俺が斬った仔馬はレフィナの召喚獣らしい。しかも普通の使い方ではなく応用とも呼べる使い方をしてきた。やはり魔法という物は不思議な力である事だ。


「転寮!?」

「どっ、どういう事ですか皐月さつきさん!!」


 そうして竹園寮に比奈と共に戻ってきた俺を待ち構えていたのはそんな不可解極まりない宣言であった。


「上からの指示だよ、アタシにもよく分からん」


 苦い表情を浮かべながらそう言うのは、薄緑色の二つに分けたロングヘアに薄赤色の瞳をした少女──竹園寮寮長、竹園皐月だ。

 彼女は続ける。


「一応アンタはまだ同室が決まっていなかっただろう? その関係でいつかは部屋を移動させる予定だったんだが……まさか寮を跨ぐとはアタシも思ってなかったよ」


 はあ、と溜息をつく。

 彼女が言った通り、実は俺は今一人部屋だ。特殊な学園とはいえ生徒は思春期の少女達、男と同室にしないだけの良心は流石の上層部にもあった訳だ……と、今日までは思っていたのだが。


「どこの寮になるんですか!?」


 比奈が聞く。


「柊寮さ」

「ひっ……って事は、輝夜先輩が寮長を……?」

「ああ。まあアイツは会長職で忙しいから普段はおぼろが管理してる筈だけどね」


 そう彼女が言うと、比奈の表情が険しくなる。


「……言っておくけど、同室はアイツじゃないよ」

「へ? ま、まあそうだとは思ってましたけど」

「同室はアンタらの同級生さね。まあ比奈にとっては何の安心材料にもならないだろうが」


 彼女はニヤニヤとしながら比奈の方を見る。比奈は顔を真っ赤にしながら何故かポカポカと俺を叩き、そして言った。


「……浮気したら、許さないから」

「し、しねえって」

「ハハハ、仲がいいこった……でも快人、一つだけ忠告しておくよ」


 皐月は顔を近付け、囁く。


「アタシにはパイプが無いから分からないけど、上の奴らが何かロクでもない事を考えてる事だけは分かる。特に柊は黒い噂も多い、用心するんだよ」

「……分かりました」


 どうやら"世界初の男性魔法師"という肩書きは俺をまだまだ苦労させてくるらしい。



「同室、かあ……誰なんだろ」


 暗い夜道を一人で歩く。竹園寮と柊寮は歩いて十数分程の距離と若干離れているのだ。

 時は八時過ぎ、周囲に人はおらず、嫌になる程明るい月も雲に隠れ微かな電灯だけが照らす道を歩きながら俺は自身の同室となる少女の事を考えていた。

 同級生、と言われて比奈の次に思い浮かぶのはやはり師匠だ。比奈としては安心出来ないだろうが、俺としては安心出来る。師匠なら上層部がよからぬ事をしてきても跳ね返してくれるだろうし。

 他にはレフィナや芽有……あとは──



「──やあ、快人君」



──ふと、聞き覚えのある声がした。


「その声……涼介、か?」


 俺は声のした方向を見る。透明感のある薄水色の髪に病的なまでに白い肌──かつて深夜に出逢った、俺と同じ男性の魔法体質者、桜井涼介がいつの間にか立っていた。

 彼は掴み所の無い笑みを浮かべながらこちらに近付く。靴音は一切鳴る事はなく、そこに居るのに居ない、そんな表現が似合う者。


「久しぶりだね」

「ああ! 一週間……いやもっとか? これまでどうしてたんだよ」

「ふふ、そんな事はどうでもいいじゃないか。今日は君に少し、話したかったんだ──この国のについて、ね」


 彼は続ける。


「や、闇?」

「この世界において国の強さとは、すなわち魔法師の数と質──」


 その言葉は、正に今の魔法世界を言い表していた。

 魔法は人類に凄まじい恩恵をもたらした。核兵器を無効化し、実現は難しいとされていた常温核融合を容易く実用化させ、エネルギー問題を解決した。

 創造系の魔法師ならば如何なるレアメタルをも生成でき、回復系の魔法師ならばかつては治療不可能であった難病を簡単に治療出来る……だからこそ、魔法師の質と数こそが国力を決めるというのは冗談などではないのだ。

 旧世界では借金漬けであったギリシャは今では列強の一角に名を連ね、逆に覇権国家であったアメリカは魔法師が少ない為に大国とすらも呼ばれなくなってしまっている程度には。


「──こんな世界で、人がただただその運命を神に委ねるだけだと思うかい?」

「……え?」

「人間の欲望というのは実に果てしない物さ──例えば、神を程には、ね」


 その言葉に、俺は自らの耳を疑った。


「今日はここまで」

「あっ、ちょっ! 今のってどういう──」


「またね、快人君」


 俺の問いに返答は来ず、涼介はまたも闇の中に消えていった。

 どうせならもう少し長く話していたいのだが、まあ彼にも色々とあるのだろう。万が一にも見つかってはならないのだと思うし。


 そうして、ミステリアスで神出鬼没の友人と別れた俺は再び柊寮へと足を進めるのだった。


 因みにこの時、物陰から俺達を見つめる目一般通過腐女子がある事には、俺も涼介も全くもって気付いていなかったのである。



「重役出勤ですね、藤堂快人」

「あ、えっと……初めまして?」


 さて、そうして寮に着いた俺を迎えたのは小柄な少女であった。

 輝夜先輩と同じ濃紫色をしたセミショートヘアだが、そのアメジスト色の瞳は彼女とは違い無愛想な印象をひしひしと抱かせる。

 僅かに嫉妬の混じった無関心──一言で言えば、彼女の視線に込められているのはそれだった。


「私は柊朧。柊寮の副寮長で普段は多忙な輝夜姉様に代わり寮の管理をしています。今回も本来は姉様が出迎える予定でしたが、貴方があまりにも遅いので会長としての仕事に戻られました」


 そんな無茶苦茶な。そもそも事前に転寮を通達してくれていればもっと早く来ていたのに。

 だがこんな言い訳をしても彼女は取り合わないのだろう。俺は喉まで上がってきていた言葉を噛み殺す。


「貴方の部屋番号と館内図は既に送られている筈です。あとはそれで勝手に行ってください」

「あ、あの案内とかは……」

「はぁ……貴方は地図も読めないお子様なのですか? 男という物は随分と知能が遅れている様で」

「……」

「全く……どうして姉様はこんな阿呆を気にかけるのでしょうか」


 チク、グサ、ドスリと罵詈雑言を投げるだけ投げ、彼女はそそくさと何処かへ行ってしまった。

 館内施設の紹介とかをして欲しかっただけなのになんでこんなに過剰に煽られなきゃいけないんだ。解せない……


 それはともかく、端末に送られていた館内図を見て自室前に辿り着き、コンコン、とノックをした。



「はいっすー……え」



 そして出てきた少女──秋空雲雀と顔を合わせる。

 フリルの付いた可愛らしい橙色のブラジャーとパンティ、その上に制服の白シャツを羽織っただけの格好。すなわち、彼女は下着姿のまま出てきたのである。

 彼女は俺の顔を見るやいなやピシリと硬直する。


「あー……ど、どうも」


 誤魔化す事も何も出来ないこの状況、俺はただそう言うだけしかなく。



「きゃあああああああああ!!!!!!??????」



──直後、頬に彼女の張り手が当たるのを俺は甘んじて受け入れた。


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