デュエル開始ィィィ!!

「カイト! ミーとバトルしまショウ!」


 ダンジョン攻略の翌日。

 ペシり、と俺の身体に何かが当たる。見てみるとそれは白い手袋であり、それが向かってきた方向を見るとレフィナが自信ありげな表情で立っている。

 バトル、バトル……? 突然の意味の分からない行動と単語。俺は暫く硬直する。そんな俺の内心を分かったのだろう、彼女は言い直す。


「バトル……すなわち Duel!」


 俺の脳内に旧世界から続くカードゲームが現れる。


「ごめん、俺カードは寮に」

「決闘の事よバカ快人!」

「イテッ」


 と、そこで見かねた比奈に軽くはたかれる。軽くでも痛い。

 そうか、デュエルって決闘の事だったんだ。いやそもそもデュエリスト、で決闘者って書くんだった。

 俺はヒリヒリする頭を押さえながらレフィナへ向く。


「決闘か、まあいいよ」

「Yay! じゃあ早速」

「まずは夢想鍛錬所の予約だな」

「……ヨヤク?」

「え? ああ」


 不意をつかれた様な顔をする彼女へ、俺は決闘の流れについて説明する。

 決闘にはまず、夢想鍛錬所の空きがあるかを端末で確認、希望する日に空いていれば予約する。その後第三者の教師か上級生にメールか直接会って立会人を頼み、最後にそれらを専用サイトに打ち込んで学園に申請、許可されれば晴れて決闘を始める事が出来るのだ。

 尚入学初日はその限りではない。あの日だけは教師も決闘をすると想定しているので即日デュエルが出来るのだ。


「はー、メンドウですねー。ミーの祖国では手袋を投げ付ければ即バトルデース」

「凄いなイギリス……」


 そんな事をしていたら場所とか常にいっぱいなのではないだろうか。一体どうしているのだろう。


「ミーは機械の使い方がよく分からないのでカイトお願いしマス」


 と、そんな高齢者みたいな事を言う。

 そんなに難しくないのにな、と思いながら学園のサイトを開いていると、横から比奈が小声で囁いてくる。


「仕方ないわよ、海外ってあんまり機械使えないみたいじゃない」

「そうなのか?」

「社会の授業で習ったでしょ? ほら──〝魔法原理主義〟」

「……ああ、そういえばそんなのあったな」


 俺は中学の頃の授業を思い出す。

 日本に居ると実感しづらいが、世界では〝魔法原理主義者〟という者達が幅をきかせているらしい。

 魔法こそ人類に与えられた原初の力であり、科学とは偽物、まやかしの力だと。だからこそ未だ蔓延る科学を排斥し、完全に魔法中心の世界を創る──それが、魔法原理主義者の言い分だ。

 困った事にこれに賛同する者の中には各国の有力者も居るらしく、当局は排除も満足に出来ず科学の産物が次々と破壊されているのだと。

 酷い国では屋外で科学製品を身に着けているだけで嬲られ、また既に科学排除法案なんかが成立している国もある。イギリスも前者に相当し、あまり大っぴらに機械を使う事が出来なくなっているらしい。

 因みに日本がそんな事になっていない要因としては、かつて最高神たる天照大御神が「機械を排除? ヤメテ……」とか言ったとかなんとか。真偽は不明だが、日本が未だ科学技術を発展させ続けられているのは事実である。


 それはともかく。

 夢想鍛錬所の予約を済ませ、竹園先生に立会人を頼み、最後にそれらを学園に申請。ダンジョン攻略から三日後となるこの日、俺達は決闘をする事になったのである。

 ワイワイと皆が見ている中、俺達は向き合う。因みに俺が勝ったら飯を奢る、レフィナが勝ったら週末に一日デートだと。イギリス人は奔放だなあ。


「両者、魔装装着」


 その声でレフィナがあの時と同じ魔装に変身する。

 上半身を隠すケープはヒラヒラと舞い、下半身を隠すスカートもまたヒラヒラと舞う。例に漏れず視線のやり場に困る衣装だ……あ、何か観客席の方から圧を感じる。


「両者、決闘の口上を」

「一年、レフィナ・クロスフォード。エポナ神の御力を駆り堂々たるDual決闘ヲ!」

「一年、藤堂快人。レフストメリスの御力を駆り、荘厳たる決着を!」

「「我らの勇姿を見届けたまえ!」」


 決闘が始まる。だが、レフィナは動かない。ただ最初の位置に立っているだけ──かかってこい、そう言っている様な気がした。

 なら遠慮なく!


「〝リグラ・グレンズ〟〝付与エンチャント〟!」


 俺は黒い炎を呼び出し、自らの持つ刀に纏わせた。

 〝付与〟とはその名の通り自らの武具などに魔法を纏わせる技術であり、師匠曰くこちらの方がイメージを確立しやすく、魔力の消費量も少ないそうだ。

 その刀を構え、次に魔力を送りこむのは、脚。魔力で脚力を強化し、地面を蹴り一気に接近する──


「はああっ!!」

「Wow! Amazing! デスガ……」


 だが彼女は一瞬目を見開くも、力強く振るったその刀を見切ったと言わんばかりに容易く避ける。

 それに関しては予想通り、俺は勢いよく右足を地面に突き刺し、勢いを回転力へ変え再び刃を振るう。黒い炎が刀の軌跡を焼き尽くし──だが、彼女を焼くには至らない。


「動きが単純、デスよ!」

「ッ!」


 そう言うと、彼女は自らの武器である鞭を振りかぶる。


「"黄金の鬣エンブレム・ウィップ"!」


 瞬間、鞭が黄金色に輝いたかと思えばまるで意思を持っているかの様にうねり、彼の方へと向かってくる。身体を反らし何とか避けるが、ふわりと浮いた前髪がすぱりと切られ冷や汗が流れる。


「マダマダぁ!」


 一度では終わらない。

 ありとあらゆる方向から縦横無尽に駆け回る鞭。前後左右、どこに彼が動いても彼女はそれに追従してくる。最初に懐に潜り込んでしまったのがマズかった、そのせいで彼は、彼女が最も得意とする距離の中で四方八方からの攻撃に晒される事になってしまったのだ。

 最早迎撃すらもままならず、彼は避ける事に専念する。だがそれでも避けきれず、徐々に彼の身体は細かな傷で覆われていく。




「ああもうっ、何してるのよあのバカ……!」


 観客席。周囲がワイワイと騒ぐ中、比奈は両手を合わせながら固唾を飲んで戦闘の動向を見守っていた。


「ひゃー、何してるか全くわからないっすねー」


 そんな彼女の隣に座るのは雲雀、その更に隣に咲良が座る。

 雲雀の目には、あの戦闘はただ高速で動く快人の周囲を黄金色の線が覆っている様にしか見えていなかった。それ程までに二人の戦闘は高レベルな物なのだ。

 一方の咲良はといえば、ただいつも通りの無表情で見つめている。


「咲良ならどう戦うっすか?」

「どうせあのビームを乱射するだけでしょ?」

「……そう、ですね」


 雲雀が聞き、比奈が割り込み咲良が答える。


「見たところ……レフィナさんは、近距離型。遠距離で仕留められるならば、それがベスト……ですが」

「?」

「彼女の契約妖魔は、馬の神……恐らく、スタジアム程度で取れる距離ならば、その機動力ですぐ、詰められる……」

「確かに……」

「……そうなると、快人は敢えて内側に踏み込む事でその機動力を抑えてる、って事なのかしら」


 比奈が言い、それに咲良は頷く。

 実際、今の戦闘においてレフィナは殆どその場から動いていない。


「"付与"を教え、使う様に言ったのは、私……」

「あ、そうなんすか」

「そうなのね……」


 咲良のその言葉に、比奈は少し複雑な表情を一瞬浮かべる。

 自分の彼氏──あの事件の後正式に付き合った──が仕方ないとはいえ別の少女とマンツーマンレッスンを受けているという事実は愉快な物ではなかった。


「それは、近距離攻撃力を上げる為、でもある、ですが……ここでの、目的は、また別にある、です」

「「別?」」


 彼女のその言葉に、二人は目を見合わせた。




──厄介な。


「そろそろ限界じゃないデスか?」


 私は目の前で鞭を避け続ける快人へそう叫ぶ。

 事実、彼の身体には細かな傷が大量に走り、一方の私は無傷。きっと観客席から見れば私が圧倒的に優勢である様に見えるのだろう。

 が、実際にはそう単純なものでもない。彼の傷は数こそ多いものの深くはない、そう彼がさせているのだ。


 そもそもこれは私の本来の戦闘スタイルではない。私の強みは機動力、それでフィールド内を駆け回り、敵の目が追い付かない程のスピードで一撃離脱を繰り返す──それが本来の戦闘スタイルなのだ。

 想定では快人はある程度まで近付いてから"リグラ・グレンズ"を放つ物だと思っていた。それを悠々と避け、先述した戦闘に移行するつもりだったのだ。

 だが、彼は事前に披露していなかった"付与"を使い、あろうことか至近距離まで潜り込んできた。この時点で、私は鞭を振り回すしかなくなってしまった。高速機動を行うにはある程度の"溜め"が必要になり、ここまで潜り込まれては溜めようと動きを止めた時点できっと斬られてしまうだろう。避けるのは容易だろうが、そこで"溜め"がキャンセルされてしまうのだ。

 結果として、今の様な膠着状態に陥ってしまっていた。


「……」


 彼は無言でただじっと耐え忍ぶのみ。

 この技は決して魔力を多量に消費する物ではない。だからきっとこのまま続けていれば先に音を上げるのは彼の方だと思うのだが……この状況そのものが、どこか不気味だった。

 このままでは、もしかすれば──を使わざるを得なくなるかもしれない。


 と、そこでふと違和感を抱く。これまで彼の上半身に殆どの意識を向けていたのだが、ふと足元を見た時に気付く。


 彼の靴が、普段とは違う。




──そろそろだ。俺は目の前で鞭を振り続ける彼女の表情を見てそう思った。

 彼女は疲れてきている。あれだけ振り回し続けているのだ、魔力の消費は少なくとも腕の筋肉は悲鳴を上げる。現に、集中すればやっと分かる程度だが鞭の精度が下がってきている。

 だからこそ、俺は避けながら事が出来た。

 今、前後左右何処へも動く事は叶わない。だが、一方向だけ動ける場所がある。


「──はぁっ!!」

「──What!?」


 そして俺は、空へ跳んだ。

 勿論、ただ跳躍するだけならば彼女の鞭が俺を切り裂くだけだろう。彼女が驚いたのは、跳躍した隙に振るわれた鞭を避けたからである。



 今回、俺はいつもとは別の靴を履いてきていた。


「魔女の箒、ですか?」

「はい……これさえあれば、誰でも空を飛べる……扱いはやや、難しい、ですが」


 特訓の中、空を飛ぶ話が出てきた際に師匠から出た言葉である。

 それを言いながら彼女が出したのは、紛れもない藁箒であった。海外では魔装の固有武器──比奈の刀や雲雀の扇などの様に魔装に付属する武器のこと──の中にこの様な箒もあるらしいが、それはあくまでも固有武器。それ以外の魔法師が箒に跨った所で空を飛べる筈もないのだが……


「今回教えるのは、これの応用……」


 有り得ない技術の、更に応用。まあ師匠なのだし、俺は疑問を抱くのを当の昔にやめていた。



 別の靴──靴底に小型の魔女の箒を埋め込んでいる物。どうやら昔に師匠が使っていた物を拡張したらしい。

 魔女の箒とは、藁箒に様々な加工を施す事で"魔力を流すと浮力を得る事が出来る"という代物だ。正直世界の魔道具界に激震が走る代物なのだが、それは今回置いておく。

 ともかく、本来はよく見る魔女の様に跨って乗る物を片側一つずつ靴底に埋め込む事で両手をフリーにしたまま空中での高機動を実現したのだという。その分操作も遥かに難しく、数日訓練を受けただけの俺では殆ど使いこなす事は出来ない。精々空中で多少動く程度──だが、今回はそれで充分だ。


 意表を突かれ硬直する彼女に向け、俺は燃える刀を振るう。

 勝った──そう確信した。



「──なっ!?」



──その瞬間、俺と彼女の間に何かが割り込む。

 それは仔馬であり、俺の刀は彼女ではなくその仔馬を切り裂き、焼き尽くす。


 そして刀が端まで振るわれ、仔馬が灰となって消えたその背後には鞭を構える彼女の姿があり──


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