真昼の流れ星

「やあ輝夜」

「あら紅葉、どうかしたの? 貴女のバスはここじゃないでしょう?」


 校外演習当日早朝。未だ学園が静寂に包まれているこの頃、藤堂快人との早朝特訓を終えた私──柊輝夜は群馬へ向かうバスの中で静かに出発を待っていた。

 そんな時、背後から声をかけられる。飄々とした声──睡蓮家の長女、睡蓮紅葉がそこに居た。


「まだ時間があるし、ちょっとくらいいいかなってさ」

「はあ……で、要件は?」

「いやなに、最近例の男の子と朝イチの秘密の特訓をやってるそうじゃないか。どんな感じか聞いてみたくてさ」


 放たれたその言葉は、私が予想した通りの物。まあそろそろ聞いてくる頃だろうとは思っていた。

 世界初の男性魔法師──それについての情報はどこの家も機関も喉から手が出る程知りたい物なのだ。

 その点、いち早くマンツーマンでの魔法指導というポジションを手に入れる事が出来たのは僥倖だった。これで柊家は──私は世界の誰よりも早く彼についての最新の情報を仕入れる事が出来るのだから……尤も、今はまだ期待する様な成果は出ていないのだが。


「……正直、分からないわね」

「へえ、君にも分からない事なんてあるんだ」

「貴女は私の事を全知全能とでも思っているのかしら? まあ、基本貴女も手に入れてる様な事しか知らないわよ。魔力の扱いは上手くなってきたけれど、肝心の魔法発動はからっきし」

「はあー、やっぱり世界初ってのは面倒くさいね」

「……そうね」


 正直な所を言えば、彼との特訓は然程辛い物ではない。寧ろ楽しい部類に入る。

 彼は素直で良い子だ。自分の言う事は全て聞くし、それに魔力操作なども教えれば教えるだけ吸収、向上させてくる。唯一にして最大の欠点──魔法が使えない、という事を除けば実に模範的な生徒なのだ。

 まあ神……魔王?とやらと契約しているのは確かなのだ。いずれ扱える様になるだろう。そこまで急ぐ事もない……そう、今は彼よりももっと知りたい事がある。


「それよりも紅葉、私こそ貴女に聞きたい事があるのだけれど」

「ん~?」


 どこから取り出したのやら、ペットボトルのジュースをちびちびと飲んでいた彼女に聞く。


「──朝露咲良について」

「……ああ、あの子ね。うん、聞かれると思ってたよ」


 私が"彼女"の名を呼んだ瞬間、紅葉は真剣な表情になってペットボトルから口を離す。


「取り敢えずこの一週間は特に変わった動きは無かったね。毎朝食堂で朝食を食べてるのを見てるけど、ちょっとぼっち気味の普通の女の子だよ。メニューまで暗記してるけど知りたい?」

「……参考程度に」

「四月二日は食パンにイチゴジャム、あとヨーグルトと飲み物は水。三日は……確かパン。四日は…………パン」

「取り敢えず彼女がパン派だという事だけは分かったわ。というか大言壮語を吐いておきながら一日目しかまともに覚えてないじゃない」

「いや~、あまりにも普通過ぎたからやる気無くしちゃって」


 へらへらと笑う彼女に私はため息をつく。


「楓ちゃんとはどうなの?」

「あんまり上手くはいってないみたいだね~。でもまあ、気にする程ではないかな。ちゃんと報告はしてくれるし」


 睡蓮楓、彼女の妹であり朝露咲良の同室の少女である。

 ある意味咲良の最も深い部分まで知る事が出来る人物ではあるが……


「で、楓の言う所によれば……特に怪しい事は無し。部屋に居る時は基本無言で、日記を書くか本を読むかしてるくらいみたい」

「日記と本の中身は?」

「日記は一日にあった事と、その感想を書いてるだけだよ。本は図書館で借りて来たんだろう魔法についての本だね」

「成程……」


 聞けば聞く程、彼女が至って普通の少女である、という感想しか出てこない。

 だが──私は覚えている。あの日あの時、彼女が凄まじい魔法を使った事を。あのような魔法を、魔法師を一人も家系に持たない者が扱えるなどありえない。あってはならないのだ。

 今は秘匿を厳重にしているらしいが、学園生活はまだ始まったばかりだ。いずれ必ずボロを出す。私は柊家長女として彼女の秘密を暴く事を誓い──



「──!?」



──そこで、私は"有り得ない"モノを感知した。

 先述した通り、私は毎朝藤堂快人と魔法の特訓をしている。彼は監視対象である為、その特訓に乗じて彼の魔力をどこに居ようとも感知出来る様にしていた。

 そして今、私はそれを感知した──ここまではいい。


「どうしたの?」

「……彼が、魔法を……?」

「え?」


 問題なのは、その波長が確実に"魔法を使った時の物"であった事だ。


──今の彼女は知らぬ事だが、この時彼らはオークに襲撃され、そして魔法に覚醒していた。そして"イズラリール"、"プロティレイル"、そして"リグラ・グレンズ"を使っており、それを彼女は感知したという訳である。


 それはともかく、彼が魔法を使えた、という事実そのものは喜ばしい事だ。これにより日本の魔法技術は更なる発展を遂げる事だろうし、の解決にも一歩前進する。

 問題は、それが何故"今"起こったのか。別れた時間から考えて、余程急いで戻ってでもいない限りは今彼は若草比奈と共に寮へ帰っている筈だ。そこに魔法を使う隙間など存在しない。あるとすれば──


「……紅葉、学園が襲撃を受けている可能性があるわ」

「は!?」


 突然私の口から話された衝撃的かつ非日常的な単語に紅葉は驚愕する。

 そんな彼女を他所に私はバスを降り、魔装を装着する。


 私は、彼の魔法覚醒の条件としてある可能性を考えていた。それは──命の危険に瀕する事。

 結果としてその想定は間違っていたものの、ともかく彼の命の危機を感知する事は出来たのである。


「ま、全く変な魔力とかは感じないけど」

「日本でもトップクラスの戦力を保持するこの学園にわざわざ襲撃をかけようとする輩よ? そのくらいの対策はしてくるでしょう」

「それはそうだけど……」


 そう言いながら紅葉も魔装に着替え、二人で空を飛び学園に向かう。

 彼の姿はすぐに見つかった。彼、比奈、もう一人の女子生徒が倒れ、それを謎の魔女とオーク数体が取り囲んでいる。どうみても下手人だった。

 そして、オークが比奈達を潰そうとする。まずい、私達はすぐに奴等を倒そうとして──


「──あ」


 そこで、"彼女"──朝露咲良が登場する。

 彼女は何の前触れも無く出現し、彼に近付いていたオークを決闘の時にも使っていた青白い光線で文字通り消滅させた。


「お、おおー。咲良ちゃんだ、流石だなあ」

「呑気なものね……」

「で、どうする? 助けにいく?」

「いえ、少し様子を見るわ。この状況で彼女が何をするか……っ!?」


 と、その時。一瞬だけ咲良と目が合った、様な気がした。冷や汗が額に流れる。

 気のせいだったのだろうか、その後彼女はすぐに視線をオーク達へ戻し、彼女へ攻撃しようとしていたそれを防壁魔法で囲み、圧縮するというあの決闘で対戦相手にやろうとしていた攻撃で殺していた。

 そして持っている杖を空に向け、またも青白い光線を放つ。それはある程度進んだ所で拡散し、学園のあちらこちらへ降り注いでいく。その光景を見て、紅葉が感嘆した様に声を漏らす。


「うわあー……流れ星みたい」

「……」

「……輝夜?」


 私は──恐れていた。

 あの攻撃の威力にではない。確かにオークを一撃で消滅させる程の威力は驚異的だが、それだけならば私や紅葉にも出来る。

 真に恐ろしいのは、その魔力操作の精度である。

 オークを一撃で消滅させる威力の攻撃、それを寸分違わず複数の目標に命中させ、それでいて他の物には一切被害を与えない。

 仮に過貫通した光線が地面に命中した場合、込められた魔力量から推定して恐らく旧世界の水爆レベルの爆発が起こり、学園どころか首都圏全域が壊滅してもおかしくはない。

 そんな物撃つな、と言いたいがそれはともかく……元からオークのみにダメージを与える様設定しているのか、もしくはオークを消滅させた直後に光線そのものを消しているのか──どちらにせよ、隔絶した技術を持っている事に変わりはない。


 そして、ここまでの事は紅葉だって分かっている筈だ。


「……どうして、そんなに笑っていられるのよ」

「え?」


 彼女はきょとん、とした顔をした後再び笑みを浮かべる。


「まあ咲良ちゃんは学園を救ってくれた訳だし、別にいいんじゃないかな。それに──」


 その笑みには、どこか諦めが含まれている様にも見えた。


「──輝夜、君はアレをどうにかしろって言われて出来るのかい?」

「……」


 私は日本帝国十華族筆頭、柊家本流長女、柊輝夜。これからの魔法界を牽引していく者として、この問いには「出来る」と即答するべきだったのだろう。


 するべきなのに──



──────



 四月七日

 今日は朝から時間停止魔法で起こされた。多分織主さんだろう、でもそのおかげで学園が襲われていることに気付けたので感謝だ。

 あのずるい人を弟子にすることになった。どうやら強くなりたいらしい。魔法に対する向上心があるのは良いことだ、快く承諾した。藤堂快人さん、だったか。これからは名前で呼ぶことにしよう。あと、オークを倒した後に会長さんと寮長さんが見ていた。きっと助けにきてくれていたのだろう。

 しかし、明確な敵に対して攻撃するのは久しぶりだ。あの魔王との戦い以来だろうか。この世界にも争いがあることは知っていたがこれまでは遠い存在だった。だから油断して警戒を解いてしまっていたがこれからはかつてのように警戒を強めることにしよう。この日記も軽い偽装魔法はかけていたが、これからはもっと強いものに変えることにする。

 魔王軍との戦いの時ではし魔法一つ使うのも辛かったが今は全然大丈夫だ。警戒魔法の一つや二つ常時稼働させるくらいは全く問題ない。

 事件が終わったあとは一日自室での待機を命じられた。あまりにもつまらなかったのでこっそり抜け出して雲雀のところに行ったりもした。これはこれで新鮮で楽しかった。

 とはいえ、せっかく転生したのだし明日からはまた平和な日々に戻ってほしいものだ。


 そういえば、藤堂さんが使ったと思われる魔法の残滓が魔王の物とほぼ同じだったのだが、あれは一体何だったのだろう?


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