怖ろしく速い殲滅、俺でなきゃ見逃しちゃうね

「大丈夫、です……?」


 彼女はそう言うと、手に持つ杖を向け、呟く。


「"ヒール"」


 瞬間、俺の全身を淡い光が覆う。暖かな、優しい光。俺だけではない、比奈や女子生徒も同じ様に光に包まれ、そして全ての傷が消えていく。


「ひとまず、これで大丈夫、です」

「あ、ああ……君は、確か」


 そして俺には、目の前の少女に見覚えがあった。


「朝露咲良……一応、同じクラス、です」

「そうだ、適性試験で凄かった……って後ろ‼」


 そんな会話をしている間に、どうやらもう一体のオークが回り込んでいたらしい。

 彼女の背後から棍棒を振り下ろそうとしている姿に俺は叫ぶ。そして先程の黒炎を使おうとして。


「"プロテクション"、"圧縮"」

「"リグラ"……へ?」


 それは無駄に終わった。

 彼女は死角から攻撃しようとしていたオークを一瞥もせずそう呟き、直後にオークは球形で半透明の障壁に覆われ、次の瞬間にはその障壁は一気に収縮。彼女は一切何も抵抗させる事なく、オークを赤黒いビー玉に変えてしまったのである。

 それが終わると彼女はそのビー玉、そして最初のオークの炭化死体と残った足を纏めて空中に浮かべ、そこに杖を向ける。再び「"ショックカノン"」と呟き、轟音と共に青白い光線が放たれそれらを呑み込む。光が消えた後、そこには何も残っていなかった。


「お、俺達があれだけ苦労したオークを……こんなにあっさり……?」


 俺は目の前の光景が信じられなかった。比奈の攻撃が効かず、俺の魔法ですらも炭化させるまでしか出来なかった物を事無さげに蒸発させたのだ。

……まあ、もっと信じられないのは謎の魔女の方だろうけれど。俺は彼女の方へ視線を動かすと、予想通り魔女はあんぐりと口を大きく開けたまま硬直していた。そんな魔女を放置し、咲良は杖を高く掲げる。


「残り十二体、負傷者は十四人、死者はゼロ……」


 彼女が呟いたその声で魔女は我に返る。そして無理矢理笑みを取り戻し、無理矢理勝ち誇った様な声色にする。


「ッ、そ、そうよ! アハハ、まだまだオークは居る! あなたが幾ら強かろうとそれだけの数相手には──」

「"ショックカノン"、"十二連装"、"追尾"。"ラージヒール"」


 高く掲げられた杖の先端からまたしても青白い光線が放たれる。それはしばらく空に向かって突き進み、やがて拡散、学園のあちこちへ降り注いでいく。それと共に淡い光のフィールドが一瞬だけ学園全域を覆う。

 それらが全て終わった後、彼女は魔女へと振り向き、尋ねる。


「あとは、あなただけ、です……?」

「……は?」


 俺には何が起こったのか分からないし、知る手段も無い。だが、魔女の絶望と困惑が煮詰められた様な表情を見ればなんとなく分かった。

 今の一瞬で咲良は学園内の全てのオークを倒し、全ての負傷者を治癒したのだ。そんな事絶対にありえない、彼女は俺や比奈と同じ一年生……だが、俺の全ての判断能力はそうだと判断していた。


「い、一体何を、何をしたの」

「……消して、治しただけ、ですが」

「だけ、じゃないわよ。こんな大規模に! 正確に! オークを蒸発させられる威力の物を! 使える訳がないじゃない……‼」


 その言葉には完全に同意である。だが……


「でも、やった、ですよ?」

「~~っ‼」


 そう、現実としてその〝有り得ない〟行為は行われている。全てのオークは蒸発し、全ての負傷者は治癒されたのだ。

 するとそこで、魔女は目を見開き咲良の顔を睨み付ける。


「そう、か……あなたが、お前が、報告にあった『朝露咲良』か……‼」

「さっき……自己紹介した、ですよ?」

「は、はは、あはははは! 上層部の阿保共め! 何が「念を入れて十八体にする」だ! 到底足りない……いや、そもそもオークなんて何千体居ようと変わらない。こんな化け物だなんて、聞いてない……」


 ゆらゆらと身体を揺らし、そして腿に付けた短い杖を引き抜いた。


「聞いてないわよォ‼」

「"プロテクション"」


 魔女の杖の先端から緑色の光が放たれ、しかしあっさりと防がれる。しかし防いだ瞬間眩い閃光が発生し、視界を奪う。


「ッ、まさか! 咲良! そいつは逃げるつもりだ!」


 慌てて俺が叫ぶ。返答は無い、まさか光に紛れてやられてしまったのでは……そう一瞬だけ危惧したが、やはり杞憂に終わる。

 光が収まったそこには、無数の光の鎖に捕われた上で球体障壁に囚われた魔女の姿があったのだから。彼女はどうやら気絶させられている様で白目を剥きピクリとも動かない。あの一瞬でここまでやったのかと俺は戦慄する。


「これで終わり、です」

「はえー……っあ、あの!」

「?」


 そのあまりにも鮮やかな"作業"に俺は呆然としていたが、やがてやらねばならない事を思い出す。

 俺は彼女の方に向き直り、頭を下げる。


「あ、ありがとう、咲良さん。君が居なかったら今頃俺達は……」

「いえ、私こそ……遅れて、しまった……」


 しゅん、と表情を暗くするその姿からは本気で気負っている様子が感じ取れた。


「昔なら……鈍った、ですね、私」

「あれで……? っていうか、昔って一体──って、そんな事はどうでもいい!」


 そうだ、俺には今する事がある。

 俺は彼女へ目一杯頭を下げる。


「朝露さん! どうか俺を弟子にして下さい! 俺は……大事なモノを守れる力が欲しいんです!」


 後ろでスヤスヤと眠っている比奈に目を向ける。

 今回は偶然彼女が来てくれたから助かったが、来なければ確実に死んでいた。もし俺がもっと強ければ、そもそも彼女が重傷を負う事もなかったのだ。

 比奈との約束はあったが……彼女の性格的に、自分があれだけボコボコにやられたのならまず自分の特訓を優先すると言って俺に特訓などつけてくれないだろう。そもそも、彼女から学んだ事では彼女を守る事など出来ないのだ。


「弟子、ですか」

「お願いします!」

「いい、ですよ」

「そこを何とか──え、いいんですか」

「はい」


 俺の懇願は、いともあっさりと受諾された。正直もっと渋られるかと思っていたのだが。

 俺は自らの契約している妖魔、レフストメリス──メリィに話しかける。


「やったぞメリィ! これでもっと強くなれる……メリィ?」


 だが、その声に彼女は反応を返してこない。普段なら多少は返してくれるのに。

 まあいいか。そのうちひょっこり出てくるだろう──この時の俺は、彼女の沈黙の意味を知ろうとはしなかった。



──────



「……馬鹿な」


 我は自らの目を疑った。

 今、自らの契約者──藤堂快人の目の前で繰り広げられている光景は、とてもではないが信じ難い物だったのだから。


 複数のオーク、それも通常よりも強化されている物。未熟ながらも『リグラ・グレンズ』ですら炭化までしかさせられないそれを、目の前に降り立った少女は文字通り消し飛ばした。そこまではいい。

 高度な回復魔法で三人を一度に完治させたのも、防壁魔法でオークをビー玉にしたのも、そこまでもいい。

 学園内に居た十数体のオークを一度に殺し、全ての負傷者を一度にきれいさっぱり完治させたのもいいのだ。問題はそこではない。


「"ショックカノン"……じゃと?」


 問題は、彼女がその魔法を使った事。

 レフストメリスは、その魔法の事を知っていた。


 実は、彼女は他の契約妖魔とは違った存在──ここ、地球とは違う異世界から来た者なのだ。

 文字通り空に浮かぶ島や海の底の街、そしてがある、こことは全く違った世界。彼女はそこで"魔王"であった。

 彼女の祖父はかつて魔族を纏め、人間界に侵攻を開始。こそあったものの最終的には世界の全てを支配した。つまり、魔王とはすなわち世界の王なのである。そんな世界から、何故か彼女はこちらの世界にやってきてしまっていた。

 原因は分からない。突然こちらに居た、そう表現する他ないのである。


 まあ、そんな事はいいのだ。

 その人間界への侵攻中に起こった"アクシデント"──魔王軍の実に八割が消滅するという、通常ならば敗北確定である出来事。

 そんな大事件を起こしたのはたった一人の人間の魔女であった、そう魔界には伝わっている。

 その魔女が使っていた魔法の一つに、"ショックカノン"という魔法があったのだ。ただ速く、ただ強い、青白い光線をノータイムで発射する恐るべき魔法。そのたった一発で山をも崩したとか、エンシェントドラゴンを消滅させたとか眉唾な伝承ばかり残っている。

 だが、今目の当たりにして確信した──それらは全て真実であったのだと。


 そのショックカノンだが、祖父はコピーしようと試みたらしい。だが結局劣化コピーにしかならなかったとも言っていた。一応教えられたが結局撃つ機会はなくこちらの世界にやってきた。


 さて、魔女は最終的には祖父によって倒された──彼の右腕と、を引き換えに。

 魔王軍の大半が消えた後、人間側は一瞬だけ有利になったが結局は魔王を倒す事は出来なかった。

 だが、彼女が残した傷跡は大きかった。何しろ、月の一部が消失した事で様々な災害が巻き起こったのだから。結果として彼女は、死んだ後も魔族に損害を与え続けたのである。



 そんな魔女を、人々は畏怖を込めてこう呼ぶ──




──"厄災の魔女"、と。

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