要注意!謎の組織が学園襲撃!?

「学外演習、ですか」

「ええ。今日から一週間栃木の日光地域に行きます。ですから特訓は暫くお休みですね、快人クン」


 まだ薄暗い朝イチ、特別訓練が終わった直後の事。輝夜先輩のその言葉に、俺は少しだけ表情を暗くする。それは即ち、俺の魔法習得が遅滞する事に他ならないからだ。

 学外演習──それは、将来魔法師となる者により実戦的な訓練を行う為に考案されたイベントである。そして、それが行われるのは『龍の籠』と呼ばれる地域だ。

 『龍の籠』は魔法が世界に浸透し始めた頃に突如として出現した特異空間の通称であり、日本では群馬や北海道、世界に目を向ければハワイやシベリアなどがある。そこには濃密な魔素が充満し、動植物は異常な発達を遂げる。特に動物は肥大化、狂暴化し人間を優先的に襲う──所謂『魔物』へと変貌する。校外演習とはそれらが住まう地域での生存を目的とする訓練なのだ。


 さて、俺が表情を暗くしたのにはもう一つ理由がある。


「……あの、この学園って襲撃とかは……大丈夫なんですか?」

「襲撃?」

「魔法師を狙う過激派組織は結構あるって聞きますし、それに……」

「?」


 俺の頭に浮かんだのは、先日邂逅した不思議な少年の言葉。


──"組織"が君を狙ってる──


 これが頭に染み付いて離れない。そして、俺にはこの言葉が涼介のでまかせには到底思えなかったのだ。心当たりがありすぎる──何しろ俺は、世界初の男性魔法師なのだから。

 だが、俺はこれを未だ誰にも言う事が出来ていなかった。言えば誰から言われたのかを問い詰められる事になるだろうし、そうなった場合涼介の事を漏らさない自信は俺には無い。例え口を噤んでも、頭の中を覗く技術は幾らでもあるのだ。目の前に立つ輝夜先輩などその最たる例であり、今はこうして親切に優しくしてくれている彼女も不穏分子であると判断すれば力の行使を躊躇う事は無いだろう。

 だからこそ、俺はこうして遠回しに訊く事しか出来なかった。

 桜井涼介。どう考えても不審者であり本来ならばいの一番にその存在を監査部や憲兵に伝えなければならない少年。だが、俺は未だ伝えていない。

 今思えば俺は手放したくなかったのだろう、俺の世界唯一の"理解者"を。二人目の世界唯一の男性魔法師という、これを逃せばもう二度と逢う事など叶わないであろう理解者を。


「……ああ、なるほど」


 そんな俺の胸中を見透かしたのか否か、輝夜先輩はフフ、と微笑みを浮かべる。


「もしかして快人クン、自分が狙われると思っているのですか?」

「ッ……は、はい」

「安心して下さい。未だに最下級魔法の一つも使えない様な未熟者を狙う様な物好きなんていませんよ。ですから帰ってきたらまた頑張りましょうね」

「うっ……努力します」


 グサリ、グサリ、グサリ。彼女の言葉が心に突き刺さる。

 俺の思考が読まれていない事だけは良かったが、それはそれとしてこんな優しい先輩に手を煩わせているという事実が良心を切り裂いていった。

 最早泣きそうにまでなっている俺を横目に、彼女は腕時計を見る。


「そろそろ時間ですね。では、私が行っている間もメニューはこなすのですよ?」

「はい……先輩も頑張ってください」

「ふふふ、ありがとうございます」


 そう微笑むと、俺と彼女はこれまで訓練していた夢想鍛錬所から出る。


「……あれ? 比奈、どうしたんだ?」


 出入口では、何故か赤毛の少女──若草比奈が待ち構えていた。


「ふふ、快人クンを迎えにきてくれたんですよ」

「そうなのか?」


 それを聞いた比奈はみるみるうちに顔を赤く染める。


「ち、ちちち違うわよ! 誰がアンタを迎えになんてくるもんですか。私はアンタの幼馴染として輝夜先輩にお礼を言いにきたのよ!」

「そ、そうなのか」

「そうよ! ……と、いう訳でこんな奴の為に毎日ありがとうございます」


 ぷんすかと怒った後、ペコリと輝夜先輩へ向け頭を下げる。

 そんな彼女を先輩は温かい目で見つめ、そして顔を耳元に近付ける。


「ふふ、まあ礼は礼として受け取っておくとして……いつまでもそんなに意地を張ってると誰かに取られちゃうかも……しれませんよ?」

「ふぇ!?」


 比奈の顔が爆発した様に真っ赤になる。よく聞こえなかったが、一体どんな事を言われたのだろう。


「どうしたんだ?」

「どっ……な、何でもないわよ! いいから行くわよ! 朝食の時間ちょっと過ぎてるんだから!」

「わわっ、おい比奈! か、輝夜先輩ありがとうございました!」


 がしり、と手首を掴まれて無理矢理歩かされる。俺は慌てて振り向き、先輩へと感謝を述べる。彼女は温かい目のまま手を振り、駐車場の方へ歩き去っていった。



「……ったく、何でそんなに怒ってるんだよ」

「何でもないって言ってるでしょ」

「何でもないって……」


 朝一番、誰も居ない道を二人で歩く。冬明けのひんやりとした風が肌を刺す。

 隣を歩く少女は顔を背け、その表情を見せる事はない。その様子では、誰が見ても「何でもない」様には感じないだろう。全く、一体先輩はどんな事を言ったのだろう。


「と、所でアンタ。これから一週間はどうするのよ。確か校外演習で三年の先輩達居ないんでしょ?」

「一応先輩から貰った特訓メニューがあるけど……でもやっぱり実際に見せてもらう方がいいからなあ。でも俺、他にコネとか無いし……ダメ元で二年の先輩に聞いてみようか」


 輝夜先輩の特訓メニューは、体内の魔力を練り上げたりそれを放出してみたりといった基礎的な物。より発展的な事はやはり別の優秀な魔法師が実際に居ないと無理だった。

 と、そこで比奈が口を開く。


「……そ、それなら……わ、私とか、どう?」

「え?」

「わ、私がアンタに訓練つけてやるって言ってるのよ!」


 彼女が吹っ切れた様に言う。


「そ、それはいいけど……でもお前、最初に頼んだ時は朝は眠いから無理って」

「もう慣れたわ! とにかく決定! 明日から朝六時に鍛錬所前……は多分借りられないから、運動場に集合! 良いわね!」

「はい」


 こうなっては彼女はもうてこでも変わらないのだ。俺にはただ頷く事しか出来ない。

 歩いている隣に建つ倉庫のコンクリート壁に朝日が指し込む。その光景は、俺の中に漂っていた不安を払拭するには充分で──



「──え?」



──次の瞬間、バアン、とけたたましい音を立てて目の前の壁に女子生徒が叩きつけられたのを見て俺の頭は真っ白になる。

 一瞬の事だったのでよく分からないが、右側から飛んできた様に見えた。勢いよく壁に身体を打ち付けた彼女はずるずると地面に落ち、呻き声の一つも上げる事はない。


「……っ、ちょ、ちょっと大丈夫⁉」


 同じく呆然とし、今我に返った比奈が慌てて彼女の元に駆け寄る。

 女子生徒の制服はボロボロで、見えている肌には痛々しい打撲痕が残っており、そして額と口からは血を流していた。その目は力無く閉じられ、生きているかどうかすらも定かではない。


「ち、血が……快人、アンタハンカチとか持ってる⁉ 傷を塞がないと。まだ息はあるけどこれ以上血を流したら……!」

「あ、ああ」


 俺はポケットからハンカチを取り出し、彼女の額に当てる。白いそれはすぐに赤黒く染まり、持っている手を生温い感覚が這いぞり回る。手首にか弱い吐息が当たる。それは確かに彼女が生きている証拠だったが、同時にタイムリミットが迫っている事も示していた。


「私が背負うから、アンタは医務室に連絡して‼」

「背負うのは俺の方が」


 そう言いかけると、比奈の服装が変わる。朱色の和装──彼女の魔装だ。


「私の方が速いでしょ! いいから言う通りにしなさい!」


 それは確かに正論だった。魔装を着ていない男と着た女では後者の方が遥かに身体能力に優れるのだ。俺は確かに魔法体質者だが、魔装が無く魔法も使えない現状は一般男性と同じだった。

 行き場のない劣等感を抱える俺を尻目に彼女は女子生徒を背負い、走り出す。俺もそれを追いかけ──そこで気付く。


 この女子生徒は、一体何にやられたんだ?


「気を……つ……」

「! 気が付いたのね、でも喋っちゃ駄目よ。ただでさえ弱ってるんだから」


 そこで目を覚ましたらしい女子生徒が何かを呟く。比奈はその内容を取り込む事なく、ただ身体の心配をする。


「オー……ク、が……」

「? 何を言って──」



「──比奈! 危ない!!」



 俺は反射的に叫んでいた。

 彼女が叫び声を認識するのと、"それ"が棍棒を持って突っ込んでくるのはほぼ同時であり──次の瞬間、彼女らが居る場所に何かが突っ込み、轟音と砂埃が立ち込める。


「ッ、比奈⁉」


 張り裂けんばかりの声を上げ、彼女の元に走り出す。

 ああ、やられた。そもそも最初の段階で気付くべきだったのだ。夢想鍛錬所ならともかく、こんな場所で生徒が吹き飛ばされる事などある筈がないというのに!

 今の攻撃を彼女は避けられたのだろうか。視界の外からの突撃、少なくとも今の俺では避けられない。


「……心配しすぎよ。私を誰だと思ってるの」

「比奈! ……良かった、無事だったか」


 だが、その心配は杞憂に終わる。未だ立ち上る砂埃の中から彼女が現れ、背負っていた生徒を俺に渡す。


「……でも、ちょっとマズイわね」


 彼女は埃を睨み付け、呟く。やがて砂埃は晴れ、"それ"が姿を現した。


「──オーク」

「お、オーク⁉ 何でここに」

「分かんないわよ!」


 三メートル程の体躯には全身に黒茶の毛を纏っている。耳は尖り、豚の様な鼻と口から延びる牙。二足歩行で腰には動物からそのままはぎ取った様な皮を巻き付け、右手には巨大な棍棒を握り締めている。それには幾ばくかの血が付着しており、女子生徒を殴りつけた事を示している。

 それはオークであった。魔物の一種であり、狂暴かつ非常に力が強い。比奈の額に汗が流れ、恐れを誤魔化す様に歪な笑みを浮かべる。


「ちょ、丁度いいわ……わ、私の力を試す良い機会じゃない」

「俺も戦うぞ! 魔法は使えなくても、刀はある」


 腰に提げた刀を抜こうとして、彼女が制止する。


「馬鹿言わないで、アンタなんかただの足手まといよ。だからさっさと──ッ!」


 だが、彼女の言葉は最後まで発せられる事はなかった。

 オークが棍棒を構え、彼女に向けて振り下ろす。彼女は何とか避けるものの地面に叩き付けられたその衝撃でタイルは割れ、クレーターが出来、こちらまで響く揺れが発生する。比奈は冷や汗を垂らしつつ刀を抜き、切っ先をオークに向ける。


「ッ、なんて力よ……"焔弾"!」


 その叫びと共に、刀から幾つもの火球が発射される。それらは皆オークに命中し──全く損害を与える事は出来なかった。表面の毛が僅かに焦げただけに留まったのだ。

 だが、どうやらそれは想定内だったらしい。彼女は多少目を見開いたものの怯む事はなく、壁を蹴りオークに向かって突撃していく。


「見てなさい快人! これが……私の魔法!」


 火球で多少怯んだオークはそれに対応する事が出来ない。彼女は刀を構え、その刀身に焔が宿る。


「"炎斬乱舞"‼」


 彼女がオークの周囲を高速で動き回る。それはまるで踊っているかの様であり、刀身の炎の軌跡がオークの周囲を取り囲む。

 刹那、オークの身体が炎上する。重い叫び声を張り上げ、しかし全く動けないでいる。

 炎斬乱舞、名前とどんな技かだけは聞いていた魔法。対象の周囲を高速で動き回り、炎を纏わせた刀で切り刻むのだ。それは今完璧に発動され、醜い豚の魔物を圧倒している。オークは高い魔法、物理両耐性を持つ強力な魔物。それをここまで翻弄し、今まさに倒さんとしている。

 これが、魔法。劣等感に打ちひしがれそうになるのを堪え、俺は女子生徒を背負い医務室に足を向け──



「がっ」



──ようとしたその時、オークの棍棒が彼女の身体を正確に捉えた。

 ミシミシ、と骨が軋む音が鳴る。脇腹に叩き込まれた棍棒によって彼女の身体は曲がってはいけない角度にくの字に曲がり、こちらに吹き飛ばされる。


「──比奈ぁッ⁉」


 血相を変え、慌てて駆け寄る。


「かはっ……げぼ……」

「生きてるか⁉」


 俺は背負った生徒を置き、刀を構えて比奈とオークの間に割り込む。

 オークは確かに傷を負っている。だがそれらは全て薄皮一枚で止まっていた様で、奴はさして気に留めてはいなかった。比奈の攻撃力が低かった訳ではない──オークが強すぎるのだ。少なくとも、今の俺では傷一つ付ける事すら叶わないだろう。

 だが、逃げる事も出来ない。オークは巨体を持ちながらも意外と足が速く、二人を背負った状態での俺などすぐに追いつかれてしまう。通信は繋がらなかった。どうやら何者かに妨害されている様で──完全に我が身可愛さに隠蔽した俺のミスである。


「っ、このッ、豚野郎がァァァ‼」


 だからこそ、俺には突撃するしか選択肢が残されていなかった。少しでも時間を稼ぎ、誰か上級生か教師が気付いてくれるのを待つ。

 刀を構え、オークへ斬りかかる。その動きは比奈に比べれば遥かに鈍重で、さしものオークでも気付きこちらに棍棒を振り下ろす。その衝撃を刀で受け流──


「強っ──」


──せず、刀に加えられた膨大な力に引っ張られてバランスを崩す。ミシリ、と手首の骨が軋み刀を落とし、その後地面と棍棒に挟まれ砕け散る。

 そうして怯んでいる所にオークの左フックが打ち込まれ、比奈の前まで吹き飛ばされる。


「がはっ……」

「かい、と……にげ……て……」


 比奈のか細い声が聞こえてくる。彼女は棍棒を叩き込まれた、遠心力で俺よりも衝撃は強い。


「まだ、だ……」


 立ち上がり、腰ポケットからナイフを取り出す。頼りない事この上ないが無いよりマシだ。

 そうして俺は飛び掛かる。再び棍棒が振るわれ、その軌道を読み避けて懐に飛び込む。ナイフを突き立て、しかし刃は一向に通る気配を見せない。

 刀が無い今、俺の武器は身軽さだけだ。それを活かしオークの攻撃を避け、何度かナイフを振るうもやはりその表皮を貫く事は出来ず。


「⁉ ぐぅっ!」


 疲れてきた所に棍棒が叩き込まれ、またも吹き飛ばされる。

 バキボキ、身体の中を骨が砕ける音が駆け抜ける。最早どこが痛むのか分からない程にボロボロになった俺は比奈の元まで飛ばされる。目の前には同じくボロボロの比奈の顔。朱色の双眸に俺の顔が映り込む。

 はは、何て情けない顔だろう。結局俺は誰一人として守る事が出来なかったのだ。男性初の魔法体質者などと持て囃され、しかし入学して一週間経った今でも未だ魔法の一つも使えない。

 ズシン、ズシンという足音が地面を通して身体に響く。どうやらあの豚は見逃してはくれない様だ。


「か、いと……」

「ぃ、な……」


 もう声すらマトモに出やしない。そんな俺に、彼女は震えながら何とか近付こうとする。


「あり、がと」


 そんな呟きを漏らしながら、彼女はゆっくりと顔を近付ける。

 今まで一度も見たことのない表情。今にも消えてしまいそうな、儚く優しい笑顔。俺は気付く──自分が世界で一番幸せな男だったという事に。何しろ、こんな素敵な女性に想われていたのだから。


「だい、すき……」


 彼女の唇が俺のそれと重ねられる。

 ああ、もっと早く気付けてたら、良かったのに──



『──よくやったカイト‼』


「──え」


 そこで、頭の中に声が響く。幼い少女の声──俺の契約妖魔、レフストメリスだ。


『お前は今、一人の少女を"恋"という鎖で支配した!』

「な、ぃを……」

『一人でもこれだけ想いが強ければ十分じゃ! さあ唱えろ、"イズラリール"と。それで少なくとも動ける様にはなる!』


 何が何だか分からない。だが、今の俺が頼れるのは最早彼女しか居ないのだ。


「ぃ、"イズラ、リール"……⁉ これは……‼」


 効果は劇的だった。何しろ、ここまで感じていた痛みが一瞬にして消えたのだから。

 感覚遮断。確実に魔法であるそれを、今俺は使ったのだ。一体どうやって、何故。


「ッ、今はそんな事を考えてる場合じゃない!」


 立ち上がり、オークを睨み付ける。まずはこいつを倒さなければならない。比奈達が助からないし、何よりも俺の気が収まらない。

 オークが棍棒を振り上げる。魔法を得たからだろうか、その動きが酷く緩慢な物に見えてくる。だからこそ避ける事も容易い──が、そこで気付く。こいつが振り下ろしたその先には俺だけでなく比奈達が居る事に。防御魔法を、そう言う前にレフストメリスは言った。


『"プロティレイル"、目の前に壁を作るイメージを持ちながらそう唱えるのじゃ』

「ああ……"プロティレイル"‼」


 瞬間、目の前に半透明の障壁が現れる。それは振り下ろされた棍棒をいともあっさりと受け止める。まさか防がれるとは思っていなかったのだろう、オークは自らの衝撃が反射して大きく体勢を崩す。


『今じゃ‼ 我と共に唱えろ‼』

「ああ!」


 彼女がその単語を伝え、俺が脳内で想像する。


『偉大なる我が祖父が操りし黒き焔……今ここに顕現せん!』


 魔力を体内で練り上げ、高めていく。これまでの訓練でそれだけは何度もやってきたのだ。イメージするのは黒い炎、そして焼き尽くされる目の前のオーク。



「『"リグラ・グレンズ"‼‼』」



──刹那、黒炎の濁流が前面から放たれ、オークを飲み込む。

 これまでの人生の中で一度も見た事が無い様な"力"。それに取り込まれたオークは最初は怒号、次に悲鳴を上げ、やがてそれすらも聞こえなくなった頃に炎は消えた。


「はあ、はあ……」


 後に残されたのは、ピクリとも動かない炭化した肉塊。

 そう、俺は勝利したのである。思わずガッツポーズをとろうとして──倒れる。


「あ、れ……?」

『時間切れじゃな。"イズラ・リール"はあくまでも痛みを誤魔化すのみ、実際の身体は傷付いたままなのじゃ。まあこのまま倒れておれば誰かに見つけてもらえるじゃろうて』

「そう、か……」


 そうだ。オークは倒したのだし、あとはゆっくりと救助を待つだけ──



「──あら、まさか倒しちゃうなんて。驚いたわ、何? その力」



──と、思っていたその時。頭上から女の声がした。

 全く聞いた事のない声だった。俺は力を振り絞って顔を上げ──そして、絶望する。


「どう、ぃて……」

「何言ってるか分からないわよ。あなた、滑舌悪いのね」

「おー、く……」

「オーク? ああ、これ私のペット。本来は一体だけのつもりだったのだけれど……沢山連れてきてて正解だったわね」


 そこに居たのはビキニタイプの魔装を身に着けた一人の魔女、そしてその両脇に控える二体のオーク。


『これは……絶体絶命じゃな』

「まあいいわ。あなた、連れて行かせてもらうわね」

「ま、て……」

「待ちませーん。二号は抱えて、三号はそっちの女達をテキトーに片づけといて」

「や、めろ……」


 オークの手がこちらに近付く。全身の力を振り絞るが、身体はピクリとも動かない。

 更に間の悪い事に感覚遮断が切れ、全身を激痛が駆け巡る。元々ボロボロだった物を更に動かした事で身体は完全に限界に達しており、次第に俺の意識は薄れていく。視界の隅ではもう一体のオークが比奈達に近付いていくのが見える。

 ああ、やめろ、やめてくれ。お願いだ、誰か、誰か、


「誰か……」

「諦めなさい。あなたはバラされてホルマリン漬け確定なんだから」

「たす、けて……」


 その呟きは、誰にも返される事なく消えていき──



「──"ショックカノン"」



 次の瞬間、俺とオークの間に誰かが現れる。そしてその言葉を呟いたかと思えば轟音と共に眩い光が発せられ──


「……は?」


 魔女が間抜けな声を上げる。仕方ないだろう。俺だって声を上げる元気が残っていれば同じ様な反応をした筈だ。



──何しろ、光が収まったそこには生きている物はおらず。

 残されていたのは、毛深いオークの両足首より下のみだった。それ以外は全て、消えていたのだから。

 それをやったらしい、俺とオークの間に現れた誰か──露出度のやや低い、緑色の振袖を身に纏った少女はこちらを振り向き、一言。



「大丈夫、です……?」

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