確執、満載!はじめての入寮!
この学園は全寮制であり、敷地内に十個の学生寮が存在する。
それぞれの名前は柊寮、竹園寮、鈴蘭寮……もう分かるだろう。それぞれの学生寮を運営しているのは十華族だ。自らの家やそれに連なる者達を集め、結束力を高める──こと現代でもお互いの家同士の関係は決して良い物とは言えなかった。
一方、どこの家にも属さない平民は基本ランダムに振り分けられる。普段ならば特に気にする事も無いのだが……
「やあ、意外と早かったね」
「……? 誰、ですか……」
入学式当日、夕暮れ時。寮のエントランスに入ってきた彼女にアタシは話しかける。お互いに初対面なので彼女は当然やや警戒する。
そんな緊張を解くべく、アタシは軽い雰囲気で続ける。
「アタシはこの睡蓮寮の寮長をしている睡蓮紅葉さ。学園はキミにとっては珍しい物が多いだろうしもっと道草を食ってくると思ってたんだけどね」
「あ……私は」
「朝露咲良ちゃんだろう? 輝夜から聞いてるさ、決闘凄かったんだってね。アタシも見に行きたかったよ」
澄んだ海の様な青い髪は短く切り揃えられ、両眼には蒼空をそのまま溶かし込んだ様な瞳が煌めいている。彼女よりも高い背丈、すらりと伸びた脚。全体的にボーイッシュ、とよく呼ばれる──そんなアタシの姿が彼女のマゼンタ色の瞳に映り込む。
今言った通り、ここは睡蓮家が運営する睡蓮寮。今年度二回目の決闘にて凄まじい魔法を使ったらしい平民少女、朝露咲良はここに所属する事となっていた。どうやら件の決闘で相手にトラウマを植え付けたらしいが……
「……思ったより普通だね」
「?」
「ううん、何でもないよ。色々と話したい事はあるけど取り敢えずは部屋の事だね。キミの部屋だけど少し変更があってね、三〇六号室になったんだ」
普通はこんな事はしない。だが、決闘後に学園から通達があったのだ──"朝露咲良の同室は信頼出来る者にする事"と。
「三階、ですか」
「そ。ついでに同室はアタシの妹なんだ、よろしく頼むよ。妹は気が短いから早めに荷を解いてやってくれ」
「分かった、です」
彼女は駆け足で階段を上る。その姿を見てアタシは小さく呟く。
「……君は一体、彼女から何を感じたんだい? 輝夜……」
そしてアタシはこっそりと後を追った。
「……」
部屋の前に到着した彼女は、ドアノブをじっと見つめていた。何をしているのだろう、と聞き耳を立てていると、不意に言葉を発する。
「緊張、します……」
なるほど。思ったより普通の理由だった。送られてきた記録を見る限り彼女はこれまで学生寮など経験した事がないそうだし、この反応は当然に思える。
彼女はそのまま一分程立ち尽くし、やがて意を決した様にドアノブを回す。
「お邪魔、します……!」
「誰?」
聞こえて来たのはアタシがよく聞き慣れた少女の声。ドアに近付き、内部の様子を窺ってみる。
部屋の中で服を畳んでいる、アタシをそのまま縮めた様な風貌の少女は咲良を見て驚いた様な表情をする。
「あーっ! あんたは‼」
「寮長さんの妹さん、です?」
「へ? 姉様に会ったの?」
そう言うと、驚いていたのも束の間彼女は胸を張り自慢げな表情へと顔を変える。
「そう! 私こそが十華族が一角、睡蓮家の三女にして睡蓮紅葉の妹! 睡蓮楓よ! というか同じクラスじゃない、覚えてない訳?」
「……?」
「え、本当に覚えてないの? 試験の時あんなに華麗に壊したのに?」
「……すいま、せん」
「嘘でしょ」
単純に物覚えが悪いのか、はたまた他人に興味が無いのか。どちらにせよ楓を怒らせるには十分だった。彼女は咲良の首根っこを掴み、言う。
「平民の癖に調子に乗るんじゃないわよ。ちょっと魔法が使えるからって……」
「はあ」
「どうせ私や姉様には敵わないのよ!」
期待してくれるのは嬉しいがあまり無責任な事は言わないで欲しいな、アタシは苦笑する。
「努力すれば……私に勝てると思う、ですよ」
「……はあ? 何よそれ」
ふと咲良が言った言葉に彼女の表情が一変する。怒りから、無表情へ。
「努力しなきゃあんたには勝てないって?」
「今の所は、そうだと思う、ですが」
「ふざけないで! もういい、決と「ちょっと待ったー⁉」」
楓が言い放ったその言葉を遮る様にアタシは慌てて室内に押し入る。楓は驚き、対して咲良は表情を変えていない。
「ね、姉様⁉ 何故ここに」
「キミ達が気になって様子を窺ってたんだよ……まさか秒で決裂するとは思わなかったけどね⁉ 楓? 何を言おうとしたのかな?」
「決闘よ! この平民があまりにも無礼だから」
「ダメだよ? いや、確かに決闘は認められた権利なんだけど咲良ちゃんに関しては決闘禁止なのは知ってるだろう?」
「それは……そうだけど!」
普段は素直に言う事を聞いてくれる彼女が今回は食い下がってくる。アタシは怒気を含んだ笑みで威圧し、彼女を何とか引き下がらせる。
「はあ……あと、咲良ちゃん、キミは天然過ぎるね。もう少し取り繕う事を覚えようか」
「……私は、事実をムグ」
また楓を怒らせそうな事を言いかけた口を指で摘む。
「お・ぼ・え・よ・う・か」
「……はい」
「よろしい。じゃあ二人とも仲良くね」
そう言うと、アタシは部屋から出ていく。当然ながら離れる事はせず、再びドアの近くから見守る。咲良はじっとこちらを見ている。きっと気付いているのだろう。
彼女はさっき飛び込んだ時も驚いていなかった。感覚が鋭いのか、それとももっと他の何かがあるのか……
「……」
「……」
さて、アタシが居なくなった室内では気まずい雰囲気が流れている。楓は苛立ちを隠せないものの、咲良はやはり無表情。
やがて耐えきれなくなったらしい楓が、彼女に言い捨てる。
「……覚えておきなさいよ、いつか分からせてやるわ!」
「はあ……」
……うん、まあ取り敢えずは大丈夫、かな。かなあ?
「りょ、寮長。何してるんですか?」
「へ? ああいや……」
と、そこに別の生徒が現れ、アタシの事をまるで汚物でも見るかの様な表情で見下ろしてくる。きっと彼女にしてみればアタシは新入生の部屋を覗く不審者に見えたのだろう。いや間違っているとも言い難いんだけれど。
アタシは彼女に必死に取り繕いながらその場を後にする。
不安はあるが、楓は良い子だ。きっと打ち解けてくれるだろう、そう信じて。
──────
四月一日
今日は待ちに待った入学式。この不思議な世界に転生してから十四年、これまでは隠れてしか使えなかった魔法をこれからは堂々と使えるようになる。それが楽しみで仕方ない。
入学式のホールでは早速友達を作ることができた。秋空雲雀さん、という女の子。コミュニケーションが苦手な私にもどんどん話しかけてくれてとても嬉しかった。あと、制服を恥ずかしいと思っているのが私だけではないことも確認できたのがもっと嬉しかった。ただし式の途中で催眠をかけられたのは気になった。発信元は話していた生徒会長。念の為に秋空さんのそれは解除しておいたが、要警戒である。
その後は契約をした。相手は鳥高、という神。今回は最後まで友好的に付き合えるといいな。
決闘もやった。相手の織主さんは意外と強かった。あれで初心者というのだから、きっと訓練を重ねれば私なんかよりずっと強くなると思う。これからに期待大だ。ただ、適性試験では魔法の威力が落ちていた。死なないと分かっているのだからそこまで怖がることもなかったと思うのだが……よく分からない。
試験後の講義も終わった後は雲雀さんと一緒に学園内を回った。カフェに行ったりゲームセンターという場所で遊んだり。前世ではこんなことをしている暇も無く、転生してからは周りに上手く馴染めず引きこもっていたのでとても新鮮で、とても楽しい時間だった。
どうせならば雲雀さんと同じ寮が良かったが、彼女は睡蓮寮ではなく鈴蘭寮らしい。そして同室の楓さんは平民平民とうるさいしずっと怒ってばかりだし正直うんざりする。寮長さんは親切で落ち着いてるのに、あれで姉妹だというのだから信じられない。
とはいえ、全体的には今日は楽しい日だった。明日からもこの調子で過ごせるといいな。
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