ありえな~い!試験監督は大忙し!

「いや〜凄かったっすねぇ。あんな魔法、初めて見たっすよ」

「……そう、ですか。雲雀さんも……使えるようになる、ですよ」

「いや無理だと思うっす」


 咲良のとんでもない発言を私は即座に否定する。私の契約した相手は鴉天狗、これまで数百人が契約し、誰一人としてあの様な魔法を使えた事はないのだから。

 今、決闘を終えた咲良と合流した私は歩いて食堂へ向かっていた。昼からは講義があるので食べておかなければならないのだ。

 その道中で様々な話をしようと思っていた。聞きたい事が山ほどあり……ありすぎて、逆にどう聞けばいいのか分からない程には。


「いいえ、努力すれば……必ず」

「努力って……咲良は普通の家出身っすよね? どうやって契約前に"努力"してたんすか?」

「…………イメージ、トレーニングとか」

「イメトレ」


 そんな物であのレベルの魔法師になれるのなら苦労はしない。どうも彼女には自分の才能を軽んじている節が見える。


「今度……教え、ましょうか?」

「え? ……まあ、時間がある時にお願いするっす」

「分かった、です」


 それがどうしようもなく不愉快で──どうしようもなく、羨ましい。



「えー、私はこのクラス……一年三組を担当する竹園香里奈、皆も知っている通り十華族が一つ、竹園家の一員だ。よろしく頼む」


 昼食を食べ終わり、私達は指定された教室へとやってきた。そこの担任である薄緑色の髪をした女性が教壇で話し出す。

 周囲を見渡す。私と咲良の他には先程彼女と決闘した織主芽有、その前に決闘した若草比奈、そして唯一の男子生徒、藤堂快人までいる。中々どうして波瀾万丈そうなクラスである。


「見ての通り、このクラスには世界初の男性魔法体質、藤堂快人が所属している。様々な意見があるかもしれないが、まあ仲良くしてやってくれ」

「コイツに気遣いなんて不要ですよ、香里奈さん!」


 と、そこで割り込む声。声の主は比奈であり、彼女は特徴的な赤毛のツインテールを揺らしながら快人を指差す。


「さっきの決闘であんな醜態を晒したんですよ! しっかりしごいてやらないと!」

「比奈、まあそう言うな。何分情報が少ないからな……あとここでは先生と呼べ」


 竹園家と若草家、そういえばここは親戚だった様な気がする。竹園が本家、若草が分家だ。恐らく入学前から付き合いがあるのだろう、二人の距離感は妙に近かった。

 そしてその会話を、比奈の隣に座る快人は意外にも黙って聞いていた。だがその顔は赤く染まり、身体はプルプルと震えている。言い返してやりたいが決闘の結果が結果だけに何も言えない、といった所だろうか。

 その会話が終わると、次に香里奈が視線を向けたのは咲良だった。


「で、次に……朝露咲良。お前はー……まあ、精進する様に」


 バツが悪そうにそう言い、彼女は一瞬芽有に目を向け、また離す。彼女を見ると顔を青褪めさせてプルプルと震えていた。ただしこちらの震えは羞恥と怒りからではなく恐怖からの物だろう。


「……さて! 知らない筈がないが、この学園は日本唯一の魔法師養成学園だ。在籍中は魔法についての訓練、教育を受け、卒業したら軍に魔術少尉として入隊する事になる。勿論在学中の成績によっては更に高いポストを用意されるぞ。例えば今の生徒会長なんかは大佐だな」


 そう言った瞬間、クラス中からおお、という驚きの声が漏らされる。何しろ、大佐といえば数千人を指揮する立場である。卒業して──十代後半で既にそんな地位につくのだ。また、少尉の地位も魅力的だ。年収は七百万円程と平均の二倍弱であるし、退役後も年金が受け取れる。生きていれば、の話だが。


 その後も学園についての説明が続く。

 ここ、国立天照魔法学園は総面積二百五十万平方メートルという東京ドーム五十三個、甲子園六十三個分という広大な敷地を誇っており、その中には校舎、学生寮の他にショッピングモ―ルやゲームセンター、温泉なんかも設置されている、正に一つの〝街〟が内包される学園だ。

 これは極力生徒を外に出さない為である。魔法師は国の貴重な資源であり、間違っても誘拐などされる訳にはいかないのだ。

 だからこそ通信機器は内部でのみ繋がる独自回線となっており、外部との交信は手紙のみとなる。それもしっかりと検閲される為、プライベートという物は無い。また脱走防止に敷地内では外部とは別の通貨が使用されており、入学時に持ってきた〝円〟は全て〝銭〟に両替される。勿論学内での生活費用は親からの仕送りのみに頼るのではなく、定期的に学園から支給されるので私の様な平民出身者も安心だ。

 楽園であり監獄。それがここ。

 ちらり、隣に座る咲良を見る。彼女はこれまでと同じ様に無表情で──そしてどこか、楽しそうだった。



「これより、魔法適性試験を行う」


 次に連れてこられたのは先程決闘を行った夢想鍛錬所。ただしさっきとは違いフィールドには大小様々な無数の的が浮遊している。


「試験は単純、あれらの的をどれだけのスピードで全て破壊出来るか、だ。方法は何でもいい。別に魔法を使わず徒手空拳でも構わん……それでは上空の物は破壊出来ないがな」


 と、いう事らしい。さて、私はどうやって破壊しようか。


「まず一人目、誰からでもいいぞ」

「私が行くわ」


 少しプライドの高そうな声が立候補する。水色のショートヘア、青色の瞳、背丈は私よりやや低い程度の女子生徒。


「この睡蓮家の楓が華麗に破壊してみせるわ」


 どうやら彼女も十華族の一員だったらしい。であればあの自信も納得だ。

 そんな彼女の言動に香里奈は一瞬うんざりした様な表情を浮かべる。華族同士の確執でもあるのだろうか。


「……よろしい。では始めろ」

「ふふ、魔装着用!」


 彼女の服装が変化する。へその部分が空いた黄色のレオタードに手足の籠手、腰にはやはり刀が提げられている。

 その刀を抜き、前に構える。直後彼女の身体から稲妻が迸り、それは刀身にも纏わりつく。


「はあっ‼」


 彼女が地面を蹴る。刹那、黄色の軌跡と共に的が一瞬で両断される。そして電撃の残滓が残る元の位置に戻ってきて刀を仕舞う。その光景に、私はただ感嘆するしかなかった。


「ふむ、流石だな」

「当然よ。私を誰だと思ってるの? すいれ「次」ちょっと‼」


 自信満々の彼女の言葉を遮り、次の試験者を促す。

 その後も次々とクラスメート達が魔装に着替えては的を破壊していく。比奈は決闘の時と同じように炎を操り、難なく破壊していた。対して快人はどうやら魔法を使えないらしく、魔装に着替える事もなく剣だけで地上付近の的だけを破壊していた。一体彼は何なのだろうか。

 その他で印象に残ったクラスメートといえば白髪の少しアホっぽい快活少女だろうか。彼女は魔法らしい魔法を使わず、凄まじい身体能力で跳躍、上空の的まで破壊していた。何かと先生が訊くと、彼女は「だってボクは皆のヒーロー、だからね!」と答えていた。意味が分からない。

 あとは、織主さん。彼女も当然参加したのだが……


「叢雨……うっ、ぷ、おえぇっ」

「だ、大丈夫か。無理するなよ」

「だ……大丈夫、です……」


 魔法を使おうとした瞬間顔を蒼白にして口を押さえる彼女。先生は彼女を労わり、試験を中断させようとする。

 だが、彼女はそれを断るとフラフラと立ち上がり、〝叢雨簪〟と小さく呟く。無数の水の槍が出現し的を射抜く。だがその勢いは決闘の時に見せたそれよりも遥かに落ちており、彼女の状態が如何に悪いかを物語っていた。


「あ、秋空雲雀、行くっす!」

「頑張って……下さい、です」


 さて、当然私も行わなくてはならない。咲良の小さな声援を背に受け皆の前に出て魔装を身に着ける。ううむ、やはり下半身がスースーする。下着くらい作ってくれればいいのに……前垂れだけって。


「まずは……翼を……」


 私の魔装には背に翼が生えている。それを何とか動かそうとしてみるが、ひらひらと揺れるだけで到底飛べる程には届かない。


「み、御影さまぁ……」

『はあ、仕方ないわね』


 たまらずその名前を呼ぶ。それは私の契約している鴉天狗の名。

 その声に応える様に脳内に女性の声が響く。途端に翼の動きが良くなり、私の身体がふわりと浮かび上がる。


「お、おお……おっとっと。け、結構難しいっすね」

『貴女は刀を動かすのに集中なさい。翼の方は私が取り敢えず制御してあげるから』

「か、感謝するっす」


 ひとりでに動き出す身体、しかしその動きはぎこちない。彼女が言うにはやはりこういった制御は身体の持ち主がやる方がいいらしい。

 そう言われても魔法を使うのも魔装を動かすのも今回が初である。十華族やそれに近しい家ではシミュレーション魔道具などで幼い頃からトレーニングをしているらしいが、私はただの平民なのだ。実際、クラスメートの大半は慣れない手つきでやっていたのでこちらの方が普通なのだ。咲良や織主さんがおかしいだけなのだ。

 そうして覚束ない動きで的に近寄り、全くなっていない動きで刀を振る。


「あ……」

「へ?」


 途中でちょっとしたハプニングも起こった。

 必死に的を壊してまわっている時、ふと咲良が小さな声を漏らしたのだ。それに反応して下を向くと、何故か口を開いて顔を真っ赤にしている快人の姿が目に入る。そこで私は何が起こったのか察してしまった。


「──ひゃああああっ‼」


 私は慌てて前垂れを押さえる。そう、私は試験に熱中するあまり下半身の防御を忘れていたのだ。さしもの御影様もそこまではフォローしてくれなかったらしい。


「み、見てないぞ‼ 俺は何もぶべえっ‼」

「じゃあ何よその顔は‼」


 この場に居るのが女子だけだったならばここまで気にしなかっただろう。だが今、ここには男子が居る……その彼は今、隣に立つ比奈によって顔面に拳をぶち込まれているが。


「任せて、下さい」


 と、そこで咲良が魔装を着て杖を出す。彼女が何かを呟くと、私の股間が光り出した。


「ふぇえっ⁉ 何これ、ナニコレ⁉」

「それで中身は見えない……です」

「何か余計に恥ずかしいからやめてー‼ あとどうせやるならもう少し早くやって欲しかったっすー‼」


──まあそんな騒動もありながら、結果として私は全ての的を破壊する事が出来たのだった。これは素直に嬉しく、地上に降りた時私は顔を真っ赤にしながらもガッツポーズをとったのである。


「では最後、朝露咲良」

「はい……」


 さて、そんなこんなで全員が終わり、残ったのは咲良のみとなった。先生は彼女の方を向き、ある条件を言い渡す。


「お前は今回、あの時決闘で使った物以外の魔法で的を破壊してもらう。出来るか?」

「出来る、です」

「よし。では開始!」


 彼女がそう言った瞬間、咲良は杖を地面に突き刺し、一言。


「"ショックブラスト"」


 刹那、彼女を中心として前半分の球状に凄まじい衝撃波が巻き起こる。それは一瞬にして全ての的を破片が見えない程粉々に砕く。

 ほんの一瞬。瞬きをする程度の速度、たった一撃で彼女は全ての的を破壊せしめた。これには他のクラスメート達も呆然とするしかなく、先生も額に汗を浮かべていた。


「どう、ですか……」

「……ああ、よく分かった。うむ、下がっていいぞ」


 私は聞き逃さなかった。先生が小声で「何なんだこれは……」と呟いた事を。その気持ち、よく分かるっす。というか、咲良のその魔法のバリエーションの多さは一体何なのだろう。イメトレ? イメトレでここまでやれる様になるのか?


『何なのかしらね、あれ』

「やっぱり分からないっすか?」

『決闘の時といいさっぱり分からないわ。何というか、そもそも根本的に〝何か〟が違う気がするわ。それが何かも分からないけれど……』

「そうっすか」


 結局、この適性試験ですらも彼女の謎は深まるばかりとなってしまったのだった。

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