一般転生者の憂鬱

 時は少し遡る。

 突然だが、私は転生者である。魔法の無い日本──それも、この世界の出来事がライトノベルとして出版されている世界からの、だ。

 『異世界魔王と戦乙女ヴァルキュリア』──神や妖魔と契約を行う事によって魔法という特殊な力を扱える様になる世界。しかし契約を行えるのは女性だけ……そんな世界でただ一人男でありながら契約を行える体質であった少年、藤堂快人を主人公とした物語。

 あからさまに男性向けのハーレム物。だが私はとある理由から女ながらにこの作品が好きだった。だからこそ、前世で神の手違いによって死んでしまった時、この世界への転生を望んだのだ。

 そうして無事〝織主芽有〟として転生を果たし、学園へ入学した私はスタジアムである人物を発見する。


「あれって……そっか、そりゃ居るよね」


 枯草色のセミショートヘア、錆朱色の瞳、平均的なスタイル──"秋空雲雀"がそこに居た。

 彼女は原作一巻では単なる一クラスメートとして登場、二巻にてヒロインに昇格し、三巻で死んでしまい読者と主人公に大きな衝撃と心の傷を与えたキャラである。因みにアニメ化もされており、最終回で彼女が死んで賛否両論の嵐となった。

 そんな彼女が生きて動いている事に若干の感動を覚えつつ、しかし原作通りならば既にこの時点でかなりの苦痛に襲われている筈である。何とか救ってやりたいが……如何に転生特典を貰った私でも不可能なのだ。それ程までに彼女の問題は根深いのである。

 さて、それはさておき決闘を行おうと思う。元々契約を終わらせたらやろうと思っていたのだ。

 眼下のスタジアムでは原作通り快人が一撃ノックアウトされている。観客は消化不良、これに便乗すれば私も自然な流れで決闘出来るだろう。

 相手として選んだのはその雲雀と喋っていた紫髪の少女。原作では見たことがないのできっとモブだろう。間違っても負ける事は無い筈だ。


「そこの方、私と決闘してくれませんか?」


──今思えば、ここで彼女を選んでしまった事が全ての始まりであった。ここで彼女を選んでいなければ、私はあんな目に遭わずに済んだのに。



「両者、魔装装着」


 最初の違和感は、彼女の魔装だった。妙に露出が少ないのだ。アニメやコミカライズではモブの魔装も見る事が出来るが、大体露出は多い。だが、彼女のそれは私よりかは多いが、それでもやはり少なかった。

 だが、それに関してはそこまで気に留めなかった。まあそういうのもあるのだろう、そう思ったのだ。

 次の違和感は彼女が木の杖を取り出した所。何の予備動作も見られず、魔力も感じなかった。まるでマジックの様で、そこで私は警戒レベルを一つ引き上げる。

 口上では彼女の契約した神の名を聞くが、知らない名前だった。私の契約している神──豊玉姫に聞くと、どうやら小さな山の神らしい。以前の契約者が使っていたのは主に植物を操る魔法、水を操る私とは若干相性が悪いが、そこは力でごり押し出来るだろう。

 そして、立会人が決闘開始を叫ぶ──その直前。


「──ッ⁉」


 私の脳裏にあるイメージが浮かぶ。それは、開始直後に謎のビームに吞み込まれて蒸発するという物。地面を蹴り横に避けようと考えるとそのイメージは消えたので、私は開始と同時にその通りにする。瞬間、元居た場所を青白いビームが通っていったのを見て冷や汗を垂らす。

 これは私の転生特典の一つ。五秒後に死ぬ未来があるとそれを幻視する事が出来る。そのお陰で助かったのだが……


「(……何、今の⁉)」


 私の意識は完全に今の謎の攻撃に向けられていた。

 豊玉姫が嘘をついている訳でない限り、彼女が契約しているのは山の神で間違いない筈だ。しかし今の攻撃と山に一体何の関係があるというのだろう。

 だが、私に深く考える余裕は与えられなかった。再びイメージが浮かび、今度は先程の攻撃を九発同時に食らうという物だった。

 まず、それを際どい所で避ける。そこで再びイメージ、避けたビームが戻ってきて背後から貫かれるという物。追尾してくるタイプだと見て、私は靴底から水を勢いよく噴射して彼女へ一気に接近する。

 そして背後から来たビームを避ける。あわよくば彼女に当たってくれないかと考えたが、自滅対策はバッチリだった様だ。だが、近付く事は出来た。次は私のターンだ。


「"叢雨簪"‼」


 私は無数の水の槍を出現させ、目の前の彼女へ発射する。

 これは私の第二の転生特典。大量の魔力、そして魔法の高い才能。それにより私はあまり魔力消費を気にする事なく、また訓練無しでも高度な魔法を扱う事が出来るのだ。

 さて、私の渾身の攻撃は、しかしあっさりと防壁の様な物で防がれる。この時点で私は彼女の事をモブだとは思っていなかった。きっと彼女は私の読んでいない外伝か、もしくは続編で登場する重要キャラか何かなのだろう。そうでなければ契約直後でここまで魔法を操れる訳がない。

 転生者ではないだろう。何しろ私の名前に一切の反応が無かったのだ。織主芽有……オリ主、メアリー(・スー)。転生者対策でこの名前にしてもらったといっても過言ではないのだし。

 その後も同じ様な攻防が続く。彼女が撃ち私がそれを避け、偶に反撃しては防がれる。一見すると互角に見えるかもしれないが、実際には私が押されていた。何しろ相手は開始からまだ一歩も動いていないのだ。

 そんな事をしていると、凄まじいイメージが浮かんでくる。彼女の前面に空間を埋め尽くす程の魔法陣が現れ、そこから先程のビームが壁の如く発射される、という物。そこに避ける隙間など無い。


「(まずい、まずい、まずい!)」


 一体どうすればいいのか。私に取れる手段は一つだけだった。私は一気に距離を詰め──るふりをして、地面に潜る。そして彼女の背後に出て、時間を止めた。

 世界が色を失う。風も、鳥も、観客の喧騒も全てが消え去り、私だけの世界が形成される。

 これは第三の転生特典にして私の切り札だ。あまり持続せず、また長く止めすぎると色々と問題が出てくるが……一先ずはこれで状況を整理出来る。攻撃は出来ない。時を止めている間は他の物に何かをする事は出来ないのだ。


「まさかこんな序盤から強キャラが混じってるなんて……」


 私はその場にへたり込み、ため息をつく。ただ単に自分の運が無さすぎた。下手に原作キャラと関わっている人物を選んではならなかったのだ。もう全く関係なさそうな人を選ぶべきだった。お陰でつい本気になってしまったし、きっとこれで私は目を付けられてしまう。

 本来ならばテキトーに盛り上げつつ勝つつもりだったのに。まさか防戦一方になるとは思わなかった。


「でも、これで終わり」


 私は水の槍を彼女の周囲に無数に出現させる。時間停止を解除すれば数百もの槍が全方位から彼女を襲う。さしもの彼女でも防ぐのは不可能だろう。

 そうして解除しようとした、その時だった。



『ねえ』

「? 何ですか、豊姫様?」


 と、そこで脳内に話しかけられる。相手は豊玉姫だ。

 私は彼女だけには自分の素性を明かしていた為、時間停止中も動く事が出来た。


『その子、動いてない?』

「へ?」


 この神は一体何を言うのだろう。私は目の前で静止する彼女を見る。紫髪の少女は今も呼吸や瞬き一つせず、他の観客と同じ様に止まっている。

 確かにこの世界には自分の他にも時間を操れる者は居る。クロノスやカイロスなどの時間の神と契約している者達がそれだ。長く止めていると彼女らに気付かれてしまう──それが〝長時間止めていると発生する問題〟であった。

 だが、それはかなり特殊な例。そもそも日本にはその能力を持つ者は居ないので安心していい筈だ。時間に関する魔法とは特殊であり、どれだけ鍛錬を重ねても使えない者には絶対に使えないのである(設定集より)。

 私は時間停止を解除しようとして──


 ギョロリ。


「──え」

「時間停止まで……非常に興味深い、です」


 彼女の目が私を捉え、次の瞬間には饒舌に喋り出す。ここが時間から隔離された空間であるにも関わらず、だ。

 彼女が指をパチンと鳴らす。直後、彼女を取り囲んでいた水の槍が全て消滅した。


「な、なんで」

「時間停止……何度も戦った、です。当然、対策も……」

「た、対策って」


 そんな物、出来る訳がない。もしかすれば停止が解けてしまったのかもしれないと周囲を見るが、未だに観客は静止している。つまり、彼女は本当にこの停止した世界で動いている。

 有り得ない。だが現に彼女は動いて喋っている。私は何もしていない以上それは彼女の言っていることが本当だという証拠に他ならない。


「⁉ な、何⁉」


「やはり……死に関係、しない物は……予測出来ない、ですね」


 突如自分は紫色の球形の膜に覆われる。叩いてみると硬い。完全に閉じ込められたらしい。それと同時に時間停止が解ける。私は何もしていない──彼女がやったのだ。


「──ひぃっ⁉」


 そこで脳内に浮かんだイメージ。それは、この膜が収縮し潰されるという物だった。


「なるほど、五秒……ですか」


 私はまず、自身が扱える最強の魔法を使って障壁を破ろうとする。未来は変わらない。次に身体能力を総動員して筋力で破ろうとする。未来は変わらない。自分自身を障壁で覆う。未来は変わらない。時間を再び止める、変わらない。瞬間移動……出来ない。


「──ひゅっ」


 自分は、どうやっても、死ぬ。

 徐々に球が小さくなっている。自分自身の身体が赤黒いビー玉になるまであと四秒足らず。高速で思考を巡らせる。何か、何か方法は無いのか、と。


「小さくしてから……消しましょう。念の為、です……」


 彼女が何かを呟いているが、そんな事はもうどうでもよかった。

 あと三秒。前世で迎えた死の苦痛を思い出す。

 あと二秒。視界の端で立会人が動き出す。が、間に合わないだろう。


「たっ、助け──」


 あと一秒──



「やりすぎや」


「──へ?」


 謎の少年の声がして、彼女が驚いた様な声を上げる。彼女はきっと開放感を感じた事だろう。

 何しろ、彼女は全裸になっていたのだから。


「──きゃあああああっ⁉」


 彼女が顔を紅潮させてその場にへたり込み、同時に球が解除されて私はその場に放り出される。今なら彼女に反撃出来るが、それをするだけの気力はもう残っていなかった。


「はあ、はあ……な、な……んで、私、生きて……」

「大丈夫か嬢ちゃん。ウチの子が悪かったなあ、あの子ちょい頭のネジ外れてんねん。許したってや」

「え……誰……」


 先程の謎の声が私に声をかけてくる。顔を上げると、そこにはいかにも神といった格好をした小さな男の子が立っていた。ウチの子、という事は彼が彼女の契約神なのだろう。となると、彼が彼女を止めてくれた……私の命の恩人だ。


「まあこれで多少頭も冷えたやrぶべえっ⁉」


 そんな事を言いながら、やれやれといった様子で振り返った彼の顔に固く握り締められた拳が突き刺さる。そこには羞恥と怒りで顔を深紅に染め、涙目の咲良が立っており、何故か彼女は彼が戻すまでもなく制服を身に纏っていた。

 神への敬意などとは無縁の力で殴り飛ばされた彼はそのまま数メートル吹き飛び、土埃を建てながら倒れていった。


「はーっ、はーっ、はーっ……」

「ふぁ、ふぁいうんふぇんな、何すんねん……」

「……殺す……‼」

ふぁふぇいふぁあんふぇシャレにならんて‼」


 そうして、彼女が割と本気で力を込め始めたその時、二人の間に女性が割り込む。


「やめろ朝露‼ 神に対し不敬な事をするな、というか誰に対しても決闘以外で殴るな‼」

「……」


 その女性は立会人であり、彼女に窘められて咲良は少し落ち着きを取り戻す。それを見た女性は次に腰を抜かしたままの神に近付き、彼の手をとって立ち上がるのを支える。

 彼女が彼の顔に手をかざすと、折れていた鼻や歯が綺麗に元通りになる。立会人には夢想鍛錬所の操作権限が与えられており、その中に居る者の状態ならば多少操作する事が出来るのだ……先程の試合では間に合わなかったようだが。


 因みにだが、彼女が先程やろうとしたのは魔装の強制解除。鳥高がやったのとほぼ同じだが、こちらでは解除した後は普通に制服に戻るだけなので咲良は止められなかっただろう。そういう意味では、彼は咲良の異常性を隠す事に貢献したのだった。


「鳥高神ですね、彼女を止めて頂いた事、誠に感謝します」

「いやええねん。契約した娘の面倒見るんは神の役目やし。ウチはもうええからあっちの娘を見てくれへん?」

「かしこまりました。織主、大丈夫か?」

「は、はひ……」


 まだ舌が回らない。完全に精神が萎縮してしまっている。寧ろ漏らさなかっただけ褒めてほしいくらいだ。まあでも、だいぶ落ち着いてきた……かもしれない。

 そんな私の様子を見て取り敢えずは大丈夫だと思ったのか、彼女は咲良の方を向く。


「……殺しても大丈夫、と言った、です」

「確かに言ったが殺し方という物がある! そもそも……~ッ‼ 朝露咲良! お前は道徳の授業を受けてこなかったのか⁉」

「受けてきた、ですが……」


 事無しげに言う彼女に対し、立会人は頭を抱える。 

 彼女の言う通り、決闘では殺しも許可されている。それは夢想鍛錬所での出来事は全て夢になる、という事に加え、この学園の卒業者は全て軍人となる事を見越しているからだ。

 しかし、今は入学直後。そんな心構えなど出来ている筈もない。そんな時に「自らの周囲を破れない障壁で覆い、それが徐々に収縮して潰される」なんて死に方をすればどうなるか。

 魔法の技量は精神に大きく左右される。こんな事で心をやられて魔法師として使い物にならなくされては困るのだ。仮に死に方が単にビームによるものであれば、ここまで気に留める事もなかっただろう。

 そもそも咲良がおかしいのだ。普通契約直後のマトモに魔法を扱えず、更に一般人としての感覚が抜けていない様な時に相手を殺す様な攻撃を本気で撃てる訳がないのだ。だが、どう考えてもあのビームや障壁収縮は殺意しか感じなかった。


「文科省にカリキュラムを見直すべきだと伝えなければならないのか……? と、とにかく朝露咲良! お前はしばらく決闘禁止だ! あと今後この学園で行われる道徳系の講演会には必ず出席し、道徳心と倫理観を育むこと! いいな!」

「でも」

「分かったな!!」

「……分かりました」

「よろしい。ではこの決闘の結果を伝える……織主芽有は戦意喪失、朝露咲良は武装解除、よって引き分けとする!」


 そうして、私の初めての決闘は幕を下ろした──私の心に深い傷を刻み込んで。

 関わる相手は慎重に選ぼう。今回で得られた教訓だった。


──────


「……輝夜か」

「ええ……夏鈴かりん


 誰も居なくなったフィールドの中心部、そこで一人、立会人──柊夏鈴は立っていた。そんな彼女に話しかけたのは彼女の妹──厳密には輝夜は本家、夏鈴は分家出身なので違う──であり、現生徒会長である柊輝夜だ。


「お前から見てあの二人はどうだった」

「そうですね……まず織主さん、でしたか。あちらは概ね"普通よりも強い"程度の魔法師……ただ、未来予知じみた動きをしていたのと途中一瞬で場所が少し変わっていたのには違和感を覚えましたが」


 輝夜が言う。

 彼女が今言った動きは、だがしかし単純に第六感を鍛えていた、というだけで説明がついてしまう程度の物だった。一瞬で場所が変わっていたのも身体能力で説明出来る。一体一般家庭出身の少女がいつ、どんな目的でその様な能力を手に入れたのかという謎は残るが、今はそれよりも更に語るべき物があった。


「そしてあの紫髪の少女……朝露咲良さん。あちらは……分かりません」

「分からない? お前がか」

「はい……彼女が最初に無数に放っていたあの光線、あれの一本一本から膨大な魔力を感じました……それも、戦略級の」

「なっ!!?」


 輝夜は歴代の柊家の中でもトップクラスの技量と能力を持つと言われている程の少女だ。だからこそその魔法に込められた魔力の量なども一瞬で計測する事が出来る。

 夏鈴もあの光線を見た時に確かに膨大な魔力は感じたが、まさか戦略級とまでは思っていなかった。戦略級魔法といえば一流の魔法師がその全ての力を込めてようやく一発放てる、旧世界の核に相当する代物だ。そんな物をあれ程軽々と放っていたというのは余りにも現実感が無い話であり、しかし目の前の少女が言っているのだから信じるほかなかった。


「更にそれ程の魔法を完全に制御している……正直、神そのものが顕現したと言われた方が信じられます」


 光線を追尾させられる点、それが術者本人に命中しようとしたら即座に霧散させられた点、それらはつまり彼女の魔法が火力だけではなく技量も、それも恐ろしい程のそれが伴っている事を意味していた。

 そして、そんな技術をこれまた十華族でもない一般家庭出身の少女が持っている筈がない。他国のスパイである可能性もあるが、それにしては実力を隠す気が微塵も感じられず、そもそもこんな秘密兵器をわざわざスパイに消費する意味が分からなかった。


「軽く調べてみたが、彼女の経歴におかしな点は一つも見つからなかった。また、鳥高神に関してはこれまでに一度契約しているが、その時の契約者は至って普通の……これといった特別な物は何もない魔法師だったらしい」

「そもそもあれは本当に鳥高神なのですか? 詐称している可能性は?」

「そこは間違いない。データベースを作る際に実際に鳥高山の鳥高神社にも赴いているからな……そこから欺かれているというのならば別だが」

「……もう一度よく背後関係を探ってみて下さい。あと鳥高神についても……国家の存亡に関わりますから」

「無論だ」


 史上初の男性の魔法体質に、異常な技量を持つ謎の少女……今年は何故か妙な事が多い。二人は対応に頭を悩ませる事となるのだった。

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