契約者はパワフル&ミステリアス!

 何だか不思議な魔力を見つけた。最初は単なる好奇心だった。


 『契りの間』と呼ばれる現世と常世の狭間に位置する場所、そこに設置された水晶玉に魔法体質を持つ人間が触れると、その魔力が常世に送信される。魔力には〝色〟がある者とない者がおり、前者は契約出来る者が決まっており、後者は誰とでも契約可能だ。この少女の場合は前者であり──そして後者でもあった。

 通常、魔力の色とは一色だけだ。だがその少女は特殊であり、様々な……あるいは、この世に存在する全ての色が混じり合った様な、不思議な色。だからこそ、誰とでも契約出来る。

 それに気付いた者はそう多くはなかっただろう。何しろ一見しただけでは只の黒にしか見えないのだから。自分とて気付いたのは偶然だった。偶々近くに居た、ただそれだけだ。赤紫色の長い髪、マゼンタ色の美しい瞳を持つ少女。



「なんや、可愛らしい子やなあ」


 その少女とのファースト・コンタクト。


「……」


 返ってきたのは、沈黙。ウチの姿をずっと見つめているだけ。

 以前にも一人契約した事はあったが、あの時の少女はこれでもかという程に緊張し、終始オドオドとした様子だった。他の神にも聞いてみたが大抵の子はそんな反応を示すらしい。少なくとも、この少女の様に異常な落ち着きを見せる子は居なかった、と。

 神だと信じていない、という事はないだろう。

髪を両耳の横で括って垂らし、輪にして中心で巻き付けて8の字の様な形にしている──角髪(みずら)という髪型をした小学生低学年程度の背丈の中性的──性自認は男──な子供。それがウチの見た目。角髪なんて今のご時世神くらいしかしないのだし、そもそもウチは今フワフワと浮いているのだ。

 というか、流石に変ではないか? もしかして単に聞こえていないだけなのか? 


「ちょいちょいちょーい、聞こえとるかー?」

「……」

「え、ホントに聞こえてないん? 紙とか用意した方がええ感じ?」


 空中に文字を書いてみる。だが、反応はない。

 そのマゼンタの双眸はウチの顔を捉えて離さない。まるで何かを探っている様な……その眼を見ていると自分の中のありとあらゆる物を見透かされそうで、正直不快だった。


「あー! 何なん⁉ アンタ、契約しにきたんとちゃうん⁉」

「……」

「……もうええわ、ウチかえ「……神、ですか」るイキナリやな!」


 悪戦苦闘する事数分、ようやく少女から第一声を引き出す事が出来た。神相手に何とも不敬な子供である。取り敢えず、気を取り直して会話を再開する。


「まあええわ。せやで! ウチが神、鳥高神とりたかのかみや! 関西にある山の神、所謂土着神っちゅうやつやな。鳥高様って呼んでくれたらええで!」

「鳥高……さん。契約……魔装……お願いする、です」

「様って言いや。まあその為にウチはここに来たんやからな、別にええけど……もうちょっと敬意とか無いん? ウチ神やで?」


 調子が狂う。別に敬意など大して求めてはいないが、そもそも契約する相手に対する態度という物があるだろうに。


「魔装……」

「分かった分かった。じゃあ着せるで」


 そんなウチの困惑も露知らず、彼女はただ催促だけをする。少し面倒になってきたウチは彼女へ手をかざす。彼女の制服が光の泡となって消え、すぐに魔装へと再構築される。

 やがてそれは完成し──彼女は苦い顔をした。


「……チェンジ、で」

「え」


 それは、完全に予想外の言葉だった。


「な、何で?」

「露出が多すぎる、です」

「はあ?」


 その言葉に耳を疑う。

 彼女に与えた魔装は以前の契約者と同じ物だ。上半身は白いサラシ、下半身は同じく白い下着と、カウガールのチャップスの様に股の部分が空いている袴。後は首元に勾玉の首飾りをかけ、腰には直刀を、靴は草履だ。

 成程、確かに露出度は高い。しかし魔装の特性上こうでなければいけないのだ。特にウチはそこまで力を持っている訳でもなく、だからこそ肌面積を上げ魔素をより多く吸収する必要があるのである。

 因みに元々はもう少し大人しい衣装だったのだが、前回の契約者にもっと露出度を上げてくれと言われこうなった。これでもまだ不満そうだったが、流石にこれ以上はマズイと拒否したという事情もある。

 だからこそ今回も布地減少要求は断固拒否する心積もりでいたのだが──まさか正反対の要求をされるとは思わなかった。


「普通の服……くらいでも大丈夫、です」

「でもそれやと全然魔法使えんくなるで? ウチとしてもそれは困んねんけど」

「私には、魔装は必要ない……です。だから、形だけでいい、です」


 それは、この契約そのものを否定する言葉。

 流石に我慢ならず一言物申してやろうとした、その時だった。


「今から、見せます……」


 彼女は杖の先端をこちらに向ける──杖? どっから出した? あれ、よう見たら服装も元に戻ってる? なんで?

 ウチの困惑を他所に、彼女は"その言葉"を呟いた。



「"ショックカノン"」



 瞬間、ウチのすぐ隣を青白い光が通り過ぎる。


 それからは膨大な魔力を感じ──そして、その行為は絶対に有り得ない物だった。

 今、彼女は魔装を身に着けていない。だというのに、彼女は平然と魔法を放ったのだ。その効果はよく分からなかったが、少なくとも命中すればただでは済まない事だけは肌で理解した。

 魔装を脱いだのではなく隠しただけだという可能性も残ってはいるが、彼女の放った魔法によってそれも否定される。魔装を装着した事で人間が扱える様になる魔法は、その全てが魔装を与えた者が貸し与えた力である。つまりウチが使えない魔法は彼女も使えない"筈"であり──そして、今彼女が使った魔法をウチは見た事すらなかった。

 つまり、あれは彼女自身の力。この世界の理では絶対に有り得ない力。


「な、んで……」

「早く……露出度を下げて、です」


 呆然とするしかないウチに、彼女は遠慮の欠片も見せずただ魔装の改善要求を突き付けてくる。


「で、でもアカンで! 魔素の吸収効率とか考えたら」

「おい」

「はい……」


 反論虚しく、ウチは魔装のデザイン修正に移らされる。


「こんなん初めてや……仮にも神やで? ウチ」


 しくしくと布地を増やしていると、彼女が話す。


「神……沢山戦った、です」

「はあ? なんやそれ」

「言葉の通り、です」


 今日のウチ、最早困惑と驚愕しかしていない。

 そして次に彼女が言った言葉で、その驚愕が一つ増える事になる。


「私には……前世の記憶がある、です」

「……はあ」

「信じてない、ですね……」

「いや、信じてないというか……ツッコミに疲れたというか。いくら関西人でもツッコミリソースは無限やないんやで」


 ウチが呆れていると、彼女はたどたどしく話し始めた。

 自分はこことは違う世界で魔法使いをしていた事。そしてこの世界でも前世と同じ様に魔法が使える事。そして。


「私は……魔力は、無限に使える、です」

「んん?」


 さらり、とそんな事を言い出す。


「……嘘やろ?」

「ほんと、です」


 何てこともないかの様に言う彼女にウチは頭を抱える。

 魔力は空気中の魔素を肌から取り込む事でしか得られない──それがこの世界のルールだ。そんな中で無限に魔力を使える者など出てきたら一体どうなるだろうか。


「……アンタ、その事誰かに教えとるか?」

「教えてない、です……きっと面倒な事になる、ですので」

「賢明な判断やな。どう足搔いても厄ネタやし」


 ある者は彼女を拉致し、その原理を解明しようとするだろう。ある者は神に反する人間として処刑しようとするだろう。それ以外にも色々とあるだろうが、一つだけ確定しているのは彼女はもう二度と平穏な日常は送れない、という事だった。


「まあここでの出来事はウチらしか知らんからな。言わんかったら取り敢えずはバレへんやろ……よっと、出来たで。これならええやろ」


 と、そこで魔装の修正が終わる。ウチは再び彼女へ手をかざし、それを着せる。


「……まあ、これなら。へそは絶対出す、ですね」

「乳出す以外で一番吸収効率が高いのはへそや、知っとるやろ? やからそこ出してへんかったら流石に怪しまれるで」

「この位なら……制服と変わらない、です。あと……その姿(ショタ)で乳とか言うな、です」

「潔癖やなあ」


 どうやらギリギリお気に召した様だった。一先ず安堵し、改めてデザインを見る。

 全体的なシルエットとしては"緑色の和服"である。長い振袖や、帯が細く上半身と下半身の布が分かれていて上半身のそれの丈が短い為に腹が露出している事、下半身も太腿が半分程隠れる程度の丈しか無い事など通常の和服との相違点を挙げればキリが無いが、最初よりかは遥かにマシになっている。

 最初から残った要素としては勾玉と腰の直刀だ。ただし勾玉は首飾りから耳飾りに変更した。こうした方が全体的な収まりが良かったのだ。これらはウチが生まれた時代に作られた物であり、"鳥高神の魔装"に必要不可欠なアイテムだった。


 と、そこで最も大事な事を聞き忘れていた事に気付く。


「そういや、まだアンタの名前聞いてなかったな」

「朝露咲良、です」

「さくら、か。ええ名前やな」


 日本において、花の名前は高貴な物とされている。きっと彼女の両親も様々な想いを込めて名付けたのだろう。


「ありがとう、です……」

「ん? どうしたん?」


 彼女は何かを少し考え、そして口を開く。


「……フェニシア・フィレモスフィア」

「ん?」

「前の名前、です」


 それは彼女の前世の名前であった。この世界ではウチ以外誰も知らず、きっとこれからも使う事はないのであろう、ただの単語。

 何故それを教えようと思ったのかは分からない。単についでか、はたまた完全に信用出来る者が欲しかったのか。


「おう、そっちもええ名前や」


 ウチは本心からそう言った。彼女は一瞬何かを言おうとして口を閉じる。沈黙が数秒続き、やがて彼女は言った。


「でも、今の私は咲良、です」

「なんやアンタ面倒くさいな」


 そんなこんなで、契約の儀式は完了したのであった。



──この時のウチは、まだ彼女の事を見くびっていた。如何に魔法を自由に使え、無限に魔力が湧き出るとはいえ、結局は"想像出来る程度"の能力だろう、そう思っていた。


 そう、思っていたのだ。


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