バッドエンド多めの魔装ハーレム物に最つよ魔女を登場させて力ずくでハッピーエンドにしていくだけの話

デュアン

第一章 凍える空に桜吹雪を

厄災の魔女

──何故、こうなったのだ。


 全ては順調だった筈だ。魔界で内戦を繰り返していた魔族を取り纏め人間界へと侵攻させる。十数年にも渡る備え。部族単位での集団意識しかなかった魔族に"国"という意識を植え付け、兵士としての訓練を付ける。

 陸海空、合計百万にも及ぶ大軍勢。それを養うだけの兵站も整備した。ゴブリンやオークに始まり、ミノタウロスやシーサーペント、ヴァンパイアにドラゴンといった強力な種まで揃えた。

 対する人間は脆弱な種族。魔法技術、身体能力共に大半の魔族に劣り、数でさえゴブリンに負ける。唯一危惧していた"神の介入"も無く、我等に負ける要素など何も無い──筈だった。


 その報告を受けたのはほんの一ヶ月前。

 この世界には『浮遊島』という文字通り空に浮かぶ島があり、その制圧の優先度は陸よりも高い。そんな浮遊島の捜索及び制圧を任せていた部隊のうち一つが消息を絶ったというのだ。

 当初、それは事故だと思われていた。だが、その場所に送り込む部隊が軒並み同じように行方不明となり……最終的にそれらの部隊を統括していた四天王──エンシェントドラゴンとその直轄部隊までもが消息を絶った事でその異常事態が我──魔王に伝わる事となったのである。

 エンシェントドラゴンは強い。軍勢などいなくとも奴のみで人間界を制圧出来る程度には。そんな男が死んだ事に困惑し──軍の再編成が終わる前に、ヴァンパイア、リヴァイアサンという四天王の二角が死んだという報告がもたらされた。

 そこからはあっという間だった。各地で軍が壊滅し、我等はその下手人の顔すら確認出来ない。遂には四天王の最後の一角すらも死に、この日、我は初めて"彼女"と対面する事になったのだった。


 そう。その姿を見た時、我は目を疑った。

 何しろ──現れたのは何の変哲も無い人間の少女だったのだから。黒を基調とした服、特徴的なこれまた黒の三角帽子、赤紫の長髪にマゼンタ色の瞳、そして右手には赤紫の宝石があしらわれた長い杖が握られている。

 最初見た時は嘘だろうと思った。だが同時に納得もした、いやさせられた。

 何せ彼女は我が出会い頭に叩き込んだ無数の魔法をいとも容易く防御していたのだから。そんな事が出来る人間──いや生物はこの世には居ない。そう、これまでは。


「"ショックカノン" "十二連装トゥエルブチェイン" "追尾ホーミング" "収束ギャザリング"‼」

「く……"プロティレイル"‼」


 紅い月が照らす今、この場では戦闘が行われている。我は背中の翼、少女はどこからともなく取り出した箒に跨って飛び、互いに魔法を撃ち合っている。戦況は互角……やや少女が優勢だった。

 少女が詠唱し青白い光線を円形に十二個出現、それはこちらに飛来する最中に一本の太い光線へと収束する。我は避けようと動くがそれは光に迫ろうかという速度でありながらまるで意思を持っているかの様に動き、我を捉えて離さない。

 限界を悟った我は防御魔法を幾重にも展開する。十枚張ったそれは最初の一瞬で八枚が消え、九枚目が一秒耐え、最後の一枚が蒸発する直前にまで追い込まれた。これまで如何なる攻撃でも傷一つ付けられなかった防壁を九枚消し飛ばす威力。現実のものとは思えず──だが絶望している暇など与えられない。


「"リグラ・グレンズ"‼」

「"プロテクション" "ショックカノン" "十八連装" "追尾"‼」


 決死の覚悟で攻撃魔法を放つ。黒炎の濁流。如何なる物をも焼き尽くすそれは、しかしあっさりと防がれ即座に撃ち返してくる。先程の光線が十八本、今度は収束せずしかしあらゆる方向から向かってくる。

 それを何とかして捌いていた所──ふと、何かが身体に絡み付く。


「なッ⁉」


 それは光の鎖だった。詠唱は聞こえなかった──罠だ。恐らく戦闘中のどこかのタイミングで仕掛けたのであろう罠魔法に引っ掛かってしまった我は、即座に自らの周囲に防御魔法を展開する。

 だが、それは無駄になった。我はこの一瞬の隙をつき魔法を撃ち込んでくるのだと思っていたのだが──行われたのは、更なる防壁の展開であった。

 そう、防壁が展開されたのだ。我を中心とした紫色の球、それが数え切れない程の数重ねられる。何故敵の防御を固めるのか、そう疑問を抱き──そして、彼女が自らの魔力を高めているのを見て身を震わせた。

 違う。この防壁は我を"守る"為の物ではなく"閉じ込める"為の物なのだ。我をこの場に留め、必殺の攻撃を加える為の檻なのだ! 

それに気付くやいなや破壊しようとするが、出来ない。一枚を何とか破壊したとしてもその裏に幾重にも展開されている。我は諦め、自らの魔力を全て注ぎ込み人生最高の防御を組み上げる。幸か不幸か、時間だけはあった。ここまでは超短文詠唱──魔法の名前のみで発動させる──しかやってこなかった彼女が、長々と詠唱を組んでいたのだから。


「"──これは時神に捧げし宴"」


 だが──今の我にはその詠唱が、断頭台の刃が下ろされるカウントダウンにしか思えなかった。



「"ディア・ヴィロリア"……‼」



 我は、眩い光と共に意識を失い──


──────

───


「うう……緊張するっす……」


 春、それは始まりの季節。雲一つ無い空、鬱陶しい程に咲き誇る桜、舞い散る花びら、その下を歩くは様々な少女達。彼女らは皆同じ服を着ており──そして私も、同じ物を身に着けている。

 嗚呼、今日からこの場所での生活が始まるのである。不安でキリキリと悲鳴を上げる胃を押さえながら、私は校門をくぐり石畳を歩き出す。


「知り合いはいないっすし……誰か仲良くしてくれる人はいるっすかね……?」


 歩きながらそう呟く。小学校、中学校と共に歳を重ねて来た学友達は、今日から私が通うこの学園に進む事は出来なかったのだ。その上ここは全寮制である。今、私は完全に独りであった。


 ここは『国立天照魔法学園』という、この国──日本における唯一の魔法使いの為の学園である。そこには『魔法体質』と呼ばれる特殊な体質を持つ者しか入学を許されず、そして幸運にも私はそれであり、不幸にも友人は軒並みそれではなかった、という訳だ。因みに魔法体質が発現するのは〝基本的には〟女性だけである。

 今日はその学園の入学式である。中学校の時は近くの公立にそのまま進学した為に小学校の頃の友人も大勢居た。緊張こそすれど不安はなかったのだが……こと今回に関しては不安の方が圧倒的に勝っていた。

 全寮制という閉鎖空間においてはどれだけ交友関係を広げられるかで全てが決まる。そんな事を考えていたら胃痛が更に酷くなってきた。もう考えるのはよそう。うん。


 扉を開き、講堂に入る。内部には大勢の少女達が座席につき、隣の少女と喋っている。楽しそうだ、あの慣れ具合からして入学前からの付き合いなのだろうか、それとも単にコミュニケーション能力の化け物であるだけなのか。

 兎も角、空いている席を探す。


「……お、空いてる」


 見回していると、中央やや右寄りの位置に空いている場所を見つける事が出来た。私はそこに近付き、隣に座っていた少女──赤紫色の長い髪をした彼女に話しかける。

 出来るだけ気さくに、動揺を見せないように!


「隣、いいっすか?」


 口角を上げ、既知同士の軽い挨拶でもするかの様な雰囲気でそう声をかける。


「……」


 返ってきたのは、沈黙。ヤバイ、初手を間違えたかな……そう後悔して冷や汗が二滴三滴と垂れる。


「……いい、です」


 だが、それは杞憂に終わる。数秒後、彼女はそう返答してくれた。


「ありがとうっす! 私の名前は秋空雲雀! あなたと同じく新入生っすよ~」

「っ…………私は、朝露咲良、です」

「咲良! 良い名前っすね、今の季節にぴったりっす!」


 コミュニケーションの基本その一、会話を途切れさせず、また相手の言葉を言外に促す。畳み掛ける様に自分の名前を言い、目の前の少女の名前を引き出した。

 基本的に人は自分の名前で呼ばれると嬉しい……らしい。本で見ただけなので信頼性は低いが、少なくとも私はそうである。


「ありがとう、です……」


 しかしまあ、少し変な喋り方をする人である。緊張でなのだろうか、おどおどと周囲の視線を気にする素振りばかりして言葉をぶつぶつと切っている。レスポンスも遅い……もしかすれば私と同類なのかもしれない。

 きっと彼女も私と同じく普通の家庭で育ち、普通の学校生活を送ってきたのだろう。交友関係が一挙に失われ、不安でおかしな喋り方になっているだけなのだ。

 そんな事を考えていると、何やら咲良が顔を近づけてくる。


「あの……秋空、さん……」

「雲雀でいいっすよ!」

「あう……雲雀、さん」


 小声でしゃべりかけてくるので、私はちゃっかりと下の名前で呼ぶ様に言う。彼女は少し恥ずかしそうに頬を染め、そして尋ねて来た。


「この制服……どう、思いますか……?」

「制服っすか?」

「何と、言うか……」

「? ……あー……」


 言葉を濁し、頬を染めて目を逸らす彼女に私は言わんとしている事を察する。確かに、ここまであまり気にしていなかったが普通の感性ならば彼女の反応の方が正しいのだろう。


「結構恥ずかし「そう、ですよね……!」いっすね……」


 私が答えた瞬間、彼女は一気に顔を詰め、そして輝かせる。

 "恥ずかしい"とはどういう事か。この学園の制服はかなり特殊な構造をしているのだ。

 この学園に入学する少女達は皆『魔法体質』と呼ばれる体質である事は先程も話したが、それは空中に漂う『魔素』という物質を体内に貯蔵、『魔力』という物質に変換する事が可能。という物なのだ。

 そして、その魔素を取り込むのは肌からであり、その効率は胸部、次いで臍回りが最も高い。

なのでこの制服は腿の半分程までしかないヒラヒラとしたスカート、胸元をなんとか隠せる程度のシャツにブレザー、それ以外は靴と膝までのタイツしか存在せず──即ち、腹部が大きく露出してしまっているのである。魔素、ひいては魔力は魔法を使うにあたって必要不可欠な物質であり、魔法体質の者は常にこの程度の露出を求められる。

 魔法技術によって防寒対策はなされているのだが……それは羞恥心という感情の前には何の慰めにもならない。彼女が私の手を取る。


「自分だけが、恥ずかしいと……思っている、のだと……!」

「いやー、多分みんな表に出さないだけで恥ずかしがってると思うっすよ。十華族とかは別だと思うっすけど」


 魔法体質になるか否かには遺伝的要素が強い。中でも代々優秀な魔法体質を輩出している十の一族の事を『十華族』と呼び、今の日本を事実上統治している。先述した通り魔法体質は露出の高い服装でいなければならず、そこで育った子供は幼い頃から姉や親戚、果ては親の姿を見ているので慣れているのだ。


「でも確か『魔装』はこれよりもヤバいらしいっすよ」

「嘘……」


 私の言葉に彼女は再び絶望する。

 『魔装』とは魔法を使う際に着用しなければならない衣装であり、例の如く魔素を肌から吸収する為に露出が激しいのだ。私も伝聞でしか知らない──基本魔法師は表に出てこない──ので詳しい事は言えないが……

 何はともあれ、唯一言えるのは"慣れなければならない"という事だけである。



「え……何で?」

「ほら、アレでしょ……」

「ああ例の……」


 と、そこで会場が静まり返る。先程まで快活だった話し声は一転してひそひそとした物に変わる。彼女らの視線は背後に向いており、私も同じくその方向に顔を向け……そして、その静寂の理由を理解した。


「アンタのせいで会場静かになっちゃったじゃない!」

「しょ、しょうがないだろ……は、ハハハ~こんにちは~……早く適当な席座ろうぜ」


 そこに居たのは一組の男女。そう、男が居たのである。先程も言った通り魔法体質は女性にしか発現しない。だが今年、その原則を脅かす男が現れたのだ。

 世界初となる"男性の魔法体質者"藤堂快人。それが彼の名前である。隣に居る赤毛の少女は……多分幼馴染か何かなのだろう。


「そんな……どう、して……」


 横を見ると、咲良が目を見開いて何やらショックを受けている。まあ女性しかいないと思っていた場所に男が来たのだ、こんな反応になるのも仕方な──


「制服が、普通、なんですか……⁉」

「あ、そっちっすか」


──などではなく、彼の服装に対してのショックだったらしい。前例の無い事だったので用意が間に合わなかったのであろう、彼の制服は普通の学校のそれと同じ様な学ランであった。

 まあ確かに理不尽さを感じるのは仕方ないとは思うが、もう少し他に抱く感情は無いのだろうか。



『──皆さん』

「あ、来たっすね」

「……」


 と、そこで女性の声が響く。見ると前方の檀上に一人の生徒が上がっており、そしてその顔は事前に貰ったパンフレットにて見た事のある物だった。

 私達と同じく腹出しスタイルの制服を身に纏い、しかし毅然と振舞うその姿は同性でありながらも思わず惚れ惚れとしてしまう。出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、それでいて下品さなど微塵も感じさせない、女性の完成形の様な美少女。


『初めまして、魔法師の卵さん達。私は国立天照魔法学園の生徒会長を務めさせて頂いています柊輝夜です』


 まるで歌でも歌っているかの様な凛とした声。十華族が筆頭の柊家の出にして"稀代の天才児〟はその立ち居振る舞いまで完璧らしい。


『さて、今から百年程前、人類は"魔法"という力を手にしました』


 そこから始まったのは軽い歴史の説明だ。その日、人類は"神"からの接触を受け、彼らと契約を結ぶ事によって"魔法"という力を手にする事になった。


『魔法には当時存在していたあらゆる兵器をも凌駕する力があり、やがて魔法師の数がそのまま国家の力を示す指標となりました』


 ここは歴史の授業で何度も習う事柄である。特に語られるのは、魔法師が殆ど現れなかったとある大国が焦りからか別の国家へと保有していた弾道ミサイルを放ち、しかしその弾頭に搭載されていた核兵器を"太陽神"の契約者が全て無効化した、という物だ。

 その後その大国はその国によって侵略を受けた。魔法師に対抗できるのは魔法師だけ、その国家は有り得ない程の短期間で降伏したのである。

 この事件は世界に大きな衝撃を与え、各国は魔法の研究、そして魔法師をより多く見つける為に全国民への検査、及び魔法体質者の魔法教育の強制を開始したのである。事実上の徴兵とも呼べるこれは当初かなりの反発を受けたものの、魔法師の少なかった国家が相当数侵略を受け併合されたのを受けてその反発は次第に少なくなっていった。


『皆さんにはこれからこの学園で魔法について学び、やがては優秀な魔法師となって祖国の剣となり盾となる義務が課せられます』


 次に述べられたのはくどくどとした訓示。正直つまらない。


『……とはいっても、皆さんも、特に一般家庭出身の方はまだ自分が魔法師になるのだという実感があまり湧いていない事でしょう』


 と、そんな会場内の雰囲気を感じ取ったのか彼女は何やら動きを見せる。


『これから見せるのは、あなた達もすぐに得る事になる力、その一端です』


 そう言うと、彼女は自らの胸の前で手を合わせる。


 変化はすぐに起こった。

 纏っていた制服が光となって消え、その粒子が新たな着衣へと再構築されていく。

 それは巫女服の露出を高めた様な衣装だった。淡い橙色を基調とし、帯は胸部の下で固く結ばれてその胸を強調している様に見え、やはり腹は露出している。また下半身はもっと酷く、背面から鼠径部辺りまでは膝下まで袴があるものの肝心の股間部の布が無く、局部は細い下着の様な物で隠されている。服の意味がまるでない。

 上部にはどういう仕組みなのか白い羽衣がふわふわと浮いており、首元には青黒い勾玉が提げられている。そこだけは神秘的だった。


『これは『魔装』……私の場合は契約しているのが"神格"である為に『神衣』とも呼ばれる衣装です。ご存知の通り、魔法体質の人間はこれを着用して初めて"魔法師"となります』


 彼女はそう言いながら左手を頭上に掲げる。


『そして、私が契約しているのは『月読命』、月を司る神です。その為──』


 瞬間、何かを呟いたかと思えば──その場が"夜"へと変貌する。満天の夜空には不気味な程に巨大な月が煌々と輝き──そんな幻想的な景色は、しかし彼女の一拍で幕を閉じる。気付けば、そこは先程までいたホールへと戻っていた。


『この様な事も可能になります。皆さんもこの後……』


 話し続ける彼女。しかしもうそんな声は耳には入ってこなかった。私は今、彼女の魔法に魅せられていた。あらゆる何もかもがどうでもよくなってしまいそうな、ぬるま湯に融けていく様な、そんな没入感が──



「雲雀、さん……」

「──っあ、な、何っすか? 咲良」


──と、そこで咲良の声で現実に引き戻される。


「大丈夫、ですか……?」

「ふぇ? だ、大丈夫っすよ」


 どうやら、私が何か気分が悪い様に見えたらしい。一応大丈夫、と答えておいたが実際はどうだったのだろう。ふわふわとした感覚が気持ち悪い。うう、一体何をされたのだろう。

 単に初めての生で見る魔法に圧倒されてしまった……だけならばいいのだが、なんだか不気味である。

 それはさておき、生徒会長の話は続く。今は先程の男子生徒について改めて説明している。制服については予想通り準備が間に合わなかっただけの様だ。「それならば自分で破れ」と隣から聞こえた様な気がするが……聞かなかった事にしよう。

 そうして会長の話が終わり、続けて行われた学園長の長ったらしい話も終わり、ようやく入学式最後のプログラムが始まる。私達は講堂から別の場所に移される。

 伏見稲荷大社を彷彿とさせる無数の鳥居をくぐり、その先にある建物に入る。そこで行われるのは魔法師にとって最も重要な儀式──契約だ。


「お互い良い方と巡り合えるといいっすね~」

「……そう、ですね」


 そんなやり取りを交わして咲良と別れる。契約は個別で行われるのでまた独りになってしまった。

 そうして契約の為の台座に向かい──



「コホン」



 むせる。口を押さえた手には少しの血液が付着している。


「……まあ、まだ大丈夫っすかね」


 私は手ぬぐいで血を拭い、台座に置かれている水晶玉にそっと触れた。


──────

───


「……まさか、本当だったとはな」


 我は目を覚まし、そう呟く。

 確かに死んだ感覚はあった。幾重にも張られた防壁はまるで紙の如くあっさりと破られ、自らの身体が一片も残さずに蒸発した、筈だ。だが、今我は生きている。

 我の一族には代々伝えられてきた"神器"があった。それは"如何なる攻撃をも一度だけは無力化する"という物だ。眉唾物であるそれを、今回我は持っていた。そしてどうやら、それは本当だったらしい。


「まあ、不良品だった様だが」


 我は自らの右腕に目を向ける。本来ならば太い腕がある筈のそこには、今は二の腕から下がきれいさっぱりと消えている。しかも回復魔法を幾ら掛けても治癒しない。まあ生命が助かっただけ満足しよう、そう思い視線を彼女に向ける。

 そこには、一人の少女が倒れていた。最早その身体に鼓動が響く事はなく、そこにあるのは只の肉塊であった。


「我の勝利……とも言えんか」


 彼女一人に軍の実に八割を消失させられ、更に右腕までも持っていかれている。総合的に見れば完全な敗北である。

 嗚呼、これから軍を再編しなければならない。残った数少ない戦力を纏め上げ、民衆から徴兵し人間界への再侵攻……いや、魔界の防御を固めるのが先か? この様な化け物が二人も居て欲しくはないのだが。


「……ん?」


 と、そこで我はある違和感に気付く。

 周囲が少し暗い。無論今は深夜であるので暗いのは当然なのだが、しかし今宵は満月だ。巨大な月が大地を照らしている筈である。

 我は軽い気持ちで空を見上げ──そして、後悔した。


「……クク」


 思わず漏れたのは、笑い。滑稽だったからではない。諦念、そして安堵からだ。


「ハハハ……」


 "その光景"を見て、他の者はどの様な反応を示すだろうか。絶望、それとも怒りか。

 学者によれば、月とはこの世界と同じ"星"らしい。もう一つの"世界"が宙に浮いている。いつかあの地にも手が届く様になるのだろうか、そんな事を考えた時もあった。

 だが、もしかすればその夢は潰えてしまったのかもしれない。


「ハハハハハ‼」


 そこに浮いているのは、"満月"などではなく"三日月"であり──



──その欠けた部分には、美しい星空が瞬いていたのだから。


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これから第一部完まで毎日朝夜の二回投稿していきます

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