44 計屋はかり「好きです。付き合ってください」


 夕方、俺は有希と一緒に巨大なドーム会場に来ていた。


「もう、お兄ちゃんがバイト休まないからこんな時間になっちゃったじゃん」


「はかりと京子の出番は夜らしいからいいじゃないか」


 有希がぷんすか怒っている。

 有希は最近怒りっぽい。

 俺と結婚したいとかアメリカに移住するとか、突拍子もないことばかり言う。


 でも、以前より感情豊かになった気がするから、それが俺は嬉しかった。

 有希の未来を拓いてくれた研究者や医者には頭が上がらない。


 愛おしくなって有希の頭を撫でる。


「んーーなーーに」


 顔はしかめて変な感じになってるが声色は嬉しそう。


「佐崎さんからチケット貰ってるんだ。見やすい席だといいな」


「……げ。プレミアムVIP席じゃんこれ。こんなに大遅刻してるのバレたらファンに殺されちゃうよ! 早くいこ!」




 ーーーーーー☆彡



 はかりや京子と関わるようになってから、家で動画を見ることは何度かあった。

 つまり、これが生で見る初めてのライブになるのだが。


 俺は、正直興奮していた。

 アイドル達の輝きもそうだが、会場が、一体となってうねるように盛り上がるこの環境に感動をおぼえていた。


「ゆ、有希。すごいな、アイドルって」


「んー? なーに!?」


 周りの観客の声や、大音量の曲にかき消されて、会話もままならない。


 それに、有希はほとんどの曲を知っているのか、複雑な振り付けを何曲も完璧に踊っていた。

 周りのファンの中には舞台上ではなく有希を見て拍手をしだす人もいるくらいだ。


 汗だくで飛び跳ねる有希を見て、もし有希が舞台に立ってたら保護者的な目線で涙で溺れてしまうかもしれないなと思った。


 そんな風に有希を見つめていたら、有希がこっちに寄ってきて耳打ちする。


「これから個人時間ソロが始まるから、京子ちゃんが出る前にトイレ行ってくるね」


「ああ。俺も一緒に行こうか」


「やーん大丈夫大丈夫」


 ひらひらと手を振りながら行ってしまった。


 そのタイミングでスマホが震える。


 通知を見ると、もうしばらく返信の無かった人からのメッセージだった。




 計屋はかり【今日、一位になれたら。私の気持ちを伝えます。受け取ってください】





 ーーーーーー☆彡




 上位メンバーだという魅力的なアイドル達による個人時間ソロが続々と行われる。

 それぞれ自分たちで演出やプログラムを決めているという。

 全員が、それぞれの見せたいものを見事にパフォーマンスで表していた。


 そして、赤森京子の出番がきた。


 数分ほど機材トラブルで開始が遅れたけど、始まってからは圧巻だった。

 いつの間にか戻ってきていた有希も歓声をあげている。


 俺の中の京子は、どこか可愛らしいイメージの方が強かった。

 だけど、ステージ上でロックな曲調に合わせてダンスを決めていく京子は、


 本当にカッコ良かった。

 人間にオーラというものがあるのなら、ここまで出てきたメンバーで一番だった。


 表情、振り付け、それを表現する全身が、鬼気迫っていた。



『それで、もし一位を取れたら、僕のこと真剣に考えて欲しい』



 あの日、京子に言われた言葉はちゃんと憶えてる。

 そして現在京子が一位だということは知っている。


 このままいけば京子が一位だろう。

 真剣に考えないといけない。


 そう思っていたが、ステージ上の京子の様子が少しおかしい。


 集中力が切れたかのようにしきりに時計を気にし出した。

 首を振ってまた踊り出す。


 が、一度感じた違和感は続く。

 京子は明らかに時間を気にしてる。


 そして、京子は自身の時間が終わった瞬間に叫んだ。




「どうか、投票は、はかりちゃんの出番が終わってからでおねがいします!」




 よく見ると京子は、泣いていた。

 俺にはその理由が分からなかったが、隣で有希が呟いた。


「それが京子ちゃんの選択なんだね」


 どこか諦めたような、でも納得したような。

 大人びた有希の顔が印象に残った。




 ーーーーーー☆彡




 ステージが一度真っ暗になって、中央にスポットライトが当たる。


 一段上の床から、一人のアイドルが浮かび上がる。


 白銀のドレスを着て、椅子に浅く腰掛け、俯いている。

 ドレスの縁は深い藍色で、彼女の黒髪によく似合っていた。


 イントロが流れ始める。


 計屋はかりのメインテーマだ。


 歓声が上がる。


 歌い出す少し前に、彼女が顔を上げた。


 その瞬間、曲が止まる。

 静寂。


 誰もが息を呑んだ。


 はかりの顔には仮面が着けられていた。

 顔の左半分だけ上手に隠れるようになっている。


 はかりはゆっくり会場を見渡す。

 巨大なスクリーンにもはかりの顔が映し出される。


 はかりは、疑問や同情や好奇な目線、すべてを流すように、笑った。


 そのあまりの美しさに会場からため息が漏れる。




「みんな久しぶり……この仮面、可愛いでしょ?」




 爆発的に会場が揺れた。

 可愛いとか、おかえりとか、はかりとか。

 様々な声援が響く。


「ありがとう……。あー、今日さ、すっごい緊張してたんだ」


 そしてはかりは話し始めた。


「でも、もう大丈夫。みんなが、この景色が、私を私だと証明してくれる───」


 はかりが立ちあがると、止まっていたメインテーマの続きが流れる。

 俺も何度も口ずさむようになった曲を、はかりが歌い始める。


 大きなドレスをキャストオフし、動きやすい衣装になったはかりが、

 ダイナミックにステージを動き出す。


 これまで見たどのはかりより、美しかった。


「すごいな……」


 思わず声が出た。



 一曲歌い終わったはかりが、ステージを歩きながら、観客を見ていく。


「みんなありがとう。楽しい、アイドルやめないで良かった」


 目線が合ったファンが何人か倒れていくのが分かった。

 本当に魅力的な人を目の前にすると、人って失神するんだな。


 一通り前列を周った後、はかりは上段に再び昇る。


「私の話を聞いてくれますか」


 地響きのようなレスポンスを貰って、はかりがまた笑った。


「ありがとう。今回、私が復帰したのはね、

 自分の強さを信じたかったの。知ってる人も多いと思うけど、

 私は事故で顔に傷を負いました。

 何針も縫うケガで、大きな跡が残った。

 本当に辛かった。私にとって……自慢の顔だったから。


 だって私って可愛かったでしょ?」


 少しおどけた調子で投げかけられた言葉に、会場は笑ったり、肯定したりする声が上がる。


「それが、ザックリ。でも、おかげで、私は自分を見つめ直すことができた。

 最初は信じられなかったけど、別に、私って見た目だけじゃない。 

 自分の曲は誰よりも気持ちを込めて歌えるし、

 振り付けだって身体が憶えてる。

 それに、みんなが私で喜んでくれると、嬉しい。

 ちゃんとアイドルなんだって今は思ってる」


 会場のボルテージが上がっていくのを感じる。


「そして、そのアイドルとしての自信を本物にするために……


 第一位になりにきました。

 それも、素顔の私を見せて。


 見たくない人がいたらごめんなさい。目瞑ってて。

 この仮面も可愛いくて気に入ってるから、それでもいい。


 でも、もし、本当の私を見て、それをみんなが受け入れてくれたら。


 私はどこまでもいける。


 だから、見てください」



 はかりが震える手で、仮面を外す。

 そして前を向いたとき、震えは止まっていた。


「みんな、私を一位にして!」



 俺は、飲み込まれるかと錯覚するほど沸きに沸く会場の熱気の中、


 もう、はかりしか見えなかった。



 俺の中には尊敬や情や今までのはかりとの思い出が流れて、

 これが────好きだという感情なのだと、やっと分かった。






 ーーーーーー☆彡





 午後十時。

 あの後、選挙結果を反映したフォーメーションで盛大なフィナーレがあった。

 興奮冷めやらぬファンたちと同様に会場を出た。

 今は少し外れた道を歩いている。

 有希は千佳ちゃんの家に行くと言ってタクシーに乗ってしまった。


 終わってしまえば、この静かな場所が少し寂しく感じる。

 知らず知らずのうちに俺も熱くなっていたと分かる。


 頭からはかりのことが離れない。


 早く会いたかった。


 しばらく歩き続け、潮風を感じられる公園についた。

 水面の向こうがキラキラと夜景に輝いている。


 それを眺めてる彼女に気が付いた。


「はかり」


 彼女はゆっくりと振り向いた。


「雪見くん」


 近づいて、顔を見つめる。

 少し上気した表情、目が潤んでる。


 夕方貰ったメッセージを思い出す。


【今日、一位になれたら。私の気持ちを伝えます。受け取ってください】




「聞かせて欲しい。はかりの気持ちを」



 はかりは浅く息を吸い込んで、一度目を瞑ってから、俺を見た。



「好きです。付き合ってください」




 求めていた言葉を聞けたとき、心がここまで踊るのかと驚いた。

 俺は、思わずはかりを抱きしめる。


「きゃ」


 好きだ、と思った。


 いつも自分の気持ちにまっすぐな彼女を。

 乗り越えられる力を持った彼女を。

 一度は守れなかったが、これからは守り抜くと決めた。


 だから、ここで必要な答えはYESだ────。


 ……だけど、一言目は違う。


 俺は、計屋はかりとのはじまりを思い出していた。

 すでに懐かしいが、確かにあの日から始まったんだ。


 正解はこれしかないと思う。


 耳元で囁くように言う。





「ドッキリじゃないよな?」




「……ふぇ?」





 みるみるうちに顔を真っ赤にしたはかりが、

 ぽかぽかと俺の胸を叩いたあと、必死に唇を求めてきた。


 俺は楽しくて嬉しくて、こんな日が続けばいいと心から思った。



 





(完)






 ーーーーーーーーーーーーー


 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 あとがきと個人的な謝辞、エピローグは明日以降を予定しています。










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