43 赤森京子「女の子は強くないと恋に勝てないからね」



「よし、今日も一位キープできてる」


 僕、赤森京子はスマホで総選挙投票ページを真剣に見ていた。


「かなり独走してるねぇ。京子ちゃんさすがに大丈夫じゃない?」


 横に座る想い人の妹────雪見有希ちゃんが僕のスマホを覗き込んで言う。


 今日は有希ちゃんの快気祝いで二人でカフェに来ていた。

 会うのは久しぶりだけど、楽しい。

 楽しいというか、心が許せる。

 やっぱり僕はこの兄妹が好きなんだと再確認する。


「ううん、最終日の生放送なんて上位のメンバーは三十分で何十万票って入るからね。まだ全然安心できないよ」


「へー。確かに去年はあたしもテレビ見ながら投票したかも」


 有希ちゃんは雪見くんと違って意外とアイドルとかが好きだ。


「ちなみに誰に入れたの?」


「はかりちゃん」


「だよねー」


 ま、去年までははかりちゃんが独走も独走で一位だった。

 はかりちゃんが強すぎて、下位争いの方が盛り上がったくらいだ。


「今年のはかりちゃんは何位なの?」


「今は16位だね。でもここから上げてくると思う」


 まだはかりちゃんが復帰することを知らない人は多い。

 最終日、テレビで知る人も多いだろう。


「でもはかりちゃんは舞台に立てるのかな」


「絶対に立つよ。顔に傷があっても、絶対に」


「ふーん……、それであたしを呼んだの? 選挙ではかりちゃんに負けないために?」


「うん、バレちゃったか」


 さすが有希ちゃん、察しが良い。

 有希ちゃんならいいアドバイスくれるかなと思って。

 僕は有希ちゃんほど頭が良い人に会ったことがないんだ。


「だってあたしの快気祝いにしては、ピリピリし過ぎてるもん!」


 ふにゃーとした笑顔で核心をついてくる。


「ぼ、僕そんなにピリピリしてる?」


 自分の頬を思わず撫でる。

 有希ちゃんの病気が治ったことは本当に嬉しいんだけどな。


「うん、獲物を狩る前のネコ科みたい」


「そんなにゃにー?」


 思わず猫になる。


「でもさー、京子ちゃん。あたし言ってなかったけど、実はお兄ちゃんのこと好きなんだよね、本気で」


 ふざけてたら直球ストレートが来た。

 急に真顔になって声色も変えるところとか、緩急の変化に天性のモノを感じる。


「知ってる」


 そりゃもちろん。

 僕もなんとか打ち返す。


「病気が治ったら、あたしがお兄ちゃんを幸せにする。だからみんなを応援するのはもうやめたんだ」


「そっか……」


 有希ちゃんも本気なんだ。


「それに、あたしは京子ちゃんが一位になってお兄ちゃんに告白しようとしてること、知ってる」


「……」


 ぐ、ぬ。

 それは知られてることを知らなかった。

 そりゃそうか、有希ちゃんは雪見くんのことを何でも知ってる。


「あたしが京子ちゃんに協力する理由、あるかなぁ?」


 表情は優しいけど、目の奥は笑ってない。

 試されてる。


 ここで引かない。

 僕にはもう後がないんだ。


「あるよ。だって、はかりちゃんを止められるのは僕しかいない」


「……」


 黙って続きを促す有希ちゃん。


「はかりちゃんが一位を獲って自信を取り戻したら、雪見くんを受け入れるから」


「お兄ちゃんは……」


「雪見くんがはかりちゃんを好きなこと、有希ちゃんも分かってるでしょ?」


「……うん、認めたくないけど」


 意外にも切ない表情を見せる有希ちゃんは少し弱ってるように見えた。


「僕は、卑怯な手だけど約束を取り付けた。雪見くんは絶対に約束を守る。僕のことを真剣に考えてくれる。好きなってくれるか分からないけど、時間稼ぎにはなるはず」


 それに、きっとはかりちゃんは一位を獲れなかったら、雪見くんと付き合わないんじゃないかと思う。


 お互い想い合ってるのに雪見くんとまだ復縁しない理由はそれしかない。

 きっとはかりちゃんの中で決着をつけたいことがあるんだ。


「その不確定な時間稼ぎの為にあたしに協力しろと?」


「うん。だって少しでも可能性があるなら有希ちゃんはそうする。でしょ?」


 確信を持って答える。

 雪見くんも有希ちゃんも、この兄妹ほど目標にまっすぐな人たちはいない。


「……京子ちゃん、なんか強くなったね」


 有希ちゃんが根負けしたように言った。


「女の子は強くないと恋に勝てないからね」


 そう、強かに、僕は勝ちにいく。






 ーーーーーー☆彡






 総選挙、最終開票日、生放送当日が来た。


 今日は昼から夜までドームでライブをする。

 そしてその様子はテレビでもリアルタイムで流れる。


「はかりちゃんの順位は……十位、さすがに上げてきたねー」


 はかりちゃんはこの期間メディアに露出したわけじゃない。

 それでもSNSなどを通じてはかりちゃんには期待や応援の声が多数寄せられている。

 数週間ぶりに表に出る彼女について世間の関心は高い。


 僕との票差はかなりある。

 でも全然ひっくり返る余地はあると思ってる。

 はかりちゃんがどういう精神状態でどこまでパフォーマンスできるか分からないけど、今の状況ははかりちゃんに味方していると思う。

 世間は復活劇を求めてる。

 そう考えたら、これから僕がやろうとしてることは、完全に悪役ヒールだ。


 今日は様々な企画があったり、グループ全体でのライブ曲があったり、普段やってるバラエティ番組の公開収録があったり。

 総選挙という名のお祭りだ。


 そしてクライマックスに向けて上位のアイドルはそれぞれに個人時間ソロをもらって視聴者にアピールすることができる。

 歌でも踊りでもトークでも何でもいい。演出も自分で決められるし、誰を呼んでもいい。


 僕と有希ちゃんは何かアクションを起こすならそこしかないと思った。


 総選挙の視聴者による投票方法は、二種類ある。

 CDを一枚買うたびに、三票投票できる。

 そして、毎日無料で二票投票できる。


 この無料投票は毎日午後八時にリセットされる。

 ゴールデンタイムだ。


 例年だと上位メンバーによる個人時間ソロが“全員分”終わったあと、午後八時時になるようになっている。

 その三十分後に最終締め切り、集計して発表という流れになる。


 フィナーレは最新順位でフォーメーションを組み、歌唱。

 エンディングだ。


 つまり午後八時からの三十分がラストスパートで、ここが一番票が入る。


 毎年大波乱が起きるのもここ。

 CDで手に入れた投票権をこのタイミングまで溜めておくファンもいるらしい。



 僕と有希ちゃんが出した答えは。



“赤森京子の個人時間ソロが終わった瞬間を、無料投票リセット時間に合わせる”こと。


 そして、“計屋はかりの個人時間ソロを20時以降に持っていく”こと。


 物理的に、はかりちゃんへの投票時間を削る作戦だ。

 方法は、有希ちゃんがステージに技術的な問題を発生させるらしい。

 15分ほどで復旧できるもので、いい具合に時間をずらしてくれるという。


 僕の方は個人時間ソロのタイムテーブルを、上手くトリをはかりちゃん、その前に僕という調整をした。


 スタッフはどう考えても投票直前に画面に映ることができる一番有利なトリを選ばない僕に少し疑問を抱いていたけど、

 僕とはかりちゃんの友情は周知の事実なので何とかなった。



 準備は万端。

 あとは自分のパフォーマンスをするだけ。



 僕は、誰よりもはかりちゃんのことを評価してる。

 誰よりも歌がうまくて、魅力があって、美しい。


 それは決して、顔に傷ができたくらいで失われるものではない。


 僕の選択は間違ってない。




 ーーーーーー☆彡




 時刻は19時も半ば、僕は控室で個人時間ソロの最終チェックをしていた。


 これまで、いくつかのプログラムに出演し、歌ったり踊ったり企画に出たりした。

 順位も維持してるし票数も順調に伸びてる。


 会場は長丁場にも関わらず、盛り上がり続けている。


 舞台に立つと、眩しくて、楽しくて、アイドルやってて良かったと思う瞬間が何度もあった。


 この最高の舞台で一位になる。

 本物のアイドルになる。


 最後にお手洗いに行こうと思い、会場裏を歩く。


 そこで見つけてしまった、彼女を。

 計屋はかりを。


 廊下の一角に待機してる。


 そこで僕は信じられないものを見た。


 はかりちゃんが、椅子に座ってスタッフや他のアイドル達と談笑している……。

 みんなはかりちゃんの言葉に耳を傾け、頷いたり、感じ入ったりしている。

 こんな光景、僕は見たことなかった。


「はかりちゃん……」


 恐る恐る声をかけると、はかりちゃんがこっちを見た。


「あら、京子。久しぶり」


 僕ははかりちゃんの顔をしっかり見て、息をのんだ。


「ねぇ、これ、いいでしょ?」


 僕に顔を見せ、装着された“仮面”を指さす。

 顔の左半分が隠れるように覆われている。

 美しい仮面だった。

 左目もちゃんと見えるようになっていて、表情がちゃんと分かる。


 はかりちゃんは今日まだ一度も舞台に出てないので知らなかった。


「うん……似合ってる」


 それに、このはかりちゃんのオーラ、なに。

 前に入院していた時のはかりちゃんは、透明過ぎて消えてしまいそうな儚さがあった。


 今日はその透明感を持ったまま、内から溢れるエネルギーを感じる。


 “乗り越えたんだ”。

 あれだけ固執してた自分の顔に傷ができても、はかりちゃんは戦うことを選んだ。


「ありがとう。まだ体力は無いんだけど、今日は何でもできる気がするの」


「ッ……」


 そう言って薄く笑うはかりちゃんに、女の僕でも恋に落ちそうだった。

 そばではかりちゃんを見つめていた研究生の女の子が顔を赤くしてふらっと倒れた。

 その子をそっと抱き留めて頭を撫でるはかりちゃん。

 貧血かしら……とか呟いてる。

 スタッフが慌てて寄ってくる。


 女神?


 女神が降臨してる?


 かと思えば好戦的な顔つきになって僕を見てきた。


「そうだ京子、今日ラスト譲ってくれてありがとう。私、一位を諦めてないから」


 思わず現在のリアルタイム速報を確認する。

 はかりちゃんは……三位。

 まだ一度も舞台で顔を見せてないのに。


 みんなが計屋はかりを求めてる───。


 その事実に鳥肌が立った。

 でも、言うんだ。

 言え。

 

 もう後には引けない。


「僕も、負けないよ」


 何とかそれだけ答えて、逃げるように去った。




 ーーーーーー☆彡




 僕の出番直前、機材トラブルが起こった。

 予定通りだ。


 有希ちゃん、ありがとう。

 こんなことに巻き込んでごめん。


 少しずつ時間がずれ込んでいく。

 僕はプログラムが始まらない中、舞台に立って観客のみんなを見ていた。


 声援は鳴りやまない。


 目を閉じて、開く。

 みんなキラキラした目で僕を見ている。

 純粋な目で。


 今、僕がやっていることは何だ。


 スマホにメッセージが入る。



 お母さん【今日もとっても可愛いよ。最後も頑張って】



 僕は何をやってるんだ。



 分かってる。


 認める。


 僕の選択は間違ってる。



 はかりちゃんの顔を思い浮かべる。

 綺麗だった。


 僕ははかりちゃんに本物のアイドルを見た。

 赤森京子はアイドル失格だ。

 戦う前から負けていたんだ。


 もう遅いかもしれないけど、できることをやろう。



 それから復旧した舞台で、最大限できるパフォーマンスをした。

 声が枯れるほど歌い、身体が千切れるほど激しく踊った。


 僕に対して返ってくるファンの熱量に、泣けてきた。


 僕は強くなんかなかった。

 僕はズルをしました。


 ごめんなさい。


 モニターで時計を確認する。

 僕の時間が終わって、間もなく無料投票権がリセットされる。


 涙を流しながら、叫ぶ。



「最後に、最高のアイドル、計屋はかりが出てきます!」


「どうか、投票は、はかりちゃんの出番が終わってからでおねがいします!」










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 残り一話(+エピローグあるかもです)

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