40 火法輪澪「全然好きじゃない。良いやつだと思ってるけどね」

<前回までの状況>


・主人公の雪見は、暴漢に襲われ顔に傷を負った計屋はかりやはかりとの復縁を望んでいる。

・赤森京子は、総選挙で計屋はかりとの勝負をすると雪見に宣言する。

小浮こうき双葉ふたばは雪見が復縁する前に思い切って告白するがフラれる。

 




──────────────





 休日の午後。

 私、火法輪ひのりわみおは後輩ギャルの北爪きたづめ鋭花えいかと二人でハンバーガー屋に来ていた。

 窓に面したカウンター席で脚の長い椅子に座り、歩道をいく人達を眺める。


 最近はこの後輩と、同級生の双葉と私で三人でいることが多かった。

 でも今日は双葉はいない。二人だけだ。


「澪先輩、めちゃくちゃ食べますね。ダイエット大作戦はどうなったんですか」


「もうそんな場合じゃなくなったのよ」


 話しかけてくる鋭花に答える。

 今日は普段なら絶対に選択しないLLサイズのセットを頼んだ。久しぶりに食べるポテトを口に運ぶ。

 おいしい。

 人間が本能的に旨味を感じる味がする。

 カロリーとか体重とか、そういう概念を頭の外へ追い出す。

 おいしい。


 しかしヤケになって芋に溺れてる場合でもない。


「双葉先輩のことですか」


「うん」


 今日は双葉を誘ってない。


 結局あの日、双葉を私の家に泊めて、一晩中色んな事を語り明かした。

 珍しく甘えてくる双葉は可愛かったけど、教えてくれた雪見の話は思ったより深刻だった。


 ──彼女になりたいと思っている私にとっては。


「でも、何で勝ち目ないのに告白したんですかねー。双葉先輩ってもっと強かというか計算できる人だと思ってたんですけど」


「雪見が計屋さんにかなり気持ちが傾いてるのが分かって、もう今しかないって思ったんだって」


 言いながら、自分の気持ちが盛り下がっていくのが分かる。

 雪見は、もう計屋さんのことを本当に好きになってしまったのだろうか。



「あー。でも確かに、雪見先輩って好きな人がいても告白したら受けてくれる感じありますもんね。付き合ってくれないと自殺する! とか言ったらいけそう」


「そんなので付き合って何の意味があるのよ……」


「でも実際に計屋はかりは勢いで告白して、最初はどうあれ今や気持ちも引き寄せつつあるんですよ。澪先輩も見習ったらどうですか〜? いつ本気出すんですか〜?」



 おどけた調子で可愛く煽ってくる鋭花を無言でぺちっと叩く。もう。


 でも、確かに一理ある。

 私はいつも大切な何かを失ったり、失いそうになってからじゃないと本気が出せない。


 鋭花を置いておいて思考の海へダイブする。


 私は、双葉みたいな勇気はない。


 でも、どこか吹っ切れた爽やかな顔の双葉を見て、少し羨ましいと思ったのも事実。

 これから双葉は、新しい好きな人を探すのだろうか。


 少なくとも、時間が経つにつれて、雪見に対する好意とか、考える時間が減っていく、はず。


 雪見のやつ、返信遅いなーとか、また道端で知らない女を助けて惚れられてないかなーとか。


 私のグラビア見てくれてるかなーとか。


 来年は一緒のクラスになりたいなーとか。


 将来、同じ大学でキャンパスライフ送りたいなーとか。


 そういう私の中の雪見が徐々に消えていく。


 無理だ。

 私は、この想いを失くしたくない。


 そんな時だった。


「あ、雪見先輩」


「え、嘘」


 私たち二人は全面ガラス張りの窓際の席で少し高い椅子に座り、二人で並んでいた。

 道行く人たちは、男も女も私たち二人に目を奪われていく。

 私たちが丈の短いスカートからのぞく脚を惜しげも無く披露しているからか、カリスマモデルとグラビアアイドルだからか。


 その中で、私たちに目もくれず、ひとりスタスタと歩く男がいた。

 鋭花が指差した方向に。


 雪見だ。嘘じゃない。一人だ。

 今は信号を待っている。


「澪先輩、ゴーです」


「へっ!?」


「いってください。こういう偶然のチャンスをものにしないでどうするんですか」


「む、むむむりだって。今日肌の調子あんまりだし……」


 ごにょごにょと下を向きながら声にならない言い訳をする私。


「大丈夫、今日もめちゃくちゃ可愛いっす」


 ま、またまたぁ。

 半笑いで顔を上げ、鋭花を見て、驚いた。



 あまりにも真っ直ぐ私を見ていたから。


 心から応援してくれてる、と思った。



「……ありがとう。いってくるね」


 確かに鋭花の言う通りだ。


 私は、勢いが足りない。

 女子高生が、偶然に運命を感じないでどうする。


 後輩ギャルの頭を軽く撫でて、立ち上がる。


 信号が青になった。雪見が歩き出す。


 行かなきゃ、私も。

 店を飛び出す。


「いけー! 澪先輩ー! 押し倒せー!」


 可愛い後輩の声援を受けながら、顔を真っ赤にして私は走り出した。


 私の本気を見せてやる。





 ーーーーーー☆彡





「火法輪、おいしいハンバーグまであと何がいるか分かるか」


「んー、冷蔵庫になにあるか知らないけど、挽肉とパン粉があれば良いと思うけど……。あとうちはバターとマヨネーズ入れてるかな……」


「へぇ。良いな、採用。あっち行こう」


 ……えーと、私いま、スーパーで雪見と二人で買い物してます。


 夢かな?


 私の目の前に、ゆっくりカートを押しながら歩く雪見がいる。

 自然体だ。ゆるい部屋着っぽい服を着てる。

 後ろから見てると、襟足が少し伸びたな、と思う。

 柔らかそうな黒髪に触れたくなる。


 だめだ。流されて買い物に付いてきたけど、ぼんやりと視界に映るものを見て惚けたことしか考えられない。


 炎に飛び込む意気で話しかけた十分前が嘘のように穏やかな時間。


 あ、知らない子供が雪見に話しかけた。

 パパお菓子買ってーだって。

 雪見は子供に優しくパパじゃないよーと笑いかけたあと、困ったような顔で私を見た。

 顔を見合せて二人で笑う。


 ……なんですかこれ?


 幸せ過ぎて死んでしまいます。


 やっぱり夢見てるのかな私。


 ふわふわしながら二人で買い物袋を持って(ひとつずつ!!)雪見の家へ帰宅する。


 ナチュラルに好きな男子の家に帰宅してしまった。




『今有希が検査入院中でさ、良い結果が出れば夜に帰って来れるんだ』

『だからおいしい夜ご飯つくって待っててあげようと思って』

『今から買い物』


 

 信号待ちをしていた雪見に話しかけると、そう言われた。

 

 だから思わず私も手伝うって伝えた。

 

 我ながら大胆な申し出だと思う。

 

 雪見とスーパーで買い物して、家に行って夜ご飯をつくるなんて……以前の私なら考えられない。鋭花に感謝しないと。


 あ、でも有希ちゃんのことは私も大切に思ってるし……下心だけじゃないですよ……と心の中で言い訳しながら、調理を始める雪見についていく。


「私も手伝う。これでも料理できるし」


 少しぶっきらぼうな声になってしまう。


「助かる。器具や調味料は揃ってるんだ。最近は……いや、何でもない」

 

 最近は……何?

 言いよどむ雪見を見て悩む。

 ここで雪見が言いかけたであろう双葉の名前を出すべきなのかどうか分からなかった。


「聞いてるよ。大丈夫」


 だから、それだけ言う。


「そっか。……俺のこと酷いやつだと思うか」


 おそるおそる雪見が聞いてきた。


「ちょっとびっくりかも。雪見もそういう人間ぽいところあるんだ」


 空気に耐えられなくて少し意地悪を言ってしまう。


「なんだよ。俺だって男子高校生で、女子に告白されたら悩むわ」


 良かった。少し笑ってくれた。


「ごめんごめん」


 少し雰囲気が和らいだので、調理を始める。

 といっても、ハンバーグとちょっとしたサラダなんて簡単で、ゆっくり作っても一時間ほどで完成してしまった。


 温めればいつでも食べれる状態にして、一息つくことにした。


 リビングに移動して二人で大きなソファに座る。

 正直、今さら緊張してきた。

 初めてきた男子の家、二人きり、隣。


 雪見が好きだという動物番組を見ながら、ぽつぽつと会話をする。


「有希ちゃん、良い結果が出るといいね」


「うん。データは年々良くなってきているから、大丈夫だと思ってる。それに、有希みたいな良い人間は、幸せになるべきなんだ」


 顔はテレビに向いてるけど、慈しむような目で有希ちゃんを想像してるのが分かった。

 雪見のこの身内に見せる柔らかさは、いつ見ても羨ましくて、私もそこに入れてほしくなる。


「雪見も、色んな人を助けてるし幸せになれるよ」


「俺? 俺はまぁ幸せにならなくてもいいかな」


 なに。急に寂し気に笑う。


「どうしてそんなこと言うの」


 思わず詰め寄ってしまう。この男は油断するとすぐ消えそうになる。


「火法輪はそう言ってくれるけど、俺は色んな人を傷つけてる。双葉もそうだ」


 それは違う。


「双葉は後悔してなかったよ」


 思わずそう返してしまった。

 雪見は気持ちに応えられなかったけど、だからといって悪いわけでは絶対にない。


「そうか……正直言うと双葉のことは好きなんだ」


「ふぇえ!!??」


 頭が真っ白になった。


「嫌いになる理由がない。校内で暴力事件を起こした俺と仲良くしてくれて、いや好き、とはまた違うのか……」


 なんか悩みだした。

 ああ、自分でもよく分かってないのか。

 双葉が言ってた通りだ。


 雪見は恋愛感情が分かってない。


 初めてきた男子の家、二人きり、隣。


 私は雰囲気にやられて口走ってしまった。


「じゃ、じゃあ……私のことは、好き?」


 気づいたら、雪見の近くに手をついて、前傾姿勢になっていた。


「火法輪のことは、良いやつだと思ってるよ。いつも頑張ってるし、仲良くしてくれるし……」


「じょ、女性として魅力感じるでしょ? 私のグラビア買ってたよね!」


 心臓がバクバクになりがらさらに攻める。

 自分じゃないみたいだ。


「そりゃ……そうだろ。お前の写真見てそういう気持ちになったりもする」


「……えっち」


 え、え、え。

 やばい、うれしい。

 思ってた以上の返事がきた!

 なんか目線が胸元にいったりしてる気もするけど雪見だったらうれしい。

 頭、ぼーっとしてきた。

 

「でも、だからといってこれが好きって感情なのかは分からないんだ」


「……そっか、そうなんだ」


 茹だった頭に冷や水がかけられたような気になった。

 そうだよね。ちょっと冷静になった。

 雪見も色々考えてるんだなって思った。


「逆に火法輪はどうなんだ。俺のこと好きなのか」


「へっ!!??」


 冷静になった頭が今度は動揺の荒波に揺れる。


「どうなんだ」


 ……これ、好きって言ったら告白になっちゃうの?


 なっちゃうか。


 そして雪見は双葉のときみたいに、距離を置くのだろうか。

 いや、置くつもりなのか分からないけど、もし双葉が告白してなかったら、今日の夜ご飯の準備は私ではなく双葉が選ばれていたはずだ。


 どうなんだって?


 好きだよそりゃ。

 一日中あんたのこと考えてるよ。


 あんたが想像できる何百倍も好き。



 だから。



「全然好きじゃない。良いやつだと思ってるけどね」



 本心はまだ教えてあげない。


「そうか」


 どこかホッとしたような雪見に対して悔しさが残るけど、これでまだそばにいられる。


「だからこれからも気軽に仲良くしなさい」


「なんで命令口調なんだよ」


 雪見が笑ってくれた。

 今はこれで良かったと思えた。



 話がついたタイミングで雪見のスマホが鳴った。


「あ、有希からだ……。もしもし、うん。うん。え……」


 雪見が呆然と目を見開いてこっちを見た。

 検査結果が良ければ今晩帰ってこれると言ってたけど、どうだろうか。


「……大丈夫?」


 雪見の両目から涙が溢れてきた。

 え、うわ。男子が泣いてるところ初めて見た。

 

 思わず最悪の事態を想定したけど、続く言葉は逆だった。



「有希、完治するかもしれないって」










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更新が滞っているのにも関わらず、コメント等してくださる方達のおかげで救われてます。

ありがとうございます。

最終話までの構想はできたので、大きなことは言えませんが早めに更新していけるようにがんばります。






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