39 小浮双葉「今夜、雪見くんに告白します」
────私は、みんなに言わなきゃいけないことがある。
平日の放課後、私たちは喫茶店で臨時会議という名のお茶会をしていた。
メンバーは火法輪澪ちゃん、北爪鋭花ちゃん。
そして二人を呼び出した発起人の私、小浮双葉。
議題はもちろん、彼について。
「まさか赤森京子まで雪見を好きだとは。あいつは本当に……」
頭を抱える澪ちゃん。
今日はずっとこの調子だ。
良くも悪くも澪ちゃんのメンタルを左右してるのは、いつだって雪見くんである。
「それを澪ちゃんに伝えてくるっていうのもさすがアイドルというか、すごいね」
私がそう答える。
澪ちゃんが言うには、この間バイト先に赤森京子が来たらしい。
赤森京子は雪見くんに宣戦布告をしに来たらしいけど、澪ちゃんは連絡先を交換して後から内容を聞いてしまったらしい。
内容を簡単に言うと、どうやら計屋はかりと赤森京子が雪見くんを賭けて恋々坂内の順位争いで勝負することになった……ということらしい。
この女子三人会議の前にその話を聞いた私は、本当に驚いた。
アイドル二人が盛り上がっていて、私たちは完全に蚊帳の外だ。
正直悔しい。焦りが募る。
私が“決意”をしたのは、それが一つの理由でもある。
「鋭花は赤森京子ってよく知らないんですけど、いつの間に雪見先輩と仲良くなってたんですか?」
いつの間にか一緒にいることに慣れてきた後輩ギャルが言う。
今日も黒髪ウルフカットに黒ネイルが合ってて可愛い。
「私だって知らないわよ。どうしてみんな雪見を好きになるの……もう嫌になってきた私……」
「澪先輩……」
澪ちゃんを慰める鋭花ちゃん。
なんかもうすっかり仲良しだ。
最近はたまに二人で遊びに行ったりもしてるらしい。まぁ二人とも明るいしコミュ力抜群だし、仲良くなるのも必然か。
私の方が先に澪ちゃんと仲良くなったのに〜とか少し思うけど、正直私も鋭花ちゃんが嫌いじゃないのでゆっくり仲良くなっていけたらなと思う。
私はスロースターターなのだ。
「双葉ぁ……私どうしたらいいの……」
澪ちゃんだいぶ弱ってるなぁ。
私は澪ちゃんを元気づける魔法の言葉も何も言えないので、とりあえず話を変えることにした。
「そういえば鋭花ちゃんは、澪ちゃんを応援してる感じなの? こないだは絶対に雪見くんを落としたいって感じだったけど」
「鋭花はまだ雪見先輩のこと好きですよ。でもまぁ澪先輩の話聞いてたら正直気持ちが重すぎて応援しよかな〜って感じですね。澪先輩も好きなので。とりあえず先に一回付き合って貰いたいな〜って。鋭花はその後でもいいかな〜って」
「の、ノリが軽いね……」
「はぁい。澪先輩見てたら、こんなに好きなのに報われない恋とか、悲しすぎるって感じです」
報われない恋。
確かにそうだ。
……それに、私もきっと報われない。
そもそも私は、恋心を自覚したときには、雪見くんにはすでに彼女がいた。
友達、と私はそう思ってる存在ができたとき、澪ちゃんは既に私の好きな人を好きだった。
運が悪いのか私が人のものを欲しくなる性悪女なのか分からない。
「む、報われない恋って決めつけるなー!」
澪ちゃんが半泣きになって鋭花ちゃんに詰め寄る。
澪ちゃんって、自分に自信があるときは本当にカッコイイ女性なんだけど、こういうモードの時はとことんナイーブでよわよわだ。
でも、私はそこが魅力のひとつだと思う。
だって、グラビアで週刊誌の表紙飾りまくりの女子高生が、実は好きな人に告白もできなくて半泣きになってるなんて、男の人はみんな好きでしょ。
私は、ネットの海で不特定多数の匿名たちの本音を聞いている配信者なので、わりと男の人の気持ちがわかってる方だと思う。
もし私が雪見くんだったら。
想像する。
恋々坂の国民的アイドル、大人気グラビアアイドル、カリスマギャルモデル。
……界隈でちょっとだけ人気のネット配信者。
私なら、配信者の小浮双葉は選ばないかなぁ。
「逆に双葉先輩は雪見先輩にアタックしてるんですか?」
鋭花ちゃんが聞いてきた。
澪ちゃんが、鋭花ちゃんにじゃれつきながらこっそりこっちを窺ってるのが分かる。
そういうところが可愛い。
「全然だめ。最近はお弁当も食べてくれないし、たぶん計屋さんと復縁したんだと思う」
「うわーーーん」
澪ちゃんは、私のアプローチが上手くいってないことへの安心と、復縁の悲しさで泣いている、と思う。
澪ちゃんの頭を撫でながら、言う。
「でも、ちゃんと気持ちは伝えないとダメだよね」
「双葉……?」
「お、ついにいくんですか」
二人が私を見つめてくる。
さぁ、今日の本題だ。
「うん。二人を誘ったのはそれを伝えたくて。きっと恋々坂の総選挙が終わったら、もうチャンスが無くなると思う。分からないけど、そんな気がするんだ」
まぁでも、彼は私を選ばないだろう。
「……双葉、強いね。すごいと思う」
そう言う澪ちゃんに答える。
「強くないよ。自分の気持ちに決着つけたいだけ。想い続ける方がずっと強い」
本当にそう思う。
最近気づいたけど、私はそんなに強くない。
ずっと雪見くんのこと好きでいるんだと思ってたけど、ここ何日かの雪見くんを見ていて、気持ちが変わった。
彼女がいる人を想い続けるのは相当辛い。
もう、お弁当を断られるのも嫌だ。
────私は、みんなに言わなきゃいけないことがある。
「今夜、雪見くんに告白します」
ーーーーーー☆彡
「悪い、遅くなった」
「ううん、急に呼び出してごめんね」
私の想い人、雪見くんが来た。
────私は、選ばれないって分かってる。
それでも、彼を呼び出していた。
場所は夜の公園。
夜だけどまだ全体的に明るくて、少し行けば車も走ってて、見上げれば灯りのついたビルが見える。
雪見君がベンチに座る私に、ココアとミルクティの缶を見せ、どちらがいいか聞いてくる。
心遣いができるなぁ。
ミルクティを貰って、手で弄ぶ。
雪見くんが隣に座った後、しばらく二人とも喋らない時間が流れた。
呼び出されたのに、雪見くんは理由も聞かない。
ただ、そばにいてくれる。
そういうところが好きで、今はそれが苦しかった。
おろしたての新しい服とか、少し強調した胸元とか。
背伸びした香水とか、初めて使うピンクのアイシャドウとか。
そういうの、少しでも意識してくれたら、こんなに早まることは無かったと思う。
気づいたら、雪見くんがなにか口ずさんでいることに気づいた。
聴いたことがない曲だったけど、直感的に分かった。分かってしまった。
それでも聞いてしまう。
「誰の曲?」
「ん? ああ、はかりの曲」
でしょうね。そう思った。
「……雪見くん、計屋さんと復縁したの?」
「どうだろうな。連絡は返ってくるようになったんだが、会うのは選挙ってやつが終わるまで待って欲しいって言われてる」
「そっか。雪見くんは今、計屋さんのこと好き?」
とんでもないことを聞いてるのは分かってる。
でも、私だって生身の人間を好きになるのは初めてで、冷静でいられなかった。
「……正直言うと分からない。ただ、また一緒に歩いたり美味しいもの食べたりしたい。あと、あいつともう一度、観覧車に乗りたいと思ってる」
ザクザクと心臓が言葉の刃で刺されて、HPがゼロになるのが分かった。
それって、めちゃくちゃ好きじゃないですか。
死んだ。
だけど、HPがゼロでもMPが残ってる。
MPってメンタルポイントだっけ? マジックポイントだっけ?
なんでもいい、私に力を。
雪見くんが自覚する前に、勝負を。
「い、今すぐさ。どうにかなりたいって話じゃないんだけど……」
ありったけの保険をかけて、飛び込む。
「うん」
「私のこと……ちょっとずつでいいから好きになってほしい、です」
「……」
雪見くんは答えない。
何か、言わなきゃ。
伝えなきゃ。
「私、雪見くんに助けてもらってから、色々変わって、毎日楽しくて」
「うん」
「配信活動とかも学校のみんなに徐々にバレてきてるんだけど、全然なんとも思ってなくて」
「うん」
「そう思えるのは、芸能で働いてる澪ちゃんや鋭花ちゃんと仲良くなったのもあるんだけど」
「うん」
「やっぱり一番は、雪見くんがいるから。何があっても助けてくれるって、思ってるから」
「うん。助けるよ」
「……友達だから?」
答えが分かってるのに、聞いてしまう。
「ああ、友達だからだ」
はは、まっすぐ言ってくれる。
もっと優柔不断でいいのに。
キープしてくれてよかったのに。
「そっか。今日はありがとう。これっ、これからも、友達として、な、仲良くしてね……」
口が上手く回らない。
「……もちろん。駅まで送ろうか」
「ううん大丈夫。ちょっと休憩してから帰るね」
雪見くんは心配そうに私を少し見たあと、帰っていった。
ありがたい。これ以上そばにいられたら気まずさで消滅してしまうところだった。
ふー。
とりあえず澪ちゃんに「だめでしたーin藍花公園」とだけRINEを送る。
あー。
ダメだったけど意外と大丈夫だな。
別に、これまでと関係が変わったわけでもないし、うん。
雪見くんは、告白しても、これまでと変わらないままでいてくれる。
露骨に避けたりしない。うん。そういう人。
あー、でも動く気が起きない。
澪ちゃんから通話がきてるけど、ちょっと出る気も起きないな。
ごめん澪ちゃん。
そうだ、これも配信でネタにして喋ろう。
好きな人に告白して玉砕した件についてwww
流れるコメントを想像する。
……空しい。盛り上がりそうだけどやめよう。
この体験は私だけのものだ。
あー。
よし、切り替えて夜ご飯の材料買って帰るかー。
頭の中で買う食材を考える。
ちらつく雪見くんの好みから、ぶんぶん頭を振って逃げる。
はぁ。笑えてくる。
お父さん、甘いのがあんまり好きじゃないのにたくさん食べさせてごめんね。
今日から通常運転です。
もう、その味付けも必要なくなった。
でも、まだ私の中に。
私の作ったご飯を食べて幸せそうにする雪見くんが、いる。
ああ。
暗く、意識が沈んでいく感覚がした。
その時、
「双葉!」
知らずうちに下を向いていた顔を上げたら、澪ちゃんがいた。
近くに自転車を停めて、息を切らせてこっちに走ってくる。
綺麗な髪が乱れるのもおかまいなしに。
「澪ちゃん……」
ああ、嘘。なんで。
やばい。泣きそう。
思わず立ち上がって近づいていく。
「……双葉、服も化粧もめっちゃ可愛いね!」
澪ちゃんは泣きそうな顔でそう言って、抱きしめてくれた。
もう、何で澪ちゃんが泣きそうなの。
でも、もう私も無理だった。
「澪ちゃん~~~~フラれちゃったよ~~~~」
それから、二人してわんわん大声で泣いた。
涙が止まらなかった。
悲しくて、悲しくて、悲しかった。
でも、ちょっと前のマントルまで沈んでいきそうな暗い気持ちは、どこかへいってしまったように感じた。
好きな人の彼女になれなかったけど、私には友達がいる。
今はそれだけで良かったと、素直にそう思える。
だって、フラれたらすぐ会いに来てくれて、一緒に泣いてくれる友達を持てるなんて。
少し前の自分から考えたら夢みたいなことだ。
それもこれも、引き合わせてくれた雪見くんのおかげかな。
ふふ。
さよなら、初恋の人。
ありがとう。大好きでした!
ーーーーーーーーーーーーー
明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願い致します。
長らく更新が滞り申し訳ありませんでした。
完結まで突っ走ります。
やる鹿
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