38 赤森京子「僕が一位になったら、雪見くんに本気で告白する」



 車で待っていた僕は、マネージャーの佐崎さんを安心させるために必死だった。


「何度言われても雪見さんが強いとはとても思えないんです! それにこのバイクの数! 何人いるんですか中に!」


「佐崎さん……」


 佐崎さんははかりちゃんがデビューする前から専属だったマネージャーだ。

 感情的になるのも分かる。


「常識的に考えて、ありえない! やっぱり警察を呼びましょう!」


 運転に集中していた時は、余裕がなかったのか。ここまで取り乱していなかった。

 今はただ、この何もできないで待つ状況に耐えられないといった様子だ。


 確かにはかりちゃんが、不良に襲われているかもしれない。

 それでも僕は佐崎さんのおかげで逆に冷静になっていた。


「佐崎さん、僕は以前、不良三人を散歩するような気軽さで倒した雪見くんを見たんだよ」


「で、でも三人でしょう?」


「たぶん数は関係ないんだと思う。妹の有希ちゃんが言ってたけど、雪見くんは異常に“目が良い”んだって。それに今さら警察呼んでも間に合わないよ。十五分くらい待とうよ」


「あ、あぁ……はかり……」


 佐崎さんは祈るように目を閉じてしまった。

 僕も佐崎さんも無言で、じれったい時間が過ぎていく。


 そんな中、僕はさっき雪見くんが言おうとした言葉を思い出していた。


『京子、あれから考えたんだがやっぱり俺は……』


 僕の、雪見くんへの好意に対するアンサーを伝えようとしてくれたのだろうか。


 僕は雪見くんに言った。


『あんまり僕のこと馬鹿にしないで』と。

『僕、君のこと好きだから』と。


 タイミングは限りなく最悪に近かったと思う。

 夜、眠る前に何度も後悔した。


 それでも、とにかく僕のことを意識して欲しくて。

 こんなにも君を想ってるんだよって知って欲しくて。


 どうすれば良かったのかは分からない。


 これからどうしたらいいかも分からなかった。


 ただ、今ははかりちゃんの無事を祈ることしか出来なかった。



 ーーーーーー☆彡



 慌ただしく複数のバイクのエンジン音が鳴り響き、走り出したのが分かった。


 僕と佐崎さんは一瞬身を固くしたけど、こっちには来なかった。


 少しして、歩いてきた人を見たとき、心から安心して脱力してしまった。


 同時に、抱えられたはかりちゃんが弱々しくも情愛の視線を彼に向けてることにも気づいた。

 僕の中にある嫉妬の感情に火が灯る。


 ああ、僕はやっぱりこのヒーローが好きなんだ、と思った。

 常人なら絶体絶命の状況でも、さらっとヒロインを救い出すヒーロー。

 そして、ヒーローに抱かれてない自分は、本物のヒロインじゃないことに、気づいた。


 もし、この世界がドラマだったら。

 僕は、負けヒロインなのかな。


 それでも。


 走り出す車、しばしの静寂。


 いくつかの会話を交わし、何かを決意した計屋はかりが言う。


「私、アイドル復帰するわ」


 ここしかない、僕はそう思った。


「総選挙にもエントリーするってこと?」


「……ええ、そうね」


 はかりちゃんは事件のあと、休止していたのでグループ内の順位を決める総選挙にエントリーしてなかった。

 すでに視聴者による投票期間は半分過ぎている。

 歌や踊りなどのパフォーマンスや今季の活動内容など、まだ他の採点される要素は残ってるが、視聴者の投票点は大きなウェイトを占める。


「もう始まってるし、不利だと思うけど……目標は?」


「もちろん第一位」


 この二年、常に一位を独走してるはかりちゃんがそう答えた。


「じゃあ、じゃあね。僕と勝負しない?」


「……いいわよ」


 はかりちゃんは、きっと察してる。

 後部座席に座った彼女の表情は分からないけど、それだけは分かった。


 だからまっすぐ言った。


「僕が一位になったら、雪見くんに本気で告白する」


 この世界はドラマじゃない。


 現実だ。


 変えてやる。



 ーーーーーー☆彡



 それから数日経って、僕は雪見くんのバイト先に来ていた。


 はかりちゃんだけでなく、彼にも伝えなければならないと思ったから。

 通話じゃなくて、会って話したかった。


 一人で四人掛けのテーブル席に座り、注文ボタンを押す。


「ご注文はお決まりでしょう……か? え? 赤森京子?」


 来てくれたウェイトレスは、かつてはかりちゃんが雪見くんに告白した時に同席していた女性だ。

 今日もやたらとスタイルが良い。女性として本能的に嫉妬するくらい。


「こんばんは、火法輪澪さん」


 僕はあのあと、彼女のことを調べていた。

 大人気高校生グラビアアイドルとして業界を席巻しているのも知った。

 そんな火法輪さんが今もここでバイトしているということは、“そういうこと”なんだろう。


「あら、覚えてくれてたのね」


「うん。今日は雪見くん何時上がり?」


「まーた雪見……今日はそろそろじゃないかな。終わったら呼べばいい?」


「お願いします」


 あれ、意外と簡単に許可してくれたな、思い違いかなと思ってたら、急に顔を寄せて小声で聞いてきた。


「ち、ちなみに何の話?」


 この人は、やっぱり僕と同じタイプだなと思って笑ってしまった。

 雪見くんに対して後手後手に回ってるのだろう。

 急に親近感が出てきた。


「僕も雪見くんのこと好きなんだ。だから、宣戦布告にきた」



 ーーーーーー☆彡



 あのあと、火法輪さんとRINEを交換した。

 思うところがあったのだろう。

 また色々話を聞きたいと言ってくれた。

 僕も、仲良くなれる気がしてる。


 三十分ほど待って、雪見くんが着替えて出てきた。


「こんばんは」


「ごめん待たせたな。少し外歩こうか」


 いつもと変わらない雪見くんがいた。

 会計を済まし、二人で外に出る。


 夜風が気持ちいい。


 隣を歩いていると、やっぱり好きだなって実感する。

 何も話してないのに、そこにいてくれるだけで、心が満たされた。


 永遠にこのままでいたい感情に流されそうになるけど、振り切る。


 こういう時間を永遠にするために。


「この前は本当にありがとう」


「ああ。はかりは元気そうか」


 下の名前呼び。


「会ってないの?」


「全然。なんか忙しいらしい」


「あー、復帰するからね。色々準備もあるんだ」


「強いな、はかりは」


 そう、はかりちゃんは強い。

 女の子の命である、顔に大きな傷をつくっても、戦うことを選んだ。


「うん。そういうところが好きなの?」


「……京子」


 ふふ。この前僕が怒ってるから気にしてる。

 雪見くんは本当に、優しい。


 少し先をタタタと小走りに進んで、振り返る。


「一週間後、恋々坂の総選挙が開票されるんだ」


「そうか」


「それで、もし一位を取れたら、僕のこと真剣に考えて欲しい」


「京子、それは……」


「お願い」


 無理なことを言ってるのは分かってる。

 雪見くんからすれば、選挙の結果が何だって話だと思う。


 それでも、僕に残された道はここしかない。

 ハンデ貰って戦う僕は、ずるくて卑怯で、救えない。


 だけど、何もせず初恋を終わらせるなんて、僕は嫌だ。


 お願い。


 チャンスを下さい。


「……分かった」


「ありがとう! じゃあね!」


 よし、言質を取った。

 雪見くんに背を向けて走り出す。


 やってやる。

 やってやる。

 やってやる。


 雪見くんに対する気持ちもそうだけど。

 はかりちゃんに本気で勝ちにいくこの状況に、燃えている自分がいるのが分かった。


 全部の衝動を受け入れて、息をする。


 恋もアイドルも貪欲に求めていく。


 明確な目標が、僕を動かし始めた。










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