36 雪見大福「ああ。俺は強い」


 夜、俺は有希と二人でテレビを見ていた。


 四人は座れる大きなソファなのに、有希は俺にぴったりとくっついていた。


「最近はかりちゃんから返信あった?」


 有希が問いかけてくる。


「ないよ。お兄ちゃんはもうダメかもしれん。俺は弱い」


 本心だった。

 反応のない相手にメッセージを送り続けるのは精神的に辛かった。


「ふふ。かわいそう。これまで無視した女の子たちの怨念が降りかかるのだ~」


 うにゃーとか言いながらふざけて俺に爪を立ててくる有希。

 怨念と化した有希と一通りじゃれていたらスマホが鳴った。

 俺は最近は通話にもちゃんと出るようにしている。


 名前も見ずにタップする。


「はい、雪見です」


「でた! もしもし雪見くん!?」


「京子か。どうした」


 隣で有希が何かジェスチャーしている。

 ん? ああ。とりあえずスピーカーON。


「ごめんッ 今、はかりちゃんが大変な状況でッ こんなこと雪見くんに頼むのはおかしいって分かってるんだけど……!」


「分かった。今すぐ行く」


「え……? あ、あの。結構危ない感じの話で……」


「分かったから。どこに行けばいい」


 スイッチを押された気分だった。

 どこかモヤがかかっていた意識が晴れていくのを感じる。

 軽く手を握ったり開いたりする。

 体温が上がってきたのが分かる。


「う、うん。あのね……」


 京子の説明では、計屋の弟が不良グループに捕まってるらしい。

 脅されていて警察には連絡できないらしい。

 そして計屋はそれを助けに一人で向かってしまったらしい。


 詳しいことは分からなかったが、どうでも良かった。

 敵を倒し、計屋を助ける。


 なんて単純明快な話なんだ。


 すぐに準備を始める。

 車を回してくれるらしい。


「お兄ちゃん、あたしも行った方がいい?」


 服を着替えてリビングに戻ってきた俺に有希が言う。


「いや、家にいて欲しい。もう夜も遅い」


「本当に大丈夫? パパの形見の武器持っていく?」


「田舎のヤンキーなんて百人いても素手で余裕だよ」


 転送された映像見た感じ多くても二十人ほどだった。

 それに父さんは生きてるだろ。


 ふざけたフリをしつつ、有希が心配してくれてるのは伝わる。

 有希に近寄り、頭を撫でる。


「ちゃんと無傷で帰ってきてね」


「ああ。俺は強い」




 ーーーーーー☆彡




 マンションのロビーを出て待つこと数分、一台の車が来た。


 助手席から手を振る京子を確認して、乗り込む。


「雪見くん!」「雪見さん」


 京子と、運転してるのは佐崎さんか。


「早く行きましょう。どれくらいかかる?」


 急発進する車。

 運転はあまり上手くなさそう……いや、状況が状況だし仕方ないか。


「……三十分はかかりません。はかりが弟さんの元へ着く前に合流したいのですが」


 佐崎さんが少し震える声で答えてくれた。

 計屋と待ち合わせる訳じゃないのか。

 弟が心配ではかりが先走ってしまった形か。


「どうやって追跡してるんだ?」


「私とはかりはスマホの位置情報を共有しているので……。あ、スピードが上がりましたね。タクシーを拾ったかもしれません。急がなくては」


「ふーん。まぁ意味ないかもしれないけどその場を動くなって伝えてみてください」


 計屋は行動力があるタイプなので行ってしまうだろう。

 俺だって有希が捕まったら誰に止められても即座に向かう。


「……きょ、協力してもらって大変失礼なんですが、本当に一人で大丈夫なんですか」


「ん? ああ、大丈夫です」


 俺はむしろ、この人の運転で無事に計屋の元へたどり着けるのかが心配だった。


「信じてるけど本当に落ち着いてるね……」


 次は京子が話しかけてきた。

 京子は一度カラオケ屋での俺を見てるからか、信用してくれてるようだ。


「京子、こないだは悪かったな。あれから考えたんだがやっぱり俺は……」


「えっ。えっ。ちょっと待って! その話はあとにして……」


「分かった」


 計屋を助けたあとで、また伝えよう。




 ーーーーーー☆彡



 無事に着いた先は、すでに廃墟と化したボウリング場だった。

 広い通り沿いにある。ちょっとした心霊スポットになりそうな感じだと思った。


 大きな駐車場には何台ものバイクが止まっている。


 その端に佐崎さんが車を停めた。


「はかりがここに着いて十分ほど経ってます。すでに捕まってるかも」


「二人は車から出ないで。もし十五分経っても俺が帰ってこなかったら通報してください」


 京子が振り向いて俺をまっすぐ見つめる。


「雪見くん、絶対はかりちゃんを助けて」


 無理しないでとか言われなくて良かった。

 やっぱりこいつは良いやつだと思った。


「ああ。任せろ」



 ーーーーーー☆彡



 破壊されてる自動ドアの奥を覗くと先の方に光が見えた。

 あそこが計屋弟がリンチされてる現場だろうか。


 ふーん、段差もないし、突っ込めるな。


 いくつも並んでるバイクをザッと見ると、鍵が刺さったままのスクーターがあった。

 それを押してボウリング場に入る。


 ガラスやごみで散らかった道を歩きながら、この前の失態を思い出す。


 俺は、持って生まれたこの動体視力と、それを生かす身体能力がある。


 なのに、守れなかった。


 失意に沈む計屋の声を思い出す。



『雪見くん、一つお願いがあるの』


『私と、別れてください』



 もう遅いかもしれない。

 計屋の気持ちは決まってるかもしれない。


 それでも、俺は……。


 暗いが目視で確認できる位置に、複数の人間と、その話し声が聞こえた。


 大量の懐中電灯の光が飛び回っている。


 よく聞こえないが、わっと盛り上がるような声が聞こえた。


 集団リンチするような不良共が盛り上がるということは、良くないことが起こってるということだ。


 意識を切り替え、精神のギアを上げる。

 知らずうちに興奮していた身体が、シンと冷めていくのが分かる。


 スクーターに跨り、キーを回す。

 ブレーキを握って押した。エンジンがかかる。


 いくぞ。


 エンジン音に気づいた不良共の意識がこちらに向き、複数の光が当てられる。


 それを散らすかのように俺はハイビームをつける。

 暗かった店内が一瞬で照らされる。


 スクーターで走り出しながら視認する。


 一、一番奥の柱に男が二人くくりつけられている。これは動画で見た通り。


 二、相手の人数は全部でうーん、二十三人。


 三、計屋が羽交い締めにされて、服をめくりあげられている。



 そこまで確認した瞬間、一瞬視界が怒りで赤く染まった。

 やることは決まっていた。

 スクーターを勢いのまま、不良が一番多く留まる場所に向かって走らせる。


 俺はその上で立ち上がり、飛んだ。


 スクーターが横倒しになりながら突っ込み、五人ほどが巻き込まれただろうか。


 同時に、空中に飛び上がった俺は計屋の服をめくりあげていた男の顔面に、膝を入れていた。


 グチャ、と嫌な音が鳴る。


「がぱッ」


 確実に鼻が折れたであろう男が、失神して倒れる。

 このまま半殺しにやりたいが、まだ数がいる。

 大丈夫、冷静になれ。大局を見ろ。

 前回の経験が俺をそうさせた。

 まだ頭は冷えていた。


 素早く計屋を横たえてなるべく優しい声色で言う。


「しばらく伏せてて」


「雪見くん……」


 震える声に、もう少し安心させたい気持ちもあったが……。

 すぐ近くに二人いる。

 落ちている適当なコンクリブロックを拾って奥の人間の顔面に投げつけ、

 同時に手前の人間に掌底を顎に入れる。


「うぎゃ」「だぱ」


 掌底を振りぬいた勢いで身体を回転させ、訳も分からず近寄ってきてる後ろの男に蹴りを入れる。

 足に残る感触が、深くヒットしたことを証明してくれる。


「だ、誰だ! おいッ」

「どうなってる!!」


 接触してから、ここまで十秒くらいか。

 スクーター次第だが、八人は戦闘不能状態じゃないかと思った。


 残り十五人。多いが、あと数人倒せば逃走が始まるだろう。

 数年前、繁華街で喧嘩を繰り返していた経験がそう結論づけた。


 徐々に少年たちの懐中電灯が俺に集まる。


 充分に照らされたあと、言葉を放つ。


「三人殺した。残りも全員殺してやる」


 もちろん殺してないつもりだが、不良はこう言われたら頭に血が上って雑魚化する。


 ……と、思ったのだが。


「や、やべぇよ。龍崎さんも金剛さんもやられてる……」

「単車で突っ込んでくるなんてイカれてるだろ!!」

「おい、逃げるなよお前! シメられんぞ!」

「その龍崎さんが死んでるじゃねぇのか!」


 あ、あれ? 誰も来ないの?


 我先にと逃げていく不良たちを唖然として見送る俺。

 最初に倒したやつらがリーダー格だったのだろうか。

 まぁ高校生集団なんてこんなもんか。


 その辺に落ちていた懐中電灯で倒したやつらの生死を確認していく。


 まぁ、生きてるな。

 障害が残っても知らんが。

 ていうかこいつら、よく見ると二十歳超えてそう。

 OBなのかな。

 反体制を謳う不良ほど、縦社会に縛られるのって何なんだろうな。


 計屋の弟ともう一人が括り付けられている柱の元へいく。

 どっちがどっちか分からない。二人とも顔が腫れている。

 ロープを外しながら言う。


「歩けるか? すぐに外に出るぞ」


「あ、ああ」「はい……」


 二人とも大丈夫そうだな。



 そして座り込んでいる計屋の元へ行く。


「遅くなった。弟も大丈夫だ」


「雪見くん……雪見くん……」


 計屋は泣いている。

 怖かっただろう。

 両膝に左手を差し込み、背中を右手で抱える。


「掴まって」


 計屋は俺の首にしがみついた。

 震えているのが分かったが、込められた力はしっかりと強くて、俺を安心させた。



 ーーーーーー☆彡



 ボウリング場の外に出て、街灯に照らされる。


 少し歩いて、計屋が言った。


「ありがとう。降ろして……か、顔は見ないで」


 計屋を降ろしながら、傷のことを思い出す。

 だが俺は、久々に計屋の顔をちゃんと見たかった。


 計屋の願いを聞き入れず、顔を向ける。


 涙目の、計屋の顔があった。


 化粧もせず、店内の埃にまみれ、ほとんど剥がれてるガーゼを貼り付けている。


 本当に美しいと思った。


 この感情は、何だ。


 俺より少し背の低い計屋の顔に、両手を添える。


 顔を近づけると、計屋は潤んだ目を閉じた。


 俺は本能に従う。


 計屋の頬の傷に、優しく口づけをした。

















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