34 火法輪澪「……雪見の彼女になること」
昼休み、私は双葉と一緒にスマホから流れる動画を見ていた。
“【朗報】ノコギリ男、ファンに制圧される”
というタイトルの動画だ。
たまたま会場の生配信をしていた映像の切り抜きみたい。
手振れが酷いし角度も悪いのではっきりとは分からないけど……。
男が刃物のようなものをカバンから取り出し、アイドル──計屋はかりに向かっていく。
誰もが目を覆いたくなるような瞬間、気づいたら男の後ろに“飛び上がった”少年が、男を蹴り飛ばす。
一瞬の静寂の後、会場は悲鳴に包まれる。
「双葉、これ。どう見ても雪見だよね」
「うん。どう見ても雪見くんだ」
「なに危ないことやってるのよアイツ……」
さすが雪見だとは思うけどさ。
動画のコメント欄には、このあと爆弾騒ぎがあったとか。
逃げ惑う人たちの押し合いで仕切りが倒れてきて何人もケガしたとか。
“計屋はかりが顔から血を流していた”とか。
そういうコメントで溢れている。
「結局、雪見くんはあれから二日間学校に来てない」
雪見と同じクラスの双葉の情報、ありがたい。
「そろそろRINEでもするべきか……でもあいつ返信しないもんね……」
「え、澪ちゃんにそうなの?」
「ん?」
「ま、まぁ。今までも突発的によく休んでたから大丈夫だとは思うけど、心配だよね」
あれ、なんか今。
まぁいいか。
と、いうのも。
誰かが歩いてくることに気づいたから。
最近よく来る私と双葉目的のナンパ男子ではない。
この場所の主だ。
「あ、噂をしてたら来たな。昼から登校なんて不良だ」
「不良だー」
向こうから雪見が歩いてくる。
「おー、ほんと仲良いねお前ら」
そう言いながら私たちの対面に座る雪見。
なんかちょっと疲れてる?
「もう。来るならRINEしてよ。お昼の準備あるんだから」
双葉が言う。最近の雪見はずっと双葉の弁当だから。
「あー、悪い。でもいい。食欲ないんだ」
……なーーーんかこの夫婦というか、お母さんと息子みたいなやり取り、何。
「な、何で食欲ないの!?」
双葉と雪見の空間にさせてたまるか。
割り込め
「あー……。計屋にフラれてさ。思ったよりダメージ食らってる」
「「え……」」
マジ? 双葉も絶句してる。
二人して黙ってると、雪見がぽつぽつと喋り出す。
まず、日曜日に起きた例の事件の話をしてくれた。
おぞましい事件だった。
犯人が逮捕されて有罪確定なのは良かったけど、計屋はかりの顔に傷が残った話は、聞いてるだけで少し震えた。
そのあと、計屋はかりにフラれたって話を聞いたけど、信じられなかった。
「そっか……大変だったね。雪見くん、はかりさんが大事だったんだね」
双葉が慰めてる。
「うーん? 助けてくれなかったから幻滅? でも雪見は悪くないのに」
私は呟きながら思う。そこが疑問だった。
“私に傷が残ったからおしまい”って、それ本当に雪見に幻滅したから?
そう思ったことを言おうとしたけど、机の下で手を握られる。双葉に。
双葉に顔を向けると、しきりにアイコンタクトしてくる。
首も横に振っている。
なに、どういうこと?
「あのとき、もっとやりようがあったはずなんだ……それが出来ないと俺に意味なんてないのにな」
薄く笑う雪見。なんか存在がぼやけて見える。
相当弱ってる。
「そんなことないよ。それに、次にそういうときが来たらもっと上手くできるよ」
「双葉……。そうだな。計屋にもそう言おう」
雪見がRINEをしようとしてスマホを出したが、うなだれた。
「どうしたの?」
私が聞く。今日の雪見、見たことない所作が多い。
「計屋にいくらメッセージ送っても返信がないんだ。たぶんブロック?されてる」
「え、そうなんだ……」
双葉がそう言って首をかしげてる。
腑に落ちないといった様子。
私は正直、あの雪見が女の子にブロックされてるのが何だかおかしかった。
どちらかというとブロックしたり無視したりするイメージの方が強い。
「俺、RINEが返ってこない辛さがよく分かったよ」
お。おお!!
私は少し感動していた。
「そ、そーよ! ちゃんと返してよね! 人として!」
「ああ……。悪かった、火法輪。火法輪にも、ちゃんと返すようにする」
私に向かって言う。
……ん?
なんか……嫌な予感が。
「なんか、私にだけ言ってない? 双葉にも返しなさいよ」
「ん? いや、双葉にはほとんど返してると思う」
「はぁ!?」
バッと双葉を見る。表情筋がうねり、引き攣る。
「い、いや! たまに返してくれないことあるし!」
「私はたまにしか返してくれないんだけど!?」
つら。勝手にRINE返ってこない仲間だと思ってた。
だって、雪見、彼女の計屋はかりにも返してないって前に言ってたもん。
つらすぎる~。
とりあえず双葉にあとで八つ当たりする。
八つ当たりして、返信してもらえる方法を教えてもらうことに決めた。
昼休みが終わるチャイムが鳴る。
「双葉、昼の弁当はしばらくいいから。また食べたいときにお願いする」
「……分かった」
力ない微笑みで返す双葉。
先に雪見が行ってしまったので、双葉に言う。
「今日放課後時間ある?」
「私もそう言おうと思ってた」
あら、気が合うね。
ーーーーーー☆彡
放課後。
駅前のケーキ屋さん、ポワール・ノワールという店に来ていた。
黒を基調としたシックな店内は、以前雪見兄妹と共に来たことを思い出させる。
まばらな客入り。あ、前の席にうちと同じ制服の子がいる。
不良っぽいギャルだ。可愛いな。
「チャンスだね、澪ちゃん」
向かいの席に座る双葉が、紅茶を一口飲んで喋り始めた。
「チャンス?」
私もケーキに口をつける。おいしい。
「雪見くん、フリーです今」
「そりゃそうだけどさ……フラれて凹んでる雪見見たらそんな気持ちになれないよ」
「澪ちゃんって……お人よしだよね」
「なに~? 言うね~双葉」
ちょっと強い言葉も交わすようになった私達。
上辺だけの関係じゃないことに、ちょっと嬉しくなっちゃう私って痛いかな。
「昼間も、わざわざ雪見くんにヒント与えようとするから焦ったよ」
「ヒントって?」
「あのね、雪見くんは、彼女を助けられなかったからフラれたと思ってる。けど、まずありえない。おそらく、顔の傷が深刻なんだと思う。はかりさんはそれを見られたくなくて雪見くんを突き放してるんじゃないかな」
「やっぱり……私もおかしいと思ってた」
正確にそこまで分かってたわけじゃないけど。
双葉は頭の回転が早い。
「じゃあ雪見くんに言っちゃダメでしょ。計屋さん、雪見くんがそんなこと気にしないって分かったらすぐ関係は元通りだよ」
「それはそうだけど……」
なんだか気が引けてしまうのは私が臆病だからでしょうか。
「私たちの目的はなに?」
「……雪見の彼女になること」
「そう。だったら今がチャンスでしょう。私は、動くよ。澪ちゃんは?」
普段はぽわぽわしてるのに、何でこんなに強いんだろう。
それに、双葉だって十分お人よしだ。
私が答えに詰まっていると、声が聞こえてきた。
「話は聞かせてもらいました。仲間に入れてください」
あ、さっき可愛いと思ったギャルだ。
「うわ、
「うわって何ですか。傷つくんですけど」
「え? 知り合い?」
意外。双葉ってだいぶ人見知りなのに。
「はい、前に一度お会いしました」
双葉は苦い顔をしている。
何だか双葉が敵対してる? なら私の敵でもあるわね。
「澪ちゃん、この人は一年生でカリスマギャルモデルの北爪さん」
渋々といった体で紹介してくれる。
「へー」
ごめん、マジで知らない。私そういうの疎いの。
「ふふふ、知られてなさそうだね」
双葉が悪い笑い方をしている。
「別にいいっす。でも鋭花は火法輪先輩のこと知ってる。めっちゃいい身体してて尊敬」
「……ありがとう」
あら、良い子じゃない。
「鋭花も雪見先輩が好き」
あら……。
あいつ、本当にモテるな……。
「でも、雪見先輩からRINE返ってこなくて悩んでます」
「採用!! 双葉、私は鋭花ちゃんにつくわ!」
私は気づいたらそう叫んでいた。
落ち着いたケーキ屋さんで、双葉の悲鳴があがった。
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