33 赤森京子「あんまり僕のこと、馬鹿にしないで」
僕は今、とても複雑な気持ちになっていた。
雪見くんからの通話を切って病院の正面入り口を通る。
お見舞いに行く途中でかかってきたそれは、信じられない内容だった。
はかりちゃんが雪見くんをフッた?
そんなことありえるのだろうか。
最近のはかりちゃんは、口を開けば雪見くんのことだった。
話せる相手が僕しかいないから仕方なかったんだろうけど、正直僕は辛い面もあった。
なぜって?
そりゃ僕も雪見くんのことが気づいたら好きになっていたから。
雪見くんとのデートの話とか、全然うまく笑えなかった。
嬉しそうに話してくれるはかりちゃんは全く気づいてなかったけど。
まぁはかりちゃんは仕方ない。
初めての彼氏で舞い上がってたんだと思う。
僕が直接言わないのに恋心を察してくれるわけがない。
問題は雪見くんだ。
どうして僕に“よりを戻す”手伝いしてくれなんて言うの。
僕、君にほとんど告白してるよね。
『勝手に好きでいていいですか』って言ってるよね!?
この前も、僕の胸で雪見くんの頭を抱きしめたりしたよね!?
まぁ、どっちも思い出したら顔から火が出るから普段は忘れようって努力してたけど。
言われたりされたりした方はずっと覚えといてよ!!!!
……勝手かな僕。おかしいの僕?
ぷんすか。なんかイライラしてきた。
大体ね、雪見くんは僕のことぞんざいに扱いすぎだと思う。
いじわるするし、すぐ頭ぐりぐりするし。
……もっと優しく撫でるべきでしょ。ふん。
そんなことを考えながら、昨日も通った廊下なのではかりちゃんの病室までまっすぐ進む。
ナースステーションを目が合った看護師さんに会釈だけで通過する。
はかりちゃんは国民的アイドルなので情報統制もされている。
この階にいる看護師や医師はそういう芸能人に対する応対も慣れているらしい。
僕が来てももちろん誰も騒がない。
ノックしてから、ゆっくりと扉を開ける。
頭部が上がったベッドの上に座っているはかりちゃんが迎えてくれる。
「京子、昨日も夜までいてくれたのに。今日もありがとう」
それはとても弱々しい笑顔だった。
ーーーーーー☆彡
個人部屋の病室に入り、ベッドのそばの椅子に座る。
「ちょうど今日の現場の通り道だったからね。お土産とかはないよ」
「顔見せてくれるだけで嬉しい。佐崎さんも一回帰っちゃったから」
今にも消えてしまいそうな儚さがある。
顔の左側が包帯に巻かれてるので、右目しか見えないけど、その瞳に目を奪われる。
この透明感は、なんだ。
はかりちゃんここまで色白かったっけ。
その右目から、急に涙が溢れてくる。
「ッ!! はかりちゃん、痛いの? 看護師さん呼ぶ?」
「う、うぅ……。ちが、ちがうの。大丈夫、ごめん……なさい」
ハンカチで涙を拭いてあげる。
深呼吸をして、徐々に落ち着いていく。
「京子、今まで仲良くしてくれてありがとう。私、友達いないから。恋々坂に京子がいてくれて、良かった」
「なに弱気になってるの。これからも仲良くしていくんでしょ」
はかりちゃんが困ったように笑った。
「ありがとう、でも、もういいの。私のアイドル人生は終わり。引退だわ。先生もやっぱりどうしても傷は残るって。美容整形はできるけど、元の質感に戻ることはないって言われたわ。それならやらなくていいですって伝えた。京子も、もう私の相手しなくていいの」
「そんな……」
安易にアイドルを続けるべき、なんて言えなかった。
顔に傷が残ったのもそうだし、今後の活動をこれまで通りの精神でこなすなんて、不可能だ。
あの門田アキラことジュニアが醜悪な顔でノコギリを取り出した場面を思い出す。
怖かった。
距離があった僕でさえ身体が震えるのに、目の前にいたはかりちゃんの恐怖はどれほどだろう。
「私、この見た目を失ってこれからどう生きていこう、うぅ……」
涙を拭いた目が、また濡れていく。
「失ったって……」
はかりちゃんは、以前から自分の魅力をルックスに限定していたように思う。
僕が何度はかりちゃんは歌や演技も才能あるって言っても、認めてくれなかった。
今のはかりちゃんにはもっと響かない気がした。
「雪見くんにもね、別れようって言っちゃった」
あ、本当だったんだ。
「それは……顔に傷が残るから?」
「そう。こんな顔、もう雪見くんに見せられない」
やっぱりそういうことか。でも、僕は思う。
「雪見くんって見た目で判断する人なの?」
少し語気が強くなってしまった。
僕は、雪見くんが好きだけど、はかりちゃんの恋がこんな形で終わるのは嫌だと思った。
「……違うかもしれない。でも、私がもう嫌なの。可愛くない自分で会いたくない」
「雪見くんは納得したの?」
「一方的に言ったから分からない……ぐす……悪いことしたと思う……最低だよね私……」
こんな、弱くて、力のない計屋はかりのこと、もう見てられなかった。
「じゃあ、僕が雪見くんのこと取っちゃってもいいの?」
発破をかける思いで、踏み込んでみる。
「え……?」
はかりちゃんが大きな目をさらに大きく開いて僕を見る。
「恋々坂第一位の計屋はかりが、僕なんかに負けちゃっていいの」
立ち上がってはかりちゃん。
するとはかりちゃんは、そっかーと小さく呟いて、僕のことをまっすぐ見た。
「京子、雪見くんのこと好きだったのね。うん……。そりゃ好きになっちゃうよね。今まで私、雪見くんの話ばっかり。貴女にひどいことしてたわ……ごめんなさい」
あ、あれ……。
僕が思ってた反応と違う……。
「は、はかりちゃん、僕が言いたいのはそうじゃなくて、正々堂々勝負したいってこと!」
「ふふ……。京子と私じゃ勝負にならないでしょ……。私なんて本当に顔だけの人間だったんだから。あー、それにしても雪見くんモテるなー、ふふ」
重症だ。いや重傷なんだけど。
「は、はかりちゃんが元気になるまで勝負はお預けっ」
「私の顔はもう治らないわ。それに、よく考えたら本当に嫌味とかじゃなくて京子が雪見くんと付き合ってくれたら嬉しい気がしてきた……うん、良かった……」
そう言ってまたはかりちゃんはしくしく泣き出した。
どうしようもなかった。
僕は無力だ。
ちょうど扉が開いて佐崎さんが入ってくる。
佐崎さんに近寄って挨拶して、はかりちゃんの様子を伝える。
佐崎さんは小声で伝えてくる。
「昨夜から一晩中この様子だったんです。あとは任せてください」
そうさせてもらうことにした。
そろそろ仕事に向かわなきゃいけない。
最後にはかりちゃんのそばに行って、言う。
「はかりちゃん、僕は絶対これからも仲良くするからね」
はかりちゃんから涙声で感謝の言葉が返ってきて、少しだけ救われた。
ーーーーーー☆彡
病院を出て、歩きながら通話をかける。
もちろん相手は彼。
「もしもし、僕です」
「どうした」
「はかりちゃん、元気になるまでしばらくかかりそう」
「……そうか、わかった」
僕は、昨日今日で生まれたモヤモヤした感情を、ぶつける。
「それでね、雪見くんにひとつ言いたいことがある」
「なんだ?」
「あんまり僕のこと、馬鹿にしないで」
「……」
雪見くんの息をのむ音が聞こえる。
「はっきり言うけど、僕、君のこと好きだから。はかりちゃんとの仲を取り持つなんて、しないから」
「……わかった」
「今色んなことにイライラしてるから、半分八つ当たりかも。ごめんなさい」
「……いや、悪かった。反省する。伝えてくれてありがとう」
「うん……また連絡するね」
「ああ」
通話を切って歩き出す。
昨日の会場での出来事、病室でのはかりちゃん、それに追い打ちをかけるような言葉を放った自分。
大声で泣き喚きながら蹲りたい気分だった。
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