32 雪見有希「……妹だから。一緒にいる。ずっと」
「雪見くん、一つお願いがあるの」
計屋の震える声に俺はこう返した。
「何でも叶えてやる」
本当に何でも叶えるつもりだった。
もう取り返しがつかないが、そうするしかないと思った。
だが俺の言葉に計屋はかりはこう返した。
「私と、別れてください」
決意が込められた声だった。
直前まで震えていた声が、急に芯を持ったように感じた。
ただ言葉が頭に入ってきたのに、意味を理解するのに時間がかかった。
でも確かにそうか、と思った。
俺は計屋を守れなかったんだ。
「……計屋。俺は、今日のお前を見て、眩しいなと思った。頑張ってるんだなって思ったよ」
「……うん」
何が言いたいんだ俺は。
「俺は、正直最初お前のことが好きじゃなかったんだ」
「……うん」
違う。
もっと、別の、何か。
「でも今は、一緒にいて楽しいって感じたりする。まだ分からないけど、もっとお前のことが知りたいんだ。だから……」
そう、今の俺の思いは……。
「雪見くん、ありがとう」
俺の続く言葉を遮るように、計屋の声が響く。
「計屋、俺は……」
俺は続ける。続けようとする。
でも、それは叶わない。
計屋が言う。
「私の願いを叶えて。綺麗な私のままでいさせて。さようなら」
「…………」
通話は一方的に切れた。
最後の声は、美しい声だったけど、また震えていた。
俺はまとまらない感情を伝えきることができなかった。
スマホが曲がりそうになるほど強く握った。
床に叩きつけようとして、やめる。
のろのろとソファに腰掛けて頭を抱える。
もう何も考えたくなかった。
自室に帰る気力もなかった。
「……お兄ちゃん」
隣に有希が座るのが分かった。
様子を窺っていたのだろう。
でも今は誰とも一緒にいたくなかった。
「有希、悪いけど一人にしてくれるか」
「ううん、ここにいる」
普段絶対に湧かない不快感に吐きそうになる。
暴力的な感情が顔をのぞく。
嫌だ。
やめてくれ。
視界が明滅するように感じた。
「なんでだよ。一人にしてくれよ……」
「イヤ」
頭の中で何かが切れた。
彼女一人守れない男に近寄るんじゃねぇよ。
何で分からねぇんだ。
「一人にしてくれって、言ってるだろ!!」
有希の肩を掴み、ソファの背に押し付ける。
思い通りにならないすべてに破壊感情が募った。
「……妹だから。一緒にいる。ずっと」
有希の声は、怒るでもなく、憐れむでもなく、ただ平坦なものだった。
目も同様に、いつもの、俺が愛してる有希そのもだった。
手のひらから力が抜けていく。
俺は、なんてことを。
「…………」
有希がするりと俺の身体を受け止めて、抱きしめてくる。
知らないうちに荒くなっていた呼吸が穏やかになっていく。
「有希、ごめん。痛かったな。本当にごめん」
「落ち着いた?」
「うん……」
有希が身体を少し放し、顔をこちらに向けてから、微笑む。
「あたしになら、いいよ。でも他の女の子にこんなことしたらダメなんだからね」
ーーーーーー☆彡
それから、夜遅くまで、大きなソファに二人で身を寄せ合って会話をした。
最初は、俺の心のうちを、有希に吐き出した。
門田アキラを倒したあと、さっさとノコギリを奪って動けば良かった。
俺が自由に動ければ、計屋が壁に挟まれる前に間に入れた。
俺の選択次第で彼女を守れた。
自分が情けない、と。
有希は肯定も否定もせず聞いてくれる。
そして有希から、門田アキラが殺人未遂で逮捕されたことを聞く。
それから、門田アキラの動機も。
奴は元の素行不良に加えトレトレの暴露配信で名前が挙がったことが決定打になって事務所を出禁になったらしい。
もちろん恋々坂のイベントなんて言語道断。
奴はその措置に逆ギレして気が狂ってしまった。
有名プロデューサーの息子という肩書きを失った奴には何も無かった。
そして復讐しか考えられなくなった。
原因はすべて計屋はかりだと思い込み、かつての好意が裏返って殺意までいった。
正直、力が抜けてしまった。
なんだよそれ。
俺はあまり人の気持ちが分からないが、ここまで理解できない人間はいなかった。
有希に背中をさすられる。
それにしても、と思う。
俺があの暴露配信をぶっ潰さなかったらこうはならなかったのだろうか。
いや、違う。
そもそも計屋はかりの告白を受けなかったら。
目の前で、計屋が質量のある壁に押しつぶされるシーンがフラッシュバックする。
始まりは、俺だ。
結局俺なんだ。
涙がにじみ、嘔気に苦しむ。
有希が強く抱きしめてくる。
「お兄ちゃん、人と関わるってことは、こういうことなの」
……じゃあもう俺は誰とも関わりたくないよ。
「だーめ。人生これから長いんだから。人は一人じゃ生きていけないの」
有希さえいればいいよ。
「だーめ。そんなお兄ちゃん見たらママが泣くよ」
俺の妹は優しいのに、厳しいことを言う。
有希はその後もずっと一緒にいてくれた。
今しか言えないと思ったことや、とりとめのない雑談まで、語りつくした。
二人ともベッドにもいかず、ソファの上で眠りに落ちていった。
ーーーーーー☆彡
翌朝、というよりすでに昼頃になっていた。
ソファで寝たせいで、身体は節々が少し固まっている。
対照的に気持ちはすっきりしていた。
有希のおかげだ。
その有希もブランケットの下からもぞもぞと出てきた。
「おはにょ」
俺の妹は寝起きでも変な挨拶でも天使のように可愛らしい。
「おはよう有希。昨日はありがとう」
「いぇーいぇー」
いえいえが変な言い方になってる。まだ寝ぼけてるな。
「決めたよ。俺はまた計屋に好きになってもらえるように頑張る」
「おおー、さすがお兄ちゃん」
「俺が存在するせいで計屋は傷を負った。でも俺は悪くない。悪いのは犯罪者だ」
「そのとぉり。うんうん」
「計屋は俺に幻滅して別れを切り出した。なんとかして挽回してみせる」
「うん? ええ……?」
まだ有希は頭が回ってないようだな。
きょとんとした顔をしている。
「有希、女子がされて嬉しいアプローチを教えてくれ」
「なんか今のお兄ちゃんには教えたくない……というか幻滅したって本当? はかりちゃんが言ったの?」
「ああ」
……言ったよな? 言ってなくても普通そうだろ。
自分ひとりも守ってくれない彼氏なんて幻滅するのが当たり前。
フラれるのも仕方ない。
「んん~~??」
目を細めて眉間にしわを寄せる有希。
何やら考えているが、俺の手助けはしてくれないようだ。
有希は昔から俺の恋愛に関しては手を貸してくれない気がする。
仕方ない。
京子に聞くか。
善は急げ。通話をかける。
「……もッ、もしもし!?」
なにやら動揺してる。
「京子、おはよう。相談いいか?」
「う、うん。昨日は本当に大変だったね……。相談って?」
動揺した後は声が沈んでる。京子も現場にいたもんな。京子は無事で良かった。
「計屋にフラれた。よりを戻したい。協力してくれ」
単刀直入に言う。
余談だが俺の座右の銘は単刀直入である。
「へ? ……えぇええええ!?」
沈んでた声がホップアップするように浮き上がる。
感情豊かだなこいつは。
「お前が計屋に一番近い。俺のこともある程度知ってる。適任だと思うが」
了承してくれるよう後押ししてみる。
「…………雪見くん、大っ嫌い」
なっ……。切られた……。
反抗期か? あんなに小さいのに……。
ジト目の有希が近寄ってきた。
「お兄ちゃん、それはひどいよ」
「まぁ京子は最初から反対してそうだったもんな」
「あのね……まぁいいや」
なんか有希に匙を投げられた。あくびをしながら部屋を出ていく有希。
あれ、有希?
ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったのか?
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