29 雪見有希「お兄ちゃんは別にあたしのものじゃないけど、あたしはお兄ちゃんのものなんだからね」
あたし、雪見有希は考えていた。
最近のお兄ちゃんは、それなりに機嫌が良い。
あたし達のママが星になってから、お兄ちゃんはこれまで大変な時期が何度もあった。
喧嘩を売られに夜な夜な街を出歩いて気づいたら舎弟が何人もできたり、
変な宗教にハマりかけて何故か最後は壊滅させたり、
オンラインゲームを食事も摂らずやり込んで死にかけたり。
他にも色々あった。本当に大変だった。
あたしが泣いて訴えるたびに、元の優しくてあたしのことが大好きな兄に戻ってくれたけど。
あたしが年齢のわりに色々できるのは、半分くらいお兄ちゃんのせいなんじゃないのかと思ってる。
そんなあたしにとって、ついこの間、自分の兄が国民的アイドル計屋はかりと付き合い始めたことも、正直そこまで大きな問題ではなかった。
そりゃ驚いたけどね。
まぁ、あたしのお兄ちゃんだしって、どこか誇らしい気持ちにもなったくらい。
あたしはお兄ちゃんが恋々坂第一位のアイドルに負けてるとは全く思わない。
関わる機会が無かっただけで、そばにいたら好きになるに決まってる。
ただ、最近の兄はさすがにモテ過ぎてる気がする。
時刻は夜、あたしは間接照明に照らされたリビングで、そのモテ過ぎる兄と大きなソファに座ってまったりしている。
お兄ちゃんはオットマンに足を伸ばしてテレビで録画したダーウィンが来た!を真剣に見ている。
あまりにも真剣だから、お兄ちゃんは人間より動物の方が好きなんじゃないかと思う。
あたしより鳥が好き、とか言われたら凹んじゃうから聞けないけれど。
急に寂しくなったあたしは、もぞもぞと移動してお兄ちゃんの太ももに頭を乗せる。あったかい。いい匂い。
薄手のブランケットにくるまってその温度を逃がさないように丸まる。
下からお兄ちゃんを見上げる。
お兄ちゃんはあたしに目もくれないけど、片手で優しく髪を撫でてくれる。
気持ちいい。
繊細な手つきは、それだけで性的な魅力に溢れていた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「最近機嫌いいね。どうして?」
おどけた口調で問いかける。
「そうか? 有希が元気だからかな」
んもう。うれし。
素でこういうこと言っちゃうからなこの兄は。
そしてたぶん、心からそう思ってくれてる。
そう信じてる。
「はかりちゃんとは上手くいってるの」
さぁ調査の始まりだ。
最近モテ過ぎ問題を追及していく。
「どうだろうな。そろそろフラれるかも」
フフ、とテレビを見ながら薄く笑う兄。
あたしは、たまに発作のように来るはかりちゃんからの雪見くん好き好きRINEを思い出す。
長文で、お兄ちゃんのどういうところがカッコイイとか素敵とか素晴らしいとか、取り留めのない内容が続いている。
読むのもゲンナリするほど支離滅裂な時もあるけど、お兄ちゃんを良く言われて嬉しいので、楽しみにしている。
とにかくはかりちゃんは順調に沼ってます、はい。
ただ、そろそろフラれるかもという予想は、簡単に否定できない。
お兄ちゃんはこれまでも何人か彼女を作ったことがあるけど、いつもフラれてきた。
基本的に兄は本心を見せない。
女の子たちは、最初は浮かれていて気づかない。
でも時間が経つと段々不安になってくる。
この人は本当に自分のことを好きなのか? ってね。
兄の元カノたちは皆そうだった。
勝手に好きになって、勝手に理想を抱いて、何を考えてるか分からない兄に不安になって、自滅。
自分を見つめてくる目が、自分を見てないことに気づいてしまうらしい。
あたしから言わせれば。
他人の心なんてどこまでいっても想像でしかないんだから、お兄ちゃんの行動を信じればいいのにっていつも思う。
まぁ、女子として、ちゃんと言葉が欲しいって気持ちも分かるけどね。
あたしは血の繋がりっていう他の子にはない本物を持ってるから、心にゆとりがあるのは自覚してます。
もし、これがただの他人で、運良く兄の人生に関われた……くらいの彼女ポジションだったらと思うと、確かに冷静じゃいられないかも。
感情にまかせて「勝手に助けて、去っていくなんて許さない!」とか言っちゃうかも。
……はかりちゃんはどうなるかな。
変わってるけど自分に自信がありそうだから、案外上手くいくのかもしれない。
たしかにあの国宝級の顔を持っていたら兄のそばにいてもネガティブな気持ちにならないかも。
雑談がてら他の可能性も探ってみる。
「京子ちゃんのことはどう思う?」
「京子? 泣き虫だけどいいやつ」
「お母さんも良い人だよね」
そう、京子ちゃんは家族も良い感じ。
小夜子さん、良い人だったな。家の空気が良かった。
母子家庭みたいだけど、これまで色んな努力してきたんだろうな。
また近いうちに遊びにいきたい。
あと泣き虫なのはお兄ちゃんがいじめるからだと思います。
でも兄がいじめる子なんて初めてだと思う。
もしかすると、あるのかな。
好きだからこそ、みたいな。
高校生にもなってそんなことないか。でも、お兄ちゃんならありうる。
えーと次は。
「澪ちゃんのことはどう思う?」
「火法輪か……。いつもがんばってる。いざという時に頼りになる」
ふむ。身体がリラックスしてる。
好感触だね。。本当の信頼が窺える。
それにあたしはお兄ちゃんが澪ちゃんのグラビアが載ってる雑誌を買ってるのを知ってる。
けっこう脈あると思うんだけどなー。
ていうぬお兄ちゃんって胸の大きな女性か好きなんだろうな。
あたしは……これからです。
ママも凄かったし、将来ちゃんと育つはずだ。
未来があればの話だけど。
「スタイルも良いし、澪ちゃんと付き合いたいと思う?」
「俺なんか相手にしないだろ。あいつの人気はすごいからな」
うーん、澪ちゃん残念。
まったく動揺しません。
アタックが足りてませんね。
あと、澪ちゃんは名前で呼ばれてないことに気付いた。可哀想。
今、まわりにいる人の中では澪ちゃんが一番古参なんだけどなー。
次。
「双葉ちゃんのことはどう思う?」
「双葉は……料理が上手い。最近弁当持ってきてくれるからありがたい」
「へぇ……!!」
おー、すごいな双葉ちゃん。
ていうかいいなー。あたしも双葉ちゃんのお弁当食べたい。こないだ食べさせてくれたご飯、美味しかった。
「でもなんか、こないだママになりたい? とか言われてびっくりしたな」
「えぇ………………」
双葉ちゃん……。
なんか空回りしてますね。
母性が刺激される気持ちは分からないでもないけど。
本人に言うのはこわいよ。
双葉ちゃんに今度会ったらいじってあげようとか思ってると、兄からカウンターがきた。
「有希はどうなんだ? クラスに好きな男子とかいないのか」
頭が真っ白になった。
真っ白になったあと、真っ赤になった。
「……は? いるわけないじゃん。
クラスの男子なんて、はっきり言って全員猿だよ猿。うるさいし馬鹿ばっかりだし、中学二年にもなって女子とまともに会話できないやつがほっとんど。アプローチしてくるかと思ったら他人を介してってパターンしかなくて呆れるし、今まであたしに真っ直ぐ勝負してくる人なんて見たことない。大体ね、兄を持つ妹が同級生を魅力的に感じるわけないでしょ。お兄ちゃんって自分がどういう存在か分かってるの? 顔がかっこよくて、スタイル良くて、スポーツ万能で、誰かをいつも助けて、声が優しくて。こんな人お兄ちゃん以外に存在しない。あたしに好きな人、ましてや彼氏なんて出来るわけない。お兄ちゃんはね、もっとちゃんと考えて発言してください」
「……ご、ごめん有希。悪かった」
「うん。分かってくれたならいいの」
…………あれ、気づいたらあたしは身体を起こしてお兄ちゃんの首を絞めてる。
結構な力が入ってる。
お兄ちゃんは虎の尾を踏んだかのように怯えてる。
めちゃくちゃ強いお兄ちゃんが、あたしには怯えてる。
正直ちょっといけない扉が開いた気がした。
「反省してる。だから、落ち着いてくれ」
落ち着いてるよ。
どきどきしてるけど、落ち着いてる。
「あたしが感情的になるのはね、お兄ちゃんがクール過ぎるから、そのかわりなんだからね」
兄妹は、二人でひとつ。足りないところを補い合ってるの。
分かってるの?
「分かった」
コクコクと頷くお兄ちゃんを見てたら、本当に落ち着いてきた。
こうなると、さっきは本当に錯乱してたことが分かる。
だからこれから言うことは、正真正銘、冷静で、心からの言葉。
「お兄ちゃんは別にあたしのものじゃないけど、あたしはお兄ちゃんのものなんだからね」
分かってるの?
そこんとこ、よろしくね。
再び横になってお兄ちゃんに抱きつく。
額を擦りつけながら、なんだかマーキングする動物みたいだなと思った。
でも、それで良かった。
お兄ちゃんは人間より動物の方が好きだから。
あたしの頭をさっきより、おっかなびっくり、ぎこちない手つきて撫でてくれるお兄ちゃん。
あたしはお兄ちゃんのことが、心から愛おしいと思った。
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しばらく閑話が続いてすいません。
次回からストーリーに戻る予定です。
なるべく毎日更新がんばります。
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