28 小浮双葉「分かった。雪見くんのママになるね」

 

 私、小浮双葉は、授業中の彼を飽きることなく見つめていた。


 彼とは、もちろん雪見くんのことだ。

 つい最近席替えをしたので、私の左斜め前が雪見くんの席。


 それまでは隣同士の席だったから、最初は大いに凹んだ。

 でも今、これはこれで良いなと思ってる。


 だって、ずっと一方的に見ていられるから。

 誰にもバレないように、顔がニヤけないように見つめる。


 この何日か雪見くんを観察して分かったこと。


 雪見くんは、普段あまり授業を聞いていない。

 国語や世界史なんかは特にそうで、左手で頬杖をついて、右手でペンを握ってるけれど、音もなく寝てることが多い。


 全然頭が揺れないから器用だな、と思う。

 それに、その状態で教師に当てられても、一瞬で覚醒する。

 そして何も焦らず「分かりません」と堂々と答える。

 まっすぐ教師を見ながら言うからすごい。


 そりゃ寝てたからそうだろうけど、最初見た時は思わず笑ってしまった。

 あとから雪見くんに「わらうなよ」って注意されたけど、面白かったから仕方ない。


 でも数学は好きなんだろうなと感じる。

 今受けてる授業みたいに、数学だけは教師の説明は聞かずに自分で問題を解いて、あとから答えだけを聞く。そういうスタイルで授業を受けているように見える。


 ……そんなことまで把握してる私ってキモいかな。

 完全に雪見オタロードを歩き始めてる。


 そんな雪見くんは恋々坂第一位のアイドル計屋はかりと付き合っていて、

 週刊誌の表紙を飾りまくるグラビアアイドル火法輪澪に想いを寄せられている。

 稀に見るモテ男だ。


 でも、その二人は授業中の雪見くんを知らない。


 私だけが知ってる。


 これは、私の特権なのです。


 なんてことを考えてたからか、罰が当たった。


「じゃあ次、小浮さん。問8の答えは?」


 わ。

 授業を何にも聞いていなかったツケが回ってきた。

 怒ると面倒臭いと評判の教師に当てられ、焦る。


「……えっと。えーー……、あ、1+√3です」


 教師がなんだ分かったのか、と意外そうな表情でよろしい、と言った。

 助かった。


 腕に巻いたスマホと連動してる時計に、1+√3というメッセージが入っている。


 こんなことをしてくれるのは一人しかいない。

 何も言わずに私を助けてくれた人のことを再び見つめる。


 ありがとう雪見くん。

 でも、そういう優しさが、私を沼に落としていくんだよ。




 ーーーーーー☆彡




 昼休み、屋上の隅に、行く。

 雪見くんの特等席へ向かう。


 私は、雪見くんにお弁当をつくるようになって、数日が経っていた。

 発端はこの前、有希ちゃんがケーキ屋さんで倒れてしまった日に、雪見家で料理を振舞ったことだと思う。



 あまりにも美味しそうに食べてくれるから、嬉しくて。

 その喜ぶ顔がもう一度見たくて。

 数日後に勝手にお弁当を用意したら、それはもう頬の緩んだ顔で食べてくれて可愛かった。


 それ以来私は出来るだけ昼休みは雪見くんにお弁当を振る舞っている。


 そして今日も、持ってきている。

 授業中助けてくれたお礼もしたいし、早く話がしたい。


 足早に急ぐ。


 今日は澪ちゃんから撮影で学校を休むって連絡が来ていた。

 私と澪ちゃんは、出会ってすぐなのに、かなり仲が良いと思う。

 それでも、恋愛のライバルだ。


 三人でいるときは、お互い雪見くんにアタックはしない。

 澪ちゃんが私より奥手なのもあるけど、自然とそういうルールにはなっていた。

 

 だけど、この昼休みは雪見くんと二人、遠慮なくいかせてもらう。



 そう考えていた。


 ……先に人がいることに気付くまでは。





 ーーーーーー☆彡





 見たこともないが、見ただけで分かる可愛らしい女子生徒が詰め寄っていた。

 雪見くんに。



「雪見先輩、どうして返信くれないんですか」


「忙しいから」


 雪見くんが少し冷めた目で答えてる。ちょっと怖い。

 後輩なのか。


「なっ……! 忙しいからって……! こんなにも先輩のこと想ってるのに……」


「悪いけど、彼女ができたから。夜中に通話とかはもうできない」


「嘘。先輩と付き合える人なんていません」


 この人は雪見くんの何を知っているんだろう。

 しかし何やら結構な愛憎を感じる。


「できたんだ」


 雪見くんは、諭すような声色で伝える。


「……誰ですか、相手は」


「計屋はかり」


「馬鹿にするのも大概にして!! 鋭花をネットの有象無象と一緒にしないでください!!」


 まぁそうなるよね。あと、自分のこと名前で呼ぶタイプなんだ。


「……」


 雪見くんが黙ったので、怒る女子生徒をよく見てみる。


 ……この子、たぶん一年生で評判の子だ。

 さっき口走った名前で気づいた。

 私は陰キャ女子なので詳しくないけど、確か、ギャル系女性誌の専属モデルだったような。


 見たことない子なのに聞きかじっただけの情報で本人に思い当たるってすごいよね。

 それだけ有名人ってことかな。

 澪ちゃんとはまた違ったオーラがある。


 名前は、北爪きたづめ鋭花えいかさんだったと思う。


 ミニスカートから伸びるスラッとした足が、美しい。

 切れ長の目が、少し派手なピアスが、ウルフカットによく似合っている。


「……気まぐれで勝手に助けて、去っていくなんて許さないですから」


 吐き捨てるように言って、踵を返す。


「鋭花」


 うわ、下の名前呼び。

 聞いちゃいけないことを聞いてしまった気分になった。


 北爪鋭花さんは、雪見くんを無視してこっちに歩いてくる。


 私に気付いて、私が持ってる二つの弁当箱を見て、最後に私の顔を見た。

 ……なんか嫌だな。


「あの人、危ないから気をつけた方がいいですよ」


 うわ、話しかけてきた。


「……知ってるよ」


 一応先輩なので、初対面で怖いけど言葉を返す。


「……へぇ」


 もう一度北爪さんは私をじろじろ見て、主に私の胸を見たあと、舌打ちした。


 ギャルこわ。


 去っていく彼女を見送り、雪見くんの元へ行く。

 忘れよう。




 ーーーーーー☆彡




 テーブルに弁当を置き、雪見くんの隣に座った。


「今日は、昨日作った肉じゃががメインだよ」


「おおー」


 さっき見たやりとりは無かったかのように彼との時間を過ごすことにする。


 ……そりゃ、あの後輩モデルちゃんとの関係は正直言って気になる。


 彼女の言葉を思い出す。


『……気まぐれで勝手に助けて、去っていくなんて許さないですから』


 あの子も、私の時みたいに、さらっと助けてしまったのだろうか。

 そして助けられた彼女は、恋に落ちたんだろうな。

 雪見くんからすれば、下心もない手助けで勝手に惚れられて、大変だ。


 ふふ。私も同じだから笑えない。


 衝動的に雪見くんに自分のことをどう思ってるのか聞き出したくなる。


 でも私は、そもそも人に踏み込むのがあまり好きじゃない。

 それは雪見くんに対しても同じことだった。


 それに、今は、一緒にいて満たされる何かにただ従いたい。

 無責任だろうか。

 もし未来で悲しむ自分がいるなら、ごめんなさいとだけ言っておく。



「美味しい」



 一口食べた雪見くんがぽつりと言って、もくもくと食べ始めた。


 そして食べながら、料理の工程を聞いてくる。

 これはいつものことだった。


 勝手な想像で、口が裂けても言えないことだけど……。


 おそらく、雪見くんは亡くなったお母様とよくこういう会話をしていたんじゃないだろうか。


 私の説明に目を丸くして感嘆する様子は、幼い頃の彼を想起させた。

 そしてそれは普段大人びてクールな雪見くんからすると、大きなギャップになる。



 ……正直言って母性がやばかった。



 雪見くんのご飯を毎日毎食つくってあげたいと思うほどに。


 今また、彼がお箸でおかずを掴んで、少し首を傾けて聞いてくる。


「双葉、これは?」


 無防備で幸せそうな顔が、もうたまらない。


「……」


「双葉?」


 不思議そうな顔になった雪見くんに向けて言い放つ。


「分かった。雪見くんのママになるね」


「はぁ?」


 雪見くんがぽわぽわ状態からスッと通常クール男に戻ってしまった。


「じょ、冗談冗談……」


 何を言ってるんだ私は。焦った。

 心の奥底の願望が溢れ出してしまったのか。


 たぶん、インターネットに浸かりすぎてる弊害が出てしまった。

 だって普段の配信とかで「〇〇ママ~」とかいうコメントがよく来るから。


 ていうかこれが私の願望なのか。


 私は配信をマネタイズしてるので、それなりに貯金もある。

 雪見くんなら、働かなくても家にいてくれるだけで幸せな気がしてきた。


 ……悪い話じゃないかも。



 好きな人を養いたいと思うなんて、おかしいですか?










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