25 計屋はかり「……デートとかしてみたいです」
私、計屋はかりは祈るような気持ちでパソコンの前にいた。
事務所の会議室で、佐崎さんと二人で。
「口から心臓が飛びでそう」
「はかり……」
隣で佐崎さんが心配そうに肩に触れてくれる。
午後九時、これからトレトレの暴露配信が始まる。
私と、雪見くんが暴露される。
「やっぱり、直接トレトレに連絡取って私の引退と引き換えに止めてもらうとか出来ないかな!?」
もう、いても立ってもいられない。
私はどうなってもいい。
色んな人に迷惑がかかるだろうけど、いい。
でも雪見くんは、本当に巻き込まれただけなのに、生活を脅かされてる。
耐えられなかった。
「落ち着いてはかり。雪見さん達は大丈夫だと言いました。貝柱も指示通り食事にいったし、保険もかけている」
「うん……」
有希ちゃんと佐崎さんが連絡を取り合って、貝柱さんを動かしたらしい。
内容は知らないけど弱みを握っていたみたいで素直に実行してくれた。
有希ちゃんと佐崎さんって良いコンビだとちょっと思った。
頭が良くて仕事ができる。
私とは違う。
私は頭が悪い。
頭が悪いから、これだけ迷惑かけても雪見くんと別れたくないと思うし、先のことが想像できない。
だから、祈ることしかできなかった。
雪見くんの作戦が成功しますように。
ーーーーーー☆彡
配信が中断されたあと、つまり雪見くんが成功したあと、私は脱力した格好で机に突っ伏していた。
佐崎さんは「本当に成功するとは……」と呟いて私の頭を撫でたあと、緊急会議に行ってしまった。
私も思う。すごいよ雪見くん、有希ちゃん。
今週は、本当に色々あった……。
たった五日前のドッキリ配信が数か月前のことのように思えた。
そして昨日、彼に言われた言葉を思い出す。
『計屋、彼氏の俺が来てるのに元気ないじゃないか』
『急に俺に告白してきたお前はどこにいったんだ?』
クールで、何を考えてるか正直分からない人。
でもカッコ良くて、そばにいたい。
無性に雪見くんに会いたかった。
お礼と、今自分の中で渦巻いてる気持ちを全部伝えたかった。
私の思いが通じたのか、RINEの通知が鳴る。
雪見くん【成功したから安心してくれ】
……もう無理だった。メッセージが目に入った瞬間に、通話をかける。
「もしもし、雪見くん」
「もしもし」
良かった。出てくれた。
「……ありがとう。本当に」
「俺自身のためでもあったからな。しばらくは大丈夫だと思う」
安心させるような声色。緊張がほぐれていく。
「雪見くんってさ、何でもできるの?」
「まぁ、俺の内側の人のためなら、何でもできるだろうな」
内側。
私がそれに入ってるかどうかは怖くて聞けなかった。
それでも、勇気をもって踏み出してみる。
「そう。雪見くん、私のお願いってどこまで聞いてくれる?」
「お願いによる」
昨日、雪見くんと別れないといけないかもしれないと思った時の気持ちを思い出す。
私のお願い、聞いて。
「……デートとかしてみたいです」
ーーーーーー☆彡
翌日、日曜日。
心ここにあらずといった私は何とか夕方まで仕事をこなした。
そして一度帰ってから身体を綺麗にして、駅前にきた。
私はロングの髪を一つにまとめて普段やらないお団子にし、黒いフレームのレンズ無しの眼鏡をかけている。
彼から派手じゃなくて本人とバレない格好という条件をつけられていたので、黒スキニーと無地の白T、重すぎない黒のライダースを着て、マスクもちゃんとつけた。
本当はもっとしたい恰好があったけど仕方ない。
私、雪見くんの言うこと聞きます。
十分ほど待っていたら、もう何度も男に声をかけられた。
シンプルでどちらかというと地味な服装なのに。
これまではナンパなんて道端のゴミくらいに思っていたのに、今はもっと来て欲しいと思える。
というのも。
「彼氏を待ってるので!」
満面の笑みでこう言えることに気付いたから。
これでもう何人も撃墜してきた。
気持ちいい。
そう、私いま、彼氏を待ってます。
「ごめん、待った?」
はいはい、待たせてたパターンのナンパね。
食らえ!
「私~、今、大好きな彼氏を待って……」
振り向きながらそう言い始めたら、目に入ってきた。
ナンパ男ではなく、私の彼氏が。
「ぎゃー!!」
「どんな反応だよ」
薄く笑ってる雪見くんがいた。
恥ずかしい。恥ずかしいけどガン見する。
変装? なのかな。雪見くんも黒縁眼鏡をかけてる。
やば。私、眼鏡男子好きかも。
「眼鏡似合ってるね。おそろい」
「一応な。計屋も似合ってるけど……やっぱりオーラあるなぁ」
「オーラあるって……可愛いってこと?」
「うん」
「~~~!!」
きゃー!!!うれしい!!!
声にならない声で叫ぶ。
ハァ……ハァ……やばいわ。
待ち合わせだけでこんなに楽しいなんて。
心臓が死ぬ。
「前から行きたかったパンケーキ屋があるんだ。計屋は甘いもの大丈夫?」
「大丈夫!」
「良かった。じゃあ行こうか」
並んで歩きだす。
雪見くんは私に一言いってから、歩きながらお店に予約している。
ちょっとだけ落ち着いてきた。
電話をかける雪見くんの横顔をじっと見つめながら歩く。
かっこいい……。
それに、エスコートされてる感がとても良い。
デートしてるんだ私。
「今日は仕事だったのか?」
電話が終わった雪見くんが問いかけてくる。
「うん。レッスンと収録。雪見くんはバイトどうだった?」
「それなりかな。でも先週の方が忙しかった」
「へー」
「お前らのファンはめちゃくちゃ食べる」
「……あ! 私たちのお渡し会があったから!?」
「そうそう。ちょうど一週間前だな。計屋にドッキリ仕掛けられたの」
少しだけジト目になって私を見てくる。
「ご、ごめんね。今更だけど、ドッキリで告白なんて最低だよねっ」
本当にそう思う。
「ふふ」
雪見くんが笑ってる。
「な、何で笑うの」
「計屋って、変わってるよな」
なんですって!
別に悪い気はしないけど、どう思われてるのかすごく気になる。
でも、とりあえずこう返す。
「雪見くんにだけは言われたくない!」
すると雪見くんは目を見開き、また笑った。
ーーーーーー☆彡
美味しそうにパンケーキを頬張る雪見くんに、私は目を奪われていた。
とても嬉しそうにニコニコと食べている。
なんて可愛いの。
「計屋……俺は幸せだ今」
「私も……」
本当に幸せ。
「分かるか計屋。この絶妙な弾力と口の中に溶けていく柔らかさの両立。素晴らしい……」
……私が感じてる幸せとは種類が違うみたいだけど、それでも良かった。
それから私たちは、お互いのことを話した。
私は会話が面白くないから間が保つか心配だったけど、なぜか雪見くんとは上手く喋れた。
何を言っても受け入れてくれるような気がして、途中から本音で喋りまくってしまった。
もっと笑った顔が見たいと思った。
食べ終わったあと、お手洗いに行って帰ってくると、もう会計が済まされていた。
お礼を言って店を出て、歩く。
私のことを思って奥の方の座席にしてくれたことや、スマートな支払い。
今も自然と車道側を歩く雪見くん。
「……なんか、慣れてるよね」
聞かずにはいられなかった。
「普通だろ」
私も知らないけどたぶん普通の男子高校生はこうじゃない。
「……ちなみに、今まで彼女いたことあるの?」
「あるよ」
自然体。さらっと答えるわね。
「私で何人目なの?」
「何人目って……。……えーと、えー、四人目かな」
四人!? 多い!
それに、なんか思い出すのに時間かかって無かった!?
ふーーーーーーん。
「計屋は?」
「私はあなたが一人目。計屋はかり、雪見くん100パーセント」
「なんだよそれ」
また薄く笑う雪見くん。
私、あなたの笑った顔が好き。
お笑いの勉強しようかしら。
「私、観覧車乗ってみたい。乗ったことないの」
「いいよ」
やったー!
……雪見くんは女の子と乗ったことあるのかな。
まぁいいや。
今は私が彼女なんだ。素直に楽しもう。
二人で駅まで歩く。電車で一駅なのですぐだ。
楽しみ楽しみ。
改札前で佐崎さんから電話がかかってきたので出る。
ジェスチャーで雪見くんに先にホームに降りてもらう。
「もしもし、今とても幸せなはかりです」
「へ?」と珍しく佐崎さんの驚いた声を聞いたあと、仕事の話をした。
ものの二、三分で電話を切り、雪見くんの元へ向かう。
階段を下りてホームに着くと、いた。
「雪見く──」
遠くから声をかけようとした時、雪見くんの目の前をタタタと走る小学生くらいの女子が、こけた。
身体に対して大きすぎるリュックに引っ張られて線路に落ちていくのが、スローモーションで見えた。
「いや──」
私が叫びそうになったとき、雪見くんの手が滑らかに動いて女の子を拾い上げた。
女の子がストンとホームに着地する。
何が起こったのか分からない、といった表情をしていた。
私も見ててよく分からなかった。
まるで落ちる未来が見えてたみたいに最短距離を移動したように見えた。
直後、電車が轟音を立てて入ってくる。
女の子は雪見くんにぺこりと頭を下げたあと、タタタとまた走って行ってしまった。
私は、その場にへたりこみそうになった。
良かった。
なんとか雪見くんの元へ歩いていく。
「雪見くんッ」
「お。仕事の電話だった?」
え……。
あまりにも普通の顔をした雪見くんがそこにいた。
今、あなた、人の命を救いましたよね。
「うん、佐崎さん」
「お前、仲良いんだろあの人と」
え、何を普通に雑談してるんだろうこの人。
まさか自分から言わないつもりなの。
私の中の男の人って、聞いてもないのに自慢話を繰り出してくるものなんだけど。
雪見くんは命を救っても自慢しないんだ。
心臓がばくばくと脈打つのが分かる。
雪見くんの新たな一面を見て、身体が反応してる。
驚きでもあるし、どこか納得してる。
この人はそういう人だ。
私、見る目あったんだ。
雪見くん、かっこいい。
好き。
好き。
電車に乗り込んで吊り革を掴む雪見くんのことを少し下からひたすら見つめる。
好き。
好き。
大好き。
「……どうした? 泣いてんのか」
「ううん」
好き。
……好き。
そこからの記憶は、正直あまり残ってない。
あまりにも幸せ過ぎて、夢の中で行動してるみたいだった。
観覧車にもちゃんと乗ったけど、ふわふわしてる。
ただ、夜景を見下ろす雪見くんの横顔だけはしっかりと心に残ってる。
私、雪見くんに対する漠然とした好意はずっとあった。
それがこの夜、本当の意味で“好き”という形になったと思った。
もう、結婚しかないと思ってる。
結婚して、大きな家で白い犬を飼って、子供もたくさん欲しい。
『計屋って、変わってるよな』
雪見くんの言葉を思い出す。
まだ、キスもしてないのに、私って変わってますか?
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