23 雪見大福「お兄ちゃん、ちょっと悪いことしていいか?」
次の日、俺はいつものごとく屋上で昼食を取っていた。
昨日の夜、有希には色々あるみたいだがとりあえず現状維持だと言って眠りについた。
有希はすっかり元気を取り戻していて、暴露系TouTuberトレトレと門田ジュニアについて調べるといって息巻いていた。夜更かしするなよと伝えたがやる気満々でパソコンに向かっていた。
朝部屋を覗いたら、はしたない姿で爆睡してたので大丈夫だと思うが、無理しないで欲しい。
校庭で昼練をしている生徒を見ながら甘いパンを食べる。
この学校は、部活動も盛んだ。
俺も何か部活に入れば良かったかなと思う。
暇な時間が多いと余計なことを考えてしまうから嫌だ。
今はバイトが趣味みたいになってるが、この前みたいに急に行けなくなったりするのは良くないなと思い始めていた。
理想は自分一人で責任が取れて、お金も稼げること。
何かないか考える。
何でも屋でもやろうかな。依頼がこないか。
……風が気持ちいい。
緩やかな思考は柔らかな五月の風に流されていく。
ここはいつも静かで、心が落ち着く。
「ちょっと! まさかこれほどとはね……私を超える逸材がここにいるのだ……それも……二つも同時にだ……」
「何言ってるの澪ちゃん……」
いつも静かで。
「いやー私もねぇ、自分で結構な方だと思ってたけどなー」
「澪ちゃんほどじゃないから……あんまりじろじろ見ないで……」
静かで……。
「双葉、私と二人でグラビアの天下取りに行かない?」
「やりません!!!」
静かな……俺の昼食タイムを邪魔する二人を見て呟く。
「俺の居場所が……」
少し離れた場所に座る二人、つまり火法輪澪と小浮双葉が俺の方を見てくる。
火法輪は以前からたまに来ていたが、双葉までいる。
「なーに興味無いフリしてんの。見よ!この双葉の最終兵器を!」
「もう……ごめんね雪見くんうるさくして」
双葉は申し訳なさそうに謝ってくるが、火法輪にバックハグされて、胸部が強調されている。
確かにすごい。
パーカーがジッパー付きのものに変わっていた。
もう隠さなくていいのだろうか。
「いや、別にいい。それより相談があるんだが」
「何でしょう」
「ふーん」
火法輪は興味なさそう。
「トレトレってやつ知ってる? なんか暴露するToutuberらしいんだが」
「もちろん知ってるよ。雪見くんの口から出る名前としては意外だけど」
双葉が答える。
火法輪はピンときてない様子。
「何か俺が配信で晒されるらしい。計屋はかりの件らしいが」
昨日、事務所ビルで聞いた話を双葉に説明する。
「……んー、結構やばいかも。今はまだ出てきてないけど、トレトレの配信ならうちの生徒も雪見くんの情報と引き換えに電話出演とかするかもね……」
「訳の分からん世界だなぁ」
本当にそういう感想しかなかった。
あ、もしかして俺が校内で起こした事件とかも暴露されるんだろうか。
何となく俺が標的にされてる理由が少し分かった気がした。
「呑気だね雪見くん……。もしかしたら住所特定とかされるかもしれないよ」
「ああ、それはもう対策として、有希を祖母ちゃん家に避難させようかと思ってる。学校も通える距離だしな」
俺と一緒にいない方が安全ならそうする。
「雪見くんはどうなるの。それに有希ちゃんと離れて大丈夫なの?」
双葉が聞いてくる。
俺が狙われてるなら一緒にいない方がいい。
大丈夫だろ。
いざ会いたくなったらすぐ会える距離だし。
「よく分かんないけど、雪見、一人暮らしになるの? 寂しいなら、わ、私が一緒に住んであげよーか?」
双葉に巻き付いてる火法輪が意味不明なことを言い出す。
それにしてもそうか。
寂しい? ……寂しいかもな。
一人になるのか。
「なに言ってるの澪ちゃん! それなら私の方が料理も出来るし、こないだも美味しいって言ってたし……」
「……双葉、どういうこと?」
「げ。きゃーやめて、ひ、そこ、よわ、あははは!やめっ……んっ……」
じゃれてる二人を横目で見ながら考える。
家に帰って有希がいない。
千佳ちゃんの家に泊まりにいってるわけじゃなく、何日戻ってこないか分からない。
……確かに無理かもしれない。
俺はいつも何でこう考えが浅いんだろうな。
「双葉、ありがとう。俺はやるべきことをやる」
「えっ。えぇ!?」
突然俺に礼を言われた双葉が目を白黒させる。
「帰るわ。先生によろしく」
離れていく俺に向かって火法輪が言う。
「いつでも協力するからなんかあったら言ってよー!」
手を振って屋上を後にした。
ーーーーーー☆彡
俺は学校をサボって昨日行ったばかりの事務所ビルの近くにきていた。
相手に指定されたカフェに入ると、奥の方から控えめに手が上がる。
マネージャーの佐崎さんだ。
今日もパンツルックで仕事のできる人って感じの雰囲気。
「こんにちは。突然お呼びしてすいません。直接話した方がいいと思って」
話しながら向かいの席に座る。
「いえ、こちらも昨日は失礼を……」
……ん?
今日も圧をかけられるかと思ったが、昨日の勢いはなく、しおれてるといった様子の佐崎さん。
「なんか元気がないようですが、大丈夫ですか」
思わず心配になって聞いてしまった。
「あのあと、はかりに長時間思いのたけを聞かされまして、反省している次第です」
なにを喋ったんだろうはかりは。
「そうなんですね。……それで、一つ相談なんですが。昨日教えてもらった暴露配信者についてです」
「はい。トレトレですね。最悪な男です」
「昨日と正反対なことを言ってすいません。配信をめちゃくちゃにしてしまっても良いでしょうか」
「え!? そんなことできるんですか……?」
「いえ、特に方法は思いついてないんですが。計屋に迷惑がかかる可能性もあるので、先に話を通しておこうかなと思いまして」
本当に方法はまったく思いついてない。
「そうですね……。もしはかりと雪見さんが付き合ってる証拠を掴んでるなら、配信が上手くいかないとこちらは助かりますが……」
「正直言うと、俺の過去が暴露される可能性が出てきました。それで、俺は家族を守るために行動したいと思ってます」
佐崎さんは大きく目を見開いた後、ゆっくり頷いて言った。
「応援します。こちらの立場でできることがあればバックアップします」
……この人は、大人なのに高校生の俺を侮りもせず、まっすぐ話を聞いてくれる。
良い人だな。やっぱり計屋のことを大事に思っているんだろう。
最初の印象とは違う。たった一日で壁が無くなってるように感じた。
「ありがとうございます。さっそくですが門田アキラという人についてもう一度詳しく聞きたいのですが……」
俺はとりあえず手札になりそうな情報は何でも集めることにした。
ーーーーーー☆彡
「ただいま」
「おかえり~お兄ちゃんっ」
帰宅そうそうくっついてくる有希をまじまじと見つめる。
柔らかい髪を撫でながら体温を感じる。
「……」
有希と暮らせる幸せを噛みしめる。
「……なーに? あたしのこと見つめて」
首を傾けた有希が俺を見上げてくる。
「お兄ちゃん、ちょっと悪いことしていいか?」
「いいよ!」
即答する有希。
胸の中の空洞が、じわりと満たされる気がした。
同時に覚悟の気持ちが湧いてくる。
「昨日は現状維持って言ったけど、やっぱりトレトレの配信をぶっ壊したいんだ。どんな手を使っても」
有希は俺から離れて真面目な顔になる。
「……分かった。次の配信は明日、土曜の夜21時からだよ。時間ないけど作戦は?」
さすが有希。俺の行動はお見通しか?
「ない。これから考える」
「もうやっぱり。一緒に考えるよ」
さすが俺の妹。
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