22 計屋はかり「……デートとかしてみたかった」


 朝、有希の部屋に様子を見に行く。


 俺がそっとドアを開けるとぱちっと有希の目が開いた。


「おはよう有希。大丈夫か」


「だいぶ元気になったー。ありがとう」


 近づいて、持ってきた水をベッドのサイドボードに置く。


 有希はもぞもぞと座り直して水を手に取り飲んだ。


「ふー、お水おいしい。それで、今日は、はかりちゃんに会うの?」


 俺もベッドに腰掛ける。

 壁際にぺたんと座る有希が可愛い。

 このまま有希と横になりたい気持ちになってくる。


「ああ。あのあと赤森経由で佐崎って人から長文メッセージが来た」


 とりあえずスマホを有希に渡して見てもらう。

 有希の目が高速で右左に揺れる。


「……ふむふむ。今日の放課後いつでもいいと。業界人なのに珍しい丁寧さだね。とにかく文面から全力でお兄ちゃんを攻撃する意思はないって伝えてきてる。ちょっと安心かな。あと仕事できそうこの人」


「ふーん」


 有希の頭を撫でながら再び横にならせる。

 特に抵抗しない有希の首元まで布団をかけてぎゅっぎゅっと押しこむように固める。


「なぁに~」


 けらけら笑う有希。


「いや、布団に閉じ込めておこうと思って」


「いーやーあーつーい……って、はかりちゃんのところ一人で行くってこと?」


 相変わらず察しがいい。


「ああ。もう有希に迷惑かけられん」


 強い意志を持って言う。


 有希はむぅっと唸っただけで納得しているようだ。

 俺の本当の希望はいつも尊重してくれる。


「……無理しないでね」


「うん。それに別に大丈夫だろ。このことは他言無用です、みたいな約束させられるくらいじゃないのか」


 誓約書くらいは書かされるかもな。

 書かねーけど。


「別れろって言われた時どうするかだよね」


 ああそれもか。


「計屋しだいだな。どうなるか分からん」


 不思議そうな目で俺を見てくる有希。


「意外。てっきり別れる方向だと思ってた」


「そうか? 俺はもっと計屋のこと知りたいけどな」


 まだ付き合って三日だしな。


「へぇ」


 なんか有希が珍しい顔をしている。


「有希は計屋のこと嫌いか?」


 ふと気になったので聞いてみる。

 そうなら話は変わってくる。


「ううん。変わってるなとは思うけど。一昨日も喋ってて楽しかったよ。テレビの印象とは全然違うね、いい意味で」


 四人で集まった日、俺は先に赤森を送っていったが、その後のことだろう。


「そっか。まぁでも俺達の生活を脅かすようなら別れるから安心してくれ」


「……うん。とにかく気をつけて」


 念を押してくる有希の頭を撫でたあと、部屋をあとにした。




 ーーーーーー☆彡



 放課後、指定された事務所のビルに向かう。


 綺麗で大きい。

 大きいっていうのはそれだけで威圧感があるな。


 どこに行けばいいかまでは聞いてなかったのでとりあえずエントランスを進む。

 学ランのまま鞄も持たず来たので受付の女性の表情に疑問符が浮かんでる。

 そりゃそうだろうな。


 いらない誤解を与えてもよくないので速やかに話しかける。


「すいません。佐崎さんという方に呼ばれて来たんですが」


「……ああ! はい。伺っております。少々お待ち下さい」


 ものの二、三分で佐崎さんが現れ、案内される。

 軽く挨拶されたあと、ついてくるように言われた。

 後ろを歩きながら思う。

 歩くのが早い。

 背筋からしても仕事のできる女性といった感じだ。


 やたらとデカいエレベーターに乗って二人きりになってから、佐崎さんが話しかけてきた。


「大変申し上げにくいのですが」


 どこか辛そうな、言いづらそうな顔をしている。

 整った眉毛が歪んでいる。


「はい」


「計屋はかりは我々の宝なんです」


「はぁ……」


 なんかとんでもないことを言い出したので、曖昧に答える。

 何が言いたいんだろう。


「それだけは分かっていてください」


 はっきりしない俺に向かって鋭い視線を向けてくる。

 並々ならぬ思いがあるのだろうが、正直どうでもいい。


「分かりました」


 適当に答える。

 それ以降は二人黙って歩いた。


 佐崎さんがカードをかざすとセキュリティのかかっている大部屋の扉が開いた。



「雪見くん!」

「雪見くん……」


 ぱっと明るく声をかけてくる赤森京子と、どこか弱弱しい印象を受ける計屋はかりがいた。


 大部屋の真ん中にぽつんと白い長机があって、計屋と赤森が並んで座っている。


 それの向かい側に俺が座った。

 佐崎さんは側面に立ったままでいる。


「まずは、ご足労いただきありがとうございます。それで、今日は……」


 佐崎さんが話し始める。


 俺は話半分に聞き流しながら、計屋を見る。

 俯いている。こいつってもっと唯我独尊みたいな感じじゃなかったっけ。


「雪見さん、聞いていますか」


 佐崎さんを無視して計屋に問いかける。


「計屋、彼氏の俺が来てるのに元気ないじゃないか」


「……!!」


 弾かれたように顔を上げ、俺のことを凝視する計屋。


「急に俺に告白してきたお前はどこにいったんだ?」


 揶揄うような口調で言った。


「……」


 問いかけるが答えない。

 そして俺のことを見つめながら。


 ツーっと涙を流し始めた。


 うわ、まじか。


「はかりちゃん!?」


 隣で赤森が慌てて計屋の身体に触れる。


「……ふっ……ぐすっ……雪見くん、ごめ、ごめんなさい……」


 泣きながら俺に謝る計屋。


「はかり……」


 佐崎さんも動揺している様子で呟く。


「何がごめんなさいなんだ」


「私とっ……雪見くんのことが、ネットの悪いやつに暴露されるかもしれないっ……」


 そのまま泣き出す計屋。

 そんなに泣くほどのことか。

 ネットの悪いやつってなんだ。


「赤森解説してくれ、素早く、簡潔に。早くしろ」


「なんか僕に雑じゃない!?」


 いや何となく……その方が喜んでる気がするからな……。


「私が説明します」


 計屋が泣き出してからフリーズしていた佐崎さんが動き出した。


 分かりやすく説明してくれる。


 理解しきれなかったところもあるが、要約するとこうだ。


 ネットで他人のスキャンダルを暴露する配信で有名な“トレトレ”というふざけた名前のやつがいる。

 俺には全く理解できないが、暴露されるスキャンダル目当てで結構な人が視聴しにくるらしい。

 アスリートから芸能人まで暴露される人間は多岐にわたる。

 そしてその配信はエンタメ的に盛り上がるらしく、承認欲求からくるタレコミが後をたたないそうだ。

 そのトレトレというやつが次の配信で「計屋はかりと例の男子高校生」について暴露するらしい。

 らしいというのは、その情報を掴んだ人間がいて、それが門田アキラという人間であると。

 門田アキラについて色々説明があったが忘れた。


 ややこしいのがその門田アキラは計屋のことが好きで、暴露を止めようとしているらしい。

 その対価に何かを要求されるかもしれない、と。




「入り組んでるな」


 正直な感想。

 今日はそれを聞かせるために呼んだのだろうか。


「それで、単刀直入に言います。はかりと別れていただけませんか」


 計屋はまだ泣き続けている。

 まぁそうなるか。

 だが。


「そもそも暴露する配信者が俺と計屋の関係を掴んでる確証はあるのか? ただ配信に居合わせただけの高校生という情報しかないんじゃないか?」


 それが疑問だった。

 俺は計屋と付き合ったといってもまだ何もしていない。


 計屋の配信に巻き込まれたのが日曜日で、月曜に付き合った。

 今が木曜日。

 そもそも暴露される内容がないと思うんだよな。


「それは確かに……」


 赤森が同意してくれる。


「計屋」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔の計屋に声をかける。


「……何?」


「俺と別れたいのか?」


 まずはこいつの意志を確認しないといけない。


「……そんなわけない。……デートとかしてみたかった」


 泣きながら震える口をとがらせて計屋が言う。

 じゃあ仕方ない。


「佐崎さん、すいません。別れない方向で」


 佐崎さんに向き直って伝える。


「……は!? あなたは我が社にとってリスクなんです。先ほども言いましたが、計屋はかりは我々の」


 宝────と言う佐崎さんに被せる。


「俺も計屋もお前らのモノじゃない」


「雪見くん……」


 計屋は俺を見つめている。視線を痛いほど感じる。


「話は以上ですか? 俺と計屋の関係が変わったところで暴露の配信内容は変わらないでしょう。門田とかいうやつに借りを作るのも反対です。とりあえず、その配信が終わってからまた話し合いませんか。俺は逃げも隠れもしません」


「しかしッ……」


 渋る佐崎さんの前に立って伝える。


「協力する気はあります。できることは対応しますので。ただあいつの意志も尊重してやってください」


「……分かりました。また連絡します」


 俺の予想だが、佐崎さんは計屋に近しい人なんじゃないか。

 計屋が一度は素直に俺との別れを認めたのもそうだし、佐崎さんの計屋を見る目は確かな愛情を感じることができた。

 計屋が泣き出したとき、赤森より驚いていたこの人のことを思う。


 会社としては俺を遠ざけたいだろうが、本当は計屋のことが第一なんじゃないのか。


「赤森、送ってくれ」


 計屋は化粧がくずれてるし、佐崎さんと話すこともあるだろう。


 赤森と二人で部屋を出て、しばらく歩く。

 エントランス近くまできたので、言う。


「ここまででいいぞ」


「意外だった」


 部屋を出てから黙ってた赤森がまっすぐ俺を見て言った。


「何が」


「てっきり別れるものだと思ってた」


「まぁ、正直どっちでも良かった。でもあいつ、本気だったろ。本気で泣かれたらさすがにな」


 赤森は考え込むように頷いている。


「僕も泣いて泣いて大好きって言おうかな」


「何言ってんだ、じゃあな」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でて、手を振り事務所ビルをあとにした。










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