20 雪見大福「ありがとう火法輪。本当に助かった」
ケーキ屋で可愛い有希を見納めたあと、俺はバイト先のファミレスに来ていた。
ピーク前なのにそれなりに客が入ってるらしい。
店内はすでに賑やかだ。
制服に着替え、キッチンに立つ準備をする。
さっきすれ違った店長から今日は忙しくなると言われたので、上手くキッチンを回すイメージをする。
バイトは好きだ。
難しいことは考えず、ゲームのように効率を求めて業務をこなすだけでいい。
向いていると思う。
将来もし仕事をすることになったら単純作業がやりたいと本気で思ってる。
オンラインゲームにのめり込み過ぎて有希に禁止されてから、バイトは唯一の趣味と言っていいかもしれない。
父親から生活費などはある程度自由に任されてるので、家計的に金に困ってはいない。
しかし俺は、自分のバイト代で妹の有希に何かを買ってあげることに充実感を覚え始めていた。
そうだ。
今日、火法輪を見ていて髪飾りが可愛いと思った。
有希にもプレゼントしたいと思った。
名前が分からないしどこで売ってるか分からないので今度また聞いてみよう。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った。
小浮双葉からの着信。
少し考えて、出る。
有希と一緒にいるはず。
「落ち着いて聞いて。有希ちゃんが倒れちゃった」
言葉が耳に届いた瞬間、スピーカーオンにしてスマホを置き、流れるように着替え始める。
キッチンの制服を脱ぎ捨てる。
「今どこだ」
「今は有希ちゃんと二人で雪見くんのお家。有希ちゃんは大丈夫って言うんだけど、熱もあるし、伝えないとって思って」
「すぐに帰る」
「雪見くん、」
通話を切る。
双葉が何か言いかけてたが時間の無駄だ。
大丈夫なのは分かってる。
大丈夫に決まってる。
それでも顔を見て状態を確認するのは絶対に必要だ。
ロッカーの鍵が開かない、壊すか。苛立つ。何とか開いた。
着替えを終わらせ、早歩きで外に向かう。
足元の感覚が不確かで気持ち悪かった。
バイトに穴をあけることになるな。
みんなに迷惑をかける。分かってるが仕方ない。
レジ近くで唖然とする店長に帰りますとだけ伝えて、返事も聞かず店を飛び出す。
「雪見!」
店の前に、肩で息をしてる火法輪がいた。
自転車を必死に漕いできたんだろう。
真剣な顔でこっちを見ている。
自転車を停めて、こっちに走ってくる。
「どうしてここに」
いるんだ────と言おうとして、抱きしめられた。
俺より少し背の低い火法輪に頭を抱えられる。
やめろ。俺は急いでる。
「大丈夫、落ち着いて雪見。有希ちゃんは大丈夫。昨日今日動きすぎたんだって」
動きすぎ?
そうか、そうだな。
少し動きすぎただけだ。小さい頃からよくなってるやつだ。
俺は知ってる。
「こんなに顔真っ青にしちゃって。有希ちゃんはぐっすり寝てるから。大丈夫だから」
ぐっすり寝てるのか。生きて。
「……ああ」
「バイトも私が代わりに入るから。店長をキッチンに回せば大丈夫」
大丈夫。
ホールに火法輪が入って、店長がキッチンにプラス。
バイトも上手く回るし、有希にも会える。
「……ありがとう」
やっと目線を合わせて言う。
「ん。ちょっと顔色戻ってきた。事故らないようにゆっくり帰ってよ」
急に視界が開けてきた。
車の走る音や、人の話し声が耳に入ってくる。
汗ばむ火法輪を見て、感謝の念が溢れてきた。
ありがとう。
目の前で火法輪の後ろ髪が揺れている。
そのポニーテールを留めてる髪飾りに手をかざして問いかける。
「やっぱり可愛いな」
「へぇ!? な、なに急に!?」
急にもじもじし出した。
あれ、伝わってない。
「これ、どこで売ってるかまた教えて欲しい」
「……あ、ああ。これ、ね。う、うん教える。あとでRINEする」
呆れたような、がっかりしたような顔をしてるが、笑っている。
「ありがとう火法輪。本当に助かった」
「うん! こっちは任せろー!」
力強い平手を背中に受けて歩き出す。
つい数分前に感じた暗く落ちていくような気持ちはもう無くなっていた。
ーーーーーー☆彡
家に着くと、双葉が迎えてくれた。
「おかえり。お邪魔してます」
パーカーを脱いでる。
こいつが家にいるの変な感じだな。
「ただいま。色々迷惑かけたな」
「あれ、思ったより冷静だね。私の電話ブツ切りしたのに」
久々にこいつのニヒルな笑みを見た。
「悪かった。火法輪のおかげで落ち着いた」
「澪ちゃんはさすがだよ」
「ああ。有希は部屋で寝てる?」
「うん。とりあえず上がってゆっくりしてください」
こちらへどうぞ、みたいなジェスチャーをしながら俺を見ている。
「俺の家なんだが」
「ふふ」
一度有希の部屋に行き、寝顔を見て安心してから、リビングに向かう。
ソファに座って落ち着いたところで何があったか聞く。
「それで、有希は急に倒れたのか」
「うん、ちょっと熱っぽいなーと思ったらすぐ後に、くらっと来ちゃったみたい」
「そうか」
「他に変わったことは?」
「うーん、たぶんだけどスマホが鳴ってメッセージか何かを見てすぐ倒れたと思うんだ。あ、タクシーに乗り込むくらいはできたし、おんぶとかはしてないよ」
「なるほどな。とにかく連れ帰ってくれてありがとう。タクシー代は払う。あと双葉は家に帰らなくていいのか?」
「うん、家も親は遅くまで帰ってこないから。あと有希ちゃんに食べやすいご飯作ろうかなとか思って。ゆ、雪見も食べるなら……」
「食べる。ただ冷蔵庫見てもらえば分かるが食材は何も入ってないと思う」
「ほ、ほんと? 私出過ぎた真似してない? ちょっと買い出し行ってきていい?」
「俺も有希も料理しないからありがたい。金は払う」
作れることは作れるんだが、買った方が早いじゃんと思ってしまう。
「近くにスーパーあるよね。ちょっとお時間いただきます」
双葉が慌てて買い物に行ったので、手持無沙汰になった。
もう一度有希の部屋に顔を見に行く。
「有希、入るぞ」
ノックしてから数秒待ち、ドアを開けて中に入る。
「……お兄ちゃん」
起こしたかな。
有希が寝ているベッドの横に浅く座る。
少し汗に濡れた前髪を触りながら言う。
「心配したぞ」
「……バイトはどうしたの?」
申し訳なさそうに有希が聞いてくる。
そんなこと考えなくていいんだよ。
「火法輪が代わってくれた」
「そっか……優しいね、澪ちゃん」
「ああ」
有希の顔に頬を寄せて頭を抱き込む。
もぞもぞと有希が動きながらうにゃーとか言ってる。
「昨日も今日も働かせてごめん。早く元気になってくれ」
「……うんいいよ。楽しかったからはしゃぎすぎちゃった」
「双葉がご飯作ってくれるって」
「やったー。……そろそろ汗かいてるからはなれてよー」
「気にせん」
「ほんとにいやっ」
ほんとに気にしないのに……。
本気で嫌そうなので素直に離れる。
「それで、誰からのメッセージだったんだ? 最後のダメージ与えたのは」
「……ん? ああ! そうだった。
はかりちゃんが事務所にバレたってさ」
あー。
別にそれだけで有希が倒れたわけではない。
それでも一言言ってやらねばならない。
通話をかける。
「もしもし」
「も、もしもし! どうしたの?」
お、出たな。
とりあえず少し大きな声で怒ったフリをする。
「おい! 何で事務所にバレたんだ! 説明しろ赤森京子!!」
「えぇ!? 何で僕が怒られてるの!!??」
計屋に通話をかけると面倒なことになりそうだったので俺は赤森にかけた。
その後、俺に本気で怒られたと思ったらしい赤森京子がぐすぐす泣き出したので手間取ったが、計屋とマネージャーと事情を知ってるという理由で赤森も入れて話し合う機会をつくることになった。
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