19 小浮双葉「分かった。雪見くんの大事な人になるね」
お兄ちゃんから連絡があったので、あたしは駅前のケーキ屋、
ポワール・ノワールという店に来ていた。
黒を基調としたシックなデザインの店内は、出てくるケーキがよく映えて、
綺麗で可愛かったから写真を撮りまくった。
なのにお兄ちゃんは注文したケーキが来た瞬間に食べ始めたからお説教した。
この甘党め。
あたしは思い出は写真に残すタイプなの。
でも、お兄ちゃんがきょとんとしながら口に生クリームをつけてる姿は殺人的に可愛かったから許した。
そしてそんなお兄ちゃんを情の籠った目で見つめる、火法輪澪さんと小浮双葉さんについて考える。
さあ、どうしようかな。
昨日から動きっぱなしなので脳が疲れてるけど、今食べた糖分が働いてくれるはずとか思いながら考える。
火法輪澪さんには会ったことがある。
以前お兄ちゃんが彼女を助けたから、その関係で。
お兄ちゃんに助けてもらった女の子の例に漏れず、お兄ちゃんのことが好きなのだろう。
視線も以前よりさらに気持ちが入ってるのが分かる。
小浮双葉さんはまだ分からない。
お兄ちゃんが助けるために動いた人なので、今は彼の内側にいる人間なのだろうと思う。
二人はとても華がある。
火法輪さんはもちろんグラビアで有名だし、小浮さんも配信者として人気が取るのも頷ける可愛さだ。
マスク取ったらもっと人気出るだろうなと思う。
あたしもそれなりに可愛いし、店内の視線がこのテーブルに注がれてる。
そんなあたし達を侍らすお兄ちゃんはどこ吹く風だけど。
そんなことを考えてる間に食べ終わったお兄ちゃんは、あたしのケーキを食べる姿を満足気に見たあと、
しきりにあたしの頭を撫でてから、先に店を出てバイトに行ってしまった。
初対面の妹を置いていくってどうなの? とは思うけど、まぁあたしもまだ話したいことがあるので望むところだった。
追加の紅茶をみんなで頼む。
良い香り。
しばらく雑談して、澪ちゃん、双葉ちゃんと呼べるようになったあと、
あたしは二人に聞き始めた。
「それで、今日の屋上の出来事なんですけど……」
電話でも大まかには聞いたけど、二人にお兄ちゃんの行動の詳細を聞き出す。
二人がぽつぽつとお兄ちゃんのやったことを話してくれる。
「びっくりしたよね。雪見くんがスマホ投げたとき、私最初何が起こったか分からなかったよ」
思い出しながらそう言う双葉ちゃん。
「うん、でも雪見だなって思った。思った瞬間やってしまうというか」
澪ちゃんが同意して頷く。
屋上にいるお兄ちゃんを想像する。
「お兄ちゃんは、やるって決めたらやってしまうんです。後先考えてないんです」
「たしかに。何の躊躇いもなかったから私笑っちゃった」
澪ちゃんが笑う。
馬鹿にしたような笑いではなく、どこか慈しむように。
「そういえば雪見くんって喧嘩強いの? 高木のこと投げてた? よね」
「投げてた投げてた。高木もサッカー部で弱くはなさそうなのに子供相手みたいだった」
双葉ちゃんが聞き、澪ちゃんも続ける。
「お兄ちゃんは目が良いので……それと普通の人が感じる恐怖とか緊張とかが一切無いんです。たぶん一対一なら大体の人に負けないと思います」
「すごいね……教室で話すようになって数か月だけど、雪見くんのこと全然知らなかったって分かったよ」
双葉ちゃんが感心したように言う。
「ね、ねぇ。雪見って教室だとどんな感じなの?」
澪ちゃんが流れを利用して聞く。
教室のお兄ちゃん、あたしも気になる。
「全然喋らないよ」
「ふーん。双葉とも?」
「私は喋るよ。毎日一言でも喋るようにしてる」
「何で? どうして?」
「えっ……何でって友達だから……」
「ふーん?」
「な、何……」
圧をかける澪ちゃんと押される双葉ちゃん。
仲いいなこの二人。
そろそろ本題にいこうかな。
「お兄ちゃんって二人から見てどんな人ですか?」
あたしの雰囲気が変わったのが分かったのか、二人とも少し佇まいを正して答える。
「普段はぼーっとしてるのに、実は周りをよく見てて困ってる人がいたら助けるやつかな」
澪ちゃんが答える。
「私は……正直分からない。私が唯一の友達だと思ってたし……。澪ちゃんとあんなに仲良いのも知らなかった」
双葉ちゃんに見られながらお兄ちゃんと仲が良いと言われて頬が緩んでる澪ちゃん。
可愛らしい。
「でも、一番好きなのは有希ちゃんなんだなってさっき分かった」
へ?
双葉ちゃんが続けてあたしに向かって言ってきた。
「それは本当にそう。有希ちゃんを見る目、愛情ありすぎてやばかったんだけど」
澪ちゃんまで。
そ、そんなに?
えへへ……。
「そ、そこまででは無いでしょ?」
「ううん、大事な宝物を愛でてるみたいだった」
んもう。双葉ちゃん口が上手。
身体がくねくねしちゃう。
「かわいい……」
澪ちゃんがあたしを優しく見ながら言ってくる。
うーん、やっぱりこの二人になら言ってもいいかなと思う。
あたし、人を見る目はあるんだ。
真面目な顔に戻って言う。
「確かに、お兄ちゃんはあたしのことが大事です。でも、本当に心にあるのは……もう星になっちゃった母なんです。まだ詳しいことは言えないけど、ずっとお兄ちゃんは自分なんかどうなってもいいって思ってるんです」
「そうなんだ……」
あたしの急な重い話を受け取ってくれる双葉ちゃん。
「確かにそんな気はしてた。私を助けてくれたときも、色々危なかったし」
澪ちゃんはお兄ちゃんに助けてもらったときの話をしてる。
双葉ちゃんは何があったか知らないので聞きたそうにしてる。
またあとで二人で話すのかな。
「そう、危ないんです。困ってる人を助けなさい、っていうのは母の教えです。
今は、その教えと、自分を大事にしないお兄ちゃんの状態が合わさって、もうあたしは不安で仕方ない」
ママはお兄ちゃんに幸せな記憶と同時に呪いを残していった。
二人が真剣に聞いてくれるので続ける。
「今日の屋上での出来事も、たとえば誰かが屋上から落ちそうな場面になったりしたら、お兄ちゃんは迷いなく自分の身を投げ出して助けると思います」
「そんな……」
「そこまでなんだ……」
そう。実際はお兄ちゃんの能力があれば、そういう状況にはまずならないと思うし、今はあたしがいるから踏みとどまってくれる可能性が高いと思う。
でも、あたしがいなくなったら。
その先をあたしは見てる。
「それで、提案なんです」
「提案?」
聞き返してくる澪ちゃんと黙って続きを促す双葉ちゃん。
「お兄ちゃんの大事な人になってくれませんか」
「大事な人……。でもそれは雪見から思うことなんじゃない?」
真っ当な答えをくれる澪ちゃん。
それに対して、双葉ちゃんは違った。
「分かった。雪見くんの大事な人になるね」
おお。
まっすぐあたしを見つめてくる。
そういう人なんだ双葉ちゃん。
「え、えぇ!? 双葉!?」
「がんばろう私。雪見くんってどんな人が好きなんだろう」
「双葉!? な、なんか好きとかってまた違うんじゃない? 大事な人って話でしょ」
「でも好きな人は大事な人でしょ? 私は好きになってもらいたい」
「双葉ー!?」
澪ちゃんがあたふたしてる。
でも大丈夫、あたしは澪ちゃんも頑張ってくれることは分かってる。
可愛くて優しい二人が味方になってくれると心強い。
それに……二人仲良くお兄ちゃんに依存してくれないかな、とか考えてるあたし酷いかな。
疲れてるからかそんな考えが浮かぶ。
やっぱり昨日、今日と活動的に動き過ぎた。ちょっと熱っぽい感じがする。
あたしは体力がない。
少しぼーっとする頭で何となくスマホを見たら、RINEが飛び込んできた。
計屋はかり、未読メッセージ。
嫌な予感がする。
計屋はかり【事務所にバレました。ごめんなさい】
あたしはくらっときて、倒れるようにソファに横になった。
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