18 火法輪澪「仲良くなれると思ったんだけどなぁ?」
俺は、正直言って双葉の言うネット配信とかの話はよく分からなかった。
普段からやけに芝居がかった喋り方をするなとか、変に穿った見方をするやつだなとか思っていたが、そういう世界の趣味が影響してたのかなと何となく思った。
オタクの世界はよく分からない。
ただ、高木が締まりのない顔をして持ってきた手帳のせいで、双葉が窮地に立たされることは分かった。
双葉の血の気の失せた顔を見た時に、やることは決まった。
友達として双葉を助ける。
高木が写真を撮ったと言っているのを聞いた。
手帳はこっちに返ってきてるので、じゃあ写真を消せばいいのか、そう思った。
ポケットの膨らみから判断し、スマホを抜き取る。
……。
ロックがかかっていたのを確認して。
もういいか。
そう思って、
屋上からスマホを投げ飛ばした。
ちゃんと人がいない森の方に投げる理性はあった。
そこは評価してほしい、と思うんだけど無理かな。
ーーーーーー☆彡
そして、今、妹の有希から絶叫を食らっている。
「もう、どうしていつもいつも、そうなのー!?」
どうなのー? 俺って。
「ごめん。これが一番いい方法だと思ったんだ」
素直に謝る。
「……はぁ。方法はともかく、お兄ちゃんは正しいことをしました。それは胸に刻んでください」
おー、優しい。さすが俺の妹。
「はい。ありがとう有希」
「でも、ここからはスピード勝負だよ! お兄ちゃんは高木とかいう人間のごみのスマホを破壊して暴行を加えてるんだからね!停学ルートだよ!!」
ぐうの音も出ない。
「はい。なにか出来ることはありますか」
スピード勝負ってなんだろう。
「とりあえず小浮双葉さんに代わって!お兄ちゃんじゃ話にならない!」
うぐ……話にならないって……有希……見捨てないでくれ……。
さっきの双葉みたいな血の気の引いた顔になりながら彼女にスマホを渡す。
「え……? 大丈夫雪見くん……? で、出ればいいの……?」
そのあと、しばらく有希と双葉は話し込んでいた。
一旦電話を切り、教室にノートPCを取りに戻った双葉は、プリンターのある美術部の部室に移動していた。
俺と火法輪も一緒に。
「有希ちゃんに教えてもらったけど、配信のコメントってIDが振り分けられてて、それがSNSのアカウントにも紐づけされてる可能性があるんだって。それで高木がどうかをちょっとしたフリーソフトで調べたら、ばっちり紐づけされてるのが分かったんだ。それでね……」
正直最初から何を言ってるのかよく分からなかったが、火法輪が言うには、
「つまり高木のキモい発言は全部記録が残ってて、高木がやった証拠が残ってるってこと」
なるほど。
プリントアウトされた高木がしたコメントと思われる一覧を少し見る。
これは、ひどいな。
「はい、有希ちゃんが代わってって」
すでに連絡先を交換し、自分のスマホで通話中の双葉が俺に代われと言ってきた。
「有希、俺だ」
代わった瞬間すごい勢いでまくし立ててきた。
「お兄ちゃん、これからの流れを言うよ。もうすぐ昼休みが終わるね? 教室に帰ったら、高木はたぶん周りの仲間にお兄ちゃんにスマホを壊されたことを言いふらしてると思う。それはお兄ちゃんのせいだから受け入れて。でも双葉ちゃんのことはまだ自分ひとりで抱えてるはず。独占するために。話を聞いた限り歪んだ性欲に支配されてそうだから」
そうか。高木が現れてからまだ20分しか経ってないのか。
俺の妹は仕事が早い。
有希って、将来どんな仕事に就くんだろう。
スーツの有希を想像する。
似合ってる。
「……」
「聞いてるの? だから、お兄ちゃんにはその印刷されたプリントで高木を脅して欲しいの」
脅すって、物騒な。
慌てて答える。
「高木は双葉の秘密をひとりで抱えるんじゃないのか?」
「双葉ちゃんの正体を知ったのに、これで高木が引くわけないじゃん。どうやって攻めようか考えてるに決まってる。それに、手帳の写真がクラウドで保存されてる可能性も十分あると思う」
クラウド? あークラウドね。なるほど。
「とりあえず高木に言えばいいんだな」
「うん。双葉ちゃんが高木のキモいコメントの証拠と、お兄ちゃんっていう絶対敵わない腕力を持ってるって分かったら手出しできないと思う。これで無理なら開示請求とか弁護士に依頼するしかないね」
ーーーーーー☆彡
その後、心配そうな火法輪とクラスが違うので別れて、俺は双葉と教室に入った。
高木は、まさに有希の予想通り、俺の糾弾会開催中だった。
俺は堂々と中心の高木に近づき、机に証拠を叩きつけ、耳元で脅し文句を呟いた。
高木は顔を真っ青にしてプリントをぐしゃぐしゃに丸めて隠した。
取り巻きは怪訝そうな顔をしていたが、高木の怯えようを見たからか、俺には何も言ってこなかった。
これなら大丈夫そうだなと思った。
自分の席に戻り、双葉に目を向ける。
大丈夫だ、と頷いて、俺は目を閉じた。
眠ろう。
今日はまだ昼寝をしていない。
ーーーーーー☆彡
全ての授業が終わって放課後になっても、特に先生からの呼び出しは無かった。
高木は何も言いつけなかったのだろう。
そそくさと逃げ帰るように教室を出て行った。
別に怒られたら謝ればいいし、停学なら休めばいいと思ってたが、何もないならそれで良かった。
停学になって双葉を教室で一人にするのは良くないと思うし。
帰ろうとしたら双葉から声をかけられた。
「雪見くん。お礼がしたいんだけど、どうかな」
「お礼? いらねーよ」
「私がしたいんだ」
いつにない目から本気を感じて、俺は折れた。
「……何してくれるんだ」
「甘いもの好き? 今から駅前のケーキ屋さんとかどう?」
「行こう。早く行こう。早く立て。行くぞ」
「えっ えっ 何、そんな甘党だったの!?」
俺は甘党である。
生クリームが特に好きだ。
双葉の手を引いて教室を出る。
しばらく歩いたあと、双葉が急ブレーキした。
何だよ。
「まっ、待って。ちょっと、廊下で手つなぐのは恥ずかしいって」
後ろを振り返って双葉を見る。
白い顔が真っ赤に染まっていた。
俺の中の双葉はテンションが低くて、ニヒルな笑みを浮かべる芝居がかったやつだった。
なんか今日は、いろんな表情を見せてくれてる気がする。
「ん? 調子悪いのか?」
いつもと違うのが不思議で顔を覗き込む。
「や、やめて、あんま見ないで」
両手で顔を隠してる。
隙間から見える大きな目が上目遣いでしっかり俺を見てるのが何か可愛らしかった。
「まぁとにかく早く行こう。待ちきれない」
再び手を掴んで先を急ごうとしたとき、俺の前に立ちはだかる女がいた。
「何が待ちきれないって?」
火法輪澪がいた。
だからこいつ何で立ってるだけで迫力あんだよ。
「これからケーキを食べに行く、双葉と」
俺たちは忙しい。
横を通り抜けようとしたとき、火法輪が双葉の腕を掴む。
「仲良くなれると思ったんだけどなぁ?」
火法輪が少し背の低い双葉の顔に目線を合わせる。
「ヒッ……、ちゃんと澪ちゃんも誘おうと思っていました。はい」
いかにもはいはい負けを認めますみたいな口調で双葉が火法輪を誘った。
「あ、本当!? やったー! たまたま通りがかって良かったー!」
何故かテンションが下がった双葉とは逆に、急に太陽のオーラを纏いだした火法輪は鼻歌を歌いながら俺たちについてきた。
三人集まったからか、そこで俺は今日助けてくれた妹のことを思い出す。
「ついでに有希も呼ぶか」
「あ、いいね。緊張するけど有希ちゃんにも会ってお礼言わなきゃ」
双葉が同意する。
「有希ちゃん!! 久々だなー。会えるの楽しみ」
火法輪も喜んでる。
二人の様子を見て、なぜか心が温かくなった。
有希を大事に思ってくれる人が増えるのはいいことだ。
俺も早く有希に会いたいと思った。
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