17 小浮双葉「……それは無理かも」



 私、火法輪澪は、覚悟を持って屋上に来ていた。


 昼休みになった瞬間、誰にも話しかけられないように速やかに教室を後にし、屋上までの階段を駆け上がった。


 扉を開き、まだ誰もいない屋上をスタスタと歩き、貯水タンクの裏にあるベンチに座る。


「落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け」


 自分に言い聞かせるように胸を押さえる。

 乱れた息と心を整える。


 私は、一昨日、雪見のことを好きだと自覚してしまった。

 いや、好きなのはもうずっと分かってたけど、

 好きな気持ちを押し出して戦うと決めた。


 戦う?


 そう、戦う。

 国民的アイドルである計屋はかりと。


 本当は昨日もここ、あいつの特等席────に来ようと思ってた。


 でも、実際に雪見と向き合うと思うと、自分の気持ちに整理がついてなかった。

 というか、単純に照れて一歩が踏み出せなかった。

 だから昨日は一日中時間をかけて雪見のことについて考えた。


 ……当たり前に思ったのは、まず、私も雪見のことが好きなことを知ってもらいたいってこと。


 だから、今日は、普段みたいに食後そうそう昼寝する雪見の顔を眺めるんじゃなくて、ちゃんと伝える。

 私の、気持ちを。

 覚悟を。


 今日はとりあえず。




「雪見、好きな食べ物とかある?」って聞く。




 …………。


 分かってる。


 雪見を計屋はかりからの奪還するなんていう壮大な最終目標に比べて、あまりにも小さい一歩なのは分かってる。

 ただ、好きな食べ物を聞けば、そこからお弁当……お弁当をつくって雪見に食べてもらえるかもしれないし……。


 そもそも、計屋はかりみたいに出会ってすぐ告白なんて出来るなら私が付き合ってるっちゅーの!!


 よく分からない逆切れをしていたら、きた。


 向こうから雪見が歩いてくる。

 ……けど、んんん?


 なんか可愛い子連れてる。


 色白黒髪ボブの女の子、誰?

 こいつ、彼女できて二日で他の女に手出してるのか。


 私を差し置いて。

 許せん。


 自然と立ち上がって二人を睨んで言ってしまった。



「……雪見、もう浮気してるの?」



 ーーーーーー☆彡



 雪見が友達と言うのでまあ一旦納得してテーブルについた。

 下の名前で呼ぶくせに、怪しい、とは思ったけど。


 二日ぶりに見る雪見の顔を窺う。

 なんか好きって自覚してから見る雪見は、かっこよかった。

 別に見た目がよくて好きになったわけじゃないけど、見た目もいいなと思ってしまう。

 くそー、男のくせにまつ毛長いな。なんだこいつ。

 魅力天井知らずかこいつぅ。


 雪見の観察はほどほどに、小浮さんという女子の話は、共感できるところもあって、一気に親近感を持ってしまった。


 私は、寄ってくる男子を、今ではわりと上手く捌くことができる。

 でもたしかに最初グラビアやってるってバレたときは、男子の気持ち悪いアプローチに嫌気がさすことが多かったな。


 なんて思ってたら、小浮さんのカミングアウトで結構びっくりした。


 配信してるという話より、胸を隠してたという話に。


 彼女の背中を支えたとき、なんかごわごわしてるのは思ったけど……。

 まさか胸を潰してるとは。

 胸が大きいというのは良いこともあれば悪いこともある。


 私は、小浮さんと仲良くなれる気がした。


 同じ悩みを共有できるのは強い。


 そして仲間候補に最低な手段で攻撃する高木に、私はどんどん怒りの感情が育っていくのが分かった。

 私に変な告白してきた時もしょーもないやつだと思ったけど、ここまでとは。


 だから、高木が彼女の弱みを握って現れたとき、感情が爆発しそうになった。



 ーーーーーー☆彡




「ほら、返すぜ。まぁ、中身は当たり前に写真撮ってるけどな」


 ニタニタと憎たらしい顔をした高木が、私達の囲むテーブルに、小浮さんの手帳を投げ捨てた。


「……あ、あああ」


 小浮さんは手帳を見て、さっきより血の気を失ってしまった。

 秘密を証明する確たる証拠なのだろう。

 この最低野郎。


「どうするつもりなのよ」


 高木に言葉を叩きつける。


「おおー、火法輪さんじゃん。珍しい組み合わせだなぁ。やっぱり巨乳は巨乳同士引かれあうのか? 引力がすげぇなぁ」


 この野郎、私と小浮さん見て、発情してる。

 こいつがイケメン扱いでそれなりにモテてるのがマジで理解できない。

 パーツが整っていようが、まったくかっこいいと思わない。

 これから、配信してる証拠をつかって小浮さんを脅して、何するのよ。

 想像もしたくない。気持ち悪い。

 怒りで我を忘れそうになる。


 だから気づかなかった。


 雪見が私の隣から立ち上がって、高木の横にいた。

 自然な表情でじっと高木を見ている。

 何するの雪見。


「な、なんだよ雪見」


「右ポケットか」


 雪見はそう呟いて、突然、高木に手を伸ばした。


「はぁ?」


 高木は当然のように身体を捻って避けようとする。

 それを雪見は片手で高木の右肩を抑えたあと、逆の手でポケットに手を突っ込み、スマホをするりと取り出した。

 動きが滑らか過ぎて、よく分からなかったけど、気づいたら高木のスマホが雪見の手にあった。


「お、おい。返せよ」


 高木は顔を引きつらせながら雪見に笑いかける。


 写真を消したい……?


 雪見はスマホの画面を一度タップした。

 少し落胆したような素振り。

 そりゃロックかかってるから開けないでしょ。


「返せって!!」


 しびれを切らした高木が雪見の腕に飛び込んだ。


 雪見はそれをくるりと回転して、そのままの勢いで二三歩踏み込み……


 屋上の外に向かって、




“思いっきりスマホをぶん投げた”




 高木のスマホは、山なりに飛んで、見えなくなった。



「はぁーーーー!!?」



 数舜遅れて何をされたか理解した高木。

 軽々と越えていったフェンスに駆け寄って何やら叫んでいる。


 は、はは。

 さすが雪見。

 本当、最高。


 あーあ。大問題になるんじゃないのこれ。



 高木が顔を真っ赤にして戻ってくる。


「お、お前、ふざけんなよ!」


「……」


 雪見は取り乱しながら戻ってきた高木を真っすぐ見てる。

 高木が雪見に叫ぶ。



「マジで、頭イカれてんじゃねーのか!」


「お前がな」


「やっていいことと、悪いことの区別つかないのかよ!」


「お前がな」


「人として終わってんだろ!!!」


「お前がな」




 横を見たら小浮さんが一心不乱に雪見を見つめてる。

 あーあ。

 そりゃそうなるよね。

 小浮さんの不安の種を一つ、文字通り粉砕してしまった。

 このあと状況がどうなるか分からないけど、とりあえず証拠は消えてしまった。


 殴りかかってくる高木をかわして背負い投げする雪見。

 起き上がろうとする高木の肩を踏んだりしてる。


 もう私は笑いが止まらなかった。

 やりすぎとも思わなかった。


 何で貴方ってそう、一直線に最短距離をいけるの。

 眩しくて、本当に好きだと思った。



 気づいたら、高木は屋上から逃げるように帰っていった。

 先生に言いつけるだろうか。

 普通に犯罪だし停学とかなりそう。


 雪見が散歩するような足取りで戻ってきて、私たちの隣に座る。


「ありがとう」


 小浮さんが震える声でお礼を言う。


「友達だからな」


 何の気負いもなくそう言ってのける雪見。

 かっこつけちゃって。

 でも、本当にかっこいいからサマになる。


「これからどうするの?」


 私のことを見てほしくて問いかける。

 向いてくれた。かっこいい。


「……とりあえず有希に相談するか。怒られそうだけど」


 そう言って立ち上がり、少し離れたところで電話をかける雪見。

 有希ちゃんは頭が良いのでこの状況を全部打開してくる。

 なんとなくそんな気がした。


 隣で魂が抜けたように座ってる小浮さんに話しかける。




「ねぇ、私も双葉って呼んでいい?」


「……うん、私も澪ちゃんって呼ぶ」


「双葉、私、雪見のこと好きなの」


「……うん」


 ちょっかいをかけるように、おどけた口調で言う。


「双葉、雪見のこと好きにならないで。これ以上ライバル増やしたくないの」


「……それは無理かも」


 弱弱しく笑う小浮双葉。

 私も笑い返す。



 だよね。


 やっぱり私達、仲良くなれそうだ。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る