16 火法輪澪「ひ、昼間っから、おっぱい見つめんな!」
私の名前は小浮双葉。
雪見くんのクラスメイト。
私が彼の唯一の友達だと思ってた。
「……雪見、もう浮気してるの?」
だから、現役高校生グラビアアイドルとして名を馳せる火法輪澪がそう言ってきた時、私の視界が急速に色を無くしていくのが分かった。
計屋はかりと付き合ってると言い出したり、火法輪澪と関係がありそうだったり、もう脳が追い付かない。
PCよろしく私スリープモードへ移行します。
人生はバックグラウンドで実行中。
「私、帰った方がいいかな」
でも最後の力を振り絞って雪見くんに聞く。
「いや、いい。あいつは火法輪って珍しい名前で、バイト仲間だ」
知ってるに決まってる。
校内で知らない人いないと思います。
バイト一緒なんですね。そうですか。
「火法輪、こいつは小浮双葉といって隣の席のクラスメイト」
「……ふーん。ただの友達?」
訝しげな視線で私を見る火法輪さんは、どこか肉食獣を想起させられる。
「ああ。ただの友達で浮気じゃない。あと俺はお前と付き合ってないだろ」
「!?……ふ、フン。関係ないでしょそんなの!」
「関係あるだろ」
呆れたように笑う雪見くんが火法輪さんを伴って長椅子に座りにいく。
嘘でしょ……。
計屋はかりのことは正直、私の想像の範疇になくて、現実感がなかった。
雪見くんが嘘つくと思えないけど、信じてもいなかった正直。
でも、今のやりとりで、というか火法輪さんの一言目から察してたけど……。
まさか、火法輪さん、雪見くんのこと好きなの……?
クラスで孤立してる私だけの雪見くんどこ……?
火法輪さんはぶっきらぼうにイライラしてるフリをしてるけど、テーブルに肘をつきながら雪見くんを見つめる目が、好き好きと言ってるようにしか見えない。
私は信じられない思いだった。
校内の男子が皆、飢えた獣のように狙ってると言われる火法輪澪が……。
なぜか私は、雪見くんに裏切られた気持ちになった。
雪見くんはそんな視線どこ吹く風で私を呼んだ。
「双葉、こっち来い。たぶん火法輪はお前の相談に乗ってくれる」
「下の名前で呼んでる……」
火法輪さんの視線が怖いけど、ここで引き返す勇気は私にはなかった。
ーーーーーー☆彡
もう半分自棄になって、火法輪さんと喋る。
今朝の出来事と、これまで何度も高木君やその仲間に連絡先を聞かれたり、遊びに誘われて迷惑してるという話をした。
途中から共感してくれたり、自分の体験を話してくれる火法輪さんのおかげで、話すほど楽になっていった。
人見知りの私にしては頑張って伝えられたと思う。
雪見くんのフォローも大きな助けになったけど。
「なるほど、ね。それにしても高木かー。あいつってさぁ……」
それまで歯切れよく私と雪見くんに相槌を打っていた火法輪さんが言いよどむ。
「高木がどうした?」
「いや、なんていうか……」
ちらちらと雪見くんを見ながら口ごもる。
ん。雪見くんに聞かれたくないのかな。
「もしかして付き合ってたのか?」
私も正直そうかなと思ったので一緒に火法輪さんの顔を窺う。
「ちっ、違うわ! なんか、結構前に、きょ、巨乳フェチだから付き合ってくれって言われたの!!」
「えぇ!?」
……心臓が大きく跳ねた。
「へぇ」
驚く私と、顎に手を置きながらまっすぐ火法輪さんの大きな胸を見つめる雪見くん。
いや何してんの。
「で、で、私が断ろうとしたら冗談だって逃げられて、だから付き合ってない!断じて!」
いや火法輪さん焦りすぎ。
雪見くんは曖昧に「ふーん」とか言いながらまだ見てる。
「ひ、昼間っから、おっぱい見つめんな!」
顔を真っ赤にしながら自身の胸をブラウスの上から抱える火法輪さん。
両手使ってもこぼれそう。
「夜ならいいのかよ」
それにツッコむ雪見くん。
君、よく冷静でいられるね。
この人雑誌の表紙飾ってるんだよ。
あーだめだ。
認めます。
二人のやり取りを見ながら現実逃避しかけたけど、
私には個人的に心当たりがあった。
私は、幼いころからゲームや漫画、アニメが好きで、中学生でインターネットに触れてからは、さらにサブカルチャーにハマっていった。
地味でオタクで友達も少なかった私は、カメラをつけて顔出しで始めたゲーム配信をきっかけに、ちやほやされる快感に溺れた。
マスクはつけてるし加工してるから本当の顔じゃないと分かってたけど、24時間いつでも誰かが相手してくれることや、大量の投げ銭、メーカーから送られてくる最新機種の提供品。
やめられなかった。
身体が成長するにつれて、“そういう”コメントが増えてきて気持ち悪かったけど、流れるコメントにどこか気持ちよさを感じてる自分もいた。
自分の気持ちに嘘はつけない。
矛盾する思いの中で、男性に対する嫌悪と女性としての欲求が混ざり合い、私はおかしくなった。
今もおかしいと思う。
実生活では身体のラインが出ないような服装を好み、配信では一転胸元が強調される衣装を身にまとった。
私ではなく、ネットに存在する別人格として、奔放に楽しんでいた。
その代償がすぐそこまで来てる。
気分が悪くなってきた。
「双葉、どうした。大丈夫か」
私の様子がおかしいことに気づいた雪見くんが心配してくれる。
「顔が青いね。ちょっと横になろうか小浮さん」
火法輪さんは私の身体を背中と頭部をななめに傾けながらベンチに横向けに倒す。
今日初めて関わったけどもう分かってる。
この人は優しくていい人だ。
心のどこかで敵だと思ってごめんなさい。
「……?」
火法輪さんが私の背中、ブラのホックあたりを触って首を捻っている。
もう言った方がいいか。
私なんかのためにここまでしてもらって。
もう潮時なんだ。
「私、実はめちゃくちゃオタクで、ネットで配信者してるんだ。顔出してね。そ、それで……」
口がつっかえる。勇気が。
「俺はお前の友達だし、火法輪は信頼できる」
まっすぐ私に向かって言う雪見くん。
この人は、何でいつも適当で、静かな捨て鉢に見えるのに、たまにこういった目をするんだろう。
「普段は分厚いパーカー着て、胸を潰してるんだけど、ネット配信のときは、違うんだ、だから……」
「分かったわ」
察してくれた火法輪さんが受け止めてくれる。
「そうか。それで、急に気分が悪くなった理由は?」
はっきり言ってドン引きするような内容を思い切って言ったつもりなのに、二人は変わらず接してくれる。
涙が出そうになる。
「締め付けが辛かったの?」
火法輪さんが優しくのぞき込んでくる。
だめだめ。涙を引っ込めてちゃんと話をしよう。
「それもあるけど……もしかしたら、高木くんがそれに気づいてるかもしれないと思って……そしたら急に気分が悪くなったんだ……」
たどたどしく、経緯を話していく。
配信中、私の胸にばかりコメントするリスナーが一人いた。
延々と連投するリスナーが。
私はちょっとくらいえっちなコメントなら全然許せる方だ。
インターネットが長い私は、正直そういうネタも嫌いじゃなかった。
でもその連投するやつは量も多いし偏執的で気持ち悪い内容のオンパレードだったので私は嫌になってブロックしてしまった。
すると、TvitterのDMにメッセージが来た。
【お前の高校を知っている】と。
「うわ、いるよねーそういうキモイの」
うんうん頷く火法輪さん。火法輪さんも悩まされてるのかな。
「高木の証拠はあるのか?」
理解の早い雪見くんが聞いてくる。
「それが無いんだけど、今までのメッセージとか、サッカーのアイコンとか、あと……む、胸が好きっていう要素が合わさると、そんな気がしてきて。
でも向こうも私だっていう確信できる証拠はないんだと思う」
「それで、実生活でも話しかけてヒントを得ようとしてるのか」
「うん……。全部思い過ごしの可能性もあるんだけど」
証拠はない。
でも私はほぼ間違いないと思っていた。
高木くんの私に向ける視線が日に日に粘り強い気持ち悪さを伴っていくのがそれを証明していた。
だから、この場に近寄ってくる人影が高木くんでも驚かなかった。
「おーい小浮さん~。手帳を置きっぱなしにしたらダメじゃん~~
“配信予定が書いてある”んだからさ~~~~」
ああ、終わったとだけ思った。
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