15 火法輪澪「……雪見、もう浮気してるの?」



 水曜日、朝、俺は学校で授業開始を待っていた。


 昨日は色々と疲れた。

 学校終わりにカラオケ屋で男三人、向かってきたのは二人だったが──に殴る蹴るを加えたり、計屋と赤森と有希で話し合ったり、


 赤森を送った帰りに勝手に好きでいてもいいですかと聞かれたり。


 ……。


 計屋も赤森も俺のことを勘違いしているとしか思えない。

 赤森に至っては俺が躊躇いなく人に暴力を振ってるところを見られたのに、本当にどういう心理になってるのか分からない。


 妹の有希は昨日、計屋と楽しくお話したあと、後処理として千佳ちゃんの家に行って、そのまま泊まってしまった。

 赤森についても相談したかったができなかった。

 そのまま学校に直行できる準備もあったらしい。

 ヤクザにしか見えない、警察の偉いさんである千佳ちゃんのお父さん、デレデレ喜んだろうな。


 昨日金髪に入れた膝が少し痛む。それを撫でながらそんなことを考えていた。




「雪見くん、なんか疲れてるね」


 隣の席の小浮こうき双葉ふたばが話しかけてきた。


「まあな」


「さすがの雪見くんもネットの炎上はこたえるのかな」


「……? ああ、そうだな」


 適当に答える。


「いつでも相談して。君にとって私は唯一の友達なんだから」


 揶揄うように笑ってくる。

 普段ローテンションで省エネ人間としか思えない双葉は、俺と話すときだけ楽しそうにしているように思う。


 実際他のクラスメイトとの対応と比べると雲泥の差がある。

 女子はまだしも男子と会話するときは、ローテンション通り越してテンションゼロ、無になっている。


 おかげで俺と同じく教室でも浮いている。


 普段からこうして笑ってればいいのにと思う。

 いつも制服の上から着てる厚手のパーカーは双葉によく似合ってるし、

 重ためのボブカットも、大きな目も、白い肌も、人気出そうなのにな。


 やっぱり俺なんかとよく喋るところがマイナスポイントか。



「ん? 私の顔に何かついてる? それとも見惚れてるのかい?」



 芝居がかった表情が、鼻につく。

 なんか顔が童顔だから合ってないんだよな。

 これもとっつきにくい要因だと思う。

 ちょっとした悪戯心が生まれた。


「いや、さっそく相談いいか」


「え? んっ……ぁ……なに……」


 音が外に漏れないように双葉の左耳に両手をくっつけて、息を吸ってから一息で言う。


「計屋はかりと付き合うことになった。どうしよう」


「んっ……え……? はぁ……!?」


 ガタタと音を立てて双葉が立ち上がる。


 くくく。そういう素の表情の方がいいよお前は。


「誰にも言うなよ」


「普通信じないでしょ……」


 お、ということは双葉は信じてくれるのか。

 意外と良いやつだな。


 再び座った双葉は何やらぶつぶつ呟きながら高速で動く指がスマホを触りだす。

 陰気なオーラが溢れてる。

 こわ。


 その時、後ろから男子が話しかけてきた。


「お前らって、仲良いよな」


 サッカー部の高木君だ。

 イケメンで勉強もでき、それなりに強豪のうちのサッカー部で二年生ながらエースを張っている凄いやつだ。

 人望も人気もあると思う。

 クラスメイトに興味のない俺がなぜ詳しいかというと、火法輪から聞かされたことがあるからだ。


「……」


 黙る双葉。


「ああ、友達だから」


 双葉が喋らないので仕方なく俺が答える。


「どうやったら双葉ちゃんと友達になれるんだ?」


「さぁ」


「さぁって……お前なぁ。ナメてんの?」


 露骨にイラつき始める高木。

 意外とそういうタイプなのか。

 さわやかイケメンだと思ってたのに。

 そういえば火法輪もあまりよく言ってなかった気がしてきたな。

 周りの評価と中身が釣り合ってないとか何とか。


 ジッと高木くんを見つめる。


「なんだよッ」


 仕方ない。


「悪かった。許してくれ」


 まっすぐ謝る。


「あ?……あ、ああ」


 高木君は拍子抜けしたような顔で俺を見ている。

 双葉はなぜか隣で苦虫を嚙み潰したような目で俺を見ている。

 なんでだよ。双葉の分まで謝ったんだぞ。


 高木君が気を取り直したように双葉に向き合う。


「双葉ちゃんRINEかピンスタ教えて」


「……両方やってない」


 双葉は固く目を閉ざしている。



「うっそじゃーん。なぁ、雪見大福くん」


 そこで俺にくるのかよ。

 確かに俺は双葉のRINEを知っているが。

 でも、普通引くだろ。


「教えたくないんじゃないか、そこは察してあげないと」


 煽るわけでもなく、素直に進言する。


「……あ? やっぱお前喧嘩売ってるよなぁ!?」


 瞬間湯沸かし器みたいに再沸騰する高木君。

 今度は大きな声で威嚇してくる。

 クラスメイトのほとんどが俺たちに注目し出したのを感じる。

 人気者である高木くんがキレた、という事実に教室で緊張感が走る。


 きりりとした眉が歪み、センターパートの顔が赤く染まっていく高木。


 どうしたものか。


「ごめん、言い方が悪かった。ただ双葉はそういうのが苦手でさ。俺もたまたま幼馴染で仲が良いだけなんだ」


 まっすぐ目を見て言う。

 どうだ。引いてくれ。


 高木はしばらく身体に力が入っていたが、それが抜けた。


「…………冗談に決まってんじゃん!マジになんなよ雪見ぃ~。双葉ちゃん、また聞くね。堀口~、フラれちゃったよ~!」


「バーカ、小浮さんに何連敗だよお前!」


 おどけた調子で友達(堀口?知らん)のところに戻っていく高木。

 どう見ても双葉と俺に非はなかったのでさすがに攻めどころが無かったのだろう。

 俺からの謝罪があったからか、後に引けなくなって自爆するタイプではないようだ。


 ざわざわと教室も空気を取り戻す。

 ひときわ大きな笑い声が聞こえる高木の周りから視線を感じる。


 そんなに見られても何も出ないぞ。



 ーーーーーー☆彡





 その後、双葉は普段と違い授業の合間も俺に話しかけることはなく、昼休みになった。


 俺は晴れてるの日の昼休みは屋上で寝ているので、今日も行くかと思って立ち上がると、ずっと静かだった双葉が声をかけてきた。


「私もお昼一緒にいていいかな」


 高木たちに絡まれるのが嫌なのだろうか。


「……購買寄ってから屋上だけどいいか」


 こくりと頷く双葉。

 素直だな。


 普段のこいつなら「昼休みに屋上なんて漫画の主人公にでもなったつもりかな」とか言ってきそうな感じなんだが。


 購買でパンを買い、屋上へ続く階段を上る。

 双葉は弁当持参のようだ。


「朝、助けてくれてありがとう。幼馴染設定はどうかと思ったけど」


 双葉に俺の嘘が時間差でツッコまれた。

 咄嗟に理由が思いつかなかったんだよ。

 もちろん俺と双葉は幼馴染でも何でもない。


「他のやつが言ってるの聞こえたけど、何回も聞かれてるのか?」


 話を逸らす。


「うん……。あの何度も立ち上がる精神力には感服するよ」


 あのイケメンの人気者は連絡先聞いて断られたりしたことがなかったんじゃないのか。

 簡単に教えれば案外興味失ったりしそうな気もするが。

 勝手に高木君の背景を想像する。

 まぁどうでもいいか。


「大変だなぁ」


「……」


 他人事の俺に対してジッと目線を寄越すが無視する。

 今朝はともかく、お前と高木の問題だろ。


「それより、計屋はかりとの話って……」


「着いたぞ」


 双葉が何か話そうとしていたが、屋上の扉を開けた瞬間に被ってよく聞こえなかった。



 屋上について、双葉が周りをきょろきょろ見る。


「……屋上ってこんなに人いるんだ。昼休みに屋上なんて漫画の主人公にでもなったつもりかなって思ってたのに」


 んー、俺のこいつに対する理解度すごくないか。


「普通に開放されてるからな」



 歩きながら話す。

 双葉は休み時間も一人でずっとスマホを触ってるタイプなので知らなかったのだろう。

 俺の定位置は奥の角にある長椅子とテーブルがある場所だ。

 バスケコートの反対側で比較的静かだし、見晴らしが良い。


 貯水タンクの裏にあるので、あまり人に知られてないのか、基本的に俺以外こない。



 いや、俺以外こないというと語弊があるか。


 俺の頭の中に浮かんだ一人の女子がいた。

 毎日では無いが、ぽつぽつと顔を出すことがある人。

 そういえばRINE返してないなとか考えながら目的地まで歩くと、いた。


 腕を組んでこちらを睨む火法輪澪が。



「……雪見、もう浮気してるの?」



 こいつの立ち姿、迫力あるな。










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