14 赤森京子「勝手に好きでいても、いいですか」




「私は、雪見くんとの交際を公表したいのだけど」



 はかりちゃんがきょとんとした顔でそう言い出したとき、僕はどんな気持ちになっただろう。

 一言では言い表せない。

 雪見くんや有希ちゃんの気持ちを考えてない。

 この、今日本で一番人気があるアイドル計屋はかりは、恋愛感情でIQが3になってる。

 らしくない攻撃的な感情が顔を出す。


 どうしていけないの?


 まるでそう言いたげに首をかしげるはかりちゃん。

 いや可愛いけど、言ってることは全然可愛くないよ!


 はかりちゃんは昔からこういうところがある。

 言ったらいけないことを言ってしまう。


 バラエティやトーク番組でもよく編集でカットされている。

 はかりちゃんの中で筋が通ってるんだろうけど、周りの影響を考えられない。


 僕は、はかりちゃんに唯一の友達だと言われることもあるし、僕だってはかりちゃんのことは好きなので、できるだけフォローしたい。



 でも今回は無理だった。


「はかりちゃん、それだけはだめ」


「どうして京子」


「彼氏発覚なんてしたら、絶対に一位から落ちるよ」


「落ちても別にいいわ」


「なっ……!! どれだけの人が“そこ”を目指してやってると思ってるの!」



 かちーん。恋々坂第一位の価値をどうして……。

 堪えようのない涙がにじんでくる。

 なんか今日は泣いてばっかりだ。


「お兄ちゃんは、はかりちゃんの人気が落ちるのはどう思う?」


 見かねたのか有希ちゃんが割り込むように言った。


「……よくないな。わざわざ人気を落とす必要はないんじゃないか」


 有希ちゃんの意図を察した雪見くんがそう答える。

 そういう作戦か。

 さすが兄妹、阿吽の呼吸だなと思った。



「……雪見くんも恋々坂第一位の私が良い?」


「まぁな」


 肯定する雪見くん。


 嘘だ、と思った。

 たぶんこの人はそういうことに興味もないし、評価の基準じゃないと思う。

 まだまだ雪見くんのことは分からないけど、それだけは分かった。


「そっか……」


 でもはかりちゃんはそれが雪見くんの真意だと思っている。

 どこか悲しそうな顔をして、諦めたような表情をした。

 少し可哀想になったけど、はかりちゃんの暴走を止めるにはこれしかない。


「わかった。公表はやめるわ」


 良かった。

 僕と有希ちゃんからホッと息が漏れるのが分かる。

 安心している。

 雪見くんは自然体で何を考えてるか分からなかった。


 そのあと、有希ちゃんから、今後の色々なお願いがあった。

 学生鞄からカラーで印刷された資料が何枚も出てきて、それがみんなに配られた。


 中身は芸能人が交際バレするパターンなどが分かりやすく載っているものだった。



「これ有希ちゃんが作ったの?」


「はい。まぁパワポでちょちょいです。もちろん著作権ガン無視なのでよそに出さないでくださいね」


 すごい。本当に有希ちゃん14歳なのだろうか。


 ぱらぱら、と資料をめくる。

 興味深い。僕が思ったのは、やっぱり人間は「匂わせ」をやめられないということ。

 ほとんどが自分たちのSNSやブログ投稿から交際がバレていた。

 写真に写ってる野菜の葉脈が一致したことから同棲発覚とか、凄すぎて笑えないものもあった。


「見てもらってる通り、ほとんどがネットからですね。お兄ちゃんは全くSNSをやってないから心配ないんですが……」


「私もやってない。ほぼマネージャー管理よ」


「じゃあ、はかりちゃんがお兄ちゃんの拡散された情報にイイネ押した噂って」


「あ……あれは私が押した。雪見大福くんっていうんだ、イイネって」


 恥ずかしそうに言うはかりちゃん。


「やってるじゃねーか」


 思わず突っ込む雪見くん。

 別に怒ってる様子でもなく、呆れたように笑っている。

 そんな雪見くんを見て、はかりちゃんが照れている。

 はかりちゃんは雪見くんに、ちらちら目線を送って、直視できないといった感じだ。


 ズキ。



 あれ、なんだろう。

 なんか、胸が。


「まぁ基本的にやってないなら大丈夫です。あとは週刊誌の対応ですが……」


 そのあと、有希ちゃんから変装の必要性や会う場所の選定など基本的な話があって、あとは事務所の対応次第という話になった。


「とにかくはかりちゃんは一度事務所の話し合いには出てください。そちらにも何か考えがあるかもしれません」


「分かったわ有希ちゃん」


 もう下の名前呼び……。


 神妙な顔で頷くはかりちゃん。

 普段はメンバーの名前もしばらく覚えないのに、有希ちゃんの言うことは真剣に聞いている。

 おーい僕の方が先に有希ちゃんと仲良くなったんだぞー。


 ……変だな僕やっぱり。

 もう帰って眠りたい。

 急に疲れが出てきた。



「大丈夫か、赤森」


 雪見くんが声をかけてくる。


 ……この人は本当に周りを見ている。


「うん、ちょっと疲れちゃったかも」


 素直に弱音を吐いてしまう。

 大丈夫って聞かれたら、大丈夫っていつも答えるのに。

 なぜかこの人の前では、そういう取ってつけたような返事ができなかった。



 有希ちゃんが寄ってきて、言った。


「お兄ちゃん、京子ちゃん調子悪そうだし家まで送ってあげて」


「分かった」


 え? そんなの、いいよって言おうと思ったけど、なぜか声にならなかった。



「京子大丈夫? 私も一緒に帰るわよ」


「はかりちゃん、あたしはお兄ちゃんの妹としてもっとお喋りして仲良くなりたいな~」


「そ、そう? そうよね。私も仲良くなりたいわ!」



 はかりちゃんチョロいよ……。

 確かに有希ちゃんは普段アイドルに囲まれてる僕から見てもめちゃくちゃ可愛いけどさ。


 僕と雪見くんが部屋から出ていくとき、有希ちゃんが僕にだけ見えるようにウィンクしてきた。

 意図は分からないけど、アイドル顔負けのキュートさだった。



 ーーーーーー☆彡



 もうすっかり暗くなった道を雪見くんと二人で歩く。


 僕が何か話すと返してくれるけど、何も言わなかったら黙ったままだ。

 今まで同年代の男子と学校の帰り道で二人になったこととかもあるけど、こんな感じじゃなかった。

 もっと盛り上げようとしてくれたり、会話を途切れないように気を使ってくれたり。


 雪見くんはそういうのが一切ない。

 それがなんだか居心地が良かった。


 だからなのかな、自然と僕は口を開いていた。


「僕、実はアイドルって仕事に結構誇り持っててさ」


「うん」


「アイドルって、全国のファンから応援とか称賛とかお金とか、貰って生きてるの」


「そうだな」


「でも、何千、何万って数字にすると忘れてしまいがちなんだけど、一人ひとりちゃんと生きてる人間でさ」


 僕は何の話を始めたんだろう。


「みんな、自分の限られた時間やお金の中でやりくりして、僕たちのために消費してくれてるわけ」


「うん」


「その中でもやっぱり男の人のファンが多くてさ、一人で何百枚CD買ってくれる人とかもいてさ……」


 見切り発車で喋り出した僕の言葉を、ちゃんと雪見くんは聞いてくれてる。


「そういう人も、彼氏がいるアイドルには、そういうことしたくないと思うんだよね」


「大体はそうなんじゃないか」


 うん……そうなんだ……。


「だから、僕は今まで一度も恋愛とかせずにここまできたんだ。最初に決めた目標は達成するって決めてたから」


「目標って?」


「恋々坂第一位」


 そう、僕の夢は、幼いころ見た憧れのグループのトップ。


「だから計屋に怒ったのか」


「うん。それに、最初はかりちゃんが雪見くんのこと好きになったのも信じられなかったんだ」


「それは俺もだ。まぁすぐ飽きると思ってるけど」



 なんか、かちーんと来た。

 僕って知らなかったけど、短気なのかな。


「雪見くんって自分の魅力が分かってないよね」


「はぁ? お前らに比べたら俺に魅力なんてない」


 鼻で笑われた。

 かかかちーん。


「なっ…! 雪見くんは優しいし、声がいいし、顔もよく見たらかっこいいし、強いし、腹筋割れてるし……」


「なに、赤森も俺のこと好きなのか」


「えゅ!!??」


 なんか変な声が出た。


 今は横断歩道の信号待ちをしている。

 僕が小柄なのもあって雪見くんは僕より20㎝ほど身長が高いと思う。


 その雪見くんが顔だけ僕の耳の近くまで降ろして聞いてくる。


「どうなんだ赤森」


 近い……やめてよ……。


「ゆ、雪見くんってはかりちゃんのこと好きなわけではないんだよねっ」


 前を見ながら早口でまくし立てる。

 何を言おうとしてる僕。


「……有希から聞いたのか」


「じゃ、じゃあさ。僕も」


 信号が青に変わる。

 だめだ、止まれない。


「勝手に好きでいても、いいですか」


 顔を見られないように帽子を深くかぶり、前を向きながら言う。


 返事もきかずに走り出す。


「こ、ここまででいいから! またね!」


 何言ってんだ。

 何言ってんだ。

 何言ってんだ!!!


 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。



 走り出した頬に当たる夜風は、いつまでも熱を冷ましてくれなかった。


















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