13 赤森京子「も、もうすこしだけ。おねがい」



 大学生か半グレか分からないが、犯罪者なのは確定してる3人組が部屋を出て行った。



 俺は、妹の有希と赤森京子を抱きしめて落ち着かせる。


 有希はおそらくほとんど恐怖を感じてない。

 俺と同じで“こういう”恐怖を感じる部位が麻痺してるんだと思う。

 脳の偏桃体の異常か、視床下部の一部が壊れてるのか。


 とにかく有希は俺とくっつくのが嬉しくて仕方ない子犬みたいな動きをしている。


 一方、赤森京子は完全に恐怖にやられていた。

 三人組の自分より遥かに身体の大きな男達に犯され、撮影されるかもしれないという状況。

 さらに自分より年下の女の子も守らなきゃいけないとなっては、感情がぐちゃぐちゃにかき回されていたことだろう。


 それでも、独占欲の強い有希が、俺の胸を半分貸すように招き入れたということは、怖くても有希の前に出て気丈に振る舞ってたんじゃないか。

 そんな想像ができた。


 こっちは小猫のようにおっかなびっくり俺に抱きしめられたあと、大きな声で泣いた。

 落ち着くまでしばらく好きなだけ泣かせてあげよう。


 右側の有希に向けて小声で話しかける。


「有希、こいつらのスマホと免許証、預けていいか」


「うん、千佳ちゃん経由で渡せばいいよね」


 察しが良くて助かる。

 千佳ちゃんとは有希の友達で、父親が警察の偉いさんだ。

 それも、融通が利くタイプの。

 ……いや融通が利くというのは語弊があるかもしれない。

 “千佳ちゃんの言うことはぜったい”のお父さんだ。

 一度実際に会ったことがあるが、殺し屋みたいな見た目をしているのに、可愛らしい娘の言うことが第一優先なのを見て、少し可笑しかった。

 でも千佳ちゃんだけは敵に回したくないと思った。


 とにかく千佳ちゃんに頼めば上手くやってくれると思う。

 カメラやスマホに過去似たような犯罪があったら動いてくれるだろう。


 現行犯で逮捕するのに協力するほどの気持ちはないが、他に被害者がいて、証拠が手助けになるなら嬉しい、くらいの温度感だった。



「ゆ、雪見くん、身体、大丈夫……? ……ぐす。ケガしてない……?」


 少し落ち着いた赤森が俺を心配してくる。

 やっぱりこいつは良い子だな。


「ああ、無傷だよ」


 そう言って、自分の服をめくりあげる。


「な?」


 赤森はぎょっとして固まっている。

 目はそらさず俺の上半身を見ている。


「わぁ」


「サービスしすぎ!!」


 有希にバッと服を下ろされる。

 サービスて、男の身体だぞ。無料だろ。


「あっ……」


 なぜか名残惜しそうな顔をする赤森。

 服を戻した俺の胸に向かってもう一度引っついてくる。


「助けてくれてありがとう」


「ああ」


 有希はどこか優しい目で俺に抱き着く赤森を見ている。

 初対面なのにここまで受け入れるのは珍しいな、と思った。


「そろそろ出ようか。無いとは思うけどああいう馬鹿は仲間を呼んだりするから」


「そだねー、まぁあのレベルなら何人きてもお兄ちゃんの敵じゃないけどね~」


 そんなことはない。

 実際同時に相手取れるのは二、三人が限度だと思う。

 俺は相手の動きがある程度“見える”けど、動ける範囲は人間の可動域でしかない。

 限界はある。


「……」


 有希は服を整え、荷物をまとめたりし出したが、赤森が動かない。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫だけど、もう少しだけ、いい?」


 目元が赤い。


「いいよ」


 なんか小さい子に見えて、思わず頭を撫でた。

 さらさらのショートヘアが柔らかい。


 5分ぐらいそうしていただろうか。


「そ、そろそろ行こうか? お兄ちゃん、京子ちゃん」


 腕を組んだ有希が限界とばかりにこちらを鋭い目で見ている。


「も、もうすこしだけ。おねがい」


「ああ、いいよ」


「なでて」


「はいはい」


 本当に怖かったのだろう。

 幼児退行してるのか、本当に小さい子になっている。


「ぐ、ぐぬぬ」


 なんか複雑な表情をしている有希、面白い。

 しばらく葛藤した後、叫び出した。


「や、やっぱり目の前は無理ーっ!!」


 無理やり赤森と俺を引きはがす。


「……はっ!? ゆ、有希ちゃん!? ごめん僕、変になってた……」



 正気に戻った赤森京子と一緒に三人で部屋を出る。


 エレベーターを待ってる間、有希が右腕に巻き付いてきた。


 手持無沙汰にしている赤森が可哀想だったので左手で迎え入れる。

 赤森は上目遣いで見てくる。

 最初赤森を見た時、帽子を被っていたとはいえ、男と間違った俺って何だったんだろうと思えるほど、可愛い女の子だった。


 エレベーターが降りて行きながら、ふと思う。


「何か忘れてた気がする」


 ……まぁいいか。


 出口への途中、受付を確認する。

 あいつらのグルの店員は当たり前のように逃げていた。

 主要メンバーなら芋鶴式に追われるだろうと思いながら通り過ぎる。



 そして、店を出た瞬間、目に映る人物を見て、思い出した。


 計屋はかりは、その美しい顔をわずかに歪めながら凛とした声で言う。




「私の男に巻きつく理由を説明しなさい!」



 私の男て。



 妹がバッと俺から離れて前に出る。


「初めまして、妹の雪見有希です。少しお話しませんか」




 ーーーーーー☆彡



 俺たちは、カラオケ店から徒歩3分くらいの場所にある、マンションの一室に来ていた。


 本当にただのマンションの一室だ。

 生活感は無いが綺麗目の家具家電は揃っている。


 部屋に入ったのは、俺、有希、赤森京子、計屋はかり。


「有希、ここは何だ?」


 有希に聞いてみる。


「レンタルスペースっていうネットで借りられる部屋。検索したらどこにでもあるんだ。1時間何円って感じでお金がかかる」


「へぇ、すごいな。いつの間に取ったんだ」


 俺の妹は有能だなぁ。


「京子ちゃんがお兄ちゃんにひっついて離れない間に予約した」


 俺の妹は意地悪だなぁ。


「京子?」


 計屋はかりが反応する。

 さっきからずっと怖いオーラを振りまいている計屋の視線が赤森を刺す。


「ち、ちがうのっ」


 まぁ事実だしな。

 それより俺は、計屋を見て気づいた。


「それより計屋、なんか今日の髪型違うんだな」


 なんか緩くパーマがかっている。


 ぱあっと白い花が美しく咲くように表情が変わる。


「そ、そうなの! 前に撮影の時にやってもらって気に入ってて、私ストレートが強すぎるからすぐ取れちゃうんだけど……どう、可愛い?」


「うん」


 計屋はかりの機嫌が治っていくのがよく分かった。




 部屋に置かれているダイニングテーブルに四人で座る。


 有希が自分の簡単な紹介をしたあと、立ち上がる。


 ちょうどいいところにあったと言わんばかりに持ってきたホワイトボードに書き込む。



 今 後 の 方 針



 今後の方針ね。

 そう、そもそも今日はカラオケ屋でその話をするつもりだった。

 有希は最初に赤森と話をしたかったみたいで、俺は俺で事前に計屋と話して心情を探って欲しいという指令が出ていた。

 有希的には話し合ったあと、アイドル二人の歌が聴きたかったらしい。

 結局すべて流れてしまったが。


 それでも、まぁ当初の目的はこれから。


「今後の方針?」


 言いながら計屋は首を傾けているが、赤森はうんうん頷いている。

 言いたいことが伝わったのだろう。


「はい、今後の方針です」


 有希がペンを握ったまま話し出す。


「まず、あたしの兄は一般人で、はかりちゃんは国民的アイドルです。すでに件のドッキリ配信から炎上中ですし、この上もし、二人が交際していることが外部に漏れたら、この炎上はいくところまでいってしまうと思います」


「それで、実際どうなんだ。事務所の反応は」


 俺が二人に尋ねる。


「正直大騒ぎだよ。はかりちゃんはミーティングすっぽかすし、どう対応するか上は会議中だと思う。あと昨日雪見くんのバイト先に行ったこともマネージャーは知ってるよ」


 赤森が答える。


「なるほど、もちろんマネージャーさんは二人の交際を知らないですよね?」


 有希が念を押すように聞く


「うん。知ってるのは僕と有希ちゃんだけ」


 それなら何とかなりそうな気がするな。

 数週間ぐらい、たまに顔を合わせて満足いくまで遊んだら、俺なんて大したことないと気づいて綺麗に終わるんじゃないか。


 そんなことを思っていると、それまで黙っていた計屋が小さく手を挙げて、言った。




「私は、雪見くんとの交際を公表したいのだけど」





















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