12 計屋はかり「私の男に巻きつく理由を説明しなさい!」



 私、計屋はかりは、人生で初めて彼氏ができた。




 ファミレスで雪見くんに告白して、分かった、付き合おうって言ってもらって。


 彼氏ができた。


 私は浮かれていて、彼とRINEを交換したあと、「もう遅いから二人とも帰った方がいい」という雪見くんの言葉に素直に従い京子と一緒にマネージャーの車に乗って家に帰っていた。

 マネージャーが色々言っていたけど、何も耳に入ってこなかった。

 海の中でゴボゴボ言われてるような音しか聞こえなかった。



 家に着いて、冷静になると、もっと一緒にいたかったな、と思う。

 だって私、彼のこと何も知らない。


 とりあえず、メッセージを送る。



【雪見くんへ、計屋はかりです。さっきはありがとう。夢じゃないよね】



 送信。



 本当に夢みたいな感覚があって、ふわふわしている。

 早く返信してほしい。

 まだかな。

 送ってそのままトーク画面を凝視する。


 3秒。


 10秒。


 30秒。



 遅いわ。


 これでドッキリでしたって言われたらどうしよう。


 私は自分のやったことを棚に上げてそんなことを思う。


 それに、雪見くんの隣にいた火法輪澪という人のことを思うと、胸がモヤモヤする。


 あのあと二人で何か話したのだろうか。

 親密に見えたあの二人は。

 雪見くんは分からないけど、少なくとも火法輪さんからは好意が向いていた。


 そういえば自己紹介した時に、火法輪さんは自分も芸能界にいると言っていたことを思い出す。


 スマホの検索欄に打つ。火法輪澪、と。


 すると、すぐに、


『現役女子高生、新世代グラビアクイーン爆誕』

 という記事が出てきて、さっき目の前に座っていた火法輪さんの、

 水着グラビアの画像が目に飛び込んできた。

 何人か周りを固める似たような水着の人がいるけど、火法輪さんは群抜いて輝いていた。


 …………綺麗な身体。

 綺麗なのに、えっちすぎる。くびれ凄すぎる。

 真っ白なビキニを着た火法輪さんは、不敵な笑みを浮かべていた。


 これ、すごいな。

 記事を読み進める。


 現役女子高生はGカップを武器に優勝────


 すごい。

 私も自分のが“ある”方だと自覚してるけど、ここまでじゃない。

 これからも成長するだろうし火法輪さんってグラビアで天下取るんじゃないかしら。


 そんな火法輪さんは、きっと雪見くんのことが好き。

 アプローチはしてたんだろうか。

 もし、してたら、彼女に言い寄られたら、男子高校生なら絶対付き合っちゃうと思う。


 でも私の告白は受けてくれた。


 じゃあ付き合ってないよね。

 それとも過去に付き合ってたとか?


 これが嫉妬というものなのだろうか。


 なんせ初めてできた彼氏なので勝手が分からない。


 京子、京子に聞こうかしら。


 ……でも、あの子もきっと彼氏なんて出来たことないと思う。

 アイドルに全力な子だから。



 ブブブ


 やっと返信がきた。


 雪見くん【夢じゃないよ】



 覗き込むようにスマホに見入りながら文字を打つ。


【良かった。ひとつ聞いても良い?】


 雪見くん【どうぞ】


【火法輪さんとはどういう関係?】


 雪見くん【バイト仲間】


【ただの?】


 雪見くん【それ以外にあるのか】


 ふーん。


【火法輪さんのグラビア見たことある?】


 3秒。


 10秒。


 30秒。


 既読はついてるのに。


 遅い。

 通話をかけましょう。


 迷わず通話ボタンを押し、しばらく待つ。


「……もしもし」


 出てくれた。

 声を聞いて、気持ちがうわずった。

 雪見くんと、喋ってる。


「は、初めての電話、緊張するわ!」


「……ああ。それで、どうしたんだ」


 なに、テンション低いわね。


「怒ってる?」


「別に。ただ今日は色んなことが起こって疲れたんだ」



 盛り上がってた私の気持ちが急速に消火される。

 そっか……。そうだよね。

 私に振り回された一日だったよね。


「……ごめんなさい。……もう切った方がいい?」



「……いや大丈夫だ。俺も無神経だったな。彼女の電話なんだからもっと喜ぶべきだった」


 優しい声に変わる。うわ。声好きかも。

 それに、彼女って、言った!


「そ、そうよ! 私、これでもすごいアイドルなんだからね!」


「……ふふ。らしいな。それが俺なんかに告白しちゃって大丈夫なのかよ」


 なんか笑ってらっしゃる。可愛い。もう一回笑って欲しい。


「わ、私だって大丈夫か分からない。ただ、この機会を逃したらもう一生貴方に会えない気がしたから……」


「……」


 無言の肯定かな。

 出会わない気でいたんだ。

 私から一生。



「でも、もう、私の彼氏だからね」



 ゆっくりと、念を押すように伝える。


 貴方は、私の、彼氏。

 それにしても、私の彼氏って。

 口に出すとどこかむずがゆい。


 中学のクラスメイトやグループ内のメンバーは、彼氏が出来た途端、生きてて良かったとでも言うように浮かれていた。

 別に馬鹿にしたりしないけど、理解ができなかった。

 そういう人達を不思議な目で見てきた私から言わせてもらう。


 生きてて良かった。


「ところで、どうして俺なんだ?」


 ふいに雪見くんが聞いてきた。

 確かにそう思うよね。


 急だったもの。


 でも、


「正直私も分からないの。それでも今とても満たされてるのは本当」


「ふ、なんだよそれ」


 呆れて笑ってる。好き。


 逆にこっちも気になる。

 怖いけど聞いてみる。


「雪見くんはどうして私と付き合ってくれたの?」


「……そりゃ国民的アイドルに告白されたら付き合うだろ」


「ふーん」


 嘘つき。


 昨日のドッキリ配信では断ったくせに。

 たぶんあの時が一番素に近い反応だったと思う。


 どういう心変わりがあったのか聞いてみたい。

 どうして受け入れてくれたの。

 それとも受け入れてくれてない?


 途端に不安になってきた。

 不安が溢れ出して言ったらいけないことまで言いそうになる。


 その時、そういう感情を吹き飛ばすような言葉が雪見くんから出てきた。



「計屋、明日も俺と会ってくれないか」





 ーーーーーー☆彡



 次の日、私は一日オフだったので準備万端で雪見くんを待っていた。


 準備とは、朝から私が一番美しく見える新しい服を買い、

 美容院に行って私が一番可愛いと思ってる髪型にアレンジしてもらった。


 もし、もしもそういうことになった時のために、全身エステまでこなしてきた。


 準備万端の私は、恋々坂第一位、計屋はかり。

 正直これまでこの肩書きにそこまで執着とかプライドとか持っていなかった。


 みんなに褒められたりするのは嬉しいけど、過度に持ち上げられるのは柄じゃなかった。

 たぶん私は田舎のちょっと可愛い娘で、地元でちやほやされて一生を終えるくらいが身の丈に合っていたように思う。


 向いてないなと思いながら、この二年ほど過ごしてきた。

 頑張ることは忘れて、ただこの見た目を、言われるがまま消費してきた。

 それだけで良かったから。


 でも今日は違う。


 私は、自分の意志で、自分のルックスに磨きをかけて、お披露目する。


 私は、恋々坂第一位、計屋はかり。

 早く雪見くんに見てほしい、みんなが欲しがるこの私を。


 待ち合わせ場所で、鏡に映る自分を見る。

 今の私、輝きが凄いかもしれない。


 もし雪見くんが数多いる私のファンのように顔を真っ赤にして喋れなくなったらどうしよう。



 ────しかし、そんな期待はまったくの的外れで、見当違いだった。




 しばらく待ったのち、雪見くんが来たけど、様子がおかしい。

 雪見くんは私に向かって歩……いや、走ってきてる。


 そ、そんなに私に会いたかったの!?


 クールだと思ってたのにギャップが凄いわ……って何か焦ってる?


「計屋、一回しか言わないから聞いてくれ」


「は、はい」


 髪が乱れてる。ワイルド。


「ここから歩いていける距離にカラオケ屋がある。そこに来て、店の前で待っていてくれないか。中には入ってこないでほしい。急で悪いが」


 すごく真剣に話してる。

 精悍な顔つきに私は見惚れていた。


「返事してくれ」


 肩をぎゅって握られる。


「はい……」


「ありがとう、またあとで」


 それだけ言うと雪見くんは風のように走っていった。

 人混みをあれだけ速く走ってぶつからないのはどういう理屈なんだろう。


 はぁ、思ってた反応じゃなかったけど、これはこれでありかもしれない。


 もう一度今の真剣な眼差しの雪見くんを思い描いていた。






 ーーーーーー☆彡




 ゆっくり10分ほどかけて歩いて目的地についた。


 中に入るなと言われたのでそれを守る。

 私、雪見くんの言うこと聞きます。


 それからさらに15分ほど経った。

 元々暇を潰すのは性に合ってるし、待つのは苦痛じゃなかった。

 なんかカラフルな髪をした3人組がべろべろになりながら店から出てきたりして見てるだけで面白かったし。


 でも、そろそろ一度連絡しようかなと思い始めた頃、雪見くんがカラオケ屋から出てきた。



“両腕に女を巻き付けて”────



 右腕の女が言う。


「お兄ちゃんあたしのことどれくらい心配した? いっぱい心配した?」


 左腕の女が言う。


「ふ、うわぁ……雪見くん、意外と筋肉があるんだね……」




 二人の女は、この世に雪見くんしか存在しないかのように上目遣いでしきりに話しかけている。

 ていうかよく見たら左腕の女は、京子だ。

 何をしてるの。




 雪見くんだけ、こっちを見て「ああ」みたいな顔をしている。

 どういうことなの。


 折角セットした髪の毛が、怒りでぶわっと広がるような錯覚を起こす。


 つかつかと近づき、叫んだ。




「私の男に巻きつく理由を説明しなさい!」










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