21 計屋はかり「……雪見くんという方と、お付き合いしています」




 赤森京子です。


 朝、僕はベッドの中で唸っていた。


 柔らかい日差しが入る窓、居心地のいいお布団。

 いつもならただ気持ちの良い朝なのに、僕の心は変になっていた。


「ん~~うぅ~~」


 僕は昨日の夜、雪見くんに向かってとんでもないことを言ってしまったから。


 一晩寝て朝起きても、思い出しただけで顔が火照るのが分かる。


 勝手に好きでいても、いいですか────。


「んん~~~ッ!!」


 枕に顔を押し付けて言葉にならない声を発する。

 じたばたじたばた、ベッドの上を泳ぐように足を動かす。


 ……。


 疲れた。

 足を止めて、布団にくるまる。

 小さな声を出す。


「返事聞かなくて良かった……」


 好き宣言もそうだけど、その前のカラオケ店での出来事も思い出す。


「かっこよかったなー」


 本当にそう思う。


 男の人三人を倒して、僕と有希ちゃんを守って……。

 僕は喧嘩とか本当に苦手だし、嫌いだけど、かっこいいと思ってしまった。

 腹筋も彫刻みたいに割れてて目が離せなかった。


 雪見くんって、モテるのかなー。


 芸能界にいるとやたらと顔の整った人によく出会うけど、そういうかっこよさとは違うものがあった。

 仕草とか雰囲気、なのかなー。


 自然体な人って雪見くんのことを言うのかも。


 雪見くんの優しい目と、耳がドキドキする声を思い出す。


『なに、赤森も俺のこと好きなのか』


 声が耳にかかる。


『どうなんだ赤森』


 お腹の下の方が熱くなってくる感覚がする。

 肌触りの良いパジャマの上を滑らせ、そっと手を添える。

 このまま雪見くんのことだけ考えていたい。


「雪見くん……」


 妄想の海に飛び込もうとしたとき、部屋の扉が開いた。




「京子? そろそろ家出なくていいの?」



「お母さん!? え、やば! もうこんな時間!」


 慌てて準備をする。

 シャワー浴びてから行こう。

 今日は、午前中からMV撮影がある。


 雪見くん、動画とか見るのかな。


 見てくれたら嬉しいな。




 ーーーーーー☆彡



 現場について、着替えて、メイクをしてもらった。

 控室に座ってスマホでダンスの最終チェックをする。


 今ここで撮影するのはかりちゃん、僕、あと3人。


 トップメンバーは30人近くいるけど、今回メインシーンは5人で回すみたいだ。


「京子、おはよう。衣装とっても可愛いわ」


 はかりちゃんが話しかけてくる。


「おはよー、はかりちゃん。ありがとう~。はかりちゃんも綺麗で素敵」


 本当に綺麗だった。

 黒を基調とした衣装は、はかりちゃんの美しさや強さを際立たせている。

 元の顔立ちが完璧すぎるからか、メイクが乗るとさらに強い印象に見える。


 クールビューティって言葉、はかりちゃんのためにあると思う。


「京子、昨日ね、有希ちゃんと話してて思ったんだけど、あの子、絶対アイドルになるべきだと思わない?」


 そのクールな仮面が剥がれた顔で、はかりちゃんが話しかけてくる。


「あー僕も思った。天使みたいだよね」


「そーーー可愛いし頭良いしもう虜になったわ私!」


 はかりちゃんがふにゃふにゃの顔で言っている。


 そんな様子を周りのスタッフは奇異なものを見るような目で見ている。


 そうだよね……。普段現場でまったく喋らないからはかりちゃん。



 たまに僕に向かってぼそぼそ喋りかけるくらいで、人前でこんなに明るく喋ることはない。


 今回の曲で初めてメインに抜擢された子が驚いているのが分かる。


 その子の名前は貝柱かいばしら愛梨あいりさん。

 ほとんど話したことはないけど、最近名前をよく聞く。

 たぶん僕やはかりちゃんより年齢が一つ上だったと思う。


 その貝柱さんがこっちに寄ってきた。


「計屋さん、機嫌良さそうですね」


 ……お?


「……??」


 はかりちゃんは、この人誰? って顔で僕を見てる。

 ダメだよ、ちゃんと返事しないと。


「貝柱さんだよね、今日はよろしくね」


 僕が代わりに応える。


「ウケる。計屋さんに話しかけたんだけど」


 貝柱さんは笑いながら笑ってない目ではかりちゃんを見ている。

 こわい。


「……何?」


 はかりちゃんがシンプルすぎる返答をする。


 控室の空気が一気に冷えた気がした。

 メイクさんもADさんも息をのんでこちらを窺ってる。


「炎上してるのに呑気だなぁって言ってんの」


 うわすごいな。

 はかりちゃんはオーラもすごいし結果も出してきたので、雰囲気も相まって僕以外のメンバーからは恐れられてる。

 ここまで真っ向に対峙していく人は初めて見た。


「……ああ! 思い出した。貴女、あのゴリラみたいな男の仲間だっけ」


 はかりちゃんが思い出したように目を見開いて言う。


「なっ……アキラさんのことゴリラって……!!」


 信じられないとでも言うような格好の貝柱さん。


 うわー、あの噂マジなんだ。


 門田さんという有名プロデューサーがいるんだけど、それの息子がジュニアと呼ばれていて、本名は門田アキラというゴリラのような大男だ。

 ジュニアは父である門田さんの威光を振りかざして好き勝手やっている。


 お気に入りの子に仕事をねじ込んだり、夜な夜な連れ出したり、そういう時代錯誤なことを繰り返してる。


 最近メディア露出が増えている貝柱さんは少し前からお気に入りで贔屓されていると噂されていた。


「ゴリラみたいな男がね、この人を連れて何度か食事に誘いにきたのよ」


 はかりちゃんが僕に説明してくれる。

 みんなにも聞こえてるからあんまり大きな声で言わない方が……。


「そうなんだ……」


「もちろん行かなかったわよ? ゴリラの私を見る目がいやらしくって嫌だったし」


 はかりちゃんは何でもないように淡々と僕に向かって喋るけど、貝柱さんの顔はみるみるうちに真っ赤になった。

 ドッキリ配信のときも思ったけど、ジュニアははかりちゃんに執着してる。


「ふざけんな!」


 貝柱さんはそれを良く思ってないのだろうか。


 肩を怒らせてその場から逃げ去るように控室を出ていく。


 朝から先が思いやられるなぁ。



 ーーーーーー☆彡



 先の騒動は無かったかのように、MVの撮影が始まった。


 今日の監督はこだわりが強くて、演者に結構な指導が入る。


 それでもはかりちゃんや僕は流れるように撮影をこなしていく。

 貝柱さんが上手く演技できなくて怒られて空気が悪くなる一幕もあったけど、順調だ。


 僕はちょっと派手なアクションシーンも入ったけどばっちりこなせた。

 筋トレと練習がんばって良かった。

 たくさん褒められて嬉しかった。やったね。


 今ははかりちゃん一人のリップシンクを撮ってる。


 監督の指示を吸収して全身で表現するはかりちゃんは最高だった。

 指先から、目線まですべてが美しい。

 男性スタッフはもちろん、女の人も目を奪われてる。


 いつもはかりちゃんは「自分は見た目だけ」って言うけど、全くそんなことない。


 やる気はともかくやっぱり第一位の実力と華がある。

 悔しいけど、いつか超えてやるんだ。


 そんなことを考えていると、貝柱さんが慌てて裏の方へ走っていくのが見えた。


 げ。


 門田ジュニアが見に来てるじゃん。

 最悪。


 寄ってくる貝柱さんを適当にいなしながら、はかりちゃんをジッと見てる。


 何も問題起きませんように。



 ーーーーーー☆彡



 今日の撮影が無事に終わって、控室で休んでいると、奴が入ってきた。


 ジュニアだ。


 メンバーと女性スタッフしかいない空間にずかずかと乗り込んでくる。


 マネージャーさんか誰か助けて~。


 お疲れお疲れ~とか皆に慣れ慣れしく言いながら僕とはかりちゃんの近くにきた。


「はかりちゃん、撮影良かったよ~! めちゃくちゃ色っぽかった!」


「……」


 はかりちゃんは会釈だけ返す。

 気持ちはわかるけどちゃんと答えないと。


 近くで様子を窺ってる貝柱さんの舌打ちが聞こえた。


「あのさぁ、はかりちゃん。今、炎上で大変でしょ」


 ジュニアは気にせずに続ける。


「……」


 はかりちゃんは無言で身の回りを片付け始める。


「ちょっと! アキラさんを無視しないで!」


 貝柱さんが我慢できず寄ってきた。


「いいんだ愛梨。はかりちゃんが困ってるのは俺も許せないからさ。暴露系インフルエンサーのトレトレに話つけてあげようかと思ってるんだ」


 貝柱さんへの愛梨呼びが気持ち悪い。


「……話つけるって?」


 はかりちゃんが答えた。

 僕も気になる。


 トレトレっていうのは確か色んな情報を暴露する配信で10万人くらい視聴者を集める怖い人だ。


「俺知り合いなんだけどさ、次の配信ではかりちゃんと例の高校生を暴露するって言っててさ」


「なに、それ……」


 はかりちゃんが驚いてる。僕も同じ気持ち。

 何を暴露するんだろう。

 まさか付き合ってることを掴んだのか。


「でもさぁ、はかりちゃん別に暴露されることなんてないでしょ? どうせ捏造だからさぁ、俺が話つけて取り下げてもらおうって言ってんの、代わりにさ……」



「すいません通してください!!」



 黒髪ショートの女性が割り込んできた。

 ……マネージャーの佐崎さんだ。

 黒いパンツスーツにパンプスがキマっている。


「おい、なんだよ……」


 不服そうなジュニア。


「計屋と赤森は次の現場があるので失礼します」


 佐崎さんはマネージャーの中でもチーフという立場で、あまり現場に出てこない人だ。

 何度か話したことがあるけど、優しくてとても頭の良い人だと思ってる。

 以前はかりちゃん専属だったという話も聞いたことがある気がする。


 それでたまたま居合わせて来てくれたのかな。

 あまりにハキハキした物言いにジュニアも強く出れないように見えた。


 助かった……。


 佐崎さんに連れられて、控室から出て廊下を歩く僕とはかりちゃん。

 突き当りを曲がってしばらく進んだあと、急に曲がって貸し会議室に入った。


「佐崎さん……?」


 あれ、外に出るんじゃないのか。



「計屋、さっきの門田さんに対する反応、何かあるな」


 佐崎さんが僕の疑問に答えず、はかりちゃんに詰め寄る。


「佐崎さん……」


 しおらしく答えるはかりちゃんにびっくりして顔をまじまじと見る。


 怒られてる小学生みたい。

 佐崎さんとの関係が一瞬で分かってしまった。


「私には隠しても分かる。何があるんだ、言ってみろ」



「……雪見くんという方と、お付き合いしています」



 小声で言ったはかりちゃんを見て、佐崎さんは天を仰いだ。

















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