7 雪見大福「分かった。付き合おう」



 私、計屋はかりやはかりは、人生で一番感情が揺れ動く瞬間を過ごしている。

 彼と出会ってからずっと。







 私はドッキリ番組の仕事が終わってから家に帰って、赤森あかもり京子きょうこと通話していた。


 慣れないSNSにログインして、目を皿のようにして流れる情報を読む。


 私にドッキリを仕掛けられた男子高校生の情報を。


 私のうかつな発言のせいで彼に迷惑をかけているのは分かってる。

 それでもこの形容しがたい衝動を抑えることは出来なかった。


 名前と高校が載ってる。

 場所も、私の住むところからそう遠くない。




「京子、お願いがあるのだけれど」


「……なに、はかりちゃん」


「この、ネットに載っている雪見くんの通っている高校に行きたいと思うの」


「絶対やめた方がいいと思う」


 京子はものすごく警戒している。


「明日の仕事、私も京子も夜だけでしょ?」


「そうだけど。無理無理、この情報って誰でも見れるんだよ? 記者とかが張ってたらどうするの」


「変装するわ」


「そもそも、会ってどうしたいの? どんな人かも分からないのに」


 会ってどうしたい?


 まず、謝りたい。

 私のせいでネットにあることないこと書かれている。

 私は普段あまりSNSを見ないし、この仕事をしてるのである程度耐性はある。

 一般人の彼は大変な思いをしてる可能性が高い。


 そして……


 確かに、私はどうしたいんだろう。

 彼は、私の告白を断った。


 恋々坂第一位の私をフッたことに対する憤りやプライド?


 私の外見に惑わされず、人として見てくれるかもという期待?


 分からない。



「それを確かめたいの」


「……」


「こんなこと、京子にしか頼めない」


「はかりちゃん、いつからそんなに積極的な人になったの……」


「お願い、京子。私あなたしか友達いないの知ってるでしょ?」


「それは自分の責任でしょ!?」


 結局、京子は渋々了承してくれた。

 彼女はいつも優しい。





 ーーーーーー☆彡




 次の日。


 彼、雪見くんと実際に会ってからのことは正直目まぐるしくて言葉にできない。


 京子と高校近くのベンチに座って雪見くんを待っていた時間は、10分にも感じたし、1時間にも感じた。


 何を話そうとか、こんなにたくさんの生徒の中から彼を見つけられるだろうか、とか色々な考えが頭を巡った。


 実際は、雪見くんが歩いてきたらすぐに分かったし、すぐにマスクを外して飛び出していた。


 結果は、私の連絡先は受け取ってもらえなかった。


 そして、なぜか彼は京子に告白していた。


 どうして?


 雪見くんとスマホでRINEを交換した京子は顔を真っ赤にしていた。


 どうして?


 京子、しっかりして。

 何をぽーっとして彼の名前を呟いてるの。


 京子?


 こっちを見て。




 ーーーーーー☆彡



 京子と二人で一度自分の部屋に帰った。


 なぜ二人で帰ってきたかというと、私が手を離さなかったからだ。


「はかりちゃん、僕も一回家に帰りたいんだけど……」


「ごめん京子。ちょっと私普通じゃないかもしれない」


「うん……僕は冷静になって欲しいなって」


「どうして雪見くんは京子に告白したんだろう」


「だからそれは、さっきも言ったよね。記者に見られてると思ったんだって。はかりちゃんのために、男の恰好した僕の、てっ、手を握ったんだよ」


 確かにあの一瞬でその判断をしたなら、さすが雪見くんだと思う。

 ドッキリの時もそうだし、何でそんなに冷静なんだろう。

 男の子にしては可愛い顔なのに涼しげな目元を思い出す。


 お腹の下の方が熱くなる気がした。


「それだけなら実際にRINEを交換する必要はなかったじゃない」


「た、たしかに。で、でも仕方ないじゃん!流れでそうなったんだからっ」


 焦っていても京子は可愛い。

 小動物的な可愛さがある。

 これでステージに立てばその運動神経と持って生まれたパフォーマーとしての才能で大車輪の活躍をする。

 私は赤森京子が好きだった。


 でも、京子の魅力を知ってるからこそ、彼とRINEを交換したことに対する渦巻く感情があった。


「彼に私の連絡先も送信して」


「そんなのだめだよ」


「お願い。京子は雪見くんのことが好きで独占したいの?」


「なっ そんなわけないよ! わかった送るから変なこと言わないで!」



 その後、何度かメッセージを送って貰ったけど、返信はなかった。


 私はもう我慢できなかった。


「京子、通話して。彼から返事があるまで仕事行かない」


「RINE教えるから自分で通話してよ……」


「それは嫌。はしたないじゃない」


 それに恥ずかしい。


「もうどうにでもなれだよ……」


 返信がこない間、こんこんと雪見くんについてのお話をしていたので京子はぐったりしている。


 京子は電話口で変なことを口走っていたけど、ディレクターよろしく光速のカンペを出すことで、なんとか目的のセッティングをしてもらった。

 なんか、京子にも言われたけど、どんどん積極的になってるかもしれない。私。




 ーーーーーー☆彡




 京子と一緒に1本仕事を終わらせて、彼の働くファミレスに来ていた。


 仕事終わりにチーフマネージャーからミーティングがあると言われたけど適当に理由をつけてここに来た。


 おそらく、例の炎上騒ぎの件だと思う。

 今まで真面目に働いてきたからか、第一位の威光か、あっさり帰してくれた。

 ありがたい。



 入店すると、やたらスタイルの良いウェイトレスが接客にきた。


「いらっしゃいませ。雪見から話を聞いてます。こちらへどうぞ」


 なんか、えっちだな。

 女の私が見てもそう思うウェイトレスに店の端の席に案内される。


 席に着く。

 ここで雪見くんがアルバイトしてると思うと緊張してきた。


「京子は来なくても良かったのに」


 横を見て言う。


「ひどいっ!」


「冗談よ」


「もう。今のはかりちゃん一人にしたら何するか分かんないからねっ」


「京子、化粧落としてないのね。いつも仕事終わりすぐに落とすのに」


「なっ 良いでしょ別にっ!」


 京子をからかいながら待っていると、彼が来た。


「こんばんは。夕方ぶりですね」


 白いコックの服を着ている。キッチンで働いてるのだろう。

 似合っている。思わず頬が緩む。


「私も同席していいですか?」


 彼の隣から、さっき案内してくれたやたらスタイルの良いウェイトレスも声をかけてきた。


「二人はどういうお関係でしょうか?」


 私の隣で京子がぎょっとした顔をしている。

 いきなり過ぎただろうか。


 雪見くんは自然な顔でウェイトレスを見ている。


 ウェイトレスが答えた。


「…………友達です」


 少し溜めた沈黙がただの友達ではないと言外に伝えていた。


「そうですか。どうぞ、座ってください」



 ーーーーーー☆彡


 それぞれの自己紹介も済み、雪見くんが切り出す。


「じゃあ全員高校二年生なんですね。タメ口でもいいですか?」


 私、京子、火法輪さんが頷く。


「俺のせいで仕事に穴を空けたっていうのは本当?」


「そうね。あなたが電話に出てくれなかったら休んでたわ。手につかないもの」


「計屋さんは国民的アイドルで、大勢の人間が迷惑するんじゃないのか」


 隣で京子がうんうん頷いている。


「そもそも雪見は計屋さんのこと知ってたの?」


 火法輪さんが問いかける。


「いや知らん。お前は?」


「知らないわけないでしょ……」


 彼と火法輪さんの気の置けないやりとりに胸がざわつく。


「ふ、二人は、本当にただの友達?」


 思わず聞いてしまった。

 火法輪さんの顔色を窺う。


「そうだって言ってるでしょ」


 苛立ち、焦りのような感情が見える。

 直感的に分かってしまった。

 彼のことが好きなんだ。

 全身がそう言ってる。



 私、計屋はかりやはかりは、人生で一番感情が揺れ動く瞬間を過ごしている。

 彼と出会ってからずっと。


 今しか無いという衝動が、私を踏み込ませる。



「じゃあ、私と付き合って。雪見くん」


「へ?」


「は?」



 京子と火法輪さんが声を上げるが私は揺るがない。


 雪見くんを、射殺すような目で見つめる。



 これはドッキリの演技じゃない。



 まだあなたのこと全然知らない。


 でも、だからこそ知りたい。


 この感情と、衝動の理由を。



 雪見くんはじっと私の目を見ている。


 永遠にも思える時が過ぎ、彼は口を開いた。




「分かった。付き合おう」





 私、計屋はかりは、人生で初めて彼氏ができた。










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