6 火法輪澪 「雪見になら触られてもいいよ。この大きな胸も身体も」



 俺は学校からの帰り道、例のアイドル計屋はかりやはかりとそのマネージャーと思われる人物に捕まったが、なんとかその場をやりすごし再び帰路についていた。


「さっきの人、自分は男の子だとか言ってたけど……」


 先ほどRINEを交換した人物のことを考える。


 RINEの名前を見ると『赤森京子』と出ている。


 この名前、件のドッキリ配信で司会をしていた人のような気がする……。


 何かさらにややこしい事態になってるような気しかしない。


 ただ、ぱっと見は完全に美少年にしか見えなかった。


 もし週刊誌か何かの記者に写真を撮られていたとしても、男子高校生がイケメンに連絡先を聞いてた図にしかなってないはずだ。


 一応妹の有希にRINE通話をしてみる。



「もしもし」


「お兄ちゃん? どうしたの」


「有希、そっちは大丈夫か。俺の方は計屋はかりが会いに来た」


「えー!!あたしの方は大丈夫だけど、はかりちゃん……や、やっぱりお兄ちゃんのこと……」


「それでさ。たぶん記者?も見てるのに、連絡先を渡されそうになったから咄嗟に隣にいた男のマネージャーっぽい人に告白してみたんだけど」


「ぎゃー!!何してんの!!!」


「いや……計屋はかりのスキャンダル回避というか……」


「お兄ちゃんがまた面白おかしく書かれたり炎上したりするじゃん!!」


「上手くいくと思ったんだけどな……。ただ、どうやら男じゃなかったみたいでさ。手握って近づいたらいい匂いがするし」


「……どういうこと」


「交換したRINEの名前が赤森あかもり京子きょうこってなってて」


「ぎゃー!!」


 ガシャガシャンッと明らかにスマホを落とした音が聞こえる。


「有希。有希、大丈夫か」


「……お兄ちゃんは本当にさすがだよ。計屋はかりだけじゃ飽き足らず、赤森京子にまで……。確かに男装モードの京子ちゃんなら、事務所も他人で通せるかもしれないけどさ。ジェンダー的な問題もあるし」


 何やら急に納得してくれた。


「そうそう。そういう思惑があったんだよ」


「嘘つき。また思い付きで動いたんでしょ。もっと自分を大事にして」


「わかったよ。繰り返すけど有希の方は大丈夫なんだな?」


「うん。本当になんともないよ。千佳ちゃんと遊びに行ってくる」


「そうか。気をつけてな。俺はバイト行くから遅くなるよ」


「はーい頑張ってねー」



 通話を切り、バイトに向かう。


 そうか、やっぱり赤森京子はアイドルだったか。

 もう関わるのはやめよう。


 RINEに赤森京子から何件かメッセージが入っていたが、読まずにスッとスワイプして非表示にした。




 ーーーーーー☆彡




「お疲れ様でーす」


 バイト先のファミレスに着き、スタッフルームに入りながら挨拶する。




「おつかれさま。久しぶり、雪見」




 挨拶を返してくれた彼女は、ホールスタッフの制服に身を包んでいる。

 相変わらず素人離れしたスタイルだな、と思う。

 主に胸部がはちきれそうだ。




「やめなかったんだな、火法輪ひのりわ



「うん。おかげさまで」


 この彼女の名前は火法輪ひのりわ みおという。


 同じ学校の生徒だが一緒のクラスになったことはなく、三か月前、俺がバイトを始めたときに知り合った。


「あんまり無理すんなよ」


 彼女の気持ちを思って、優しい声音になってしまったかもしれない。


 この数週間、色々辛かったはずだ。

 またこのバイト先に顔を出した勇気を、俺は尊敬できると思った。



 火法輪は少し俯いてからゆっくり近づいてきて、俺の手を、自分の胸に抱くように抱える。


「また何かあっても雪見が助けてくれるでしょ」


「……あの、手が当たってるんだけど」


 制服の素材が薄いからか、柔らかさがダイレクトに手のひらに伝わる。


「雪見になら触られてもいいよ。この大きな胸も身体も」



「男子高校生ナメんなよ!!」



「ふふ」



 名残惜しいが手を振りほどき、距離を取って逃げる。

 なんかこいつ、パワーアップしてないか。

 もっと引っ込み思案だったはずなのに。


 まぁ元気になったなら良かった。



 そろそろ着替えにロッカールームに行こうかと思ったとき、スマホが鳴った。


 マナーモードで震えるスマホの画面を見る。


 赤森京子からの着信がきている。


 出るか出ないか。じっと画面を見る。

 しばらく待っても鳴りやまない。


 気づいたら火法輪が横にきて画面を見ていた。


「出たら?」


「火法輪だから言うけど、これアイドルらしいんだ」


「何それ。雪見がアイドルと繋がりあるわけないじゃん」


 鼻で笑われた。


 いやお前も“グラビアアイドル”じゃねーか。

 芸能に疎い俺からしたら同じカテゴリだ。


 どうやらまだ昨日の炎上騒ぎはまだ火法輪の耳に入ってないらしい。

 ま、その件を知っててもRINE交換してるなんて思わないか。


 まだ鳴っている。


「出たら? アイドルと喋れるよ?」


 まったく信じてないなこいつ。


 まだ切れない。よっぽど緊急の件なのか。


 ええい。


「はいもしもし」


「あ、繋がった!ありがとう!じゃなくて遅い!何ですぐ出てくれないの!?」


 なんかこの子良い人っぽいな。

 最初に感謝が出てる。

 芸能人ってもっと偉そうなのかと思ってた。


「すいません」


「あ、いやっ 謝らなくて良いんだけど。今話せる?」


「少しなら」


「良かった。あのっ 僕のメッセージ見てくれた?」


「いえ……」


「だよね。既読つかなかったもん。まず、僕は赤森京子。アイドルやってます」


「はい」


「……それだけ!?」


 他に何があるんだ。


「あの、僕って知ってて、さっきの、一目惚れとかっ……言ってきたの?」


「……」


 そんなことも言ったな。

 なんて答えたらいいんだろうか。

 迷っていると、赤森が続ける。


「えっ 何、分かった分かった!」


 スマホの向こうで揉めているような音がする。


「あの、本当に今大変な状況で、はかりちゃんが仕事に行かなくなっちゃったの」


「はぁ……?」


「一大事なんだよ!!恋々坂第一位の完璧アイドル計屋はかりが仕事に穴空けるなんて!!」


「……大変ですね」


「ひとごと!!」


「これ、もしかして、俺に責任があるみたいな話なんでしょうか」


「どうしても、君と話したいみたいなんだ」


 その言葉は肯定の意を伝えてきていた。



 ーーーーーー☆彡




「で、もう一回初めから説明して」


 向かいに座って足を組んでるのは火法輪ひのりわみお


 腕も組んでいる。胸がずっしり乗っている。


「だから、ピーク過ぎの21時頃に、この店に計屋はかりと赤森京子が来るから、角の席を空けといてほしいって言ってんの」


「……本気で言ってるの?」


「俺だって信じたくねぇよ。ネットで俺の名前で検索したら流れ分かるんじゃないか」


 やっと俺が本気で言ってることが分かったのか、火法輪がスマホに表示されたページをすごい勢いで読み始めた。


 ていうかこいつ今日いつから始業なんだ。

 サボってていいのか。


 一通り情報を拾ったであろう火法輪が顔を上げる。


「雪見……思ってたより大変なことになってるね……ごめん疑って」


「いい。普通はああいう反応するだろ」


「あの、さ。雪見は大丈夫なの? ネットにこんなにあることないこと書かれて」


「最初は面食らったけど今はなんとも。有希に影響ないか心配してるくらい」


「強いね……」


 なぜか火法輪が泣きそうな顔をしている。


「ま、そういうことだから、時間きたら頼むわ」


「私も同席する」


「……何で」


「味方、いた方が良いでしょ」


「そうか。まぁご自由に」










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