5 赤森京子「ぼ、僕は、男の子だよ!?」
僕の名前は
16歳。
恋々坂グループで活動しているアイドルの一人。
マニッシュショートヘアで前髪重ため。
得意分野はダンス。あとバラエティの運動系は一通りこなせる。
僕についてよく言われるのは、ボーイッシュとか男装の麗人とか。
もしもっと身長が高かったら歌劇団のスターになれたかもって声も少なくない。
確かに私服はメンズライクな着こなしが多いし、舞台衣装をカッコイイ系にアレンジすることも多い。
でも僕はアイドルになれて良かったと心から思う。
たくさんダンスや歌の練習して、ばっちりメイクして。
最高の衣装を着て、ステージの上から全身で僕を表現する。
そして、普通の人間が生涯貰える量の何百倍、何千倍もの声援を頂く。
こんなに楽しくて満たされることはない。
他のメンバーにこんな思いは伝えたことないけれど。
僕はアイドル業に誇りを持っていた。
────だから、アイドルとして終わるかもしれない
事の発端は昨日のお渡し会後に行われた番組配信だった。
「「アイドルが、自分のファンに告白してみたドッキリ~!!」」
同じグループメンバーである
僕たちは二人で番組のMCをしていた。
「今日はこちらのTATSUYAさんで我々三人のお渡し会がありました」
「ました」
「今終わった直後なので、この近くには僕たちのファンがうじゃうじゃいます!」
「うじゃうじゃ」
「今回のターゲットは、はかりちゃんのファンです。つまり、黒のTシャツが目印ですね」
「くろくろ」
……リンネの役、楽だな。
私が喋ったあとに適当に相槌打つだけ。
横目でじっと見るけどリンネはどこ吹く風だ。
まぁリンネはそういうキャラだからそれでいい。文句なしに可愛いし。
そうこうしてるうちに説明が終わり、仕込みのファンがスタンバイしてるのが見えた。
……げ。あいつ、
門田さんはヒゲを蓄えた敏腕プロデューサーで僕たちの様々な仕事をサポートしてくれる有能な人だ。
グループ創設者である伝説の
凄い人なんだけど、この門田ジュニアに対する扱いが正直良くない。
息子に対して甘すぎるのだ。
この僕たちの間ではジュニアと呼ばれている門田さんの息子は、生粋の恋々坂オタクだ。
それも厄介なタイプの。
お気に入りのアイドルの子をつくっては、父である門田さんに頼み込んで、その子の公演チケットを優遇してもらったり、出演番組の観覧にねじ込んでもらっている。
最近はより厚かましくなってきて、門田さんがいる現場についてきて楽屋まで堂々と入ってきたりする。
メンバーの子たちは、ジュニアに話しかけられると、門田さんにお世話になってるので無下にするわけにもいかず、対応に困っていた。
そのジュニアが今、計屋はかりに告白されるファンの役として待っている。
(どおりで……ちょっとひどい企画だと思ったけど……)
こういうことだったのか。
想像することしか出来ないけど、ジュニアの、はかりちゃんに嘘でもいいから告白されたいというわがままで門田さんがこの企画をつくったのかもしれない。
ジュニアが鼻息荒く、少し先の簡易ベンチで座っている。
計屋はかりに告白される妄想でニヤついているように見えた。
演技で好きって言われて意味あるのかな。
……あるんだろうな、ああいう人にとっては。
門田ジュニアは、身体が大きく、ゴリラと呼んでるメンバーもいるような人だ。
怖いな、と正直思った。
はかりちゃんが心配だった。
────そう思ってた時だった。
一人の少年がはかりちゃんに向かって歩いていった。
細身だけど体幹はしっかりしてる感じの、黒髪の少年。
立ち止まった隣に、あの計屋はかりが立ってるのに、何も気にせず信号待ちをしている。
カメラの裏側で、ジュニアが騒ぎ始めた。
「おいあいつ誰だよ! つまみ出せ!はかりに告白されるのはおれの役だろ!?」
スタッフは誰も動かない。
というか動けなかった。
門田さんのお願いだから仕方なく役を与えただけで、ジュニアの命令を聞く気がある人などいない、というのと。
はかりちゃんが少年に話しかけてしまったからだ。
そこから先は、距離があったからよく見えなかったけど、はかりちゃんのドッキリは上手くいった……と思う。
少年は頭を下げながら去っていった。
ただ、そのあとのはかりちゃんの様子がおかしかった。
僕たちのもとへ戻ってきたはかりちゃんは、どこか恍惚な表情をしていて────
それは、はかりちゃんを初めて生で見たファンの人たちがするような顔だったと思う。
熱に浮かされたような、瞳が濡れているような。
とにかく僕ははかりちゃんのどちらかというとクールな面ばかりをよく見てきたので、面食らってしまった。
「おい! ドッキリもう一本いけるよな!? オレの番だろ次は!?」
騒ぎ立てるジュニアをみんなが無視をする。
はかりちゃんの状態を見ればどう考えても無理だ。
それに、興奮状態のジュニアを計屋はかりの近くに寄らせたくないというのは、もはや現場の総意だった。
門田さんに必死で耳打ちするスタッフ。
門田さんはしばし考え、「撤収!」と声をかけ、ジュニアの肩を抱きながら帰っていった。
良かった。
現場に安堵の空気が流れる。
それから僕は、少し落ち着いたように見えるはかりちゃんに近寄って声をかけた。
「大丈夫? 顔赤いよ?」
「え……そう?」
少し赤い頬に両手を添えて、伏し目がちな計屋はかりは、あまりにも可愛すぎた。
もう二年近く一緒に仕事しているのに、こんな顔は見たことがない。
異常事態だ。
「……緊張したの?」
「ううん。なんか、ドキドキした。一目惚れ、嘘じゃないかも」
「へ?」
何を言ってるんだろう。
何を言ってるんだろう!?
嫌な予感がした。
何かが変わってしまう予感が。
その場は聞かなかったことにして、うやむやに流して、家に帰った。
ーーーーーー☆彡
僕は寝る準備を終わらせて、自分の部屋でSNSを見ていた。
恋々坂のトピックは、いやというほど情報が入ってくる。
Tvitterを見てると今日の配信が軽く炎上していた。
アイドルに一般人に告白させるなんて何事だ、と。
僕もそう思う。
特に僕が叩かれてるわけではないので軽く流し読みしていく。
そこで、気になるツイートを見つけた。
・計屋はかりがファンに向かって「名前と住所と学校を教えて」と言っている件www
な、なんだってー!
そこから派生の情報を見ていくと、非常にまずいことになっていることが分かった。
はかりちゃんがあの少年の情報を求めている。
そして、どういうルートなのか実際に情報が拡散され始めていた。
RINEが鳴る。名前は計屋はかり。
嫌な予感がする。
「京子、まだ起きてる?」
「起きてるよ! はかりちゃん、大変なことになってるよ……」
「Tvitterのログインパスワード教えて」
「聞いてるの!? パスはマネージャーがくれたメールに残ってると思うけど」
「あ、そうか! ありがとう」
普段SNSをすべてマネージャーに任せている彼女が何かをしようとしている。
「はかりちゃん、何をしようとしてるの」
「ユキミくんの情報が出てるってADちゃんから連絡きたの」
「あの子ユキミくんって言うんだ……じゃなくて!情報見てどうするの!?」
「……あった。ふふ。雪見大福ってふふ。可愛い」
なんかツボってらっしゃる。
イイネイイネ、とか呟いてる
嫌な予感は当たる。
「京子、お願いがあるのだけれど」
ほら。
ーーーーーーー☆彡
次の日の夕刻、僕は、はかりちゃんの希望通り、男装して彼女の横にいた。
彼女いわく僕の男装は最高のナンパ除けになるらしい。
何度も素敵素敵と言われて悪い気はしなかった。
けど、今回は止めなくちゃいけない。
少年の高校の近くで待ち伏せなんて。
集合してからも、こんなの記者に尾けられてたらどうするの、とか何度も止めたけど無駄だった。
「直前までマスクしてるから大丈夫」
とのこと。
ばか。
はかりちゃんは自分のオーラが分かってない。
そのスタイルや髪のツヤですぐバレちゃうよ。
しばらく待ったのち、慌ててはかりちゃんがマスクを外して歩き出した。
雪見大福とやらを見つけたのだろうか。
いた。
はかりちゃんが少年と会話している。
私は、冷静すぎる雪見少年もそうだけど、
完全に恋する乙女状態のはかりちゃんに一番驚いていた。
まさかとは思ってたけど、まさか本気なのはかりちゃん。
私は、そんなはかりちゃんを見ていた。
だから、この不意打ちは本当にびっくりした。
「すいません!一目惚れしました!連絡先教えてください!」
そう言って僕の両手を掴んできた。少年が。
「ふぇ!?」
思わず声が漏れる。
可愛い顔してるのに手がゴツゴツしてる、とか。
あれ、今僕は男装してるのにな、とか。
色んな考えが駆け巡った。
「ぼ、僕は、男の子だよ!?」
テンパって完全に女の声で言ってしまった。
普段の男装モードはもっと低い声が出せるのに。
何してるんだ僕は。
雪見少年は僕の声を聞いて目を見開いたけど、そのままぐっと顔を近づけてきた。
耳元で囁くように呟く。
「たぶんカメラで撮られてます。はかりさんのために俺と連絡先交換するところを見せつけませんか」
「ひゃっ……はい……わ、分かりました」
なんか耳元で喋られたせいかぞわぞわしたけど、雪見少年の言いたいことは分かった。
この人は考えて行動している。
ポケットからスマホを取り出し、彼とRINEの交換をする。
ポーズでも良かったけど自然と僕たちは実際に交換していた。
「また連絡しますね!!」
良い笑顔で去っていく少年。
彼が歩いて行った先に止まっている車を見て気づいた。
事務所で注意されてた記者の車かもしれない。
僕に顔を向けられて慌てて何かを隠したようにも見える。
彼はあの一瞬で状況を理解したんだ。
すごいな。
きっと僕が女であることもバレてるだろう。
「雪見くん……」
思わず少年の名前を呟いた。
強く握られた手の熱さが残っていた。
……隣を見ると、はかりちゃんが絶対零度の視線で僕を見ていた。
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