4 小浮双葉「雪見くんは普通じゃないよ。良くも悪くもね」




「おはよう雪見ゆきみくん」



 教室に入ると、自分の座席付近で声をかけられた。


「……おはよう」


 挨拶を返す。


 挨拶をしてきたのはクラスメイトの小浮こうき双葉ふたば


 俺に挨拶してくる数少ない人間のうちの一人だ。


 数か月前、校内であったある事件のあと、俺は基本的に他人から距離を置いていた。

 あからさまに避けたりはしないが、いつも教室で大人しくしている。


 それをいつも打ち破ってくるのがこの小浮こうき双葉ふたばだ。


「今日も落ち着いた顔してるね」


「普通はそうだろ」


「雪見くんは普通じゃないよ。良くも悪くもね」


 まっすぐな目でじっと見てくる。


 ぱちぱちと瞬きを何回かしたあと、まだ目線を外さず見てくる。


 いつ見ても思うが、こいつ目が大きいなと思う。


 何か言いたいことがあるんだろう。


 もったいぶった素振りは小浮こうき双葉ふたばの十八番だ。


「何か用でもあるのか」


「昨日のこと」


「昨日のこと?」


「驚いた。本当になんとも思ってないんだ」


「だから何の話?」


「さすがだよ雪見くん」


 小浮こうき双葉ふたばはボブカットの頭を少し傾けながら頷いている。

 こいつの仕草はいつも芝居めいているなと思う。


「SNSを見てない君は知らないかもしれないけど、絶賛大炎上中だよ」


「炎上?」


 そこでようやく、昨日のToutube配信でアイドルの撮影に巻き込まれたことを思い出した。


 たまたまその場に立ち会って、ドッキリでアイドルに告白された。


「……あれか。本当に通りすがっただけで俺は何も悪くない」


「そう、問題は君ではなく彼女。計屋はかりやはかり」


「……」


 話が全然読めない。

 結論を先に言ってほしい。


 そう思っていたら、教室に知らない生徒が駆け込んできた。



「雪見 大福だいふく!!!雪見大福という奴はいるか!!!」




 ……。


 結構な声量で叫んでいる。


 眼鏡をかけた神経質そうな男だ。

 顔は見たことがない。


 知らない生徒が始業前の教室にいきなり入ってきて大声で叫ぶ。


 教室は緊張感に包まれた。


 何人かちらちらと俺の方を見ている生徒もいる。

 答えるしかないか。



「雪見は俺ですが」


 座ったまま軽く手を挙げて返事をする。


「お前か!!」


 男子生徒が大股で教室後方の俺の席まで歩いてくる。


 近くで見ると凄い形相をしている。

 喧嘩でもしているかのような顔だ。

 目が血走っていて怖いな。


「おま、お前ッ お前は何なんだ!!」


「……すいません。面識がないので、まずはそちらの名前を聞きたいんですが」


 本当に顔を見たことがなかったので一応丁寧語で返す。


「僕は三年の石松だ! お前ッ 計屋はかりやはかりとどういう関係なんだ!」


 お、先輩だ。タメ口きかなくて良かった。セーフ。


「どういう関係も何も、昨日初めて会いました」


「じゃあ何で名前を聞かれる!!」


 あれ、あのアイドルの最後の小声って聞かれてたっけ。


「分かりません。正直言って俺は彼女の存在も知りませんでした」


「……」


 うわ、石松と名乗った男が白目を剥いた。

 こわ。


「お前ッ 計屋はかりやファンクラブ4桁のこのボクに喧嘩売ってるのかーッ!!」


 4桁で威張れるってことは、計屋はかりやはかりのファン数は本当にすごいんだろうな、とか考えていると。


 座ってる俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 おお、大人しそうな見た目をして、手出してくるのか。


 ただまっすぐ伸ばしてくる手が素直に見えたので、それを軽く弾く。


 俺に向かって体重をかけようとしていた石松さんはバランスを崩した。

 

 盛大に床に向かって倒れこむ形になった。

 大きな音が鳴る。


 隣の席の小浮こうきの足元に寝そべる形になった。


 小浮こうきは冷たいゴミを見るような目で見ている。


 ……こいつはこいつで怖いな。


 普通の女子高生は教室で暴れだした男が倒れこんできたら、もっとビビるだろ。



「ふざけんなよお前……はかりちゃんに関わるなよ絶対に……」


「関わりませんよ。そもそも俺のことなんて覚えてないと思います」


「お前、ネットで特定されてるの知らないのか……?」


 何だって。



「おい石松! 下級生の教室で何やってるんだ!」



 誰かが呼びにいったのか、近くにいて物音に気付いたのか、学年主任の園田そのだ先生が入ってきた。

 体育教師の例にもれずがっしりした体格をしている。


 俺と床に座り込んでいる石松さんのところまで来て、言った。


「雪見、石松を殴ったのか」


「いえ、掴みかかってきたので手を弾いただけです」


「……そうか、ならいい」



 園田先生は少し考えるように間を置いた後、石松さんを無理やり立たせて、教室を出て行った。


 すぐに教室は日常を取り戻す。

 ざわざわと先ほどの出来事について皆が話し合っていた。


 俺は何事もなかったかのように頬杖をつき目を閉じて授業を待つ。


 石松さんが言っていた特定、

 小浮こうき双葉ふたばが言っていた炎上について考えていた。


 何やら巻き込まれていることだけは分かった。



 誰か俺の状況を教えてくれと思っていると、スマホが振動で震えた。


 確認すると妹の有希からRINEが入っていた。

 俺の疑問の答えはそこにあった。




 妹【お兄ちゃん、簡単に現状を説明するね(^^)/】

 妹【昨日の配信で、はかりちゃんがお兄ちゃんに“名前と住所と学校を教えて”って言ってたのがバレました(あたしには教えてほしかったょ(/_;))】

 妹【それが拡散されて、お兄ちゃんの情報が暴露系有名インフルエンサーまでいっちゃって】

 妹【今ネットにお兄ちゃんの名前と学校名がしっかり出てます!(´;ω;`)】

 妹【はかりちゃんがそのまとめツビートにイイネしたとかいう噂も回ってます( ゜Д゜)】

 妹【怖いファンとかいるかもしれない!気をつけて(´;ω;`)】



 なるほど分かりやすい。さすが有希。

 俺はSNSをやってないから分からないが結構な人数に見られてるのだろうか。

 昨日の動画のコメント欄の熱量を思い出しながら、返信する。




 雪見大福【有希は大丈夫なのか。迷惑かけてごめんな】


 妹【まず私の心配!!??】

 妹【もう本当にお兄ちゃん大好き……】

 妹【あたしは全然大丈夫だからねー(^_-)-☆】


 本当に大丈夫なのか……。


 有希は身体は弱いが、頭が良いのでそこまで心配してないが、今日はバイト休んで帰ろうかな。




 ーーーーーー☆彡




 朝の騒動が無かったかのようにその後の一日はつつがなく過ぎていった。


 休み時間廊下を歩いていたら視線を感じたりもしたが、それだけだ。


 この影響も数日だろうと思っていた。



 大したことじゃないと、油断していた。


 だから直前まで気づかなかった。


 放課後、校門を出た後、曲がり角までいったところに、いた。



 計屋はかりやはかりが。



 向こうは俺の顔を見た瞬間目を見開き、微笑んだ。


 やっぱり国民的アイドルの名は伊達じゃなく、この世の人とは思えない輝きを放っている。


 しかし変装もしていない。馬鹿なのかこの人は。


 本当に俺に会いに来たのか。

 いや、そんなわけはない、と思いたい。


 昨日の失敗を即座に思い出した俺は、今度も撮影の可能性を考えて周囲を観察する。


 計屋はかりやはかりと、隣に小柄で細身の男性が一人だけいる。

 マネージャーだろうか。



 スタッフは見当たらない。

 が、少し離れた向かいの道路に車が停まっていて、中からバズーカのようなカメラを持っている人がいる。

 前回の配信の時は、堂々とカメラやマイクを持った人たちで溢れていたのを考えると、ファンか週刊誌か。


 どちらにせよこの子にとって撮られていい現場ではないと思った。


 この場をうまく収める方法を考える。



「こんにちは」


 アイドルが清涼感しかない美しい声で挨拶してきた。


「どうも」


「昨日は、私の配信に巻き込んですいませんでした」


「……はい」


「わ、私は、……あなたのことが、気になっていて」


 おいおい、何を急に言い出すんだ、まじか。


 考えろ。この場をうまく収める方法を。


「すいません、人違いじゃありませんか」


「いえ、はっきりと覚えています。雪見ゆきみ大福だいふくさんっていうんですね」


 人違い作戦失敗。

 俺のフルネームも把握されている。


 考えろ。


 隣のマネージャーは止めるでもなく、ただ計屋はかりやはかりを見て驚いているような顔をしていた。


 ていうかこの人は美少年だな。

 キャップを深く被っていても分かる。


 芸能界はマネージャーもイケメンなのか。


「こ、これ、私の連絡先なんですが」


 カバンから何かを出そうとしている。


 時間がない。


 決定的な瞬間を撮られる前に行動に出た。

 もうどうにでもなれ。



「すいません!一目惚れしました!連絡先教えてください!」



 俺は、計屋はかりやはかりではなく、


 隣の“男性マネージャー”の手を握った。



 計屋はかりやはかりと、盗撮してるであろう者にアピールする。


 男色高校生作戦、これしかない。



「ふぇ!?」


「え?」


 追い込まれた俺の作戦は、裏目に出たことがよく分かった。

 手を握った男性マネージャーの声は明らかに女性のものだったし、



 計屋はかりやはかりが呟いた言葉が決定的だった。


「え、“京子”……どうして……?」










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