3 雪見有希「え、お兄ちゃん……そんなにあたしのことを……愛が重い……嬉しい……」



「お兄ちゃん、やばいよ」


 家に帰って早々、妹にそう言われた。


 体調を崩して寝ていたはずの妹は、パジャマ姿のままで、玄関近くまで出てきていた。


 中学三年生にしては幼い見た目をしている。


 身長も150cm無く、かなり細身で、儚い女の子といった感じだ。


「ただいま有希ゆき。もう大丈夫なのか」


「うん」


「で、何がやばいって?」


 妹は普段見せない爛々と光る目で続ける。

 

 猫科の動物を思わせる眼光だ。


「やばいよやばいよー。お兄ちゃん、恋々坂のToutube配信に出てた……」


「まじか」


「まじかって。やっぱり巻き込まれただけだよねお兄ちゃん。恋々坂のファンだって聞いたことなかったもん」


 配信ってことは生放送だったのか。

 何人くらいが見てたんだろう。


 ていうか有希ゆきってアイドル番組とか見るのか。

 確かによく踊ってるけど。


 いい歳して腰にまとわりついてくる有希ゆきの頭を撫でながらリビングに移動する。


「ねぇねぇ。どうだった? 生で見る計屋はかりやはかりちゃん」


「いや……正直俺もびっくりしすぎてあんまり覚えてない」


「じゃあ、そんなお兄ちゃんに見せてあげよう~」


 有希ゆきはリビングのテレビをつけて、Toutubeを開いた。


 二人で並んでソファに座る。


 映し出された動画のタイトルは、



【速報】計屋はかり、ファンの男子高校生に告白ドッキリ!【切り抜き】




「が、がっつり俺の顔が出てる……」


「そういえばお兄ちゃん許可出したの?」


「あー。なんか、この場を離れたあと慌てて走ってきた大人の人に、顔出し大丈夫ですかって聞かれたな。それどころじゃなかったから思わずはいって答えちゃった気がする」


「正直あたしは自慢のお兄ちゃんがこんなにたくさんの人に見られて嬉しい気持ちもあります」


 ピッと顔の横に小さく手を上げる有希ゆきは可愛らしいけど、動画の再生数を見て驚いた。


「えっ!? 5万再生……!?」


「注目度すごいよねぇ。これアップされて30分とかだから、これからもっと再生されると思うよ」


「普通に嫌だな……」


 有希ゆきが動画を再生させる。


 黒髪ロングのアイドル、計屋はかりやはかりが、俺に告白する。


 どこからカメラで撮っているのか、画面は彼女でいっぱいになっている。


「はぁ……美しすぎるはかりちゃん……」


 確かに綺麗だな、と思う。


 でもなんていうか張り付けたような表情のせいでもったいないなと思った。


 綺麗なのに作り物めいていると感じた。


「で、お兄ちゃんは断っちゃうわけね」


「そりゃ初対面だしな……」


「いくら初対面でも普通はこのレベルの美少女に告白されたらオッケーするものでしょ」


「何を知ったように言ってんだ」


 ぐりぐりと生意気な有希ゆきの首元をさする。

 スキンシップは大事。


「きゃーーー」


 嫌がるフリをして喜んでるな可愛いやつめ。


「で、そのあと焦ってるはかりちゃんを見て、オッケーするフリしたんだね」


「まぁな。よく見たら周りスタッフだらけだったし」


「やさしー。さすがお兄ちゃん。でもよくあの場に歩いていけたね。ミラクルだよ」


有希ゆきのプリンのこと考えて前見てなかったんだよ」



「え、お兄ちゃん……そんなにあたしのことを……愛が重い……嬉しい……」



 意味不明なことを言い出した妹は置いておいてテレビ画面に目を移す。


 動画内の俺は慌てて計屋はかりやはかりにやっぱり好きですと伝えている。


 あたふたしてるな俺。


 頭をペコペコ下げて去ろうとしている俺を、フリーズしていた計屋はかりやはかりがやっと動き出して引き止める。


「ここのはかりちゃん、顔真っ赤だね」


「そうだな」


 さっきの作り物の顔とは違う気がした。


 計屋はかりやはかりが俺の耳に口を寄せる。


「きゃー!耳元にはかりちゃんの顔が!やばい!」


 言いながら有希ゆきが俺の耳に顔を寄せてくる。やめて。


「で、ここでドッキリ大成功って言われたの? はかりちゃん声小さすぎて音拾えてないけど」



「いや、それがさ」


 昨日、実際にあの場で言われた言葉を思い出す。



 “名前と住所と学校をおしえて”



 国民的アイドルが、可愛い顔をして、子供がおねだりするような甘い声で囁いたのだ。


「……??」


 妹が続きを促してくるが、やめた。


「いや、なんでもない。ネタバラシされてバイバイだよ」


「ふーん……?」


 おっとりしてるように見えて人の機微を読む有希ゆきは、何か引っかかているようだが、追及してこなかった。


 そのあと有希ゆきは昨日から風呂に入ってなかったことを思い出して、入浴しに行った。


 本当に体調が良くなったみたいで良かった。


 ふと再生の終わった切り抜き動画を見て、1048という数字が気になった。


 横にコメントと書いてある。


「え、コメント1048件って……」


 おそるおそるスクロールすると、動画に対するコメントが大量に並んでいた。



 ------


 ・はかり様尊すぎ


 ・はー様の私服ヤバ杉内俊哉


 ・計屋はかりの黒髪を茹でて食べたいハムハム


 ・↑きめーーーーーー


 ・これが本物の“萌”なんだよね……


 ・はー様の“好きです”キタ――(゜∀゜)――!!!!!!


 ・これ、高校生最初断ったの何?寒いんだけど


 ・キョドってるけどちょっと爽やかなのが腹立つ


 ・最初ファンじゃないフリする意味www


 ・はかりの赤面ってレアだよな


 ・↑デビューしたて以来かもな


 ・よく見るとこのガキ、恋々阪のTシャツ着てなくてワロタ


 ・あーうらやましい 俺も告白されたい


 ・そもそもアイドルに告白させるドッキリってどうなんだ


 ・↑この令和の時代に逆行していくチャンネル、そこにシビれる!あこがれるゥ!



 ------



 ざっとスクロールして俺は画面を見るのをやめた。


 普段こういうものをあまり見ないのでちょっとしためまいがしそうだった。


 忘れよう。


 俺は妹のあとに風呂に入り、今日の出来事を忘れるように泥のように眠った。





ーーーーーー☆彡




「うわ、もうこんな時間だ。明日は学校行きたいしそろそろ寝なきゃ」


「あ、でも、もう一回寝る前にお兄ちゃんとはかりちゃんの動画見よ~」


「ん~ コメント欄が賑わってますね~」


「ん? 計屋はかりの最後の言葉を音声解析……?」



 ・パソコンに強い俺ちゃんが来ましたよっと


 これ、最後にはかりが喋ってる言葉を無理やり増幅させてノイズ削ったあと


 はかりの既存音声データ300GBから抽出パターンを当てはめて解析する……と


 “名前、と、住所、と、学校、を、おしえて”  ってなるわけ。 ッターーーン!




 ・↑これマジ?


 ・↑まさかのファンと繋がりたい宣言www


 ・↑この小僧何者なんだよ


 ・↑俺が先に特定してやる


 ・↑探せぇ!!国民的アイドル計屋あかりと出会えるチャンスがそこにある!!






「は、はわわわわ」


「お兄ちゃんは、もう寝てるか。明日起きたら学校行く前に教えてあげないと……」




ーーーーーー☆彡



「ふぁあ、ねむい」


 眠いが無理やり身体を動かす。


 顔を洗ってから、有希ゆきと自分の朝ごはんを用意して、食べる。


 俺が食べ終わってもいまだ起きてこない妹の部屋に行く。


有希ゆき、おはよう。今日は学校行けそうか」


「うにゅ……」


「朝ごはん用意してるから食べれる範囲で食べるんだぞ」


「あい……」


 なんか溶けているがいつものことなので放っておく。


 何だかんだこの妹はできる子なのでギリギリの時間になったら目が覚めてちゃんと学校に行くだろう。


「じゃあ、いってきます」


「あ-い……」




ーーーーーー☆彡




「………………はっ、もう朝!?」




「お兄ちゃんに言うの忘れてたー!!」


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る