2 計屋はかり「名前と住所と学校をおしえて」
高校二年生の春、私は、アイドル業に勤しんでいた。
数年前に友達の勧めで始めたSNS(ただスタバで立ってるだけの写真)がバズッて、スカウトされて事務所に入り、気づいたらもうアイドル二年目。
最初のオーディションで最大手グループに合格して、それから一度として選抜メンバーから外れたことはない。
ここ何期かはずっと恋々坂の第一位だ。
去年センターで出演した曲は、あらゆるサイトでストリーミング再生のランキングを席巻し、アイドルに詳しくない人でも一度は聴いたことがあるものになったと思う。
私は全国のアイドルやアイドルになりたい女の子が羨むような王道を歩んできた。
親に感謝だね、と何度も何度も言われた。
親から授かった顔と身体は確かに非凡なものがあった。
女性らしく出るところは出ているのに、どんなに好きなものを食べても太らないし、顔の欠点も見当たらない。
芸能界で知り合ったあるアイドルに、あなたはその顔で数千万円の得をしている、と吐き捨てるように言われたこともある。
どういう計算なのか分からないけど、様々な整形を施していると噂の彼女からすれば、何もせずこの顔で生まれた私が疎ましかったのかもしれない。
私はこの美しい顔で自分の価値を高めてきた。
「
「はい。よろしくお願いします」
顔は知ってるけど何の仕事をしているのかよく分からないヒゲの男性に挨拶を返す。
「今日はお渡し会のあと、サプライズでファンにドッキリ仕掛けるからねー」
「分かりました。頑張ります」
台本を手渡される。ぱらぱらと目を通す。
おそらく読みこむことはないだろう。
私の役割はこの見た目を魅せること。
出されたカンペを読んで、ただ微笑んでいればいい。
アイドルとしてどうなんだと思うが、私の取りえは見た目しかない。
コメントや立ち振る舞いをじっくりと考える必要はない。
一時期努力して徹夜でトークを考えて仕事に挑んだこともあったが、OAで丸ごとカットされていた。必死に汗をかきながら喋ったシーンではなく、ただ薄く微笑んでるだけのカットだけを延々と使われた。
そんな経験が二桁に上ったあたりから、私は考えるのをやめた。
面白いコメントや抜群の歌唱力は他のメンバーが担ってくれている。
私は画面の真ん中でこの美しい顔を提供するだけでいい。
みんな、私の見た目が好きなんだから。
ーーーーーー☆彡
今日は、選抜メンバー上位三人による限定写真集のお渡し会。
メンバーは私、
あと
自分で言うのも何だけど私達三人とも近頃はすごい人気なので、お渡し会は大盛況だった。
というかかなり大きな本屋で、事前抽選を行って人数を絞っているのにもかかわらず、半分パニック状態だ。
近くに私たちがいるというだけで、抽選に外れた人たちも集まってきてるんだろう。
外を見たら皆一様にワンカラーの半袖Tシャツを着ている。
ついこの前に発売したグッズだ。
デザインは同じだけど黒、緑、赤の人がいる。
私たちそれぞれメンバーカラーが決まっていて、
私は黒で、
私は名前に黒という文字は入ってないけど、漆黒のクールビューティーとか、そんな感じのキャッチコピーを付けられることが多いので気づいたらって感じ。
黒は嫌いじゃないのでそれで良かったと思ってる。
お渡し会は朝から始まったのに終わったのは午後三時過ぎだった。
顔が微笑みで固定されてしまうんじゃないかと思うほど長い戦いだった。
みんな私の顔を見て、熱に浮かされたような表情で帰っていった。
もちろん嬉しい気持ちもある。
あるんだけど、私の、顔の、皮膚の表面。
設計図だけ見て満足されてるような、そんな気持ちになった。
贅沢な悩みだとはわかってる。
ただどこかネガティブな考えがぬぐえなかった。
考えても詮無いことなので、思考に蓋をして、目を閉じた。
最近の私はいつもそうだった。
ーーーーーー☆彡
控室で休んでいるとヒゲの男がスタッフを引き連れて入ってきた。
「
「大丈夫です」
「これから朝言ってたスペシャルToutubeドキドキ告白☆彡ドッキリ配信いっちゃうよー!」
「はい」
ヒゲの男の高すぎるテンションなど無かったかのように返事をする。
「……そのクールさがいいねぇ!」
ヒゲの男(おそらく有名プロデューサー)は私を私のファンに告白させるというドッキリをやりたいらしい。
今の時代コンプライアンス的にどうなのかと思うけど、そこは仕込みのファンを使うようだ。
まぁ正直私にはToutubeとかSNSとかいまだによく分からない。
ほとんど全部他メンバーやマネージャーに任せている。
今日も指示されたセリフと可愛い顔で期待に応えるだけだ。
アイドルの衣装から、指定された私服風のファッションに着替えた。
白いノースリーブニットに青いスカート。
いかにも私のファンが好きそうだと思った。
会場を出て大通りに向かう。
私がスタンバイした位置から少し離れた歩道をたくさんのスタッフが脇を固めている。
カメラ、メイク、プロデューサー、ADの方たち。
ヒゲの男がひときわ大きな声を出す。
「じゃあこれから生配信始めます!3・2・1!」
ここでカメラに向かって今日一緒にお渡し会をやった
私は距離的に声が聞こえないが企画の説明をしてくれているのだろう。
しばらくして、私のファンがこっちに向かって歩いてくる手筈になっている。
好きです。付き合ってください。
そう伝えて、ファンが喜んだら、可愛くドッキリでしたと伝える。
正直バカみたいだと思う。
でも仕事だからやるのだ。
前から黒いTシャツの男の人が自然な足取りで歩いてきた。
男の人というか男の子と言っていい。
私と同じ高校生くらいに見える。
何か考え事をしているような感じだけど、浮ついてはいない。
これからドッキリで私に告白されると分かっている仕込みのファンとしては、あまりにも自然に歩いているように感じた。
ただ指定された場所、私に向かってまっすぐ歩いてきた彼に言うしかなかった。
もうカメラは回っている。
立ち止まり、横断歩道の信号待ちをしているように見える彼に、言った。
「一目惚れしました。好きです」
「……へ?」
迫真の演技だと思った。本当に心の底から驚いているように見えた。
しっかりと言葉にして押す。
「付き合ってください」
ここで私の顔に見とれて、この人も熱に浮かされるだろう。
演技もできないほどに。
しかし彼は顔色ひとつ変えず、言った。
「ごめんなさい。無理です」
言葉の内容が理解できなかった。
「ほぇ?」
思わず変な、今まで出したことのない声が漏れる。
「え?」
彼の顔を見て確信した。演技じゃない。
そして、改めて彼をしっかりと認識する。
!!
黒いTシャツを着ているが、全く私のグッズではない!
この人は、本当にたまたま通りすがった人で、いきなり告白されて。
私に告白されて。
私の告白を断ったんだ。
完全にフリーズしてしまった私を見て怪訝そうな顔をした彼は、周囲を見渡して、軽くうなずいた。
そして小声でこう言ったのを私は聞き逃さなかった。
「撮影か何か……?」
ほんの数秒止まったあと、急に笑顔になってこう言った。
「強がってすいません!!実はめっちゃファンです!!」
「好きすぎて一回断っちゃいました!!やっぱり付き合いたいです!!もう遅いですよね!?」
あっけにとられながら、どこか冷静な自分がいる。
……なんて人なの。
この人、たぶんというか確実に私のことを知らない人だ。
それなのに今、何らかの撮影が行われてると察して、助けようとしてくれている。
なにこれ。
心臓が早鐘を打ってる。
通りすがりの彼は、私に頭を下げたあと、立ち去ろうとしている。
私はアドリブ力も何もないのでただ黙って突っ立っていた。
大恥をかいた私は今配信に写っているのだろうか。
顔が熱い。
顔が赤くなるなんてもうずっと経験していない。
だからだろうか、自分でも驚くような行動に出てしまった。
去ろうとする彼のTシャツの裾をつまんで、耳元に口を近づけた。
マイクに拾われないように、誰にも聞かれないように、囁くようにおねがいする。
「名前と住所と学校をおしえて」
「……ユキミです」
彼は少し固まってから、名前だけ伝えて信号を渡っていった。
その後ろ姿を目に焼き付ける。
絶対に見つけて会いに行こう。
私は自分でも驚くほどの衝動に包まれていた。
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