第6話
闇の中、金色の光が目の前にいる。
得体の知れない光だけど、たぶん酷く傷付いている。
寂しい助けてもう心が痛いよって叫んでいる。
助けてあげなきゃ、ううん、癒してあげたいって強く思った。
だから両手を伸ばして治癒魔法を使ったの。
直後、ギャアッて痛がる悲鳴が上がって、慌てて中断した。
「ごめんね痛かった!?」
咄嗟に覗き込んだあたしはだけど、はたと瞬きを繰り返した。治癒魔法が害になるなんて……。
「あ、あなた魔物?」
光は痛がる素振りを見せただけであたしの言葉には反応を見せない。言葉を理解していないのかもしれない。
じゃあ、会話できないの?
こっちを非難するでもなく、半分くらいにまで収縮して震えているだけだったから余計に可哀想になった。
今度は魔法なしに手を伸ばした。魔物とおぼしき相手に無謀にも。
不思議とワイバーンに感じたような嫌悪感はない。
「ええと、本当にごめんね?」
言葉が通じなくても何かは伝わると信じて指先でちょんと触れて向こうの様子を確かめる。大丈夫だった。だから掌で撫でた。
触れたり撫でたりとは言ったけど実体がなさそうだから、大体の形に沿ってみたって感じで。
それも平気そうだった。でもまだ震えて泣いている。
どうしよう。どうしたら慰められる? 励ませる?
魔物を励ますなんて馬鹿げているけど、こんな風に弱っている相手に追い打ちなんてかけられない。魔物だってきっと人と同じように絶望する。
あたしだったらこんな時はどうされたっけ?
故郷の家族は温かくて、あたしが落ち込むとよく抱き締めてくれた。
魔物にもそれでいいのかはわからない。わからないけど両腕で抱き締めてみた。ここで今抱き締めて慰めるだけはできるから、そうした。
抵抗はされなかった。こんな無害なのが魔物なのって新鮮な驚きが湧く。
「泣かないで」
――はたと意識が覚醒したのはこの時だ。
どのくらい気を失っていたのかはわからないけど、両目をぱちりと開けたあたしは、ついさっき自分が無意識に治癒魔法を使っていたのを自覚した。
……何か体の下が柔らかいのも。
「あたしってば何かの上に落ちたの?」
最初はそれが何か全然わからなかった。
だけど、どこかの小部屋にいるのは石の壁や床が自ら発光する魔法のおかげで認識できた。
あたしは呆然としつつも、うつ伏せになっていたその何かから起き上がって視線を下ろす。
感触からわかっていたけど、もふもふして手触りの良い毛布みたいな表面は、手で押すとクッションみたいに沈んで押した部分はゆっくりと戻った。低反発仕様なのね。
大きなそれは緩やかに丸みを帯びてもいる。まるで大きな熊さんのお腹みたいに。
でもお腹じゃなかった。
よく見なくても、それは巨大な卵だった。
「こっ……こっ……これはっっ」
あたしは警戒心もどこかに置き忘れた。だってこれはあれよ。やっぱり大きな熊さんのお腹も然り。前世じゃ子供の頃はこういうのが夢だった。ううん今だって変わらない。
「トトロのお腹ーーーーーーーーッ!」
あたしが乗っかっているそれは絶対的に毛の生えた何かの卵だったけど、描く曲面とサイズともふもふ具合がまさに夢にまで見たトトロのそれだった。
ただ、トトロの程は弾まなかったおかげで地面に転げ落ちなかったのは幸いね。
セオドアは、アリエルが図書館に向かったきっかけは能力向上という健全な目的のためだったと知っている。
しかも聖女としての使命感を持ち、三日の昏倒から目覚めた翌日にはもう誰かのためにと積極的な行動に出た彼女に感心や誇らしささえ感じた。
彼自身も実力維持に必要な剣の稽古や剣術から派生した剣魔法の練習は日々欠かさないし、能力向上を意識して体を動かしてもいる。だからこそ彼女の向上心を応援しようと思っていた。
それが、まさか仇になるなどと誰が予想しただろう。
「何? 聖女がいなくなった? 王宮図書館で?」
はい、と答える目の前のリンドバーグは自らを責めてなのか深く項垂れた。主君に合わせる顔がないと思っているのだろう。
聖女行方不明の報はこのリンドバーグが息を切らせて執務室に駆け込んできて齎されたものだった。
ちょうど公務で王宮を出ていたセオドアが戻ってきてまもなくと言うタイミングはグッドなのかバッドなのか。まるで図ったかのようだと彼は頭の片隅で少し思った。
図書館も王宮の一部。国内一、二を誇る警備の優れたここ王宮で姿を消すなどセオドアが記憶している限りは前例がない。軽くショックを受けもしたが、彼は即座にリンドバーグへと他の警備兵を連れて図書館に向かうよう命じると一足先に執務室を出て一人図書館へと走った。
セオドア自身も、そう言えば王宮に帰って来たにもかかわらずアリエルの煩悩が聞こえてこない点を今になって気付いた。
今日は朝からずっと外に出ていて頭の中が平和だったからこそすっかり忘れていたのだ。
因みに彼女の心の声は睡眠中は聞こえない。彼にとってのやすらぎの時だ。しかし今はまだ就寝時間ではない。
王宮で暮らし始めて早々どうしてこうも……とちょっと恨めしく思いもしたが、案じる気持ちが彼の足をより急がせた。
「……誰も、いない?」
渡り廊下を通って到着した図書館は意外にも静かだった。
室内は照明により品よく明るいが人っ子一人いない。司書すらも。正直もっと聖女捜索に騒がしくしているのかと想像していたが、皆屋外で聖女を捜しているのだろうか。
「しかし誘拐するにしろ、図書館に施した警備結界が不審者を探知していないのは何故だ? あり得ない」
ここの警備結界はセオドアやアリエル達、司書達など素性を登録した者には反応しないがそうでない者には反応する。
奥へと進んだ彼は幾つかの閲覧席に読みかけか読み終わりかは知らないが本が積み重なっているのに気付いた。誰かが使ってそのまま放置したのだ。
十中八九、聖女達が。
「陛下、申し訳ありません少々遅くなりました!」
リンドバーグが他の兵士達を連れてきた。
兵士達も奇妙に静かな図書館に違和感を覚えてか、無言ながらも緊張を滲ませる。セオドアも彼らの様子を見てようやくざわざわと得体の知れない何かが足元を這い上がってくるような感覚を覚えた。
もしかしたら聖女も彼女の世話役も司書達も、誰もここから外には出ていないのかもしれないと思ったからだ。
だが物はそのままに誰もいないなど、人だけが消えるホラー話みたいではないか。
ごくりと唾を飲み込んだセオドアだが、ふと微かに眉を寄せた。
「足元……?」
極々小さな振動を靴裏に感じたのだ。
「まさか、地下か?」
疑問調でそう口にした直後、アリエルの声が彼の脳裏に響いた。
――トトロのお腹ーーーーーーーーッ!
と。
「何だそれは……」
地球の前世持ちではない彼にはとんとわからなかった。
長い長いとてつもなく長かった彼の闇夜はようやく夜明けを迎えた。
それまでは、無理やり眠り見る夢も、明確な思考でその間考えていた事も、ネガティブなものばかりだった。
人間への怨嗟。そればかり。
しかも何もできないからこそ鬱憤も溜まるというものだ。外の世界への興味は尽きない。しかし精神はどこまで荒むだろうか、と彼は思考の片隅で他人事のように思いもした。
どんな剣もこれを傷付ける事は叶わずあらゆる魔法も跳ね返す鉄壁の揺り籠など、こんな誰も来ない場所にあっては無用の長物でしかない。早く脱ぎ捨ててしまいたいのに身動きが取れない。本当に癇癪のままに大暴れしたくなる。……できないが。
俗に言う絶対防御。これも彼の種族に生まれながらに備わった能力だ。そしてこちらもそうだが、周囲の一定の様子を目で見ずともある程度感じる事ができた。
まあ、生まれながらにとは言っても実はまだ生まれてもいないのだが。
彼は、卵の中の存在だった。
本当ならとっくの昔に殻を破って仲間と大空を自由に飛び回っていたはずだった。
(全てはあの忌々しい女のせいだ)
しかし復讐したいその女は遠い過去にとっくに死んでしまっている。
何度も感じた無力感に打ちのめされ、最早誰でもいいから誰かに会いたかった。それがもしあの女だったとしても孤独よりはマシだ……と馬鹿げた域にまで到達した矢先、一人、人間が降ってきた。
少し以前から感じていた変な気配の持ち主だ。
その人間は彼を長年縛っていた聖なる鎖を木っ端微塵に弾けさせた。
封じを、解いた。
彼がかつても知っていた大嫌いな力で。
だからその相手もあの女と同じ聖女なのだと確信できる。
なのに、とても気配が心地良いのはどうしてだろう。
ともかく、あの聖なる力でなければそもそもこの封印は解けないとあの忌々しい大昔の聖女は言っていた。
『ひひひ、あたしは聖女って以前に大予言者なのだよ、卵くん。よってこれは運命的必然なのだよねえ~。あたしを恨むことなかれ』
かつて、この王宮の地下で、怪しげにフードを深く被った憎き聖女は胸を張って得意気にした。元々は道端で占いを生業としていたとか何とか言っていたから、どこか神秘的にも胡散臭くも見えるフードの被り方が板に付いているのかもしれないと、彼はそう思ったものだ。
恨むなとは言われても土台無理な話だが、反抗したくとも彼女が言うように彼はどうあっても卵だ。卵でしかない。手も足も出ない、いや元々ない。
もっと早く生まれていれば……と彼は悔やんだ。
まだ王宮の暗闇に封じられる前、人知れずの秘境の奥の大きな巣の中に彼はいた。
彼の誕生を待つ仲間と共に陽光を沢山浴び、今日にも明日にも生まれ出る状態だったのだ。
あの頃彼には何の不安もなかった。一族のために定められた役割を全うするのを当然と考え、人間を忌避し、だからこそ一族の中で生きていくのに逸脱した物事など想像もつかなかった。
招かれざる客が現れるまでは。
ある日、急峻な断崖の続くその地に聖女はたったの一人でやってきた。人間が来るには不可能に近く、来る事自体が自殺志願も同然のその場所に。
そして聖女は巧みに仲間の目を掻い潜ってまだ卵の彼を捕まえた。
一体何が目的なのかと彼が驚愕と混乱に陥っていると、まるで思考を読んだように彼女はフードから覗く口元をにっかと笑ませる。卵にも意識があるのを知っていたのだ。
『卵くん、君は今ではないのだよ。だからあたしは君を封じる。きっとこの世界のために誰より君が必要とし、必要とされる相手に出会えるだろうからね。あたしにはその未来がよーく見えているよ。……何もかもきっちり決まっている世界程脆いものはない。君は、君達は世界の柔らかさなのさ。世界がひび割れないためのね、ひひひ』
意味がわからなかった。当然だ。しかし卵だった彼には直接問う手段がない。しかも逃げるなどできるわけもなく空間転移の魔法を使われ一瞬でこの王宮地下まで運ばれた。
驚愕した。空間転移魔法はとても高度なもので、おいそれと使えるものではないからだ。故に聖女の底知れない力を実感したものだ。
掴み所のない彼女は王宮地下でまた未来のためなどと到底信じられない台詞を口にひひひと笑った。
今ではないと彼女は確かに言った。どうして今ではいけないのか、大体どうして自分なのか。未来とは一年後か百年後か、一体いつなのか。当時は力の限りで声にならない訴えを叫んだものだった。
『あたしが君を見つけたのも予言者の特権だよ、ひひひ』
彼女にとっては全てが予定調和だろう。
結局彼の疑問には最後まで上機嫌にひひひと笑うだけで答えはなかった。
封印場所の存在を知る人間はごく限られていたから、彼女が死んだ後、彼は次第に誰からも忘れ去られた。
予言などと言っていたが本当は口からの出任せで、単に彼女の酔狂に巻き込まれただけなのかもしれないという思いは消えないでいた。
しかし新たな聖女の出現でその考えは霧散した。
とうとう鎖は断ち切られ凍り付いていた時は動き出した。
予言など関係ない、また何か面倒事に直面する前にさっさと生まれるに限ると彼は決意する。
一方で、大きな殻に乗っかる小さな聖女は何故かよくわからないが甚く感激している様子で、頬擦りどころが全身で潰れたカエルのように張り付いてすりすりしてきた。
不審者聖女だ。……しかし不覚にも、久方ぶりに寄り添う存在にほんの僅かな慰めを感じもした。
直前の夢の中で包まれた気配ととても良く似て……いやその気配そのものだからか。
人間になど配慮は要らない、聖女なら尚更だと思うのに、敵だと思うのに、振り切る決断が中々できない。
だがこれでは良くない駄目なのだ。いっその事、殻ごと振り落としてしまえば後はもう気にもならなくなるだろうか、と彼は自棄のように思って動いた。
さあ行動開始だと、彼は惑いを抱きつつもとうとう念願の外の世界へと一歩を踏み出した。
ふかふかもふもふのトトロ腹な卵をあたしはよくよく観察する。
この常識外の大きさって……魔物のだったり?
鶏でもダチョウでもないのは確かよ。こんなの魔物以外にあるだろうか、いやない。そう、あたしが初めて見た毛生え卵はどこからどう見ても魔物のそれだった。
でもこの手触りふかふか度ってば極楽~。たとえ魔物の卵でもマイベッドにしたい~っ。
思わず童心に返ったあたしがぽふぽふ上で弾んで煩くしていたせいか、卵は突然ゆらゆら動き出した。え、もしや生まれそうなの!? いやいやいやそれだけは待って!
キシャーッて襲ってくるエイリアンっぽいのでも生まれた日にゃ逃げ道がなさそうだから犠牲者第一号は決定でしょーっ。聖女なのに、聖女なのにいっ、丸呑みされて誰にも悟られないままあの世行きなんて虚し過ぎるーっ。
大体ねえ王宮の地下から魔物が飛び出して王都を混乱に陥らせるのは小説に照らせばまだ先のはずでしょ。
それをヒロインと彼女の恋人と、そして我らがセオ様が力を合わせて倒すって流れで、華麗に魔物をぶった斬る場面を思い出すとああーんセオ様カッコいい~ん!ってなる。
……うん? でもこの図書館も王宮の一部だから王宮地下って言えるんじゃないの。
で、そこにある魔物の卵。
ままままさか件の魔物って実はこれ?
なぁーんてね、そうホイホイ王宮の地下に魔物が埋まっているとは思えないから…………ひいいいっまさにこれがそうでしょッ!
――じゃあ
小説じゃあ王宮兵士達の半分を屠ったあの怒れる凶悪竜のっ!?
とは言え、あたしの記憶力は確かだった。
王宮図書館には正真正銘地下三階があった。
まあ、この閉鎖空間をそう呼んで適切かはさて置くとしてね。
と、メリメリメリと卵の殻の一部が盛り上がったかと思えば、逃げる間もなく中の何かが殻をぶち破った。
「ギャヒイイイーッそんな待って待って待ってえええええーーーー!!」
魔物みたいな声を上げたあたしは振り落とされないようにって必死に揺れるロデオ……ああ失礼、卵の毛を握り締めた。だけど手汗でつるっと滑った。
あ。
不意だったせいでろくな受け身も取れずに落下して勢いのままに転がって、頭を打って意識がふつりと途切れた。
ブラックアウトの間際、ぼやける視界の端で何かが飛び出したのは見えたから、卵は完全に孵化したと思う。今回は冗談抜きに詰んだかもしれないわ。
セオドアは非常に困惑していた。
アリエルの叫んだ内容がよくわからない。トトロ。初めて聞く単語だ。彼女の故郷の方言か何かだろうか。
しかし気を取り直して兵士と共に図書館地下へと向かう。地下二階まで下りた所には、予想は当たっていたようで聖女の世話役と司書達の姿があった。だから地上階に誰もいなかったのだ。
彼らは一様に顔色も悪く、表情も困惑と焦燥がない交ぜだ。泣きべそ神父は何故か這いつくばって必死に石床を叩いている。
何かが起きたのは疑いようもない。
「一体何があった? どうして聖女がいなくなったんだ?」
図書館地下の中央通路に集まる一団へと足早に近付いたセオドアがやや鋭く訊ねれば、気付いた皆はその場に膝を突く。
「こっ国王陛下あ~、今すぐここを掘っても宜しいでしょうか!?」
泣きべそ神父は床から必死に突飛な事を言ってきた。
「掘る? 何故?」
怪訝に眉をひそめたセオドアへと、要領を得ない青年神父に代わり緑髪のシスターが膝を突いたまま顔を上げた。
「国王陛下、許可なく言葉を発する無礼を承知で申し上げます。罰なら後でお受けしますので。……なのでどうか聖女様のためにも、この愚昧神父の言う通りにこの下を掘る許しを頂けないでしょうか。事態は急を要します」
「急を?」
「はい、聖女様はおそらくこの下におられます」
セオドアは暫し絶句した。
「……どういう状況だ? この下に部屋はないはずだ。聖女は地面に埋まっているとでも言うのか?」
それにはすぐに答える者はなかった。誰も明確な答えを持ち得ないのだ。
ややあってイザークが涙を拭いておずおずとして口を開く。
「目撃したそこの司書の話ですと、聖女様は魔法によって床を通り抜けてこの下へと落ちて行ったんだとか……っ、うっうっうう~っ聖女様あ~っっ」
今度は大泣きを始めた彼は誰からも放置された。セオドアは発言の真偽を確かめるためにも唯一の目撃者へと目を向ける。
司書の女性はそうですと頷いた。聖女が光に包まれ床に吸い込まれるようにして消えてから急いで駆け寄ったがその時には床はいつも通りの石の床で、叩いても踏み付けても何も起きなかったという。
セオドアはアリエルが落ちたというまさにその場所の上に立って自らの踵でトントンと踏み付けてみる。音からするとこの下に空間があるようには思えない。
「聖女はここをすり抜けて落ちたのか」
独りごちるセオドアは眉間を深くする。先程テンションの高い叫びが聞こえ何やら興奮していた思考が流れ込んできたのが、気付けば今はもう何も聞こえてこない。
つまり、彼女の意識がない可能性が大きかった。
セオドアは歯噛みする。王宮で聖女を失う恐れに直面するとは思ってもみなかった。
(これも私の落ち度だ。アリエル……どうか無事でいてくれ)
表情を曇らせるセオドアへと、それまで言葉を差し挟まず控えていた司書長が「あの陛下、気になる事がございます」とおずおずと口を開いた。セオドアは司書長へと続きを促す目を向ける。
「実は、聖女様は初めこの図書館には地下三階があると認識しておられたようです」
「なに……?」
「きっと聖女様の記憶違いかと思い、大して気にせずにいたのですが、こうなると聖女様の仰っていたように、ここには本当に地下三階という未知なる空間があるのかもしれません」
恭しく頭を下げる司書長の言葉にはセオドアのみならずその場の誰もが驚いた。
「そうか。彼女はここの下にいる可能性がより高まったな」
静かにそう口にするセオドアは何を思ったか腰の剣を引き抜いた。
「全員離れていろ」
短く命令し皆が従った次の瞬間、彼は魔法さえ込めて剣を大上段に構えると勢いよく振り下ろした。
破壊のための剣魔法だ。普通は魔物相手にしか使わない。
ドゴオオオン、と轟音と称していい激しい破砕音が地下に響いた。
「……はっ、ははは、なるほどな。まさか王宮にこんな秘密があったとは」
ややあって声が響く。汗一つなく一仕事を終えてふうと息をつく自国の国王を、臣下達は唖然として見つめた。
一国の元首が微塵の躊躇いもなく所有物件の床をぶち壊したのを目の当たりにすれば、誰だってそうもなるだろう。
世話役達に至っては、あの聖女ありでこの国王あり、奇抜な時代の到来だ……などと思っていたが三人共に賢明にも口には出さなかった。
ガラガラガラ、パラパラと床の石材が崩れて落ちていく。
幸い両脇の書棚が落ちない範囲で開けられた大穴の暗い底へと。
地下二階の下には何と実際に地下三階とおぼしき空間が実在していた。
床は物凄く分厚く、巨大ゴブリンが地団駄を踏んだりしない限りは振動からその存在には気付かないだろう頑健な造りだ。現にこれまで誰にも発見されなかった。
早速と大穴の縁にしゃがみ込んでしげしげと覗き込んでいたセオドアは腰を上げて臣下達を振り返る。
「底の方にやや明るさが見える。早速下りてみるか」
えっと仰天する周囲。反対に冷静なセオドアの目には何ら得意気な色はなく真剣な慎重さが宿っていた。
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