第18話 一条君の事情?

 あれは簡単な、それほど難しくない仕事のはずだった。


 いつも付き添いの星崎と連れだっていたら、道中やっかいな人間に引っかかり気分がだだ下がり気味になり、更にプラス苛立ちが追加された。


「おお、一条君じゃないかっ!」


 うへぇ、いやな奴にあった。

 ───もちろんそんな言葉は口にしないし顔にも出ない。

 しかし、一族の中でなぜか地位のある人物だから、無下にも出来ないし面倒くさい。

  人目のあるビルのエントランスで、やたらデカい声で話すのはワザとなのか?

  しかも何故ここにいる? 最近めっきり能力が落ちてきて、口先ばかりで成果が出てないと噂で聞いたが。


「なにかね?今日はここで仕事かな?相変わらず忙しいようで羨ましいっ!」


 絶対ワザとだよなこの野郎。いい歳してヘンな嫉妬交じりの視線に気づかないとでも思っているのか。


「井岡さん、ちょっと───」


 人目を気にしない態度に見かねて、星崎が前に出た。


「おお?なんだね君は」


 自分からしたら大分若造に窘められて、わかり易く不機嫌になる。

 不穏な空気になったところで、今度は若い女の声が割り込んできた。


「井岡先生、そちらはどなた?紹介してください~」


 ─────妙な気配の女が割り込んできた。しかもこちらを品定めしているのか、それとも余程自分に自信があるのか、呼ばれもしないのに俺の前に立った。


「─────あ、ああっ!彼はだね「紹介されるほどの者じゃありませんよ。では、失礼」」


 俺はヤツの言葉をぶった切って、さらに目の前に立った女もまるっとスルーし、屋上庭園にいくエレベーターに乗り込んだ。星崎も慌てて走り込んでくる。


 だいたい『先生』てなんだ?あの野郎。また自分だけの信者を作ってんじゃないだろうな?前回も勝手にやって総代に散々〆られたのにまだ懲りてないのか?しかもまた若い女ときてる。本能丸出しで見てるこちらが恥ずかしいぐらいだ。星崎の「本部に報告しておきます」発言に無言で頷いた。


 正直ああいう手合いはこれまでもたくさん沸いて、沸きすぎてもう腹いっぱいだ。

 こちらには興味がないとはっきり態度に表しているのに、話の通じない輩はさらに厄介だ。言葉も通じなければ会話も成立しないのだ。


  ─────関わらないにこしたことはない。

 

  ─────関わらない。

 

「おう、ほら、ここだここだ見てごらん」


 ─────だったのに何故いる?しかも、さっきの若い女もしっかりついてきている。

 空気読めないにも程があるだろう!


「井岡さん困りますよ!儀式の途中なんですよ!」


 星崎が今度は遠慮なしに、中年太りの体を追い出しにかかった。


「私も先生と一緒に、見学したいのですけど」


「何言っているんですか!立ち入り禁止ですよ!出てくださいっ」


 空気読めない女がまた痛い。歓迎されてないのが何故わからないのか、あれは才能なのか。


 その女が一瞬首がカクンと垂れたと思ったら、ギョロンとした目で突然こちらを指さしてきた。


「わたし知ってる~そこのカミサマって~~

○〇〇〇で○〇ナンデショ~ キャ─────ハハハハハハハハハハ!」


 突然女は暴言を吐き、こちらに向かって蓋の空いたペットボトルを投げつけ、液体を祭壇の周辺ぶちまけた。井岡がさすがに止めにかかったが、すでに遅い。


 ─────社の方から生ぬるい突風が噴き出してきた。

 せっかく供えられたお供え物が、机ごと倒されて周辺に散らばる。


「星崎!そいつら連れて扉しめろっ!」

「はいっ」


 空気読めない女はとんでもないことをしてくれた。儀式を中断させたばかりか、神様に対して暴言を吐き場を荒らしてくれた。


 ふざけんなよ神様はちゃんときいてるんだぞ。これを鎮めるにはかなり骨の折れる事となる。

 暴言を吐いた時は様子がおかしかったが、最初から妙な気配の女だったから最初から何かしら憑いていたかもしれない。

 簡単な仕事だからと二人で来たのが仇になってしまったが、今更後には引けない。一人で鎮めるしかないのだ。


 数分で終わるはずだった穏便なお仕事は、途中から全く違う荒ぶる儀式となり日が暮れる前に何とか収まった─────。


「大丈夫ですか?」


 儀式が終わったのを察知して、星崎が顔を出した。

 例の二人は、本部から派遣された役員に強制連行されていったらしい。


「とりあえずは。今日はここまでが限界だ。‥‥‥‥仕切り直しだな」


「そうですね、陽が暮れてしまってますしね」


 車回してきますので、先にいきますね。と星崎が去った後、背後でカタンと音がした。


 振り返ると社の扉が少し開いていた。─────マズイと思ったが遅かった。


 ─────扉の隙間から金色の獣の目が覗いていた。

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