第9話 魔王国外交

 英雄として凱旋したマチリクにアーガルト王国の王と王妃として感謝の謁見を行うと、すぐに客間で会うことにした。

「マチリク、こうして対面するのは初めてね」

「すぐわかったよ、ヒマリ」

「ありがとう…それで、英雄となったマチリクに王妃直属の戦士になってもらいたいんだけど、いいかしら?」

「水くさいな、友達だろ…まかせろ!」

「そう言ってくれると思ってたわ。とんぼ返りで悪いんだけど、魔王国に外交で出向きたいの…同行お願いね」

「王妃になっても、ヒマリは相変わらず鬼マネだな」


 アーガルト王国の馬車で魔王国へと向かう。魔王討伐の最前線国家だけに、さほどの時間もかからず到着した。

 マチリクにより魔王討伐が成った現在、アーガルト王国の軍隊も引き揚げていて、魔王城までなんの障害もなかった。

 マチリクが殴り飛ばした魔鋼の扉はすでに修繕されていたが、馬車が門前に着くとすぐに開かれる。

 魔王レツのロイヤルガードと闘った魔王城の広場には、中央の通路を挟んで魔王軍の面々が勢揃いしていた。

 馬車が門をくぐると、通路の両端にいる魔族が一斉に魔王軍の旗を掲げる。無数の旗のアーチの中を馬車がゆっくりと進んで行く。

 御者の顔色が、青ざめているのは気のせいではないだろう。


 マチリクと私が魔王城の貴賓室に通されると、そこにはドラゴン卿と魔王が座っていた。

「この度は急な来訪にもかかわらず、お会いいただき感謝致します」

「なに、ワレとヒマリ殿の仲ではないか気にする事はない」

「俺にとっては、ヒマリ殿は魂の恩人でもあるからな。異世界でのあの虫体験から救ってもらった恩は決して忘れんぞ」

(確かにゴキブリ、ダニ、ウジ虫、ノミ体験は魔王じゃなくても厳しいわ…思い出しちゃったのかしら魔王さん涙目)

「今回お伺いしたのは人間国側の状況を説明させて頂き、人間族と魔族とのより良い関係を築ければと思っての事です」

「ほう、ワレも永い事この世界を見ているが、その様な提案は初めてだな」

 それから私は、クローネ聖王国による魔王討伐に名を借りた覇権拡大の現状をドラゴン卿と魔王に説明した。


「人間という種族は、面倒くさい事を考えつくもんなんだな」

(ドラゴン卿って、ブレスの調整とか細かい作業苦手そうだものね…)

「と言う事は、俺はそのクローネ聖王国とやらのおかげで毎回討伐されていたのか?」

「おそらく、勇者パーティーの派遣は神によるものかと思います」

「確かにワレが魔族側についてから、邪神様が人間族と魔族とのバランスを取るとか言ってたな」

「ちなみに人間族が神と呼んでる存在と、魔族が邪神と呼んでる存在は同一です」

「マジか?」

 魔王が驚いた顔を上げる。

「マジです。そこで提案なのですが、アーガルト王国と不可侵友好同盟を結んでくれませんか?」

「そちらが魔王国を攻撃しなければ全然構わんぞ」

「ドラゴン卿ならそう言ってくれると思ってました」

「そう…そうじゃろ~ワレってば最強だからね!懐も深いんじゃよ」


(ゴキブリには弱いけどね…)

「ん?…何か今、寒気がしたんじゃが…」

「気のせいでしょう…それではクローネ聖王国を攻め落とすので、魔王軍の部隊をお貸し頂けますでしょうか?」

「オヌシは人間族と魔族とのより良い関係を築くんではないのか?」

「そうですよ。そのための第一歩です」

「理由を聞かせてもらえるか?」

「もちろん…クローネ聖王国がある限り、人間族と魔族の協力関係は築けないからです」

「ふむ…」

 ドラゴン卿が腕を組んで考え込んだ。


「邪神が絡んでいる以上、覇権のための魔王討伐の大義名分は覆せないでしょう。ですがクローネ聖王国がなくなってしまえば、大義名分そのものがなくなります」

「だが、クローネ聖王国を攻めたら勇者パーティーを召喚するのではないか?」

「それが出来なかったから、今回私が来ることになったんです。勇者パーティーを召喚して育てる時間も予算もないって言ってましたね」

「暴走した時のために、勇者パーティーには神に逆らえぬ誓約を与えておると言っていたが、オヌシにはないのか?」

 ドラゴン卿が尋ねる。

「そもそも私は神の存在に否定的だったので…」

「外見に見合わず、ひねくれておるなオヌシ」

「どーも、死ぬ状況が状況だっただけにね。という訳で、神は勇者パーティーを現在召喚出来ない。更にクローネ聖王国がなくなったら、神に魔王討伐を要請する国がこの世界に存在しなくなります」

「神(邪神)様がこの世界に干渉出来なくなると言う事か?」

「この世界には元々、いにしえの守護竜様を称える教えがあったでしょう?いつの間にか、神様だか邪神様だかを称える教えにすり変わっていたみたいですよ」

「え!そうなの、ワレ置き去り?」

「ドラゴン卿は存在が大き過ぎて、ある意味大雑把だからね。魔族にかまけてる隙に、掠め取られたんでしょう」

「ワレは話し合う努力はしとったぞ!」

「拳で語り合うってヤツでしょ…わかりにくいわ!普通は挑発にしか取れないわよ、あんなの」


「それでいつも勇者パーティーの奴ら、いきなり魔法ぶっ放して来てたのか」

「ドラゴン卿が相手したら、手加減出来ずに瞬殺だからいつも逃げてたんでしょう?」

「邪神様が召喚した勇者をワレが殺っちまう訳にいかんだろ?ワレがいれば魔王は復活するしな」

「俺って殺られキャラだったんだ…」

 魔王が指をこねくり回し、拗ねたように言った。

「いや、そんなことはないぞ。ワレのオマケだなんて誰も思ってないしな…ヒマリ殿、魔王軍のどの部隊を貸して欲しいんじゃ?」

(空気読めよドラゴン卿…魔王さん、しばらく立ち直れなさそうじゃない)

「このマチリクがお友達になりたがっているので、ケルベロス隊を貸して下さい」

「うむ、好きに使うがよいぞ」

(魔王軍なんだから、命令は魔王さんにさせてあげなよ…あ~あ、机にのの字書き始めちゃったよ)


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