第8話 王妃ヒマリ
魔王レツをマチリクのかかと落としで粉砕した直後、私の視界は暗転した。
次に目が覚めると、視線の先には真っ白なカーテンに覆われた天蓋があった。
視点がマチリクと一緒だった時と異なり、視点を動かすと自分で首を動かしている感覚がある。
起き上がって手を持ち上げて見ると、マチリクの褐色で筋骨隆々な腕ではなく白くほっそりとした私の腕だった。
しばらく手を開いたり握ったりしていると、寝室の扉が開いて侍女が入って来る。
見つめ合う事、数十秒…侍女は我に返ると慌てて寝室を出て行った。
ダダダダダと駆け寄ってくる音がすると、寝室の扉が勢いよく開けられた。
そこには魔王軍との戦場で会った、ヴァンダル王の姿があった。
「起きられたかヒマリ殿!」
ヴァンダル王が叫んだ。
(アレ、マチリクは名乗ったけど、私は名乗ってないわよね?なんで王様が名前知ってるのかしら…)
「えっと~…私はなんでこちらに?」
(我ながらマヌケ過ぎる問いね)
「そうか、ヒマリ殿は神より教示を受けていなかったのか」
そう言うとヴァンダル王は片膝をついて、私の手を優しく両手で包み込んだ。
(うわ-、なんだろう?手を握られただけで心が癒される…)
「私が聞いたのは、英雄の素質がある者と共に魔王を滅ぼせということだけでした」
「そうか、それでマチリク殿と一緒にいられたのだな」
「お気づきでしたか?」
「ああ…闘いの後でマチリク殿が、ヒマリ殿の名を口にしたのを耳にしてしまってね。
正直びっくりしたよ、神からケイトとクルミの母親として、ヒマリという名の女性を降臨させると聞いていたから…ただ、その女性が私の元に現れた時には眠った状態だったので、確認が取れずにいた」
「実は私の倒した魔王は、イレギュラーで異世界から来た私のオットなのです。ですから本来の魔王と魔王軍は、復活しているかもしれません」
そう言った時に、それぞれ侍女に抱っこされた双子の子供たちが寝室に入って来た。
「ママ!」
と言うと、抱っこされながら小さな手を私に向けてきた。
幼い2人を抱き締めると、初めて異世界に来て良かったと思えた。
(ケイト、クルミ…愛する2人に逢うためにママ頑張ったよ)
久しぶりの我が子をよく見ると、髪の毛が銀髪で瞳の色が青く変わっていた。
オットの遺伝子を排除して、ヴァンダル王の遺伝子を受け継いだためだろう。
私も自分の髪を見ると、ヴァンダル王や我が子ほどの鮮やかな銀髪ではないが、少し濃いめの銀髪になっていた。
(おそらく王族の証しなんだろうけど…そんなことどうでもいいほど2人共、可愛くなってるじゃない!)
お人形みたいな2人のプニプニほっぺに頬擦りして、最悪の別れ以来の親子対面を楽しむ。
「それでヒマリ殿さえ良ければ、王妃として我が国にお迎えしたいのだがいかがだろうか?」
「王妃!私が?」
「実は、私は幼少の頃に高熱を発する病に侵されてしまい、子をなすことが出来ないのだ。
それもあって神は、双子の子供とその母親を私に預けてくれたのだろう。
王妃と言っても、私との関係は気にしないでも良いのだ。
配偶者に酷い目に遭わされたヒマリ殿に、その様な負担をかけるつもりはまったくない。
ケイト王子とクルミ王女の母親として、ぜひともお願いしたい」
双子の綺麗な銀髪を撫でながら、この子達と一緒にいられるなら何でもするわと思い、
「そういう事でしたら、喜んでお受けいたします」
と、答えた。
「ありがとう…本当にありがとう。これでアーガルト王国は存続できる」
「お聞きしたいのですが、なぜアーガルト王国は魔王国と闘いを続けているのですか?」
「魔王国と接しているのが一番の理由なんだが、中央の最大国家である【クローネ聖王国】の魔王討伐の意向には逆らえないと言うのが本音だな」
「クローネ聖王国?」
「ああ、クローネ聖王国の意向にはどの国家も逆らえない。魔王討伐の名目で毎回兵力や兵糧、資金の拠出を求められている。
自分のところからは何も出さないくせにな…断れば、反乱国家としてクローネ聖王国軍に攻め込られて、従属させられるのが常だ」
「それは魔王の存在を、クローネ聖王国が巧みに利用していると言う事なんですか?」
「そうだと言える。実際、魔物の被害はどの国でも多少はあるが、魔王軍が率先して出てきた事はないからな」
「確かにあの魔王軍が本気で攻めて来たら、人間の軍隊なんて問題にならないわね」
「そのために勇者パーティーが、クローネ聖王国から派遣されて来るんだ」
「対魔王の秘密兵器ね。今回は運が悪かったみたいだけど…」
「勇者パーティーを寄越すときは、いつも以上の拠出を求められるので聖王国の覇権が拡大する時でもある」
「なんか、あざといですね」
(このままだとアーガルト王国は魔王討伐の最前線じゃない、ケイト君とクルミちゃんの教育環境に良くないわね。
ケイト君なんて王を継いだら魔王国と直接対決になっちゃう…それは絶対ダメね)
「王妃にしてもらってすぐで悪いんだけど、アーガルト王国の外交政策に口出してもいいかしら?」
「ヒマリ殿の活躍は目にしてるからね、口だけじゃ済まないんだろう」
「理解のある旦那さんで助かるわ!ところでマチリクはどうなっているのかしら?」
「魔王国から我が国に来てもらってる途中で、英雄として凱旋してもらうつもりだが…」
「王妃直属の英雄戦士になってもらっても良い?」
上目遣いでお願いすると、
「ヒマリ殿もなかなかにあざとい…」
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